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【三章/極夜の終わり、唯我は蹂躙せし】その6
しおりを挟む私は人目をはばからず、園内全域に視界を遮る暗闇を広げた。
常人はおろか、その手の玄人でさえ確認できない濃度のソレは、契約者の円ですら特定に時間がかかる故に十分な時間が稼げるだろう。
狸芽を抱きかかえ、小さな詩が合流するという中央のメリーゴーランドに向かう。
「私の肉を食べなさい、貴方ならそれで応急処置には成る筈よ!」
「ありがてぇ、けど……」
「けど何! つべこべ言わず――」
「――もうそろそろ、限界みたいだ。お嬢もわかってるだろ」
「っ……!」
目を逸らしてきた事を指摘され、言葉に詰まる。
バケモノとはいえ成人男性と同じ体格の狸芽は、思った以上に軽い。
抱える手目を向けると、滴るほどに血で濡れている。
「……詩のことは、詩に聞いてくれ、それより……」
狸芽は咳き込んで血を吐いた。
「儀式だ。四百年前、お嬢をそんな体にしちまった儀式……、耀子というガキが、ふく……、企んで」
彼の体がだんだん冷たくなって、
「〝詩〟が、お前に……」
全身から力が抜けて、
「狸芽!」
「託した気持ち、想いだ……」
私の頭一回、優しく撫ぜて。
「詩を、頼む」
出会った時と変わらぬ、飄々とした表情のまま逝った。
「………………狸、芽」
メリーゴーランドの前で、私は立ち尽くした。
遺体をゆっくりと地面降ろし、開いたままの目を閉じる。
――〝詩〟が託した気持ち?
彼女の記憶は戻ったが、最後の記憶が何一つ想い出せない。
――貴方は、何を……
彼の死に、茫然と佇んでいると。小さな足音が聞こえて着た。
「狸芽は死んでしまったのね」
詩の声、そこには狂おしいまでの情愛の響きがあった。
「火澄、狸芽は最後なんて言っていた?」
「……貴女を頼むと」
「そう……」
「……」
「……」
私達は黙り、死を悼んだ。
狸芽の死体を見ていると。不思議と視界が歪む。
もとより、頭の中ぐちゃぐちゃで何も考えられない。
先に口開いたのは詩だった。
「そうね、狸芽は貴女に伝えたの?」
「……あの儀式がもう一度、と」
「――ならいいわ」
「詩?」
言葉に決意の色が見える。
「聞いて、あたしと円の事」
「……今は、聞きたくない」
力なく首を振った。
人であった頃からの友人、私はまだ悲しんでいたかった。
「駄目よ、今聞いて」
「嫌」
「っ! この馬鹿! 立ちなさい!」
彼女は小さな体で、私の襟首を持ち上げようとし。
掴み触れた時に感じた、異様に冷たい感触に息を呑んだ。
「詩。貴女、真逆……」
嫌な想像が駆け巡り、声かすれる。
――また失うの。
詩は私と目を合わせ、力なく笑った。
「あたしの命は狸芽と繋がっているから」
だから、もうすぐ死ぬの、と幸せそうに言った。
「どうしてっ!」
「だから、あたしと円の事に繋がるの」
「貴女と円?」
「役四百年前、生まれつき『歪み』というものに敏感なアナタは、成長するにつれ『歪み』そのものを操るようになっていた」
「……」
「時を同じくして、本家の巫女に異常なほど清浄な魂を持つ者がいた。それが〝詩〟 当時の御影の長は考える、この二人を生贄にして、負の力が強いこの樹野の地に人の世を築こうと。それが――」
「――儀式」
「かくして人々に夜の安寧を導くための儀式は、アナタと〝詩〟の裏切りとバケモノ達の襲撃により失敗に終わった」
「それが――」「あたしは」
私の声を遮り、一呼吸置いて。
「あたしと円は〝詩〟の複製実験体。――その失敗作」
「複製、実験体? 失敗作?」
何を言っているのか理解できなかった。
生命を冒涜する所業に、頭が拒絶する。
「知ってる? ……今の御影衆は、昔ほどの力は無いの、だから奴らは考えた。四百年前の儀式を復活させ、権威を取り戻そうって。この地の負を司るアナタは手の中、呪術と科学を組み合わせる事によって、正を司る巫女も作り出せる可能性が出てきた。――今こそ儀式を、この地の夜の安寧という一族の悲願を達成する時だって、ね」
「……儀式、とやらは兎も角、巫女を作るって」
――いくらなんでも無理ではないの?
私の疑問を読み取ったのか、詩は答えを返す。
「勿論失敗したわ、だからあたしと円は失敗作。円は〝詩〟の魂を宿したけど男だった。あたしは記憶と体質だけ受け継いで魂は別だった。両方そろわなければ意味はないから。だからこの計画は頓挫したはずだった」
「では何故、今になって?」
「阿久津耀子。何が目的か判らないけどあいつが御影に取り入って、この計画を復活させたのよ」
「この事態の元凶は解ったわ、けど貴女が死ぬ理由は答えてもらっていない」
「いったでしょ。あたしは失敗作。体が魂に馴染んで安定した円と違って、あたしは魂と肉体の齟齬により長く生きられない体だった。――実はあたし、円と同い年なのよ」
詩は自嘲し。
「その事が判明して、あたしは廃棄処分になった。殺される所だった。でも、そんなあたしを狸芽は助けてくれた。自分の命を分け与えてまで! あたしを生きながらえさせてくれた! あたしは狸芽と居れば幸せだった! なのに!」
そして、私を睨んだ。
「アンタが、アンタがのうのうと生きていたから! 狸芽は御影の命に逆らってまで忠告に来たのよ!」
「私の所為で……」
「そうよ、アンタの所為よ!」
死に向かう彼女の怒り、悲しみ、憎しみが入り混じった感情に、私は何も言えなくなった。
「アンタに一つ良いことを教えてあげる! あたし達はね、アンタへの好意を植付けられて作られている。だから――」
彼女は憎しみの滲む、愉悦の声を出して言う。
「――アンタの側にいた円の好意も、作られた偽物よ」
「円の気持ちは、にせもの?」
否定の言葉返そうとして、言い返せない自分いた。
「ま、仕方がなかったかもしれないわ。あたし達にはアンタが好意を持つような術も仕掛けられているわ。つまり――アンタの円への気持ちも嘘よ」
「そんな筈――」
私は彼女を掴みかかるが、あっさりと倒れこんだので慌てて抱きとめる。
「もう、駄目みたいね」
「詩!」
私は魂を視た。
彼女と同じ体質で見えにくいが、魂の火が何時消えてもおかしくないほど弱っていた。
「ね、火澄」
詩は私の頬触る。
「あたしと狸芽を食べて」
「何を言って――」
「お願い、あたしは狸芽とずっと一緒にいたいの」
「詩……」
「それにね、〝約束〟だったでしょ。今度こそアナタの手で終わらせて」
「……っ!」
「お願いよ。火澄」
「………………わかったわ」
「ありがとう。これはアタシの〝詩〟のプレゼントよ――汝の枷を解く」
詩は私を縛る印を服の上触る、主従の印はあっけないほど簡単に解けた。
体中に満ち溢れるちから、この地の嘆き、怒り、哀しみ、憎しみ、負の全てが私に繋がる。
目を閉じ、一度だけ詩をきつく抱きしめ立ち上がった。
園内の闇が晴れ、夕闇が戻る。
「――〝詩〟さよなら」
私の体、その輪郭が空に解ける。
闇色の触手が二人を絡め取り、全て覆った。
嘗ての彼女がどこかで微笑んだ気がして、耐え切れなくなり宝物をしまう子供のように、優しく私という闇に終う。
「……ああぁ、ぅあぁあああああぁ」
後悔と悦びが鬩ぎ合う
一体化した記憶が、全て本当だと告げている
――私は、私は! どうしたらよかったの。
「――――――――――――――――――――――――――――――」
声なき叫びを私は上げた。
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