【完結・短編】執着を紡ぐ

七瀬おむ

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8(最終話)

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◆◆


魔王を打ち倒した勇者が、王都に帰還した日。
王都の城前ではその姿を一目見ようと、大勢の人間が詰めかけていた。

「すごい数だな」

その様子を馬車から眺めていた俺は、案内人役として同乗している男に話しかける。
男は緊張したような面持ちで答えた。

「そうですね。何と言っても、あの魔王を倒した方を見られるわけですから。ルーク様が王都でお話しすると聞いて、遠方からも人が押し寄せてますよ」
「そうなのか。ところで、俺はどこで話をすればいいんだ?」
「もうすぐ王城に到着しますが、三階の部屋に大きなバルコニーがありますので、そちらでお話ください。そこからであれば民衆もルーク様のお姿を見られますので」
「わかった。……俺の言葉は、帝国全土に広まるんだよな?」
「えぇ、今日は多くの記者も訪れてますから」
「それならよかった」

俺たちの会話がちょうど終わった頃、馬車は城の裏手に着いたらしい。
馬車を降り案内人の男に続くように王城の三階へと上がっていく。
バルコニーのある部屋に到着すると、外にいる群衆のざわめきが自然と聞こえてきた。
俺はバルコニーの前に立ち、真っ白な手袋を身に着ける。
服を改めて整え、いよいよ大きく張り出たバルコニーへと足を進めた。

俺の姿が見えるやいなや、わあっと歓声が上がる。
ガヤガヤとした雰囲気の中、俺はその歓声に応えるように笑みを浮かべた。しばらく何も言わずに佇んでいると、俺の言葉を待つかのように、群衆が静まり始める。
俺はそのタイミングを見計らい、ようやく口を開いた。

「皆様、初めまして。私はルークと申します」

しんとした空間に、自らの声はよく響いた。
俺は続けて、ゆっくりと、明確に言葉を紡いでいく。

「先日、私はこの手で、魔王の心臓を貫きました。配下の魔族も、私と、帝国の騎士たちによって打ち滅ぼされました」

周囲は俺の言葉に耳をそばだてている。
徐々に、その視線や雰囲気に熱気が帯びるのを感じていた。

「魔王が誕生してから、長い年月が経ってしまいました。その間にも、魔族に襲われ家族を奪われた者、帰るべき故郷を無くした者……。皆様の中には、信じがたいほどの苦痛や悲しみを抱きながら、生きてきた方も多いでしょう」

次第に、人々は様々な反応を示し始める。
俺の言葉に聞き惚れるような様子を見せる者、過去を思い出したのか涙を流す者……。

「私は皆様の無念を晴らし、この国の希望を取り戻すために、今日まで生きてきました」

そしてその様子を尻目に、俺は高らかに宣言した。

「皆様。もう二度と、怯える必要はありません。ようやくこの国は、魔王と魔族の脅威から解放されたのです!」

俺がそう言った瞬間、大きな歓声が上がる。そして群衆のうちの一人が叫んだ。

「ルーク様! あなたこそ、真の英雄です!」

響き渡ったその声は、群衆の心を一つにした。他の者たちも俺の名前を叫び、次々と賞賛の声を浴びせかける。
それはある一人の勇者が、国民から「英雄」と認められた瞬間だった。

――俺はその光景に、心の中でほくそ笑む。
そろそろいいだろうか。
歓声が多少落ち着くのを待ってから、再び口を開く。

「もう一つだけ、皆様に伝えたいことがあります」

大衆のために作られた完璧な笑顔。俺はそれを崩さないまま、ハッキリと告げた。

「実は、魔王を打ち倒せるほどの私の力は――生まれながらに『神』から授かったものなのです」

俺が「英雄」でなければ、簡単に一蹴されてしまうような、荒唐無稽な話。しかし群衆は依然として、食い入るように俺を見つめていた。

「私が、この世に生をうける時。神は私の目の前に現れ、『必ず人々を救うように』と仰いました。そして、魔王を滅ぼせるだけの強大な力を授けてくださったのです」

俺は自らの半生において、いかに神との結びつきがあったのかを真剣に語り始める。それはまるで自分が主演する舞台に立っているような感覚だった。

「それ以来私は、この使命を果たすために生き、そして実際に果たすことができました。皆様の中には、神など存在しないのだと、もしくは私たちは既に見捨てられたのだと、考えている方も多いでしょう。しかし、そうではありません。皆様が『英雄』と呼んでくださる私の存在自体が、神の存在を、そして神が私たちを見捨てていないことを証明しています」

俺はそう言って、自らの胸の前で手を重ね、祈るようなしぐさをしながら民衆に微笑みかけた。

「ですから、皆様。こうして人間に力を与えてくださった神に、再び祈りを捧げてください。そうすれば帝国と皆様に、さらなる祝福が訪れるでしょう。信じる者は、必ず救われるのです」

俺がそう言い切ると、どこからともなく、神への感謝を呟く声が聞こえてきた。
そうして、無数の崇めるような視線が集まる。その視線はまるで俺を通して、決して見えない「神」を仰ぐようで……。

――俺はその場で高笑いしたくなる衝動を、必死に堪えた。
多くの人間が俺の名前を呼び、熱狂的な信者のように手を振っている。
それに対し、俺は真っ白な手袋をはめた左手で振り返した。
手袋で隠れた俺の左手には、厳しい鍛錬で負った大きな古傷がある。それは血の滲むような努力の証で、俺が「神に選ばれし者」ではないことを表していた。

……力を神から授かった? 人々を救うのが使命?
なんて馬鹿馬鹿しいんだろう。
俺の目的は、あの日からただ一つ。

「天使様とまた会うこと」

それ以外に、俺の生きる意味なんて存在しない。
俺は一日もかかすことなく、教会に通い続けた日々を思い起こす。
純粋に「強くていい子」になれば、天使様にまた会えると信じていたこと。しかし時が経つにつれて、そうではないと悟り、侵食するような絶望感を覚えたこと。

そうして俺は、ようやく気がついたのだ。
天使様と会うには、かつてのように――人々の「神への信仰心」とやらを、復活させる以外に方法はないのだと。
英雄たる俺の言葉は、近いうちにこの場にいる民と記者たちによって、帝国全土に広まるだろう。

それから俺は、誰も入れないように封鎖しておいたあの教会に帰って、天使様に会いに行く。
そして、天使様とまた会えた時は……。

二度といなくならないように、俺のところまで堕としてしまおう。
――紡がれた執着は、あと少しで実を結ぼうとしていた。
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感想 3

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みんなの感想(3件)

turarin
2025.01.31 turarin

えーーー!?天使と?あんなことやそんなことを!!!(@_@;)
それも、教会で…
かなり驚き、呆れましたが、正直、好きです\(^o^)/

2025.01.31 七瀬おむ

turarin 様
短編も読んでくださって本当に嬉しいです!そうです、天使とです…👼
好きと言っていただけてよかったです🥰私もこういうのが好きなので安心しました…!笑 コメントをくださってありがとうございます!!

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マルル
2024.02.11 マルル

すごくすごく良かったです!

2024.02.12 七瀬おむ

マルル様
コメントありがとうございます💕
短編の方も読んでくださったんですね…!そう言っていただけて本当に嬉しいです😂
とっても励みになります〜!!

解除
瀬川セガ
2023.07.10 瀬川セガ

初コメント失礼します。
ぐうううう。おむさんの書く執着攻め最高です…。第二王子の話も読んでいて大好きで、今回コメントを書きたい欲が爆発してしまいました💦
健気な天使さん可愛い。英雄の執着最高です…。
これからも新作楽しみに陰ながらチラチラ応援してます💦

2023.07.11 七瀬おむ

瀬川様
初めまして!コメントいただきありがとうございます!
前作も読んでくださってたんですね…!短編を読んでくださるだけでありがたいのに、コメントまでいいんでしょうか!?最高だなんて言っていただいて、めちゃくちゃ舞い上がってます😇笑
こうして声をかけてくださって、本当に励みになります!!瀬川様のおかげでモチベがめちゃくちゃ上がりました。。これからも書いていく予定なので、よければまた気が向いた時にでも覗いていただけると嬉しいです💕
改めて、お読みいただいて本当にありがとうございます〜!

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