8 / 8
8(最終話)
しおりを挟む
◆◆
魔王を打ち倒した勇者が、王都に帰還した日。
王都の城前ではその姿を一目見ようと、大勢の人間が詰めかけていた。
「すごい数だな」
その様子を馬車から眺めていた俺は、案内人役として同乗している男に話しかける。
男は緊張したような面持ちで答えた。
「そうですね。何と言っても、あの魔王を倒した方を見られるわけですから。ルーク様が王都でお話しすると聞いて、遠方からも人が押し寄せてますよ」
「そうなのか。ところで、俺はどこで話をすればいいんだ?」
「もうすぐ王城に到着しますが、三階の部屋に大きなバルコニーがありますので、そちらでお話ください。そこからであれば民衆もルーク様のお姿を見られますので」
「わかった。……俺の言葉は、帝国全土に広まるんだよな?」
「えぇ、今日は多くの記者も訪れてますから」
「それならよかった」
俺たちの会話がちょうど終わった頃、馬車は城の裏手に着いたらしい。
馬車を降り案内人の男に続くように王城の三階へと上がっていく。
バルコニーのある部屋に到着すると、外にいる群衆のざわめきが自然と聞こえてきた。
俺はバルコニーの前に立ち、真っ白な手袋を身に着ける。
服を改めて整え、いよいよ大きく張り出たバルコニーへと足を進めた。
俺の姿が見えるやいなや、わあっと歓声が上がる。
ガヤガヤとした雰囲気の中、俺はその歓声に応えるように笑みを浮かべた。しばらく何も言わずに佇んでいると、俺の言葉を待つかのように、群衆が静まり始める。
俺はそのタイミングを見計らい、ようやく口を開いた。
「皆様、初めまして。私はルークと申します」
しんとした空間に、自らの声はよく響いた。
俺は続けて、ゆっくりと、明確に言葉を紡いでいく。
「先日、私はこの手で、魔王の心臓を貫きました。配下の魔族も、私と、帝国の騎士たちによって打ち滅ぼされました」
周囲は俺の言葉に耳をそばだてている。
徐々に、その視線や雰囲気に熱気が帯びるのを感じていた。
「魔王が誕生してから、長い年月が経ってしまいました。その間にも、魔族に襲われ家族を奪われた者、帰るべき故郷を無くした者……。皆様の中には、信じがたいほどの苦痛や悲しみを抱きながら、生きてきた方も多いでしょう」
次第に、人々は様々な反応を示し始める。
俺の言葉に聞き惚れるような様子を見せる者、過去を思い出したのか涙を流す者……。
「私は皆様の無念を晴らし、この国の希望を取り戻すために、今日まで生きてきました」
そしてその様子を尻目に、俺は高らかに宣言した。
「皆様。もう二度と、怯える必要はありません。ようやくこの国は、魔王と魔族の脅威から解放されたのです!」
俺がそう言った瞬間、大きな歓声が上がる。そして群衆のうちの一人が叫んだ。
「ルーク様! あなたこそ、真の英雄です!」
響き渡ったその声は、群衆の心を一つにした。他の者たちも俺の名前を叫び、次々と賞賛の声を浴びせかける。
それはある一人の勇者が、国民から「英雄」と認められた瞬間だった。
――俺はその光景に、心の中でほくそ笑む。
そろそろいいだろうか。
歓声が多少落ち着くのを待ってから、再び口を開く。
「もう一つだけ、皆様に伝えたいことがあります」
大衆のために作られた完璧な笑顔。俺はそれを崩さないまま、ハッキリと告げた。
「実は、魔王を打ち倒せるほどの私の力は――生まれながらに『神』から授かったものなのです」
俺が「英雄」でなければ、簡単に一蹴されてしまうような、荒唐無稽な話。しかし群衆は依然として、食い入るように俺を見つめていた。
「私が、この世に生をうける時。神は私の目の前に現れ、『必ず人々を救うように』と仰いました。そして、魔王を滅ぼせるだけの強大な力を授けてくださったのです」
俺は自らの半生において、いかに神との結びつきがあったのかを真剣に語り始める。それはまるで自分が主演する舞台に立っているような感覚だった。
「それ以来私は、この使命を果たすために生き、そして実際に果たすことができました。皆様の中には、神など存在しないのだと、もしくは私たちは既に見捨てられたのだと、考えている方も多いでしょう。しかし、そうではありません。皆様が『英雄』と呼んでくださる私の存在自体が、神の存在を、そして神が私たちを見捨てていないことを証明しています」
俺はそう言って、自らの胸の前で手を重ね、祈るようなしぐさをしながら民衆に微笑みかけた。
「ですから、皆様。こうして人間に力を与えてくださった神に、再び祈りを捧げてください。そうすれば帝国と皆様に、さらなる祝福が訪れるでしょう。信じる者は、必ず救われるのです」
俺がそう言い切ると、どこからともなく、神への感謝を呟く声が聞こえてきた。
そうして、無数の崇めるような視線が集まる。その視線はまるで俺を通して、決して見えない「神」を仰ぐようで……。
――俺はその場で高笑いしたくなる衝動を、必死に堪えた。
多くの人間が俺の名前を呼び、熱狂的な信者のように手を振っている。
それに対し、俺は真っ白な手袋をはめた左手で振り返した。
手袋で隠れた俺の左手には、厳しい鍛錬で負った大きな古傷がある。それは血の滲むような努力の証で、俺が「神に選ばれし者」ではないことを表していた。
……力を神から授かった? 人々を救うのが使命?
なんて馬鹿馬鹿しいんだろう。
俺の目的は、あの日からただ一つ。
「天使様とまた会うこと」
それ以外に、俺の生きる意味なんて存在しない。
俺は一日もかかすことなく、教会に通い続けた日々を思い起こす。
純粋に「強くていい子」になれば、天使様にまた会えると信じていたこと。しかし時が経つにつれて、そうではないと悟り、侵食するような絶望感を覚えたこと。
そうして俺は、ようやく気がついたのだ。
天使様と会うには、かつてのように――人々の「神への信仰心」とやらを、復活させる以外に方法はないのだと。
英雄たる俺の言葉は、近いうちにこの場にいる民と記者たちによって、帝国全土に広まるだろう。
それから俺は、誰も入れないように封鎖しておいたあの教会に帰って、天使様に会いに行く。
そして、天使様とまた会えた時は……。
二度といなくならないように、俺のところまで堕としてしまおう。
――紡がれた執着は、あと少しで実を結ぼうとしていた。
魔王を打ち倒した勇者が、王都に帰還した日。
王都の城前ではその姿を一目見ようと、大勢の人間が詰めかけていた。
「すごい数だな」
その様子を馬車から眺めていた俺は、案内人役として同乗している男に話しかける。
男は緊張したような面持ちで答えた。
「そうですね。何と言っても、あの魔王を倒した方を見られるわけですから。ルーク様が王都でお話しすると聞いて、遠方からも人が押し寄せてますよ」
「そうなのか。ところで、俺はどこで話をすればいいんだ?」
「もうすぐ王城に到着しますが、三階の部屋に大きなバルコニーがありますので、そちらでお話ください。そこからであれば民衆もルーク様のお姿を見られますので」
「わかった。……俺の言葉は、帝国全土に広まるんだよな?」
「えぇ、今日は多くの記者も訪れてますから」
「それならよかった」
俺たちの会話がちょうど終わった頃、馬車は城の裏手に着いたらしい。
馬車を降り案内人の男に続くように王城の三階へと上がっていく。
バルコニーのある部屋に到着すると、外にいる群衆のざわめきが自然と聞こえてきた。
俺はバルコニーの前に立ち、真っ白な手袋を身に着ける。
服を改めて整え、いよいよ大きく張り出たバルコニーへと足を進めた。
俺の姿が見えるやいなや、わあっと歓声が上がる。
ガヤガヤとした雰囲気の中、俺はその歓声に応えるように笑みを浮かべた。しばらく何も言わずに佇んでいると、俺の言葉を待つかのように、群衆が静まり始める。
俺はそのタイミングを見計らい、ようやく口を開いた。
「皆様、初めまして。私はルークと申します」
しんとした空間に、自らの声はよく響いた。
俺は続けて、ゆっくりと、明確に言葉を紡いでいく。
「先日、私はこの手で、魔王の心臓を貫きました。配下の魔族も、私と、帝国の騎士たちによって打ち滅ぼされました」
周囲は俺の言葉に耳をそばだてている。
徐々に、その視線や雰囲気に熱気が帯びるのを感じていた。
「魔王が誕生してから、長い年月が経ってしまいました。その間にも、魔族に襲われ家族を奪われた者、帰るべき故郷を無くした者……。皆様の中には、信じがたいほどの苦痛や悲しみを抱きながら、生きてきた方も多いでしょう」
次第に、人々は様々な反応を示し始める。
俺の言葉に聞き惚れるような様子を見せる者、過去を思い出したのか涙を流す者……。
「私は皆様の無念を晴らし、この国の希望を取り戻すために、今日まで生きてきました」
そしてその様子を尻目に、俺は高らかに宣言した。
「皆様。もう二度と、怯える必要はありません。ようやくこの国は、魔王と魔族の脅威から解放されたのです!」
俺がそう言った瞬間、大きな歓声が上がる。そして群衆のうちの一人が叫んだ。
「ルーク様! あなたこそ、真の英雄です!」
響き渡ったその声は、群衆の心を一つにした。他の者たちも俺の名前を叫び、次々と賞賛の声を浴びせかける。
それはある一人の勇者が、国民から「英雄」と認められた瞬間だった。
――俺はその光景に、心の中でほくそ笑む。
そろそろいいだろうか。
歓声が多少落ち着くのを待ってから、再び口を開く。
「もう一つだけ、皆様に伝えたいことがあります」
大衆のために作られた完璧な笑顔。俺はそれを崩さないまま、ハッキリと告げた。
「実は、魔王を打ち倒せるほどの私の力は――生まれながらに『神』から授かったものなのです」
俺が「英雄」でなければ、簡単に一蹴されてしまうような、荒唐無稽な話。しかし群衆は依然として、食い入るように俺を見つめていた。
「私が、この世に生をうける時。神は私の目の前に現れ、『必ず人々を救うように』と仰いました。そして、魔王を滅ぼせるだけの強大な力を授けてくださったのです」
俺は自らの半生において、いかに神との結びつきがあったのかを真剣に語り始める。それはまるで自分が主演する舞台に立っているような感覚だった。
「それ以来私は、この使命を果たすために生き、そして実際に果たすことができました。皆様の中には、神など存在しないのだと、もしくは私たちは既に見捨てられたのだと、考えている方も多いでしょう。しかし、そうではありません。皆様が『英雄』と呼んでくださる私の存在自体が、神の存在を、そして神が私たちを見捨てていないことを証明しています」
俺はそう言って、自らの胸の前で手を重ね、祈るようなしぐさをしながら民衆に微笑みかけた。
「ですから、皆様。こうして人間に力を与えてくださった神に、再び祈りを捧げてください。そうすれば帝国と皆様に、さらなる祝福が訪れるでしょう。信じる者は、必ず救われるのです」
俺がそう言い切ると、どこからともなく、神への感謝を呟く声が聞こえてきた。
そうして、無数の崇めるような視線が集まる。その視線はまるで俺を通して、決して見えない「神」を仰ぐようで……。
――俺はその場で高笑いしたくなる衝動を、必死に堪えた。
多くの人間が俺の名前を呼び、熱狂的な信者のように手を振っている。
それに対し、俺は真っ白な手袋をはめた左手で振り返した。
手袋で隠れた俺の左手には、厳しい鍛錬で負った大きな古傷がある。それは血の滲むような努力の証で、俺が「神に選ばれし者」ではないことを表していた。
……力を神から授かった? 人々を救うのが使命?
なんて馬鹿馬鹿しいんだろう。
俺の目的は、あの日からただ一つ。
「天使様とまた会うこと」
それ以外に、俺の生きる意味なんて存在しない。
俺は一日もかかすことなく、教会に通い続けた日々を思い起こす。
純粋に「強くていい子」になれば、天使様にまた会えると信じていたこと。しかし時が経つにつれて、そうではないと悟り、侵食するような絶望感を覚えたこと。
そうして俺は、ようやく気がついたのだ。
天使様と会うには、かつてのように――人々の「神への信仰心」とやらを、復活させる以外に方法はないのだと。
英雄たる俺の言葉は、近いうちにこの場にいる民と記者たちによって、帝国全土に広まるだろう。
それから俺は、誰も入れないように封鎖しておいたあの教会に帰って、天使様に会いに行く。
そして、天使様とまた会えた時は……。
二度といなくならないように、俺のところまで堕としてしまおう。
――紡がれた執着は、あと少しで実を結ぼうとしていた。
460
お気に入りに追加
306
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(3件)
あなたにおすすめの小説

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。




【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話
ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。
βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。
そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。
イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。
3部構成のうち、1部まで公開予定です。
イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。
最新はTwitterに掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
えーーー!?天使と?あんなことやそんなことを!!!(@_@;)
それも、教会で…
かなり驚き、呆れましたが、正直、好きです\(^o^)/
turarin 様
短編も読んでくださって本当に嬉しいです!そうです、天使とです…👼
好きと言っていただけてよかったです🥰私もこういうのが好きなので安心しました…!笑 コメントをくださってありがとうございます!!
すごくすごく良かったです!
マルル様
コメントありがとうございます💕
短編の方も読んでくださったんですね…!そう言っていただけて本当に嬉しいです😂
とっても励みになります〜!!
初コメント失礼します。
ぐうううう。おむさんの書く執着攻め最高です…。第二王子の話も読んでいて大好きで、今回コメントを書きたい欲が爆発してしまいました💦
健気な天使さん可愛い。英雄の執着最高です…。
これからも新作楽しみに陰ながらチラチラ応援してます💦
瀬川様
初めまして!コメントいただきありがとうございます!
前作も読んでくださってたんですね…!短編を読んでくださるだけでありがたいのに、コメントまでいいんでしょうか!?最高だなんて言っていただいて、めちゃくちゃ舞い上がってます😇笑
こうして声をかけてくださって、本当に励みになります!!瀬川様のおかげでモチベがめちゃくちゃ上がりました。。これからも書いていく予定なので、よければまた気が向いた時にでも覗いていただけると嬉しいです💕
改めて、お読みいただいて本当にありがとうございます〜!