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歓迎パーティー②

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 ぞぞぞぞっと、一気に全身に鳥肌が立った。
 き、気持ち悪すぎる! なんなんだヤツは。
 一国の王子にヤツ呼びは普通、失礼どころか不敬罪に当たるところだが、心の中なので許して貰いたい。

 耳元で恋人の戯れみたいに囁くなど、本当に止めて欲しい。
 しかも、お互い相手もいないのにこんなことをされては、変な噂が立ってしまうではないか!
 私は、その王子の有り余る行為を、見た目では穏やかに、内心では荒れ狂った嵐のごとくスルーした。

 こんなところ、もうさっさっとヴァイオリン引いて退場してやるわ!
 サーラちゃんの毛を全力でわしゃわしゃしながら、お披露目する舞台へ立つ。
 すると、預けていたヴァイオリンを側で控えていたボーイが渡してきた。
 それを受け取り、サーラちゃんを足下に置いて、側にリンゴも置いた。
 よし、これで舞台は整った。

 周囲はその行動……、ウサギを足下に置いてさらに食べ物を配置する姿に驚き、固まっていた。
 そして、皆思ったことは(そのリンゴ、どこから出てきた?!)である。
 知るのは、本人のみ。
 端から見て、リンゴは突然置かれた感じで、いきなりの手品に固まるし、そのリンゴを平然とガリガリ囓り始めるウサギにも固まる。
 もう、これだけでお披露目の出し物としては充分なのでは、と思うぐらいにその場にいる者は感じた。

 (なんだか、また静かだけれどいつものことか。さ、さらっとやって帰りましょ)

 そんな思いで、ヴァイオリンを肩に掛け構える。

 と、それは突然だった。

 弦に弓を置いて構え、スッと引いた瞬間、鈍い音を立てて、糸が切れた。
 その証拠に、彼女の頬には一筋の赤い線が刻まれていた。

 場内はその光景に女性の叫びと共にざわついた。

 ……やられたわ。

 いつも警戒しているつもりだったが、ここに来て仕掛けてきた。
 大方、何らかの理由で私を貶めるための仕掛けだろう。
 場内はその犯人の思惑通り、騒ぎ始めている。このまま退散したいところだが、犯人の思惑通りになるのもしゃくに障る。
 ボーイか、ヴァイオリンを渡した男か、またはこの会場内の者か。
 犯人は分からないが、今はそんなことどうでも良い。この煩わしい空気を変える必要があった。
 王族の者は、護衛に守られ騒ぎを壇上から見守っている。
 いや、一人は面白そうにニヤニヤしてるな。
 ニヤニヤしてるのは、先程の第一王子だ。
 ヤツの顔を見ると腹が立つので、即座に顔をそらす。
 まぁ、油断していたとはいえ、想定外なことではない。

 私はまたボロボロになり弦が無くなったヴァイオリンを再度、肩に載せて構える。
 
「?何をするつもりだ……?」

 誰もが弦のないヴァイオリンを構える彼女の様子に釘付けだ。
 弦が無ければ音は出ない。なのに、彼女は今まさに弾こうとしている。

「……弦が無ければ、作れば良いのよ」

 そう呟いて、音を奏で始めた。
 そう、音が聞こえるのだ。その不思議な光景に皆、驚きつつも美しい音色に耳を傾ける。

「リンヴィーラ様、きれい」

 幼い王子、ケレディがキラキラと瞳を輝かして目の前の光景を見つめる。
    幼き王子をはじめ、会場にいる者達は彼女の姿に引き寄せられた。

 無くなった弦を魔法で作り、それで演奏しているのだが、魔法の残像で音が光となって可視化しており、会場中がキラキラと光の音が降り注がれていた。
 まるで雪のような光景で、それを操る彼女が人成らざる者に見えてさらに幻想的な空間を生み出していた。

(師長様の修行のお陰で細かい魔法が苦もなく操れるようになっている……)

 そう、今は王宮にいるだろう師匠を思い出しながら、繊細な魔法を操りつつ、演奏していた。
 この魔法のからくりは、家にいる、細くも丈夫な馬の尻尾の毛をイメージして糸を作り、それを光魔法で補強しているのだ。

 私は、こんな賑やかな舞台は苦手だけれど……、今夜の舞台は少し、胸が躍る気分がした。魔法を使って演奏なんて、今までいなかった。それに、自分が師長様と学んだことが活かせてあの日々の苦労は無駄ではなかったと改めて実感する場となった。

「……あ」

 その場にいた人々はさらに、魔法の演奏だけで無く、珍しいものを目にした。

 彼女が笑ったのだ。

 人前で笑うことはない。無表情な令嬢がほんの少しだけだが、その微笑みは花が綻ぶような可愛らしいものだったと、言い伝えられることとなる─……。



そして、華やかな舞台はヴァイオリンが壊れることはあれど、それ以外に大きなトラブルもなく幕を閉じたのだった。

 あー、疲れた。
 早くウサギの山に埋もれたい。この重い鎧という名のドレスを脱ぎ捨てたいと足早に帰路へ向かった。
会場の階段を誰よりも早く駆け下りていくと、階段下に人影があった。怪訝に思い、視線を上げる。

「……あなたは」
「ご機嫌よう、リンヴィーラ嬢。先日、以来ですね」

 そこにいたのは、星のような綺麗な目を持つ紳士、ラン様であった。

「一足先に帰ろうかと馬車の方へ向かっていたのですが、美しいあなたが階段から舞い降りるのを見かけてね」

 恥ずかしいセリフをさらっと告げたが、聞こえなかったふりをして挨拶を返す。

「ご機嫌よう……ラン様でしたわね? わざわざありがとうございます」

 ラン様は、フッと全ての女性が倒れそうな微笑みを浮かべて、私の言葉を受け止める。私には効果がないのだが。そして、早く帰りたいのだが。
 私は、確かに彼は世の平均で言えばカッコいい部類だとは思うが、それだけだった。何も私には響かない。
 ラン様は、その微笑みのまま私の顔を窺うように腰を曲げた。

「今宵は、何やら物騒なことが起きましたが、お怪我はありませんか?」
「ええ、大きな怪我はしてないので大丈夫です。ご心配おかけしましたわ。でも、きっと私の不備でしょうからお気になさらず」

 あれは、絶対他人からの意図的な行為だと分かってはいるが、誰が聞いているのか分からないのだ。変な噂を立てさせないためにも、穏便な返事を返しておく。

「……そういうことにしておきましょう。しかし、次はどうなるか分かりませんよ」

 そう告げながら不意に私の左頬に右手で覆う。どうやら、右頬の弦で切れた傷口が僅かにチクッと痛みが走った。

「こんなことは日常的なことです。慣れてますわ」
「恐くはないのですか?」

 視線を合わせれば、ラン様は、先程の胡散臭い笑みではなく真剣に私の目を見ていた。
 予想していなかったその真剣さに僅かに目を見開く。
 なぜ、先日会ったばかりの小娘にそんな目をするのだろうか。訳が分からない。
 しかし、先程の質問には答えられる。
 私の頬を押さえている彼の手をやんわりと下ろして、星のような目を見る。

「恐くないわ」

 だって、それは私が一番─……。

「嘘です」

 彼は私の返答に、即座にそう否定してきた。
 そんな彼の態度に、眉間にしわが寄る。いったい、彼は私のなんだというのだ。その理不尽な彼の反応に怒りがこみ上げてくる。
 しかし、ここは学園の人が勢揃いしている場。そんな彼等が徐々に背後から来ていることが分かる。皆、舞台が終わって今夜のパーティーについて語りながら帰路に向かっているのだろう。
 その為、感情的になりかけた熱に蓋をして彼を見る。

「誰がなんと言おうと本当のことです。では、失礼」

 彼の脇を通り、足を前に進める。と、肩に大きくてゴツゴツとした男性らしい手が置かれた。突然の行為に驚き、手の主、ラン様を振り返る。
 この目は─……。

「私は知っているのです。貴女の本当の心を」

 それは少しの時間か、または時間を置いたのか分からないが、星の目と澄んだ青い目の視線が重なった。

「……失礼しました。お帰りも、今後も気をつけて」

 私の手を取って「それではまた」と告げる。ラン様はそのまま優雅な足取りで門の先で待つ、馬車へ向かって背を向け去って行く。
 その間気品ありつつも、たくましさを感じる彼の背が遠くなるのを見つめる。しかし、私も背後のざわめきに押されるように、足を進めた。
 金の満月形のモチーフが滑らかな感触を手の平から感じる。それに対し、重い溜め息が花のつぼみのような愛らしい口から漏れた。
 先程、手を重ねられたときにラン様が、握らせてきたネックレスだ。
 手の平で輝くそれを、ちらっとウサギのサーラちゃんを抱え直しながら視界に入れる。

 また、あの目が私を見ている。
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