8 / 12
8
しおりを挟む
母との面会以来、ベネディクト様と会うことに抵抗を感じるようになってしまった。
ベネディクト様だけではない。自身の身の回りをするものですら信じられない。
誰を信じればいいの?ブリアナだけは…私の可愛い妹だけは信じられそうだけれど、それさえも信じられなくなったしまったら私はどうすればいいのか。
ベネディクト様からのお誘いもすべて体調がよくないと断りを入れている。
きっとこの状態が長く続けば、私が嘘をついていることに、鋭い方だから気づいているはずだ。
気付いているからこそ私の元へ近頃は毎日訪れるのだろう。本当はきちんと話し合わなくてはいけないことだといのに、私は弱いから誰を信じていいのかわからない。
そのため、側妃を娶るよう進言して欲しとブリアナに頼んだ。そうすれば、私のことなど忘れるはずだから。
忘れさられた皇太子妃として…離宮に引き篭もればいい。
「クリスティーナ、入るぞ」
ドンと大きな音と同時に勝手に扉が開く。侍女たちが「困ります」「皇太子様」と慌てている声が聞こえる。制止する声を聞いていたが、何処か違う場所で起きた出来事のような感覚になっていた。
ぼーっと窓から外を眺める。ポーっと鳴きながら鳩が1羽、窓枠に止まるものだから、そっと手を伸ばしてみると、人懐こいみたいで腕で羽を休めるようにしている。止まり木ではないのに、と思いながらその羽を優しく撫でる。
ベネディクト様は無視をしている私のことをどう思うのだろう。
「なぜ、起きている。体調がすぐれないのではないのか」
「…ベネディクト様こそ、何故ここにおいでになったのです。本日は大事な軍議があると聞いていました」
「そんなものは終った。私の予定を把握しているとはな。誰が漏らしたのかは聞かないでおこう。それにしても、何故お前は俺に嘘を吐いた」
予定を把握したのは、たまたまだった。
引き篭もっている私の元にブリアナが訪れたことで知り得た情報だ。
あの子は嵐のように部屋にやって来るなり、「お姉様、部屋に引き篭もり生活をはじめて何日目ですか。最近は、外出もするようになったというのに。また、籠の鳥に逆戻りですか!!さっさと、あの無表情男の機嫌直してくださいよ。あの男のせいで私がケイレブ様との逢瀬が出来ない状態なのですかね!!今日だって、ケイレブ様と一緒に出掛けるはずだったのに、あの男が緊急の軍議を開くとかでなくなってしまったのですよ!!本当に私たちの邪魔ばかりして。お姉様からも言ってくださいよ。きっと、お姉様からの言葉ならあの男も聞いてくださるはずですから」と、すべて言い思わると直ぐに退出していった。
何が起きたのかわからないほど一瞬の出来事だった。
ブリアナアとケイレブ様が想い合っていたとは知らなかったが、その事実に胸の奥が暖かくなるなか、私が母と話したことで彼らに迷惑を掛けていたことに申し訳なく思ってしまう。きっと、あの子たちは私を責めることもせずに「ベネディクト様が悪い」と言うだろう。
ブリアナが去ってから、先程の会話というよりも一方的に話し掛けられただけが、それでもあの子が言っていた無表情男という言葉に疑問をあった。
元々、表情豊かな方ではないが最近は穏やかな表情をしていることが多いので、あの子は何を見て言っていたのだろう。
そのように考えて外を眺めていた矢先の入室で、ベネディクト様から紡がれた「嘘」の言葉に身体が強張る。
貴族社会など嘘ばかりの世界で生きているというのに、何故こんなにもベネディクト様から紡がれる「嘘」という言葉には重みがあるのだろう。
「最初に私に嘘を着いたのはあなたではないですか」そう責めることができれば、どんなに楽なのだろう。
私にはそんなことができるほど、勇気は持ち合わせていない。
ただ、「嘘」に「嘘」を重ねることがどれだけ辛いことなのかわかっているつもりだ。
ベネディクト様から離れたいなど、口に紡いだが本当は「嘘」だ。
離れたくない、ずっとそばにいた。ずっと私だけの者でいて欲しい。
傲慢な本性が囁く度に、私は「離れることが幸せ」と「嘘」を重ねるのだから。
「何か言え。お前は誰かに何かを決めてもらわなければ何も言えないのか」
「…ベネディクト様!!クリスティーナ様もお疲れなのですよ」
「下がっていろ。いま、私はティナと話している。何人であろうとも、我が妃との会話に口を出すな」
苛立つ彼に対して、私を庇った侍女は怯えることもせずに堂々としている。使えている主は私だけれど、皇太子である彼に発言するなど一介の侍女がしていいはずもない。彼女は暇を言い渡されても可笑しくないのに、自分の身を挺して私を庇ったのだ。
今度は私が、彼女が庇う番だ。
「大丈夫よ。殿下とふたりだけ話をさせて。何かあったら叫ぶからあなたたちは部屋の外で待機していて」
安心させるように微笑み、侍女を下がらせる。不安そうな顔をする彼女たちだが、壁一枚外にいるとわかっているだけで私の心は勇気づけられている。
この嘘で塗れた世界で、私のことを守ってくれる人がこんなにも近くにいたのだから。
ならば、その人たちのことを信じなければ。
目の前にいるのは静かに苛立っている我が夫。苛立ちを隠そうともしない彼のことを珍しいと思いながらも、悲しみが支配する。
母の言葉にあったのは悪意だったのだろうか。実の母が向けるような言葉ではない部分もあった。だが、それは私がきちんと皇太子妃として勤めていないからだと思い受け入れようとした。
だからこそ、私は彼に私だけに固執して欲しくなかった。否、本当はしていて欲しい。
だけれど、嘘で塗り固められた私は本心とは真逆な言動をしてしまう。
こんな愚かな私でもあなたを欲しいと求めていいのですか。
告げるべき言葉ではないと飲み込む、私を見下ろす彼を椅子に座らせた。
向かいの席に腰を掛けようとすると、腕を引かれすっぽりとベネディクト様の腕の中に納まってしまい彼の膝の間に座ることになった。
そして、耳元で「俺にだけは嘘を吐くな」と弱弱しく囁くその言葉に、身体が震えた。
ベネディクト様だけではない。自身の身の回りをするものですら信じられない。
誰を信じればいいの?ブリアナだけは…私の可愛い妹だけは信じられそうだけれど、それさえも信じられなくなったしまったら私はどうすればいいのか。
ベネディクト様からのお誘いもすべて体調がよくないと断りを入れている。
きっとこの状態が長く続けば、私が嘘をついていることに、鋭い方だから気づいているはずだ。
気付いているからこそ私の元へ近頃は毎日訪れるのだろう。本当はきちんと話し合わなくてはいけないことだといのに、私は弱いから誰を信じていいのかわからない。
そのため、側妃を娶るよう進言して欲しとブリアナに頼んだ。そうすれば、私のことなど忘れるはずだから。
忘れさられた皇太子妃として…離宮に引き篭もればいい。
「クリスティーナ、入るぞ」
ドンと大きな音と同時に勝手に扉が開く。侍女たちが「困ります」「皇太子様」と慌てている声が聞こえる。制止する声を聞いていたが、何処か違う場所で起きた出来事のような感覚になっていた。
ぼーっと窓から外を眺める。ポーっと鳴きながら鳩が1羽、窓枠に止まるものだから、そっと手を伸ばしてみると、人懐こいみたいで腕で羽を休めるようにしている。止まり木ではないのに、と思いながらその羽を優しく撫でる。
ベネディクト様は無視をしている私のことをどう思うのだろう。
「なぜ、起きている。体調がすぐれないのではないのか」
「…ベネディクト様こそ、何故ここにおいでになったのです。本日は大事な軍議があると聞いていました」
「そんなものは終った。私の予定を把握しているとはな。誰が漏らしたのかは聞かないでおこう。それにしても、何故お前は俺に嘘を吐いた」
予定を把握したのは、たまたまだった。
引き篭もっている私の元にブリアナが訪れたことで知り得た情報だ。
あの子は嵐のように部屋にやって来るなり、「お姉様、部屋に引き篭もり生活をはじめて何日目ですか。最近は、外出もするようになったというのに。また、籠の鳥に逆戻りですか!!さっさと、あの無表情男の機嫌直してくださいよ。あの男のせいで私がケイレブ様との逢瀬が出来ない状態なのですかね!!今日だって、ケイレブ様と一緒に出掛けるはずだったのに、あの男が緊急の軍議を開くとかでなくなってしまったのですよ!!本当に私たちの邪魔ばかりして。お姉様からも言ってくださいよ。きっと、お姉様からの言葉ならあの男も聞いてくださるはずですから」と、すべて言い思わると直ぐに退出していった。
何が起きたのかわからないほど一瞬の出来事だった。
ブリアナアとケイレブ様が想い合っていたとは知らなかったが、その事実に胸の奥が暖かくなるなか、私が母と話したことで彼らに迷惑を掛けていたことに申し訳なく思ってしまう。きっと、あの子たちは私を責めることもせずに「ベネディクト様が悪い」と言うだろう。
ブリアナが去ってから、先程の会話というよりも一方的に話し掛けられただけが、それでもあの子が言っていた無表情男という言葉に疑問をあった。
元々、表情豊かな方ではないが最近は穏やかな表情をしていることが多いので、あの子は何を見て言っていたのだろう。
そのように考えて外を眺めていた矢先の入室で、ベネディクト様から紡がれた「嘘」の言葉に身体が強張る。
貴族社会など嘘ばかりの世界で生きているというのに、何故こんなにもベネディクト様から紡がれる「嘘」という言葉には重みがあるのだろう。
「最初に私に嘘を着いたのはあなたではないですか」そう責めることができれば、どんなに楽なのだろう。
私にはそんなことができるほど、勇気は持ち合わせていない。
ただ、「嘘」に「嘘」を重ねることがどれだけ辛いことなのかわかっているつもりだ。
ベネディクト様から離れたいなど、口に紡いだが本当は「嘘」だ。
離れたくない、ずっとそばにいた。ずっと私だけの者でいて欲しい。
傲慢な本性が囁く度に、私は「離れることが幸せ」と「嘘」を重ねるのだから。
「何か言え。お前は誰かに何かを決めてもらわなければ何も言えないのか」
「…ベネディクト様!!クリスティーナ様もお疲れなのですよ」
「下がっていろ。いま、私はティナと話している。何人であろうとも、我が妃との会話に口を出すな」
苛立つ彼に対して、私を庇った侍女は怯えることもせずに堂々としている。使えている主は私だけれど、皇太子である彼に発言するなど一介の侍女がしていいはずもない。彼女は暇を言い渡されても可笑しくないのに、自分の身を挺して私を庇ったのだ。
今度は私が、彼女が庇う番だ。
「大丈夫よ。殿下とふたりだけ話をさせて。何かあったら叫ぶからあなたたちは部屋の外で待機していて」
安心させるように微笑み、侍女を下がらせる。不安そうな顔をする彼女たちだが、壁一枚外にいるとわかっているだけで私の心は勇気づけられている。
この嘘で塗れた世界で、私のことを守ってくれる人がこんなにも近くにいたのだから。
ならば、その人たちのことを信じなければ。
目の前にいるのは静かに苛立っている我が夫。苛立ちを隠そうともしない彼のことを珍しいと思いながらも、悲しみが支配する。
母の言葉にあったのは悪意だったのだろうか。実の母が向けるような言葉ではない部分もあった。だが、それは私がきちんと皇太子妃として勤めていないからだと思い受け入れようとした。
だからこそ、私は彼に私だけに固執して欲しくなかった。否、本当はしていて欲しい。
だけれど、嘘で塗り固められた私は本心とは真逆な言動をしてしまう。
こんな愚かな私でもあなたを欲しいと求めていいのですか。
告げるべき言葉ではないと飲み込む、私を見下ろす彼を椅子に座らせた。
向かいの席に腰を掛けようとすると、腕を引かれすっぽりとベネディクト様の腕の中に納まってしまい彼の膝の間に座ることになった。
そして、耳元で「俺にだけは嘘を吐くな」と弱弱しく囁くその言葉に、身体が震えた。
0
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。
木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。
そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。
ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。
そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。
こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。
あなたの子ではありません。
沙耶
恋愛
公爵令嬢アナスタシアは王太子セドリックと結婚したが、彼に愛人がいることを初夜に知ってしまう。
セドリックを愛していたアナスタシアは衝撃を受けるが、セドリックはアナスタシアにさらに追い打ちをかけた。
「子は要らない」
そう話したセドリックは避妊薬を飲みアナスタシアとの初夜を終えた。
それ以降、彼は愛人と過ごしておりアナスタシアのところには一切来ない。
そのまま二年の時が過ぎ、セドリックと愛人の間に子供が出来たと伝えられたアナスタシアは、子も産めない私はいつまで王太子妃としているのだろうと考え始めた。
離縁を決意したアナスタシアはセドリックに伝えるが、何故か怒ったセドリックにアナスタシアは無理矢理抱かれてしまう。
しかし翌日、離縁は成立された。
アナスタシアは離縁後母方の領地で静かに過ごしていたが、しばらくして妊娠が発覚する。
セドリックと過ごした、あの夜の子だった。
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる