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2章 アルバイト開始

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 社交場ではないと、言われたが私からすれば皆さん上品に挨拶している気がする。
 ただ、挨拶が「ごきげんよう」ではなく「おはようございます」なだけで。
 それでも、浮かべている笑みは、作り物だとしても私の知る社交用の笑みとは違う。
「表情が硬いな。もう少しリラックスして」
「えっ」
「初めまして、可愛いレディ。私は、テイラー・ロット、よろしくね」
 御茶会で会ったこともない彼…いや、彼女をまじまじと見てしまう。
「そんなに、見つめられると困るな」
 困るといいながら、顔は困っていない。むしろ、嬉しそうだ。
「テイラー!アンジュちゃんを困らせないでくれるかな」
「別に困らせているわけではないけどね」
 セットしていない髪を掬われ、キスを落とされる。
 何が起こっているのか正直わからない。固まった私をぎゅうぎゅうにアイリーン様が抱き締める。
「アンジュちゃんって言うんだ。名前まで可愛くていいね」
「ほら、口説かないの」
 口説くという言葉が聞こえたが、このテイラー様という方は私を口説いていたのか。
 女性に、というよりも、口説かれたことがないからわからなかった。
 よくよく、テイラー様が着用している給仕服をみると燕尾服の形をとっているものだった。綺麗に纏められている髪をみながら、最近読んだ物語にいた男装の麗人とは、このような人を言うのだと思う。
「…素敵です」
 ポロリと漏れたひとことを聞き逃されるわけもなく「ほら、アンジュちゃんが私のことを誉めているからいいじゃないか」と爽やかな笑みを浮かべている。
「惑わされては駄目よ。彼女はあれで男性よりも人気があるの」
 人気があるとはどういうことなのか、よくわからないが兄と比べると素敵な人にみえる。
 あまり男性と関わったことがないのでよくわからないが、物語で出てくる貴公子とはこの人のような方をいうのだと思う。クリス様もよく物語のような台詞を紡ぐがあれは王族だからなのだろうと考えている。だって、ユーゴは物語の台詞のような言葉を囁いてくれたことはないのだから。
 あまりのことに、脳が考えることを辞めていたら、背後からパンパンと手が叩く音が聞こえた。
「ほら、さっさと着替えなさい。テイラーは、油売ってないで店の開店準備手伝う。アイリーンは、ちゃんとその子に着替え方を教えるの」
 凛とした声に、驚き飛び跳ねそうになる。後ろを振り向きたいが、テイラー様が困ったような顔をしているのと、私を抱きしめていたアイリーン様の力が緩くなったので今が逃げる機会だと思い、するりと拘束から逃げ出す。
「アイリーンがやらないなら私が説明するよ。元々、グレンにのは、私だからね」
「…オリヴィアさん」
 グレン様のことを呼び捨てにしているこのオリヴィアさんという方を、私は何処かで見かけたことがあるのだけれど、思い出せない。私の記憶力はポンコツみたいだ。
 テイラー様が「アンジュちゃん、また朝礼でね」と言いながら更衣室から出ていけば、アイリーン様が「ここがアンジュちゃんの荷物置場だからね」と、一番端にある区切られた場所に連れていかれた。
 家で着替えることの出来ない人たちひとりひとりに、区切られた場所を提供し身支度をするらしい。
 床に兄に持たされた鞄を置き、仕立ててもらった給仕服を取り出す。取り出した給仕服し着ていた簡素なドレスを脱ぐとアイリーン様が「パニエ着用しているのね。きっと給仕服を着たアンジュちゃん、可愛いわ。これ誰の案なの?」と聞かれた。兄か父が言ったと絶対に思われている。
「ジェード殿下です」と答えると、驚いていた。私も最初、グレン様から言われたときは正直驚いた。何故、パニエ着用を指定してきたのか。
 元々、ドレスをふんわりと見せるためにパニエを着用していたからいいのだけれど、男性から改めて言われると恥ずかしく思う。
 着用した給仕服を全身鏡でみると、ふんわりしていて可愛いと思った。パニエの効果は流石だと実感したのは言うまでもない。
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