26 / 77
2章 アルバイト開始
2
しおりを挟む
「君たち、はやく店に入りなさい」
知った声が後ろから聞こえて来たのが救いだ。
グレン様が呆れた顔をしながら此方に近づいてくる。
「ほら、そこのあなたも。私も暇ではないのですから」
腕を引かれれば、そのまま前に転びそうになる。
そんな私を受け止めてくれたのは、腕を引いた張本人であるグレン様だ。感謝を述べるより先に出てきた言葉が「不純です」なだけに、店に入ろうとしていた人たちが、此方をチラチラと見ている。
グレン様の身分などを考えたら、そんな発言する者は此処にはいないだろう。此処が御茶会や夜会なら顔を真っ赤にしながらお礼をいう令嬢か悲鳴のような声を出す令嬢がいたかもしれない。だが、いまここは王国の大通りで貴族の世界ではないのだ。
「グレン様、アンジュちゃんのことが可愛いからって手を出しては駄目ですよ」
「婚約者がいる令嬢に手を出すほど落ちぶれていませんので。それに、彼女の兄とは級友ですから」
茶化すようなアイリーン様の発言をサラッと交わしている。その間も私はグレン様の腕の中にいる。どうやって脱出すればいいのだろう。
婚約者以外の者の腕の中にいるなんて考えたくもない。
「ふふふ、そんなことは誰でも知っていることですよ。それにしても、グレアム家の宝がよくこのような場所にいますね」
宝とは何のことだ?
それよりも、腕の中から解放して欲しい。身体から変な汗が出てきて仕方がないのだから。
「これから、話します。それにしても、アイリーン嬢と面識があったのですね」
「まあ、こっちの世界は狭いですから」
小声で話しているわけでもないので他の人にも丸聞こえになっているはずだ。
契約書には、「家名を名乗るな」と書かれていたのにいいのだろうか。
「そうですか。では、彼女のことを本日は頼みます。私も朝礼が終わり次第、城に行かなくてはいけないので」
そう言うと、アイリーン様に私を預け中に入っていく。
やっと離してもらえ、ほっとしているのも束の間で、今度は手首を掴まれ引きずり込まれるように店内に入れられた。
店内には既に給仕服に着替え終わっている者などが、テーブル掃除や小物の整頓などをしていた。その姿を見ながら奥へ連れていかれ、一つの扉の前に行きつく。
「ここが更衣室よ。本当は自宅から着てくるのがいいのだけれど、私みたいに屋敷で着替えることも出来ない子が使っているの。もう、給仕服の採寸は済んでいるのよね」
「は、はい」
「そんなに、緊張しないで。ここにいる人たちは、みんなあなたのこと、歓迎しているから。ほら、どうぞ」
緊張しすぎて、ぎこちない笑みを浮かべてしまう。
貴族令嬢として、優雅な笑みを浮かべなくてはいけないのに、基礎が出来ていないと思い知らされ軽くショックを受ける。
「ほらほら、笑顔。笑顔。此処は、社交場ではないから、淑やかな挨拶はダメだよ。元気に挨拶してね」
落ち込んでいる隙はないようだ。
もともと、頼りになる女性だと思っていたが、ここまで世話焼きだとは知らなかった。
「おはようございます」
挨拶を交わしながら、中へ進む彼女に習い挨拶をする。
そうすると、「おはようございます」と笑顔で返ってくる。
優雅な笑みとは違う、その表情はどう作ればいいのだろう。
知った声が後ろから聞こえて来たのが救いだ。
グレン様が呆れた顔をしながら此方に近づいてくる。
「ほら、そこのあなたも。私も暇ではないのですから」
腕を引かれれば、そのまま前に転びそうになる。
そんな私を受け止めてくれたのは、腕を引いた張本人であるグレン様だ。感謝を述べるより先に出てきた言葉が「不純です」なだけに、店に入ろうとしていた人たちが、此方をチラチラと見ている。
グレン様の身分などを考えたら、そんな発言する者は此処にはいないだろう。此処が御茶会や夜会なら顔を真っ赤にしながらお礼をいう令嬢か悲鳴のような声を出す令嬢がいたかもしれない。だが、いまここは王国の大通りで貴族の世界ではないのだ。
「グレン様、アンジュちゃんのことが可愛いからって手を出しては駄目ですよ」
「婚約者がいる令嬢に手を出すほど落ちぶれていませんので。それに、彼女の兄とは級友ですから」
茶化すようなアイリーン様の発言をサラッと交わしている。その間も私はグレン様の腕の中にいる。どうやって脱出すればいいのだろう。
婚約者以外の者の腕の中にいるなんて考えたくもない。
「ふふふ、そんなことは誰でも知っていることですよ。それにしても、グレアム家の宝がよくこのような場所にいますね」
宝とは何のことだ?
それよりも、腕の中から解放して欲しい。身体から変な汗が出てきて仕方がないのだから。
「これから、話します。それにしても、アイリーン嬢と面識があったのですね」
「まあ、こっちの世界は狭いですから」
小声で話しているわけでもないので他の人にも丸聞こえになっているはずだ。
契約書には、「家名を名乗るな」と書かれていたのにいいのだろうか。
「そうですか。では、彼女のことを本日は頼みます。私も朝礼が終わり次第、城に行かなくてはいけないので」
そう言うと、アイリーン様に私を預け中に入っていく。
やっと離してもらえ、ほっとしているのも束の間で、今度は手首を掴まれ引きずり込まれるように店内に入れられた。
店内には既に給仕服に着替え終わっている者などが、テーブル掃除や小物の整頓などをしていた。その姿を見ながら奥へ連れていかれ、一つの扉の前に行きつく。
「ここが更衣室よ。本当は自宅から着てくるのがいいのだけれど、私みたいに屋敷で着替えることも出来ない子が使っているの。もう、給仕服の採寸は済んでいるのよね」
「は、はい」
「そんなに、緊張しないで。ここにいる人たちは、みんなあなたのこと、歓迎しているから。ほら、どうぞ」
緊張しすぎて、ぎこちない笑みを浮かべてしまう。
貴族令嬢として、優雅な笑みを浮かべなくてはいけないのに、基礎が出来ていないと思い知らされ軽くショックを受ける。
「ほらほら、笑顔。笑顔。此処は、社交場ではないから、淑やかな挨拶はダメだよ。元気に挨拶してね」
落ち込んでいる隙はないようだ。
もともと、頼りになる女性だと思っていたが、ここまで世話焼きだとは知らなかった。
「おはようございます」
挨拶を交わしながら、中へ進む彼女に習い挨拶をする。
そうすると、「おはようございます」と笑顔で返ってくる。
優雅な笑みとは違う、その表情はどう作ればいいのだろう。
0
お気に入りに追加
419
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる