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1章 開始までのあれこれ

雇用契約書にサインするようです

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「お嬢様にお客様です」
 ユーゴに贈る予定のハンカチに刺繍をしてると、侍女のリリアナが声を掛けてくる。
 私にお客様なんて、珍しいこともあるものね。
 鼻唄交じりに応接室に向かえば、「やあ、アンジュ嬢」とカロリーナの兄であるニコライ・リブロン伯爵令息がいる。ジェード殿下の1つ上で殿下付き事務官をしているらしい。ただの秘書だ。
 彼が私を訪ねてくることなんて、今までなかった。あっても困るが。
「本日はジェード殿下の使いでここにいるので、ここに来ているのから、あまり気を張らないでくれ」
「ニコライさん相手に気を張るほうが、難しいです」
 ニコライさんは兄と同じでガサツだ。
 そんな人がよくジェード殿下の使いをしていると感心してしまう。
 心の中で思ったことが伝わってしまったのか、苦笑いをしている。
「ほら、アンジュ嬢はグラッチェで働くんだろう。そのことでな。この雇用条件で問題ないか確認してもらいたいんだ」
「そういうことなのですね!」
「ああ、普通は店に来てもらって雇用契約を交わすんだが、殿下がきっと両親に話していないだろうって言い出してな。それで、ここまで来た。ついでに、あと少しで伯爵も来る」
 父に内緒で働けないのか。
 残念だ。父に知られたら、きっとお説教されるはず。
 だから、黙っていたのに。
 それにしても、雇用契約とか雇用条件とかよくわからないけれど、書面に起こしてくれているので、きちんと読めばいいか。
 きっと、理解できるはずだから。
 そうこう考えているとチチが慌ただしく入室してきた。
「アンジュ、ニコライくん。待たせたみたいで申し訳ない」
「いえ、此方も貴方の在宅を考えて訪問させていただいたので、休日に申し訳ありません」
「それは、問題ないよ。それにしても、我が娘が王宮ではなくグラッチェで働きたいとはな。まあ、あそこはジェード殿下の管轄だから間違いはないと思うが、契約書を見せてもらってもいいかな」
 渡された契約書をみながら、「ふむふむ」と言っているが私はその書面がみえていないので、何がふむふむなのかがわからない。
 ジェード殿下管轄だと、働いても問題ないらしい。父の考えていることがわからない。
「あのどのような方が働いていらっしゃるのですか?」
 疑問に思ったことは、兎に角聞くべきだと家庭教師に教わったので、ニコライさんに聞いてみる。
 ジェード殿下の使いなら知っていそうだから。
「伯爵家の者も何人かいますからね。殆どは商家や土地持ち、裕福な労働者階級の子、貴族なら子爵、男爵家の者が多いですね。王宮に伝がない者が多いと思われますが、アンジュ嬢と同じく自ら選ぶ方もいますので、安心してください」
 私の質問に丁寧に答えてくれるのだが、どう考えても父に対する説明じゃないか。
「流石、王太子殿下。よく出来た内容で驚かされる」
 よくわからないが、父が褒めてるので、すごいことらしい。
 父は王宮で労働担当の部署で働いているらしい。らしいというのは、兄が言っていたからだ。あれは、適当に何かを言っていることがあるから、信じられない。
「アンジュも、これをよく見なさい。お前に関係あることだからな」
 渡された雇用契約書を読み込む。

 関係ありそうなところは

   ・成人前の者は18時までの労働とする
   ・成人前の者は6時間以上の労働を禁ずる
   ・社交参加資格を持つものは、社交を優先

 まではいい。納得する。

   ・成人前の者は、を必要とする
 
家族の送迎とは?
 兄は目立つ。本当に目立つから止めて欲しい。
 あと父は……なんか嫌だ。

   ・婚約者がいる令嬢は家名を名乗ることを禁ずる
   ・とりあえず、変装しろ

 最後の2項目どうみても手書きだよ?
 絶対、私に対して書き出したよね。
 何考えてるの??どうみても、おかしいよね??
 私だけ可笑しな契約させられていない?
 父を見ると「いい契約書だろ」と言いたげな目をしている。

Jesusジーザス」と叫ばせて。
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