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1章 開始までのあれこれ

思い立ったら即行動

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ユーゴ達がいなくなったタイミングでクリス様がいきなり手を引っ張ったため、テーブルに頭をぶつけてしまった。
 ドンっとすごい音がしたので、まわりは何があったのだろうと視線を向けてくるが、そこは無視して優雅にクリス様の横に着席する。
 恥ずかしいと自覚してしまえば、恥ずかしくなるが自覚しなければ恥ずかしくなどないのだから! 
 最大級の笑顔を顔に張り付けて兄とクリス様を視界に捉える。
「アン。さっきの言葉は本気だから覚えていてね」
 笑顔で言うクリス様に対して複雑そうな顔をする兄。
 そんなふたりを眺めていたが、私の中ではユーゴが浮気をしたという現実を受け止めるために、どうやって心を取り戻すか考えている。
 幸いカロリーナやミーシャが教えてくれた通りグラッチェにユーゴは現れたのだから、グラッチェで張り込んでいればいいのだ。
 だけれど、このような場所にひとりで来るのは寂しいのと兄や侍女を毎回誘うのは気が退ける。 
 テーブルの横に小さく【アルバイト募集中ー楽しく働きましょうー】と書かれている紙を発見した。
 アルバイトが何なのかはよくわからないが、働けるというのなら、ここで働きながらユーゴのことを知ればいいはずだ。
 そう考えたら、行動に移すのみ。
 テーブルに設置されていたベルを鳴らし給仕の方を呼び「私、ここで働きたいのです」と言ってみると、兄とクリス様が目を見開いていた。
 呼ばれた方は「担当者をお呼びしますので、少々お待ちください」と笑顔で消えていく。
 驚きすぎて声がでなかったのか「おい、アンジュ」と掠れ声で呼び掛けられる。
 それでも、私の頭の中はウキウキ気分なので、そんな言葉は届かない。
 まだかな、まだかなとはしたないと思いながらも、身体が横にユラユラと揺れる。
 揺れすぎてしまったのか、クリス様が肩を抱き寄せてくる。
 カタカタとティーカップが揺れていたわけではないので、目障りだったのだろ。
 きっと、そうなのだろう。
 深く考えずに、クリス様の顔を見てみれば、すごく爽やかな笑顔が張り付いている。
 普通クリス様のような王子様に笑顔を向けられれば、頬を赤く染めてきゅんっとくるものだ。
 式典なとで見るクリス様に令嬢たちがキャーキャー騒いでいる姿は何度もみたことがある。
 そんなクリス様の笑顔を独占しているのだけれど、ドキドキするというよりも背筋にすーっと冷たいものが這うような感覚に襲われた。
「アン。君はいま無茶なことを考えていただろう」
「えっ、そんなことはないです」
「嘘だ。目が泳いでいる。それに、ここで働きたいなど何を考えているんだ?ここは、男爵、子爵、裕福な商家の者が行儀見習いの場として提供されているということを知らないわけではないだろう」
 そんなこと初めて知りました。など、口が裂けても言えない。言ったら、きっと呆れられるが目に見えている。
 クリス様に迷惑を掛けるつもりはないのだから、多目に見て欲しいのだが、許されそうにもない。
 じーっと見つめられるのに耐えきれずに、視線を逸らせばの真顔の兄と目が合う。
 合ったら合ったで、少し機嫌が悪そうだった。さっきのユーゴの態度が気に触ったのだろう。
 私のことをあんなにもけちょんけちょんに貶されたのだから、兄として怒っているのだわ!とちょっと感動しそうになるが、いまは目の前にいるクリス様に「キーと見つめあっている場合じゃない!ちゃんと、話を聞きなさい」と、まるで家庭教師みたいに注意される。
「アンはグレアム伯爵家の令嬢だ。君みたいな子は行儀見習いをしなくてもいい。寧ろ、そんなにもやりたいと言うのなら王宮に来ればいい」
「…王宮」
 王宮なんて畏れ多いことだ。進んで行きたいとは思わない。だって、彼処はユーゴが文官として出仕しているのだから。
 それ以外にも理由はあるが、私は王宮が嫌いだ。
 あんなドロドロとした場所に居たくはない。

 ────醜い

 その言葉がどれ程、私を傷付けたのか、それを知る人はユーゴとあの方以外はいない。
 だって、あの王女はユーゴのことを手に入れたくて仕方ないのだから。
 クリス様の異母妹だとしでも私は無理だ。
 シルビア王女は私のことを嫌っている。
 このことを知っているのはユーゴとあの方だけ。兄もクリス様も知らない話。
 そんな私が王宮で行儀見習いなどしたら、何が起きるのか目に見えている。そのため、私は王宮に行くことはしない。
 クリス様がどんなに、ここで働くことを許さないとしても。
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