上 下
95 / 142
第八章 孤独と再誕の童話

天蓋を墜とす(中)

しおりを挟む
 放たれた息吹ブレスは、雪と氷の世界をさらに冷たく凍らせる。
 地面を撫でるようにぎ払われた吐息は、闇の世界にダイヤモンドダストの奔流ほんりゅうきらめかせた。

 だが、今回の息吹ブレスはこれだけで終わらない。
 凍てつく魔力は凍りついアイスた地面バーンを形成し、さらに氷でできた枯れ木か石筍せきじゅんのような剣山を急成長させる。
 その様子はまるで、地面の下から無数のランスつらぬかれたかのようだ。
 氷の剣山は星詠みの魔女を追い詰めるように、息吹ブレスの届かなかった範囲にまで、どんどんと勢力を拡大していった。

「さっそく使いこなしていますね……本当に以前は人間だったのですか?」

 かわしながら呆れた表情な魔女の戯言ざれごと
 それを無視して、俺は精霊に向けて咆哮を上げる。

 ――【氷のやいば】【吹雪に舞え】【狙え】【落とせ】――

 再び激しさを増して巻き起こる吹雪。
 その風に舞うは、もはやおなじみとなった無数の氷の刃。

 魔女に精霊を奪われるなら、初めから精霊に頼らなければいい。
 上空から次々と投下される氷の刃は、慣性と重力の純粋な物理法則に従って、星詠みの魔女を目掛け特攻する。

 そして彼女が氷刃アイシクル落とし・フォールの弾幕とたわれている隙に、今度は龍のドラゴン・言霊ヴォイスを使わず精霊に密命を下した。
 吹雪に紛れて天の果て、雪雲の中へと姿を消す精霊。
 ……これで最後を決める布石は整った。

 俺は跳躍ちょうやくし、氷の剣山を飛び越えて魔女の前へとおどり出る。

 もはや何度目になるか分からない攻防。
 初手、俺は着地しながら獲物を狩る獣のように腕を振り下ろす。
 ところが残念ながら、それはあっさりかわされた。もちろん手加減したわけではない。

 今度こそ、決めてやる。

 追撃として、退いた彼女の足元から氷のランスを生やす――それもまた、ひらりとかわされる。

 俺はさらに一歩踏み出しながら、尾で前方をぎ払う。
 ただし、本命は鞭のようにしなる尾そのものではない。

 星詠みの魔女に、大小様々な氷のつぶてが襲いかかる。

 その正体は、さっき地面から生やした氷のランス
 高速で振り抜かれた俺の尾は一撃でそれを砕き、打ち飛ばした欠片カケラを新たな攻撃手段としたのである。

 ――しかしそれらも、彼女が新たに生み出した光弾によって相殺された。

 残った光弾はまばゆきらめくと、惑星のような軌跡を描きながら俺に向かって飛んでくる。
 しかし俺は退くことなく、左腕を覆うような氷の大盾を生成し、強引に突進を仕掛けた。

 盾が光弾を受け、立派に役目を果たして砕け落ちる。
 十分な距離まで接近したら、右腕をアッパーカットのように振り上げ鉤爪で攻撃。
 その斬撃は衝撃波のように伸びて雪の大地を切り裂き、巻き上げた雪をさらに凍りつかせていく。

 文字通り、大地に残る爪痕。
 だが、星詠みの魔女はそれを読んでいたのか、後方にではなくサイドステップでひらりと回避する。

 鉤爪と斬撃波を避けられた俺は、すぐさま次の攻撃へと移る。
 彼女の遥か後方で、斬撃に込められた魔力が無意味にはじけ、鋭い氷柱つららで構成された氷の華を咲かせた。

 ここまでのやり取りはもちろん、氷刃アイシクル落とし・フォールが継続する中の攻防だ。
 こうして直接近くで殴り合っている間でさえも、星詠みの魔女は光弾を器用に操り、降り注ぐ氷の刃を破壊し続けている。
 ちなみに、近くにいる俺にも巻き添えで、刃状の氷柱つららがガンガン当たっていた。

 どこまでもかわされ続ける俺の攻撃。
 しかし、それでも俺は追撃の手を緩めない。今回は闇雲に攻撃しているわけでもないのだ。

 攻防のさなかにを済ませていた息吹ブレスを、広範囲に広げるように放つ。
 きらめくダイヤモンドダスト。再び地面から生えてくる氷の槍たち。
 広範囲に広がった冷気が、雪原を凍らせ地形を刺々とげとげしく変えていく。

 これは一見すると魔女を足元から狙った範囲攻撃だが、その実は大規模な魔術を行使するための魔力オドをばら撒くこと自体が目的だ。
 我武者羅がむしゃらな攻めを演じて、それをさとらせないよう立ち振る舞う。

 その後も、空からは氷柱つららが、地面からは氷の槍が、隙あらば鉤爪や牙、さらに尾の薙ぎ払いが。
 戦闘が長引くにつれ、緩やかだった雪原の風景は面影を失くしていった。

 たった数分間の戦闘。
 はかりごとをたくらむ俺にとっては、途方もなくながい時間。

 最後の一手を目指して、大胆かつ狡猾に。
 不死性に任せた強引な戦い方ではなく、しかし再生能力を出し惜しみするでもなく。
 おのれつちかった今まで、その全てを賭け、ひそませた罠を成立させるために全力を注ぐ。

 そして、ようやく完成した。

 俺が息吹ブレスを放つたびに広がっていった氷の剣山。
 それがついに、ぐるりと俺たちを取り囲んだのである。

「氷の壁、捕えろ!」
 俺は仕上げに大地を踏み鳴らし、魔力を地面にはしらせた。

 ばら撒いた俺の魔力が、地面から突き出した剣山を骨格にして一瞬で形を成す。
 俺が想像イメージしたその姿は、半球状のドーム。

 俺は星詠みの魔女を閉じ込めることに成功したのだ――かつて逃げる冒険者たちの退路をふさいだ時のように。

 ただし、今回は準備に時間をかけただけあって、壁の展開がさらに早く、頭上まで氷の天井でおおわれた完璧な形状である。

 発動から数秒もかからず完成した牢獄ドームには、流石の彼女も干渉できなかったらしい。
 もう逃げ場はない。
 密室の温度は急激に下がり、その内側は鉄のアイアン・処女メイデンのようにトゲが伸びて迫ってきていた。

「もしかして、これでステラちゃんを捕らえたつもりですか?」

 あと少しで彼女に届く。その長さまで、氷のトゲが伸びる。
 星詠みの魔女は少し多めに光弾を生み出し、当たり前のように彼女を捕らえる檻を壊そうとした。

 ……それが転移をさせないため、わざと用意された隙だとも気付かずに!

つらぬけ!!」

 あの日の少年アレックスと同じように、俺は命じた。

 その刹那せつな、薄氷の天井を突き破って何かが降ってくる。
 彼女は無防備にも全ての光弾を使って伸びてくる刺を対処した、まさにそのタイミングでだ。

 獲物を狩るハヤブサのように、高速で天井の向こうから降ってきた物体。
 その正体は、氷でできた剣。

 最初のほうで空の果てに隠した、俺の切り札。
 思い起こす情景は、金属製の酒瓶と、その死角から脳天をつらぬいてきた光の剣。
 太陽のような弓使いの少年。俺は彼のやった作戦を、氷を使って再現したのだ。

 まさか時間をかけて作った氷のドームが、初めから壊す予定の囮だったなんて、夢にも思わなかっただろう。
 いや、気付けるはずがない。
 だってこれは、彼女にとって、俺ない攻撃だったはずだから。

 きっと今までの俺だったら、せっかく作り上げた氷のドームの中で決着を付けようと躍起やっきになっていた。
 しかし、過去をかてにして、俺はさらに一歩、前へと進んだのである。

 風よりも速く加速した氷の剣は、見事に星詠みの魔女の不意を突き、間違いなく当たったように見えた。

 ――さて、バラは返してもらうぞ。
 俺は勝利を確信し、心の中で彼女に宣告した。

 決着の瞬間とき
 むしろ俺はやり過ぎを心配する。
 もし本当に彼女が死んだら、バラを返してもらえないかもしれないからな。

 その結末を見届けようと、まばたきもせず彼女を見据えた。



 ――刹那、世界が目をくような白色に染まる。

 雪や氷の白ではない。
 閃光だ。

 目が潰れる直前、最後に見えたのは星詠みの魔女が光弾を恒星のように光らせる姿。
 その直後、強烈な光が世界に満ちて、俺の目は機能を失った。

「今のは、ちょっとだけ惜しかったですね♪」

 氷が崩れ落ちる音。未だ戻らない視界。
 背後から少女の笑う声が聞こえた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...