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第八章 孤独と再誕の童話

本物の呪い(中)

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 俺を中心に、吹雪がいっそう激しくなる。
 光り無き世界で、吹雪に舞う冷たい氷のやいばたちが猛威を振るう。
 縦横無尽に飛び回る無差別な斬撃で、枯れ木の森があっという間に切り開かれた。

 森の中にぽっかりと空いた広場。足場は雪に埋もれ、天候は最悪。
 あらゆる生き物たちの気配がえを恐れ、さらに遠くへと離れていく。

 しかしそんな中、星詠みの魔女は平然と俺の眼前に立っていた。

「本当は気が付いていますよね? 気に入らないものを排除し、敵対する相手を屈服させ続けたところで――貴方が本当に望むものは手に入りません」

「……黙れ」

 そんなこと、とっくの昔から知っている。
 童話にもあるように、冷たいだけの北風にできることは限られているのだ。

 あのバラに奪われたものは……俺が本当に欲しかったものは、手に入れたチカラを振るうだけでは絶対に手に入らない。

 ――しかし、そんな綺麗事で世界が回っていれば、俺はこれほど苦悩しなかった。

 もし俺が聖人だったなら、無力のままでも、心穏やかに最期まで生きられたかもしれない。
 もし俺が悪党だったなら、このチカラを利用して、欲望のまま全てを手に入れられたかもしれない。

 だが俺は、聖人にはなれなかった。そして、悪党にもなりきれなかった。

 奪わなければ、奪われる。
 この弱肉強食の世界で、豊かさと勝利をつかみたいのなら、無力な俺達はせめて非情かつ残酷に振る舞うべきだ。
 賢いやり方なら、いくらでも知っている。
 いや、むしろ今の俺なら、変な小細工なんかせずともやりたい放題にできるだろう。
 それなのに、中途半端な倫理観と、役に立たない優しさを持つせいで、結局なにも成し遂げられないのであれば……それは、出来損ないのと同じではないだろうか?

 ただ世の中の流れに必死にしがみつきながら、流され、ほだされ、だまされ、利用され、奪われ、支配されるだけの、呪われた生命いのち

 社会はを祝福しない。
 見下してあわれむことはあっても、救済はしてくれない。


 ――そして俺は、かつて人間だった時、結局何一つとて成し遂げられなかった。
 そんな中途半端な俺は、きっと血に飢えた魔獣に堕ちる前から、出来損ないの怪物だったのだろう。


 雪と氷の怪物となった俺。闇の中で燐光りんこうまとう少女を目掛け、氷のやいばをけしかける。
 精霊たちに命じる際、何か妙な感覚を覚えたが……それは気のせいだと切り捨てる。

 さいわいなことに、俺は以前この魔女が戦う姿を見ていた。
 確か彼女のは、占星術を応用した幸運の付与バフだったはず。
 ならば、幸運ごときでは誤魔化せない不可避の猛攻を仕掛ければよい――そう思っていた。

「へえ、これは中々……ですが、避けるまでもありません♪」

 星詠みの魔女は愉快そうにクスクスと笑う。
 俺の攻撃は一切届いていない――全ての刃が彼女に触れる直前で、見えざる壁にはばまれていたからだ。

「精霊には頼りすぎないことをおすすめします。彼らは一見すると従順で便利ですが、あくまで自然現象にすぎませんし……何より、移り気で浮気性ですから♪」

 彼女はそう言って指を鳴らす。すると、止められていた氷の刃たちが、次々と俺の脚元あしもとを目掛けて突き刺さった。

「しょせん精霊の声なんて、心の裏側を見せる鏡のようなもの。どうせならまぼろしや虚像任せじゃなく、で戦ってみてはいかがでしょう?」

 俺にはその言葉が、「直接かって来い」と挑発してきたように聞こえた。

 ……上等だ。
 ならばお望み通り、直接引導を渡してやろう。
 返された氷の刃を踏み砕きながら、俺は前へ歩み出る。

「わあっ、いいですね! 素直なヒトは嫌いじゃないですよ♪ ただ素直すぎて、ちょっとだけ心配になりますが……」

 ――刹那せつな、俺はペラペラとしゃべり続ける星詠みの魔女に飛び掛かった。

 静から動へ。全身のバネを活かした、ネコ科のような完全なる不意打ち。
 飛び掛かりながら牙をき、魔女の頭部を喰い千切ろうとする。
 しかし、その攻撃は完全に見切られたようだ。星詠みの魔女が一歩下るだけで、俺の牙はいとも簡単に避けられてしまった。

 もちろん俺の攻撃はこれだけで終わらない。
 飛び掛かった勢いは殺さずに、そのまま体をじる。
 続けて反転しながら、尾による広範囲のぎ払い。
 さらに、一回転した振り向きざまに右腕を振り下ろして、鉤爪で切り裂こうと試みる。

 だが、そんな怒涛どとうの連撃すらも、余裕でかわす星詠みの魔女。
 彼女は身軽にぴょんぴょんと跳ねながら、気付けば俺の間合いから完全に抜け出していた。

 ……まさか普通にしのがれるとは。先に動きを封じるべきだったか。
 運が良いだけの女と思って甘く見ていた。
 方針の変更だ。身体能力任せの奇襲に失敗した以上、無暗むやみに追撃はしない。まずは包囲を優先し、確実に攻撃を当てられる状況を作るよう思考を切り替える。

 俺は振り下ろした右手をそのまま地面に叩きつけ、後方から魔女を囲むように氷の剣山を生やした。
 ついでに上空から氷柱つららの雨――今度は精霊による自動オート操作ではなく、きちんと殺意を込めたするどい氷の弾幕を放つ。

 即席だが、上空を含めた全方位からの挟み撃ちだ。これで逃げ場はない。
 これで外れるわけがない。

 降り注ぐ氷柱つらら。踊るように身をかわす星詠みの魔女。
 氷同士がぶつかり合って、砕けていく――。

 そして、舞い上がった雪煙が晴れた時、そこに立っていたのは無傷の魔女だった。

「う~ん、詰めが甘いですね。攻撃は激しければいいってものではありません。ちゃんと相手を見極めないと」

 ……おい、ふざけるな。
 何故なぜそうなる。運が良いってだけじゃ説明できないぞ? いったいどんな理屈だよ。
 魔女は回避行動中に無敵時間があるってか? まるで、ひたすらご都合主義なゲームの主人公みたいに……しかし、もしそんな理不尽なことを言われても、今の俺なら簡単に信じてしまうだろう。

 だが、さっきみたいに投げ返されないだけ、有効な攻撃ではあったみたいだな。
 それに――いずれにせよ、これでチェックメイトだ。

 俺は眼下にいる魔女を捕らえようと、両の手でつかみかかった。

 相手は得体の知れない魔法を使う魔女だ。完全に無傷なのは流石に想定外だったが……それでも仕留めきれない可能性は十分考慮していた。
 ゆえに氷柱つららが降り注いでる間を狙って、俺は雪煙に紛れた。そうすることで俺は魔女との距離を詰めていたのである。

 中々に恐ろしいのではないだろうか、俺のような大型の魔獣に見下ろされるのは。
 その位置は既に目と鼻の先だった。

「キャッ♪」

 年頃の少女のような、気持ちの悪い声を出す星詠みの魔女。
 意外にもほとんど抵抗されることなく、彼女の細い身体は文字通り俺の手中に収まった。

 終わってみれば、あっけなかったな。なにか違和感を覚えつつも、俺は勝利を確信しながら手中の魔女に牙をく。
「俺の勝ちだ。どんなトリックで氷柱つららかわしたか知らないが、どうやらそれも無駄になったみたいだな」
 さぁて、年貢の納め時だぞ。よくも散々コケにしてくれたものだ。
 早速さっそくこのままくびり殺してしまおうか――。

「おやおや? 何をしているのですか? 貴方のステラちゃんはこっちですよ♪」

 誰も居ないはずの背後から、少女の声がした。
 振り返ると、そこには星詠みの魔女が微笑ほほえんでいた。

 馬鹿な!? じゃあ俺が今、つかんでいるはいったいなんだ?
 改めて手中を見ると……そこに在ったのは、俺が飛ばした氷の塊だった。

 ありえない。
 さっきまでは、間違いなく本物だったはずだ。
 この手に感じていた脈動や体温だって、明らかに幻術なんかではなかった――それなのに、今や冷たい氷の感触しかない。

「もーうっ、ちゃんと捕まえてくれなきゃダメじゃないですか♪ そんな体たらくじゃ、ステラちゃんには永久に届きそうもありませんねえ?」

 星詠みの魔女は混乱する俺を見ながらケラケラと笑った。
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