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第六章 獣の檻とレヴィオール王国

星詠みの魔女(下)

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 今までの話を聞いた限り、すでにその戦争はの段階だ。
 あとは戦力差に任せて、ひたすらチェックメイトを目指せばよい。

「――悪魔の瞳バフォメット・アイ

 星詠みの魔女が告げる。
 それは、ソフィアたちバフォメット族のひたいで輝く宝石の通称。

 同時にそれは、黒騎士も使っていた、森の一部を焼き払ってまだ余りあるほどの莫大な魔力を秘めた高純度の魔石でもある。

 その単語がこの話題に関わる理由は……あまりにも残酷な理由は、想像に難くなかった。
「そう! メアリス教国側にはまだ起死回生の切り札が! ゆえに、レヴィオール王国がこの戦いの行方を握るカギとなるのですよ♪」
 俺はやり場のない拳で、力任せに近くの柱を殴った。
「その状況をひっくり返すのに、どれだけの悪魔の瞳バフォメット・アイを用意する心算つもりだ? 何人殺す必要がある? クソどもがッ!! ふざけやがって!!」
 魔獣の怪力で殴られた大理石の柱の一部にひびが入り、パラパラと欠片かけらが落ちる。
 それは俺の感じた怒りの大きさを表していた。

 俺には全く関係ない他人事。そのはずなのに、まるで自分の大切な宝物が悪意を持って壊されたような気分になる。
 自分でも意外だった。
 例えば、地球で同じように戦争の話を聞いて、非業ひごうの死をげる人々の物語を聞いて、かつての俺はこれほどまでに怒りを覚えただろうか。
 それなのに、そこがソフィアの故郷であるというだけで、俺は冷静でいられなかった。

「……貴方アナタが今感じているおもいは、きっと浅はかで、同時にとてもとうとい感情なのでしょうね」
 ふと目に入った星詠みの魔女の表情は、あわれむような、いつくしむような、今までに見たことのないものだった。
「どういう意味だ?」
「……いいえ、こちらの話です♪ さてさて、悪逆非道のメアリス教国現教皇派、その魔の手からレヴィオール王国を救うためには、悠長にしている時間はありません!」
 星詠みの魔女はコロッと表情を変えると、さっきまでのウザい調子に戻っていた。

 連合国側は、一刻も早くレヴィオール王国を奪還する必要があった。
 メアリス教国が人道的であることが期待できない以上、時間を与えればこの圧倒的有利な形勢も逆転されかねない。

 しかし、とっくに雪の積もり始めた山岳地帯。そんな土地でまともに戦える種族は限られてくる。
 その中核を占めるのは、ソフィアを旗印としたレヴィオール王国の生き残りたちだ。
 少数精鋭と言えば聞こえは良いが、正面から戦いを挑むにはあまりにも少な過ぎた。

 よって連合国側はその人数の不利を埋めるため、三面からの攻撃を仕掛けることにした。
 一つはメアリス教国内、ディオン派の司祭たちによる内乱。
 もう一つは、連合軍の正規兵による、国境付近の南部平原における挑発行為。
 先に行動を起こすこの二組は、陽動としてメアリス教国の戦力を、特に一騎当千の英雄である黒騎士を引き付けることが目的だ。
 そして最後が――ソフィアのひきいるレヴィオール王国解放軍。
 彼女たち切り立った山側が奇襲を仕掛け、レヴィオール王国のみやこを奪還する。この算段で作戦は実行された。

 しかし、ここで想定外の事態が発生したのである。

「あろうことか、ニブルバーグの末裔まつえいが南部平原の戦線から命令を無視して離脱! 国境の守りを捨てて真っ直ぐに向かう先は……レヴィオール王国!」
何故なぜそうなる!? お前の差し金か!!」
 あまりにも脈絡のない展開に、俺は咆哮を上げながら星詠みの魔女をにらんだ。

「そんな、酷いです! ステラちゃんを真っ先に疑うなんて! これはニブルバーグの黒炎のせいですよ。あの炎って、地味に妄執の対象へ宿主を導く効果もありますからね~」
 そいうえば、奴がこの冬に呪われた地に来た時も、そんな感じのことを言っていた気がする。
「チクショウめ! そういうことかよ!」
 まさにストーカーご用達の能力。
 しかも、納得がいったところで何も解決していない!

「さて、これでステラちゃんがデタラメを言っていないと、ご理解いただけたはずです♪ 今やこの運命を変えられるのは、貴方アナタだけなのですよ!」
「……アレックスは、何している」
 俺は苛立いらだちの矛先ほこさきを、甲斐性かいしょうの無い太陽の国の王子に向けた。
「南部平原に出陣しています。彼にはニブルバーグの末裔に負傷を追わせ、さらには撤退にまで追い込んだ実績がありますから――まさかそれが裏目に出るなんて、誰ひとりとして思わなかったでしょうね♪」

 確かに、あの少年が操る鮮やかな弓矢さばきは、黒騎士に対して相性が良さそうだ。
 あれほどの腕があれば、乱戦を極める戦場で、黒騎士の不意を突いて毒矢を当てられるだろう。
 ――その黒騎士が戦場に居ないから、意味が無いんだけどな!!
 俺はやり場のない苛立ちを吐き捨てた。

 俺は事実を確認するため、転移門ゲートから魔法の鏡を取り出して命じた。
「南部平原の、メアリス教国と連合国の国境付近を映せ!」
 鏡が輝き、波紋が広がる。
 映し出されたのは、枯草の平原を埋め尽くさんばかりの兵士たちが、国境を挟んでにらみ合う姿だった。
 東側に並ぶのは、白に統一された鎧を纏う軍隊はメアリス教の騎士たち。
 西側のさまざまな国家や種族によって構成された混成軍は連合国の軍隊だろう。

 もはや予言の内容を疑う余地はなかった。
 星詠みの魔女は、俺が予言を信じたことに満足そうだった。
 一方俺はその得意満面な表情に舌打ちをする。
 本当に運命ってやつは、たった一人の少女ソフィアに対して、とことん厳しいらしい。

 この冬、戦争が始まる。
 戦場になるのはレヴィオール王国。
 その地にて二人の英雄の末裔まつえい雌雄しゆうを決す。
 一人は黒い炎を引き継いだ黒騎士、クロード・フォン・ニブルバーグ。
 もう一人は守護と癒しの奇跡を引き継ぐ聖女、ソフィア・エリファス・レヴィオール。
 このままだと勝つのは黒騎士。殺されるのはソフィア。
 そして、俺がレヴィオール王国に行けば、運命が変えられる。

「ニブルバーグの末裔がレヴィオール王国に辿り着くまで、猶予は一週間ほど。一方でレヴィオール解放軍は明日の晩にでも戦闘に入るでしょう! さあ、迷っている時間はありませんね?」

 星詠みの魔女が、焦燥感をあおる。
 しかし、俺がレヴィオール王国に向かうには大前提として、大きな壁が立ちはだかっていた。

「……無理だ。だって俺は、この冬に呪われた地から出られない」
 それは魔獣化の呪いの、三つの代償のうちの一つ。
 これがある限り、俺がソフィアを助けに行くなんて夢のまた夢――。

「いえ、出られますよ?」
「…………は?」
「ドロシーちゃんがなんて言ったか、よーっく思い出してみてください。おそらく、代償について、『温かい世界に居られない』としか言っていないはずです♪」

 ――お主の魂は冬に囚われておるのじゃ。今のお主は冬以外の季節を、暖かい季節を生きることは許されん、そういう存在――。

「な……あ、あーっ!?」
 確かに魔女の言った代償を言葉通りに受け取れば、“外の世界が冬になれば出られる”ことは何も矛盾していない!
「まさか、俺は騙されていたのか!!」
「うーん、別に騙したつもりは無いのでしょうが……ドロシーちゃんも、あれで過保護なところがありますからね~」
 星詠みの魔女が視線を監視塔の外に向ける。
「そう、平和な世界で暮らしてきた貴方アナタにとって、外の世界は目をおおいたくなるほど残酷でしょう――でも、だからこそ貴方アナタは旅立つべきなのですよ」
 そう語る横顔はどこか切なく、遠くを見据えていた。

 星詠みの魔女がふざけた態度の合間に時折見せる、ミステリアスな星詠みとしての姿。
 彼女の目に映る星空は、どんな未来を語っているのだろうか。
「……あんたの目的は、いったいなんなんだ」
 星詠みの魔女は、クスクスと笑った。
「機会があれば、いつか教えてあげますよ――さあ、行くのです。運命を変えるために!」

だまされてはいかんのじゃ!!」

 突如として監視塔に響く少女の声。
 それは星詠みの魔女のものではなく、俺もよく知っている相手の声だった。

 目の前の空間から、女の子の小さな手が生えてくる。
 そしてその手が空間を切り裂くように動くと、萌木色のドレスにローブを羽織った少女がその隙間から転がり出てきた。
 彼女の絹糸のような金髪は乱れていて、脂汗をかいている。

 現れたのは放浪の魔女。
 彼女は俺と星詠みの魔女の間に立ち塞がると、身の丈以上の樫の杖を星詠みの魔女に突きつけた。

「あれれぇ? もうここに来ちゃうんですか!?」
 星詠みの魔女は、頓狂とんきょうな声を上げ、星空を確認する。
 そしてしばらく星をなぞりながら、よく分からないことを小声でつぶやいていた。

「えーっとあの星がこうなって……ドロシーちゃんが居て……あーでもー……特に影響はなさそうですね。むしろ、全部ステラちゃんのみ通り、てきな? さっすがステラちゃん、完璧な星詠みです♪」
 星詠みの魔女は、放浪の魔女に明確な敵意を向けられてなお、余裕の態度を崩すことはなかった。
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