竜の国の侍従長

風結

文字の大きさ
上 下
167 / 180
八章 千竜王と侍従長

氷竜の選択

しおりを挟む
「特に、変わったような感じはないかな、と!」

 うわ、いきなりか。

 予測はしていたので、危なげなく、「結界」を破壊しようとした魔法攻撃を阻止する。

「何故、止めるのですわ」
「それは、スナが、僕にでも止められる攻撃を放ったからだね。スナが本気になれば、僕には止められない。止められないので、『結界』は破壊されてしまって、『発生源三つ子』の一人である、魔力体の子が、世界に還ってしまっていただろうね、と!」
「父様は、そちらを選ぶべきですわ」
「っ! っ!?」
「今、この『結界』が壊れれば、すべての問題が解決するのですわ」
「っ!! っ?!」
「あの娘の師匠と同じことをするなんて、馬鹿げているのですわ」
「さすがにちょっ! 体がもっ、むぅりなぁ!!」
「ーーーー」
「…………」

 ふぅ、汚れるとか何とか気になんてしていられない、床に仰向けになる。

「痛い、痛い、痛い。体中が痛いよ。折角、感覚を誤魔化していたのに」
「父様のことですから、断言はできませんが、本来、『封緘』をそのように使うべきではないのですわ」

 燃えるようだ、という比喩が、本来の役目を果たせず、紛う方なく僕の体が燃えていた。

「制御して、痛みを幾分かだけで良いので、残しておくのですわ。あと、痛みを炎と譬えるのを止めるですわ。ほら、叩いてやりますから、氷だって冷たいいたいことを思い知るですわ」

 いや、ほんとに叩くのは止めて、と言いたいところだったが、有言実行の痛娘ひゃっこいにお願いしても無駄なことはわかっているので、痛みを受け容れつつ、心象を行う。

「最初に来たときはわからなかったけど、遺体の魔力……というか残留魔力? なんか錆びて、というか、寂れている?」

 その間に、気になったことを尋ねてみる。

 あに図らんや愛娘の驚きの成分を散らした表情も可愛い……のは本当のことなのだけど、今は竜の魅力に冷え冷えの場合じゃなくて。

「本当に、父様の能力は慳貪けんどんですわ。少しは自嘲しろですわ」
「えっと、なんか、自重が自嘲になっているような気がしたんだけど……」
「下の遺体は、年寄りのものですわ。これはナトラも同意見ですわ」
「年寄りーー?」

 また一つ、面倒な謎がーーなどとは言ってはいけないのだろう。ただ、これまで出揃っている欠片を集めてみれば、大局には関係なさそうなので雑談はここまでにしておこう。

「あら、神経が集まっている場所は、無意識に守っているようですわね」

 背中が熱かったので無理をして立ち上がると、手首から先とーー触れてみると、痛みはあるが熱は感じないので、顔は焼けていないようだ。

「あー、これは、服を脱いだら、凄いことになってそうだね」

 体の半分以上が火傷。それだけでも致命傷水準だろうが、もう、何処が悪いのかわからなくなるくらいに、五回分くらいの死が圧し掛かっている。

 はぁ、よくもまぁ、生き残れているものだと感心するが、自分で選んだこととはいえ、ここまで追い込むのが正しかったのか、百回くらい自問したい気分である。

 「侍従長苛め」でぼこぼこふるぼっこにされた。

 遣ろうと思えば、僕の特性で逃げ出すことは出来たけど。というか、事情をさとる、だけでなくさとるもさとるも捧げたいくらいのアランと、やはり王としての資質を具えているのか、洞観どうかんしたベルさんの二人と違って、ユルシャールさんとエルタスはーー。

 はぁ、そんなに恨みを買っているのだろうか。一回分くらいの死傷は、魔法使いと呪術師に因るものだった。

 エルタスは現在、魔法も呪術も使えないので、投石をしてきて、後頭部に直撃。

 投擲物に関するリシェの回避能力はそこまで高くない。城街地で護衛されていたときの、クーさんの言葉を思い起こす。魔力が介在しない、物理攻撃ーー特に不意を衝いたものは、今以て僕にとっては弱点のままである。

 死地に身を置かば、新しい力に目覚める。なんてことを期待していなかったかというと、嘘になるのだけど。竜の雫を十個差し出して、串焼き三本ーーというところだろうか。割に合わないことこの上ない。

 僕が気付いていない内に、何かいい感じの能力が備わっていたとか、そんな僥倖に……、そんなもっけの……、たなぼた……、魔法使いの笑顔……、……うん、僕は疲れているに違いない。

 竜にも角にも、王様の顔には、「みー様印」をばこんっと捺しておく。空を見ても、星は答えを与えてくれない。ふぅ、きっと、僕はそういう星回りじゃないから、拾えるものだけ拾ってゆこうきっとそれがちかみちになる

「スナは、どうすればいいか、わかっているんだよね」
「何ですわ。中途半端な聞き方をするなですわ」

 愛娘に言われたので、素直に、赤裸々に、言葉にする。

「『三つ子』の、魔力体の子を助ける方法を、スナだけが知っている。他の誰も彼も、竜だって、たぶん神々だって、わからない。態々邪魔をしなくても、スナが力を貸してくれなければ、救えない。いえ、一人を犠牲にして、世界を救える。そして、きっと、世界にとっては、そちらのほうが正しい。
 僕は、悪い父親だね。大切な娘に、間違ったことをして欲しいと思ってしまっている。ただ、僕が正しいと信じていることを、スナなら認めてくれると信じているからーー」

 これほどに惜しいことが、人生にどれだけあるのだろうか。

 魂を引き剥がして、氷竜から遥かなる一歩を、距離を取る。振り返らない氷娘の、背中は小さくて。それを嬉しく思ってしまったことに罪悪感を抱くだけの、細やかな隙間だってなかったから。

 進んでいこう。
 前に向かって歩いていても、
 遠ざかっていたから。
 走っても追い付かないことはわかっていたから。
 声のない声を、上げるときを、
 間違ってはならないのだから。

 死よりも苦しいことがあると、へっぽこ詩人が最後に遺した言葉が頭を、体を満たしてゆく。

 見ず知らずの、と言ってしまって、それほど不都合のない子供。それも肉の体を持っていない魔力体。

 そんな、いつ消えてもおかしくない儚い存在なんて、スナよりも大切なわけがない。スナの想いより、優先させなければならない理由なんてない。

 ああ、でも、ごめん。僕はスナを裏切れない。

 僕が知らなかったスナが、僕の前に居る。

 遥かな星霜を巡ってきた竜だって成長する、そしてーー、弱くつよくなってしまうこともある。強くよわくなってしまったから、スナを丸ごと抱き締めよう。それが父親のーー僕だけの特権だから。

「ごめん、スナ。というか、意地悪だね、スナ」

 娘の特権を先に行使されてしまったので、僕のほうから動くべきだったのに遅れてしまったので。

 謝ったり責めたり、いや、もうそんなことなんてどうでもよくてーー。

 ーー、……。

 生きている意味。そんなものが、あるのかどうかなんてわからない。触れた瞬間に失われてしまう、確かなものを、僕は手に入れてしまったから。

 ……、ーー。

 伝えることが出来ないのなら、どう伝えればいいのだろう。する必要はないのに、したいと思ってしまった心は、何処へと旅立つのだろうか。僕と氷竜の答えは今ここにーー。

 ぱっきぃぃぃぃん……。

「…………」

 ……スナが壊れた、どうしよう。いや、言葉が半分くらい間違っている。凄く綺麗な音だったけど、腕の中に居たスナが割れてしまった、どうしよう。スナの欠片を集めようにも、もう落っこちて霧散してしまっているので、……どうしよう。

「何してるですわ。とっとと帰るですわ」

 見ると、ちょうどくるりな愛娘がいて、ひやりと笑っていたので。

 魂が一つになっていた所為なのかどうなのか、こんな簡単な魔法にも気付けなかったので。

 何か、どうでもよくなってしまったから、きっと僕の負け。勝ったのに負けてしまった、愛らしの氷竜。

 言葉通りに、とてとてと歩いて出口に向かう愛娘。

 僕と違って、スナは覚悟を凍らせてしまったようだが、それもまた一つの答えということで。

 早く追い付いてきて欲しそうな足取り。足跡の、残った魔力まで、僕を待ち焦がれていたから。魔力を重ねながら、この世界で一番意地悪でぼくをいじわるにさせる、愛しい氷の許にーー。

 はぁ、とっとと、は無理そうなので、親子でゆっくりと夜の散歩と洒落込んで、手を繋いで、皆のところに戻るとしよう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした

仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」  夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。  結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。  それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。  結婚式は、お互いの親戚のみ。  なぜならお互い再婚だから。  そして、結婚式が終わり、新居へ……?  一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」 公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。 血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。

死に戻った逆行皇女は中継ぎ皇帝を目指します!~四度目の人生、今度こそ生き延びてみせます~

Na20
恋愛
(国のために役に立ちたかった…) 国のため敵国に嫁ぐことを決めたアンゼリーヌは敵国に向かう道中で襲われ剣で胸を貫かれてしまう。そして薄れゆく意識の中で思い出すのは父と母、それに大切な従者のこと。 (もしもあの時違う道を選んでいたら…) そう強く想いながら息を引き取ったはずだったが、目を覚ませば十歳の誕生日に戻っていたのだった。 ※恋愛要素薄目です ※設定はゆるくご都合主義ですのでご了承ください ※小説になろう様にも掲載してます

処理中です...