竜の国の侍従長

風結

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五章 竜竜竜と侍従長

黒猫屋の「魔女」

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 二つ音の鐘が鳴るまで、「風の庵」とでも呼べそうな程好い空間で、風と光に抱かれて。空寝中の僕の腕の中から、痕跡すら氷に包んで、静かに飛び去っていった。

 仕事したくないなぁ、とスナの感触の余韻と甘い残り香にどっぷりと浸かりながら思ったが、カレンの黒曜の瞳を想見すると、動き出すだけの諦めを投げ込んできてくれる。

 昨日やり残した緊急性の低いものと、今日の分の仕事と、四つ音までには終わらせて、体と、何より心を休めようと思っていたのだが。あともうちょっとで終わる、というところで、お空で風竜がふよんふよんだった。

 大広場で、侍従長を遠巻きにしている竜の民は気付いていないので、以前と同じように風に乗ってねむっているときは、「隠蔽」を行使しているのだろう。

 然しもやは僕の視線は風竜ではなく、別のところに向けられていた。

「ーーーー」

 人の視線には力がある。と言う人もいるが、じぃ~と見ていると、背中を向けていたのに、竜に願いが届いたひごろのおこないがよいのか、不意に振り返って、僕に気付く。

 心付いて、逃げ出そうとしたので。

「ラカ! 捕まえて!」
「……ぴゅ? ふあこっ、ふあこ?」

 僕にもラカの「隠蔽」が及んだようなので、竜の民を避けつつ追い掛ける。

「ラカちゃんは捕まえたから、逃走継続ぅ~」
「ぴゅ~?」

 人捕る竜が人に捕られる、という状況が正に展開されて、双子の片割れに捕獲された風竜は、僕へのわだかまりもあるのだろうか、抵抗することなく連れ去られる。

 くっくっくっ、良いでしょう、良いでしょう、遁走の専門家である「神遁」の僕から逃れられると思っているなら、是非にも遣ってみるがいい。というわけで、竜の一咆哮ならぬ氷竜の一魔法。

「スナ! 捕まえて!」
「びゅ!? あこっ、あこっ!」
「駄目よ、ラカちゃん! 諦めたらそこで竜生終了よ!」
「風~竜~捕~まえ~た!」
「ひゅ~、りえに捕まっあ」
「ひっ、どこから!? くぉ~、なんのっ、ラカちゃん、分離!!」
「あこっ、わえを捨てるの、めっ、なお!」
「そろそろ諦めないと、邪竜が触るよ~、邪悪竜が触っちゃうよ~?」

 とまれ、ちょっと遊び過ぎたと反省。女の子が壁に寄り掛かって息を乱していたので、風竜を贈り物。

 自らを守るようにラカを抱き締めて、上目遣いで見てくるので、風竜共々もっと苛めあそびたくなって……げふんっげふんっ。

 ふぅ、そろそろ真面目にやろうか。

「ラカ。あこ、ということは、ギッタなのかな? そうすると、サンは、ふこ?」
「ひゅ~。ふことあこで、ふあこなのあ」
「そういえば、何で、ふあこ、なの?」
「ふあこの風は、ふあふあだから、ふあこなのあ」
「そうなんだ。双子から変じたのかと思ってたけど、風の状態から来てたのか」
「ふあふあでふかふかのこんもりだから、ちょっと迷っあ」

 なるほど。場合によっては、ふかこ、になっていたかもしれないと。

「む~」
「ん~? こうして見ると、エスタさんにちょっと似ているかな? ギッタも大きくなったら、あんな感じの美人さんになるのかな?」
「う~」
「竜にも角にも、勝負は僕の勝ちだから、付いてきてね」
「んべ~」
「びゃ~」

 ギッタに倣って、ラカも一緒に、あっかん竜。

 ……ぐふっ、これはやばい、可愛さ余らず、風満杯である。鼻血が出そうなので、もとい体中から魔力かぜが溢れ出しそうなので、ーーいや、暫し、然し、待たれたし、ギッタから小憎らしさを学んだラカが、堪らんのはどうしたものか。

 ……うん、落ち着け、僕。ちゃんと言葉にして、お願いしたのは僕なのだから、「発生源の双子」の為にも、フラン姉妹の選択を無碍むげにはできない。

「あ、あった、ここか。カレンが言っていた、隠れた名店」
「ぴゅ~?」

 竜区のーー竜の肺の商店街の奥まったところ。
 
 外観は、そのまま通り過ぎてしまいそうな、何処にでもある一軒家なのだが。見上げると、扉の上に愛嬌のある黒猫の看板が取り付けられていて、「黒猫屋」と小さく刻まれていた。

 こういった隠れ家的な場所にわくわくしてしまうのは、少年のさがなのだろうか。いや、わくわくなのは、少年の特権ではなく、少女を飾り立てて、魅力的にしている。

 子供っぽさがっていなければ、見惚れていたかもしれない。これまでは、いつも二人一緒だったので、片翼ひとりに注目することはなかったが。ととっ、この言い方は良くなかった。

 片翼ではなく、サンもギッタも双翼で、二人は四翼で羽搏はばたいているのだ。

 お互いに、片翼であろうとした双子。

 然ても、翼が増えたことで何が起こるのか、楽しみーーと言ったら失礼になるかもしれないが、わくわくがどきどきである。

 扉に手を当てて、須臾しゅゆも迷わず、ラカにお願いをする。

「ラカ。このお店の中でだけ、『隠蔽』を使わないでもらえるかな」
「ぴゅ~? 何え?」

 風竜の風が滞ってまだねにもっているようだ。でも、僕の言うことに唯々諾々として、風を吹かせるだけでなく、疑問を持って風を調整してくれるのなら、良い傾向と言っていいだろう。

「それは勿論。ラカを自慢したいから」
「ラカちゃん、気を付けて。あれは嘘吐きさんも逃げ出す顔よ。極悪人さんも自分が悪かったと謝る顔よ」
「酷いなぁ、嘘じゃないのに。勿論、別の思惑もあるわけだけど」
「ひゅ~?」
「竜と接したら、竜の民がどんな反応をするのか、ラカに知ってもらうこと。あとは、侍従長ぼくがお店に行くと警戒されるので、竜で緩和ーーというだけでなく、優遇もしてもらえるかもしれない。ラカにはそれだけの魅力があるので、いつも通りにしていてくれればいいよ」
「ラカちゃん、甘い言葉には毒があるのよ。じじゅーちょーの猛毒は、竜だってむしばんじゃう、やばいやつなのよ」

 何故だろう。いまいちギッタの言葉に反論する気が起きないのは。

 まぁ、扉の前で、いつまでも非生産的なことをしていても仕方がない。扉を開けると、にゃ~、と本物の猫が鳴いたような、というか、紛う方なき黒猫のお出迎えで、全員店内に入ると、気紛れな黒い獣が、ぴょんっと風竜の頭に飛び乗った。

 通常、動物などは竜の力か気配なのか、恐れて近付かないものだが、ラカはその範疇にはなかったらしい。或いは、風竜の頭上でくつろいでいる、この黒猫が特別なのだろうか。

「実は、魔猫だったりするのでしょうか?」

 黒猫と仲良しらしい、上から下まで真っ黒黒の衣装のお婆さんに尋ねてみる。

「そいつぁあたしも知らなかったねぇ。風竜様を従えるなんて、魔猫様の御飯には、明日から小魚一匹追加しないといけないさね」

 にゃ~っ、と嬉しそうな鳴き声。

 まるでお婆さんの言葉を理解しているかのようである。寝床を追求する風竜を寝床にしてしまう手際といい、あなどれない黒猫さんである。

「ところで、何故ラカが風竜だと知っているんですか?」
「おやおや、怖いねぇ、凄むんじゃないよ。なんだい、知っていて来たんじゃないのかい? ここは情報も売っているんだよ」
「それはーー、あっさりとばらしてしまっていいんですか?」
「構わないさね。あんた、侍従長だろ? 竜もなつく相手を敵に回す気なんて更々ないねぇ」
「ってことは、カレンは気付いていない?」
「ああ、あの嬢ちゃんかい。お嬢ちゃんは、もう少し柔らかくならないと、そっち側のお客さんにはできないねぇ」
「何を言ってるお婆ちゃん! カレン様ほど程好い弾力の稀に見る奇跡的な天の国にましますしっとりもちもちなねっとりはこの世界に二つとない……」
「ラカのお尻と、どっちが上?」
「ふゅごっ!? ……き、僅差で……、カレン様…が上……かも?」
「ふぇっ、ふぇっ、ふぇっ、風竜様より上質とは、それはそれは良い情報を入手できたから、お買い求めの際は、お安くしてあげるさね」

 広くはない店内。いや、そもそも店の体裁を成していない。簡素な机が幾つか置いてあって、机上には値段がわからない様々な品が転がっていて。片付けがあまり得意でないお婆さんの自室、と言っても通ってしまいそうだ。

 黒猫にとって居心地が良いようにラカにとってもーーというか風竜としての矜持なのか、魔猫より先に、すでにおねむである。

「これらの品は、僕は触らないほうがいいですか?」
「そうさね。うちの売り物は、全部魔法具か魔具だから、商品を台無しにされたら堪らないねぇ」
「というわけで、ギッタ。こちらの貴婦人が、詳し過ぎることについてだけど、どうしてかわかるかな?」

 店内の商品を見回していて、一所に視線が釘付けになっていたギッタに尋ねる。

「え? ん~、内通者?」
「考える手順として、身近な者を疑うのは基本だけど……」
「おやおや、本人の前であたしの正体を暴こうたぁ良い度胸をしてるねぇ」
「情報屋はすでに引退して、今は趣味のようなものでしょうから、周期若い者の教材になってください」
「ほっ! 怖いっ、怖いねぇ。色々言われてるけど、やっぱあんたは面白いよ」

 て感じで、ギッタが考えている間、お婆さんとの会話を楽しんでいたのだが。今は二人一緒でない所為か、「痴話喧嘩」のときのような明敏さは発揮されないようだ。

「ギッタ。このお店の売り物は、魔法具と魔具だよ」
「……だから、何?」
「ギッタも知っている通り、僕は竜の雫を持っている。これだけの貴重な品がごろごろと、全部買い取るのが当然なんだけど、僕はそんなことをしない」
「……売りなくない? ん……、売るつもりがない?」
「まったく売らないわけではないと思うけど。引退したとはいえ、こちらののお姫様は、情報収集を趣味としていらっしゃいます」
「さっきから貴婦人とかお姫様とか……って、まさか! この黒猫ちゃんは、魔猫ちゃん!?」

 さすがに助言が過ぎただろうか。

 貴婦人も「黒猫」のお姫様も、お婆さんへのお世辞というかおべんちゃらではなく、魔猫に対してのものだったと。

「あらあらまぁまぁ、ティティスの正体を見抜いたのは、貴方が初めてですのよ!」
「はは、さすがにお婆さんのほうが魔法具だったら、仰天していただろうけどね」
「ミニレムをこさえたあんた達が何言ってるさね。うちの王様が暴走しないように、ちゃんと目を光らせておくんだよ」
「そこで提案なんだけど、ティティス姫。お婆さんが天の国に行ったら、僕のところに来ないかい?」
「あら! 求婚されちゃったわ! どうしましょっ、どうしましょっ!」
「はっ! あたしゃあと百周期は生きるつもりだからねぇ、あんたのほうが先にくたばってるんじゃないのかねぇ」
「僕のところ、と言っても、ラカが一緒に居てくれれば、ラカの親友になってくれてもいいし、魔法王の愛猫というのも悪くないと思うよ」
「何よ何よっ! 『千竜王』の愛人にはしてくれないって言うの!」
「……愛人、のほうを姫は希望するの?」
「ティティスだって、いつまでも夢見勝ちの少女じゃないですのよ。あの氷姫には、ティティスだって尻尾を振っちゃうわ」

 ティティスがちらっと見ると、お婆さんは机の引き出しの一つを開けて、壊れているのだろうか、かちかちと欠片が触れ合ったような音のする、布袋を取り出して机の上に置いた。

 袋を開けると、水晶らしきものの残骸が。

 話の流れからして、これは覗き見の代償だったらしい。余程貴重な品だったのか、お婆さんが真顔で聞いてくる。

「これ、氷竜様に頼んだら、直してくれると思うかい?」
「頼み方によっては、この魔法具よりも高性能のものを造ってくれると思いますよ」
「……水晶玉で見ていたらねぇ、氷竜様はこっちを見て、にこりと、いや、違うねぇ、ひやりと笑ったのさね」
「それはそれは、さぞや肝が冷えたことでしょう」
「ふぅ、寿命が五十周期は縮まったよ」
「ティティスもティティスも~、氷姫の魔力を感じただけで、冷え冷えですのよ~」
「ってか、ってか、ティティスちゃん普通に喋ってるしっ! 何でこの人たち普通に会話してるの!」

 会話に交ざれなかった少女が、ついに爆発する。

 然し、ティティスは冷静に、けんで引っ張ったのだろうか、にょきっと爪が出て、指差す、というか爪差す? 若しくは球指す? 見ると、ちゃんと指球もある。

 本物と見分けがつかないくらい精巧に造られたのか、或いは死体をーーと考えるのはちょっと精神的にあれなので、寿命を延ばしたか不死化させたのか。

「魔猫が存在することよりも、風竜を抱えていることのほうが、よっぽど突飛ですのよ」
「うぐぅ……」

 ぐうの音が出たギッタ。

 猫に負けた少女に鑑みると、或いは人間の意識を移植乃至、いや、複製という可能性もあるのか。魔法、魔力が介在するなら、単純で効果的な方法が採られると見たほうがーー。

「これはあんたに渡しておくさね。愛用の宝物だからねぇ、直してくれたら、最高級の媚薬を差し上げる、と言っておいておくれ」
「はぁ、また、微妙にスナの興味を刺激するところをーー」

 布袋を差し出されて、思考が中断させられる。有意義な時間であったが、そろそろおいとまする頃合いだろう。

 然に非ず、無理かもしれないが交渉はしてみよう。

「この髪留めの二つの筒、譲っていただけますか? 確か、お安くしていただけるのでしたよね?」
「嫌なことを覚えてるもんさね。あんたが言った通り、もう引退してるから、すべて必要なわじゃないからねぇ。それに、その魔法具は、古き良き、ってやつでねぇ、魔法で言葉を届けられるようになった今じゃ、そこまでの価値はないのさね。それに、うちの王様の『遠見』を見せられたら、時代の流れってもんをしみじみと感じてしまうよ」

 素朴だが、好ましい色合いの髪留めの筒は、先にギッタが物欲しそうに見詰めていた商品である。

 サンとギッタの愛用の簡素な三つの筒に比べると、控え目な女の子が手にしそうな装飾品ではあるが。ティティスは机に移動して、筒の片方をくわえると、ラカの頭に舞い戻る。

 ラカは「浮遊」を使っているので、ギッタが筒を受け取ると。お婆さんが筒を、こんっこんっと軽く叩く。すると、少女が驚いたので、恐らくは筒が振動したか、筒の魔力に何か変化があったのだろう。

「連絡手段がなかった昔であれば、重宝したでしょうね。同時に攻撃したり、撤退の合図だったり……」
「なよっちくても、あんたもやっぱり男なんだねぇ。そんな物騒なこと考えてないで、恋人同士がお互いの存在を近くに感じる為のものとか、そういう発想はできないもんさね」
「…………」
「売り物とは言ったが、値段は付けられないからねぇ。直らなくてもいいから、氷竜様に頼んでおくれ。あと、謝っていたと伝えておくれ。それと引き換えでいいさね」
「というわけで、ギッタ。片方を自分に、そしてもう片方をーーラカに付けてあげてくれるかな」
「え……?」
「駄目?」
「っ……」

 これがギッタを連れてきた理由である。

 黒猫屋に来たのは偶然だが、目的に合致する品があったのは助かった。

 サンとギッタは、別々に行動してくれている。二人の間で、どんな経緯いきさつがあったのかわからないが、「発生源の双子」の為に、スーラカイアの双子が二人一緒にいなかったらどうなるのか、試してくれている。

 髪飾りの数が、サンは三つ、ギッタが四つとなれば、皆が二人を見分けられるようになる。そして、それは二人もお互いに、「共振」や「同調」の影響で曖昧だった自我が分かたれて、明確に自分が何者であるのかを知ることとなる。

 詮ずるところ、双子の魔力は減じるかもしれない。

 スーラカイア国の双子の話に鑑みて、「共振」と「同調」が成されないのであれば、当然、その可能性も視野に入れる必要がある。そのことは百が伝えてくれたはずなので、フラン姉妹の選択は、決して軽いものではない。

「ーーーー」

 僕の頼みに揺らいだ少女だったが。然し、一度決めてしまえば、風の行方に迷うことはなかった。

 姉の髪に触れるように、慣れた手付きで風髪に髪留めを、それから自分に、四つ目の髪留めを。

「あら、もしかしたら、貴女がティティスの未来のご主人様になるのかしら?」

 ティティスは、風竜の竜頭から、少女の肩に飛び移る。

 そう、ラカに普通に接触していたのも、魔猫の正体を看破する手助けになったのだが。

「ふぇっ、ふぇっ、ふぇっ、それならあたしの二つ名の『魔女』でもくれてやるかねぇ」
「『魔女』って、ーー実在したんですね」
「『正体不明の魔法使いの美女』ってことらしいけどねぇ。あたしゃ魔法使いじゃなくて、言うなれば道具使いだったってわけさね」
「それも隠れ蓑になったってわけですか」

 「魔女」とは、都市伝説の類である。知りたいことを教えてくれる魔性の女。

 見た者を虜にすることから、魔物ではないかとの噂もあったが、しかしてその正体たるやーー。

「今、すごく失礼なこと考えたさね」
「ーー何のことやらさっぱり」

 顔に出てしまったらしい。

 然ても、今度こそ用件は済んだことだし、特別な魔法具かもしれないので、お姫様ティティスを撫でることは出来ないし、魔法使いだけでなく魔具の天敵でもある僕は、不測の事態で損害を出さない内に遁走こきたいのだが。

「お嬢ちゃんは、またおいで。侍従長は心臓に悪いから、用があるなら代わりの者を寄こしな」
「そんな言い方すると、次は王様を寄こしますよ」
「まったく、どっちの王様も御免だねぇ」

 どっちの、ということは、三人目の王様のことは知らないのだろうか。いや、知らない、ということはないだろう。ってことで、三人目の王様が誰かは、暗竜のお口に、ぽいっ。

 ん~、暗竜といえば、エタルキアだけど、僕たちに接触してくることはなかった。気付かなかった、などということはないから、警戒されているのだろうかーー。

「むあむあむあ……。むあむあむあ……」

 黒猫屋を辞すと、ギッタがぐりぐりされていた。

「なっ、むぅ、ラカちゃ……」
「むあむあむあ……。むあむあむあ……」
「…………」

 ギッタには無理そうだったので、代わりに風をラカに注ぎ込んであげる。

「ひゅるるんっひゅるるんっひゅるるんるんっ!」

 それからぎゅ~としてくるラカの腕も風で緩めてあげる。

「あこっ、あこっ、あこっ! ……ぴゅ?」

 あ、風を注いでいたのが僕だと気付いたらしい。

 風間違いした風竜は、色付いた風を振り撒きながら、ぽふっとギッタの肩口に顔を埋めてしまう。丁度良いので、ギッタにも提案する、というか、事実確認を行う。

「それじゃあ、ギッタ。逢引デートの続きをしようか」
「っ??」

 第三者から見たら、そのような結論に至るかもしれないという事実に、余程応えたのか、憎まれ口も捨て台詞もなく、ラカを抱えたまま逃げ去っていく少女。

 ーー失敗した。五つ音くらいから、主に心の健康の為に、何処かで休息を取る予定だったので、スナはまだ忙しいだろうから、添い寝竜ふうりゅうが欲しかったんだけど。

 いや、リーズは良いだけど、絵面的にちょっと。となると、百はーーそれとなく伝わっているらしい仔竜みーとの間に致命的な断裂が生じるかもしれないので、これも選択肢から消えるーーと。

 何となく見上げてみると、「結界」の向こう側だろうか、遠くに雷竜の姿が。

 ーー目が合った?

 いやいや、何で僕は、竜としか認識できない遠さなのに、雷竜であると確信したのか。

「あ……」

 僕と眼差しが繋がって、油断したからだろうか、リグレッテシェルナはとてもでっかい氷の直撃を受けて。あと、無数の岩の追撃に、北の方角へと。

 ぴりぴり。ぴりぴり……。

 寂しそうなリグレッテシェルナの、雷の余韻が遠ざかっていったのだった。
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