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五章 竜竜竜と侍従長
「千風事件」
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「父様。空を見ているのなら、丁度良いですわ。空に何があるのか答えるのですわ」
「えっと、風の根暗、もとい風の塒がなくなっているね」
「ぴゃ~。わえはねぇくぅ~」
これ以上は本当に不味そうだったので、雷竜の息吹で頭を覚醒させて、スナの意図を酌んで応える。と言いたいところだが、まだ不十分だったので、雷竜に噛み付いてもらってがぶがぶされてから、満足気な雷竜とおさらばする。
然ても、空想ではなく現実の雷竜ーーリグレッテシェルナには伝わっただろうか。
もう一度、次はきちんと僕の言葉として、託けるとしよう。
胸に手を当ててみれば、ラカとは異なる、深く根を張ったような衝動が今も、忘れ難い感触として残っている。
「ぴゃ~ぴゃ~ぴゃ~ぴゃ~っ」
「……えっと、そろそろラカを苛めるのはーー」
風竜が炎竜氷竜に左右から頬をぐりんぐりんされているのは僕の所為かもしれないので、目線は逸らしつつ地竜に助勢を乞うてみる。
「リシェ殿は、ラカールラカに何をされたかわかっているです?」
「何、というと……」
言葉に詰まってしまった。
うぐっ、……うわぁ、思い出してしまった。
夢の如き心地がするが、あれは確かに現実に起こったことで。唐突だったスナのときと違って、明確に、感触まで覚えている。然し、まるで儀式めいたあの行為に、不思議と羞恥心は湧いてこず、満足感というか充足感のようなものが僕を満たしている。
あ、失敗した。どうやら、表情に出てしまっていたようで、愛娘が我慢の限界に達してしまったようだ。
「ひゃっこい! もう、もうっ、まどろっこしいですわ! 父様っ、あの風っころが創った羽根が何でできているか知っていますわ!」
「……ラカの、余剰魔力?」
「ひゃぐっ、……正解ですわ。あの羽根一枚創るのに、百周期掛かっていますわ」
「というと、千枚だから、十万周期ーー?」
「そうですわ。その風竜戯た魔力を父様……」
「う~ん、それって大丈夫なのかな?」
「は? 何がですわ? 父様の体なら……」
「えっと、これまで、世界には通常よりも多い魔力がある、って何度も聞いてきたんだけど。十万周期分のラカの魔力も含めてのことなのかな、と思ったんだけど」
「ひゃ、ふ……?」
あ、珍しい。仔炎竜のような、ぽかんとしたお顔の氷竜。
愛娘の新たな一面を堪能したいところだが、そう悠長にはしていられない。スナが自身の状態に気付く前に、僕はナトラ様の腿を軽く叩いて、分析が得意な地竜にお願いをする。
「昔から、世界の魔力量は変わっていないです。ラカールラカの羽根の魔力は除外されていたと考えて良いです。多過ぎる魔力は毒になるです。ミースガルタンシェアリが世界に還った今、下手をすれば風の塒の魔力が流出して、人種は滅びていたです」
なんだろう。コウさん関係だけではなく、フフスルラニードの双子やラカの風の塒まで、人類は危機に陥り過ぎじゃないだろうか。
そこには何か繋がった、原因となるものでもあるのだろうか。などと、世界の異常に危機感を募らせていると。
「でも、ラカールラカの風の塒の魔力は、すべてリシェ殿に吹き込んだので、事なきを得たです」
「はい……?」
……へ? ……なんですと?
「僕たちが見たのは、最後の一回だけです。リシェ殿にも理解できるようにわかり易く言うです。夜もすがら千回、ぷぅ~、と羽根の魔力を口から吹き込まれたです」
……あー。……うん、理解はできた、ような気がする。
千回のぷぅ~で「千風」がラカによって施されたと、いつの間にか事案が発生していたと、そういうことだろうか。
竜にも角にも、「千風事件」とでも名付けておこう。
「びゃ~びゃ~びゃ~びゃ~っっ!!」
「百竜にヴァレイスナ、そのくらいにしておくです。そもそも、ヴァレイスナには、ラカールラカを責める権利はあまりないです」
ナトラ様の言葉はスナの竜心に刺さったらしく、一時極炎が優勢になったが、愛娘が動揺を静めると、ラカの体の真ん中まで極氷が盛り返す。
これは、ラカを解放するには、とっとと話を進めるのが良策のようだ。
然あらば膝地竜をたしったしっ。
「……ヴァレイスナは実験をしていたです。リシェ殿は、魔力の調整器官ーー氷竜の『いいところ』を擦って放出された、氷竜の魔力の、最も濃い魔力を、今回のラカールラカと同じく、体内に吸収させられていたです。リシェ殿は自覚がないようですが、ヴァレイスナのーー氷濃魔力は、普通の人種なら魂が凍り付く水準のやばい魔力です」
ナトラ様の説明を聞いていて、一つ気付いたことがあったので、事実を暴き立てられて冷や汗を掻いている冷え冷え~な愛娘に質してみる。
「シャレンに抱き付かれたとき、常になく取り乱していたけど、あれはシャレンの魔力が実験の妨げになると思ったからなのかな?」
「二巡り程度なら、またやり直せば良いと、諦めたのですわ。父様とあの娘だけでなく、竜の国にはどういうわけか、おかしな者が幾人も集まっていますわ。たぶん、父様の所為ですわ」
「えっと、そこで僕に責任を押し付けられても……」
「何にせよ、実験の主要な部分は、風っころがやってしまったのですわ。私が慎重に、経過を診ながら、父様を気遣って、最大限注意を払って、心竜になるのではないかと思うほど心を籠めて、父様に愛してもらっていたというのにーー」
誤解を招くような発言は控えて欲しい。との言葉が喉まで出掛かったが、まだ話の途中だったので、ぐっと堪える。
ここまで炎氷風地になってしまっているが、僕にとっても非常に重要な事柄が含まれていると思われるので、炎竜の熱線から逃れつつ、大人しく待つことにする。
「岩っころ、ではなく、ユミファナトラ。その王様戯た魔鏡で視た結果を話すですわ」
「僕は、ナトラ、という愛称が気に入っているです」
「わかったですわ、ナトラ。仲直りの手伝いくらいはしてやるですわ」
「他竜のことより、自分のことからどうにかするです」
ふむ。一夜を共にして、もとい共寝ではなく同衾、って、いやいや、言葉の意味はどうでもよくて、二竜は色々と語り合って、心の距離を縮めたらしい。
「リシェ殿を視たところ、僕がわかる範囲で、何一つ変わったところはないです」
「然もあろう。仮に、風の塒の魔力量を一京ガラン・クンだとしたなら、主に注がれた世界の半分に相当する魔力は何処へ行ったというのだ」
頷きながら、何故か嬉しそうに、というか愉快そうに、という表現のほうが近いだろうか、満足そうにしながら百はナトラ様に尋ねる。
「その答えを識っている者がいるとするなら、リシェ殿です」
「……僕?」
「リシェ殿がわからないというのなら、僕たちが憶測を述べ立てたところで意味はないです」
話が逸れているような気がしたので、竜膝をたしったしっとすると、了解してくれた地竜が、どどんっと結論を差し出してくれる。
「ヴァレイスナとラカールラカは、手法は違えど、同じ目的の為にやったです。わかり易いのでラカールラカに当て嵌めれば、こうなるです。今のままでは『もゆもゆ』の寝床は百周期も持たないので、もっと永く使えるようにしようとして失敗したーーかもしれないです」
「……それって、僕の寿命を延ばそうとしたってこと?」
「端的に言えばそうです。でも、ラカールラカが望んだのは、竜の領域に招くこと。リシェ殿の存在を根底から創り変えることだったとしても僕は驚かないです。それに、懸念はあるです。ラカールラカは、こんなでも、あんなでも、そんなでも、竜の中でも直感に優れた、別格と言っても良い、……何だかもう褒めたくなくなったので、ここら辺で止めておくです。竜にも角にも、これ以上は経過観察が必要です。だから、もう一つの問題について明らかにするです」
もう一つの問題、とナトラ様が言及した瞬間、ぴりっと緊張の糸が張り詰めたーーと思ったら、直後には「もゆもゆ」な感じになってしまったのだが、はて、何が起こったのだろうか。
空寝だろうか、ラカが眠ってしまったので、もゆんもゆんな雰囲気を誤魔化そうとしたのか、特大の炎氷。
「ぴゅー」
「この風っころ、もう慣れやがったですわ」
「このすちゃら風めが、どれだけ羨まーーけしからんのだっ……」
「僕が話すので、そこの『最強の三竜』共はもう黙っているです」
「「「…………」」」
これまた珍しい。炎氷風が地竜の言葉で一様に大人しくなってしまった。
「ラカールラカは千回、リシェ殿に魔力を吹き込んだです。でも、僕たちが遣って来たのは千回目です」
「ああ、スナとナトラ様は一緒に来たとして、百も同時だったということは、千回目に何かがあった、ということですか? ーーん、あれ? ナトラ様、何か背負っているんですか?」
視線をひらひらな布のぎりぎりまで寄せると、何か重たい物でも入っているような大きな袋が、見えたような見えなかったような。
「……これは、土竜茶です」
「昨日振る舞ってやったら、生産者のところまで付き合わされる羽目になったのですわ」
「グラニエスさんのところまで? えっと、竜の『味覚』でも、味は変化するのかな?」
「『味覚』は器官ではなく能力のようなものですから、味は変わらないですわ」
「ということは?」
「…………」
「揶揄う為に飲ませたら、磨き上げた鉱石のような竜眼を向けられたですわ。ただ、他の地竜に飲ませてみるまでは、保留にしておきますわ。あと、父様も話を脱線させていないで、黙っているが良いですわ」
確かに。地竜が角を曲げてしまわない内に、三竜よろしく静聴することにしよう。
然ても、「地竜も大好き土竜茶」と土竜茶の売り文句として商道に反したことをしてしまったが、嘘ではなかったものの、正しくもなかったらしい。まさか、あの泥臭い土の味を気に入ってしまうとは。でも、属性のことを勘案すれば、おかしなことでもない、のかな?
「……どうやったのかはわからないですが、ラカールラカは九九九回まで、外部に漏らさないーー悟らせなかったです。そして、千回目の接吻で……一気に解放されたです。
……リシェ殿との、千回分の粘膜接触が、狂おしい感触が、壮絶な求めが……一回だけでも溢れそうになるのに、それが……千回もですーー溜まりに溜まった凶悪的な、それでいて蠱惑的な、悩殺というか竜殺というか、そんな絶竜的衝動が……体を、心を、尻尾を、角を、鱗を、魔力を、精神を、魂を……凌辱する勢いで、撫で回されたです、揉み拉かれたです、吸われたです、貫かれたです、掻き回されたです、注がれたです……」
……なにがしくれがし、なんというかかんというか、みーやコウさんには聞かせられない、反応に困る表現がたんまりと詰め込まれていたわけだけど。
見ると、ナトラ様の述懐で再体験したのか、みーにぎゅぎゅ~とされたかのように上気して、内から湧き出る情動に必死に抗いながら、ラカ以外の皆が、僕の視線というか僕自身を拒むかのようにあっち向いて竜。いないいない竜、ということで、俎板の上の邪竜。
「リシェ殿と行動を共にしていた僕たちは、免疫なのかどうなのか、耐性があったようで、何とか抑え込むことが出来たです。でも、あれは駄目です。あれは本当にやばいです。あんな衝動で犯られた大陸の竜たちは、今、大変なことになっているはずです」
「ぴゃ?」
「「「…………」」」
「ヴァレイスナの『結界』に加えて、僕も『結界』を張ったです。これから更に強固な『結界』と、それ以外の対策も施すです。しばらくしたら衝動に駆られて、リシェ殿を、『千竜王』を求めて、耐え切れなかった、餓えた竜どもが竜の国に遣って来るです」
「ぴゅ?」
「「「ーーーー」」」
「三日間は、様子見をするです。それくらい経てば、衝動も収まるはず……です」
どうやら、思っていた以上に深刻な事態になっていたらしい。
「ーーひょっとしなくても、すべてはラカが悪いと?」
「ぴゅ~!? りえっ、それは違うと思うのあ!」
「それは確定。或いは、父様が『もゆもゆ』なのが悪いですわ」
「もしかしなくても、スナ、怒ってる?」
「過ぎてしまったことは仕方がないですわ。父様の初めてを奪っておいて良かったと、安堵しているところですわ。風の塒に行くのを許可したのは私自身なのだから、怒っていたとしても自分に対してですわ」
「えっと、判決は、その、どうしようか? 三日間『もゆもゆ』接触禁止令ということで?」
「びゃ~~っっ!?」
「罰は必要ないであろう。三日も遠ざければ、頭すっかす風はまた遣らかすぞ」
「ぴゃ~っ! ほのっ、ほのっ、ほのっ!」
「くっ付くでない! くっ、氷めっ、手を放しよったな!? もう良いわっ、向こうへ行っておれ!!」
ぶんっ。きゅっきゅっきゅっきゅっ。ぽっひょん。
百が硝子の欄干の向こうにラカをぶん投げると、見事な弧を描いて僕の胸に飛び込んでくる。
ナトラ様の膝地竜から解放されたので、ちょっと残念とか、そんなことは微塵も思っていないので、即座に起き上がる。
「えっと、風の根暗、もとい風の塒がなくなっているね」
「ぴゃ~。わえはねぇくぅ~」
これ以上は本当に不味そうだったので、雷竜の息吹で頭を覚醒させて、スナの意図を酌んで応える。と言いたいところだが、まだ不十分だったので、雷竜に噛み付いてもらってがぶがぶされてから、満足気な雷竜とおさらばする。
然ても、空想ではなく現実の雷竜ーーリグレッテシェルナには伝わっただろうか。
もう一度、次はきちんと僕の言葉として、託けるとしよう。
胸に手を当ててみれば、ラカとは異なる、深く根を張ったような衝動が今も、忘れ難い感触として残っている。
「ぴゃ~ぴゃ~ぴゃ~ぴゃ~っ」
「……えっと、そろそろラカを苛めるのはーー」
風竜が炎竜氷竜に左右から頬をぐりんぐりんされているのは僕の所為かもしれないので、目線は逸らしつつ地竜に助勢を乞うてみる。
「リシェ殿は、ラカールラカに何をされたかわかっているです?」
「何、というと……」
言葉に詰まってしまった。
うぐっ、……うわぁ、思い出してしまった。
夢の如き心地がするが、あれは確かに現実に起こったことで。唐突だったスナのときと違って、明確に、感触まで覚えている。然し、まるで儀式めいたあの行為に、不思議と羞恥心は湧いてこず、満足感というか充足感のようなものが僕を満たしている。
あ、失敗した。どうやら、表情に出てしまっていたようで、愛娘が我慢の限界に達してしまったようだ。
「ひゃっこい! もう、もうっ、まどろっこしいですわ! 父様っ、あの風っころが創った羽根が何でできているか知っていますわ!」
「……ラカの、余剰魔力?」
「ひゃぐっ、……正解ですわ。あの羽根一枚創るのに、百周期掛かっていますわ」
「というと、千枚だから、十万周期ーー?」
「そうですわ。その風竜戯た魔力を父様……」
「う~ん、それって大丈夫なのかな?」
「は? 何がですわ? 父様の体なら……」
「えっと、これまで、世界には通常よりも多い魔力がある、って何度も聞いてきたんだけど。十万周期分のラカの魔力も含めてのことなのかな、と思ったんだけど」
「ひゃ、ふ……?」
あ、珍しい。仔炎竜のような、ぽかんとしたお顔の氷竜。
愛娘の新たな一面を堪能したいところだが、そう悠長にはしていられない。スナが自身の状態に気付く前に、僕はナトラ様の腿を軽く叩いて、分析が得意な地竜にお願いをする。
「昔から、世界の魔力量は変わっていないです。ラカールラカの羽根の魔力は除外されていたと考えて良いです。多過ぎる魔力は毒になるです。ミースガルタンシェアリが世界に還った今、下手をすれば風の塒の魔力が流出して、人種は滅びていたです」
なんだろう。コウさん関係だけではなく、フフスルラニードの双子やラカの風の塒まで、人類は危機に陥り過ぎじゃないだろうか。
そこには何か繋がった、原因となるものでもあるのだろうか。などと、世界の異常に危機感を募らせていると。
「でも、ラカールラカの風の塒の魔力は、すべてリシェ殿に吹き込んだので、事なきを得たです」
「はい……?」
……へ? ……なんですと?
「僕たちが見たのは、最後の一回だけです。リシェ殿にも理解できるようにわかり易く言うです。夜もすがら千回、ぷぅ~、と羽根の魔力を口から吹き込まれたです」
……あー。……うん、理解はできた、ような気がする。
千回のぷぅ~で「千風」がラカによって施されたと、いつの間にか事案が発生していたと、そういうことだろうか。
竜にも角にも、「千風事件」とでも名付けておこう。
「びゃ~びゃ~びゃ~びゃ~っっ!!」
「百竜にヴァレイスナ、そのくらいにしておくです。そもそも、ヴァレイスナには、ラカールラカを責める権利はあまりないです」
ナトラ様の言葉はスナの竜心に刺さったらしく、一時極炎が優勢になったが、愛娘が動揺を静めると、ラカの体の真ん中まで極氷が盛り返す。
これは、ラカを解放するには、とっとと話を進めるのが良策のようだ。
然あらば膝地竜をたしったしっ。
「……ヴァレイスナは実験をしていたです。リシェ殿は、魔力の調整器官ーー氷竜の『いいところ』を擦って放出された、氷竜の魔力の、最も濃い魔力を、今回のラカールラカと同じく、体内に吸収させられていたです。リシェ殿は自覚がないようですが、ヴァレイスナのーー氷濃魔力は、普通の人種なら魂が凍り付く水準のやばい魔力です」
ナトラ様の説明を聞いていて、一つ気付いたことがあったので、事実を暴き立てられて冷や汗を掻いている冷え冷え~な愛娘に質してみる。
「シャレンに抱き付かれたとき、常になく取り乱していたけど、あれはシャレンの魔力が実験の妨げになると思ったからなのかな?」
「二巡り程度なら、またやり直せば良いと、諦めたのですわ。父様とあの娘だけでなく、竜の国にはどういうわけか、おかしな者が幾人も集まっていますわ。たぶん、父様の所為ですわ」
「えっと、そこで僕に責任を押し付けられても……」
「何にせよ、実験の主要な部分は、風っころがやってしまったのですわ。私が慎重に、経過を診ながら、父様を気遣って、最大限注意を払って、心竜になるのではないかと思うほど心を籠めて、父様に愛してもらっていたというのにーー」
誤解を招くような発言は控えて欲しい。との言葉が喉まで出掛かったが、まだ話の途中だったので、ぐっと堪える。
ここまで炎氷風地になってしまっているが、僕にとっても非常に重要な事柄が含まれていると思われるので、炎竜の熱線から逃れつつ、大人しく待つことにする。
「岩っころ、ではなく、ユミファナトラ。その王様戯た魔鏡で視た結果を話すですわ」
「僕は、ナトラ、という愛称が気に入っているです」
「わかったですわ、ナトラ。仲直りの手伝いくらいはしてやるですわ」
「他竜のことより、自分のことからどうにかするです」
ふむ。一夜を共にして、もとい共寝ではなく同衾、って、いやいや、言葉の意味はどうでもよくて、二竜は色々と語り合って、心の距離を縮めたらしい。
「リシェ殿を視たところ、僕がわかる範囲で、何一つ変わったところはないです」
「然もあろう。仮に、風の塒の魔力量を一京ガラン・クンだとしたなら、主に注がれた世界の半分に相当する魔力は何処へ行ったというのだ」
頷きながら、何故か嬉しそうに、というか愉快そうに、という表現のほうが近いだろうか、満足そうにしながら百はナトラ様に尋ねる。
「その答えを識っている者がいるとするなら、リシェ殿です」
「……僕?」
「リシェ殿がわからないというのなら、僕たちが憶測を述べ立てたところで意味はないです」
話が逸れているような気がしたので、竜膝をたしったしっとすると、了解してくれた地竜が、どどんっと結論を差し出してくれる。
「ヴァレイスナとラカールラカは、手法は違えど、同じ目的の為にやったです。わかり易いのでラカールラカに当て嵌めれば、こうなるです。今のままでは『もゆもゆ』の寝床は百周期も持たないので、もっと永く使えるようにしようとして失敗したーーかもしれないです」
「……それって、僕の寿命を延ばそうとしたってこと?」
「端的に言えばそうです。でも、ラカールラカが望んだのは、竜の領域に招くこと。リシェ殿の存在を根底から創り変えることだったとしても僕は驚かないです。それに、懸念はあるです。ラカールラカは、こんなでも、あんなでも、そんなでも、竜の中でも直感に優れた、別格と言っても良い、……何だかもう褒めたくなくなったので、ここら辺で止めておくです。竜にも角にも、これ以上は経過観察が必要です。だから、もう一つの問題について明らかにするです」
もう一つの問題、とナトラ様が言及した瞬間、ぴりっと緊張の糸が張り詰めたーーと思ったら、直後には「もゆもゆ」な感じになってしまったのだが、はて、何が起こったのだろうか。
空寝だろうか、ラカが眠ってしまったので、もゆんもゆんな雰囲気を誤魔化そうとしたのか、特大の炎氷。
「ぴゅー」
「この風っころ、もう慣れやがったですわ」
「このすちゃら風めが、どれだけ羨まーーけしからんのだっ……」
「僕が話すので、そこの『最強の三竜』共はもう黙っているです」
「「「…………」」」
これまた珍しい。炎氷風が地竜の言葉で一様に大人しくなってしまった。
「ラカールラカは千回、リシェ殿に魔力を吹き込んだです。でも、僕たちが遣って来たのは千回目です」
「ああ、スナとナトラ様は一緒に来たとして、百も同時だったということは、千回目に何かがあった、ということですか? ーーん、あれ? ナトラ様、何か背負っているんですか?」
視線をひらひらな布のぎりぎりまで寄せると、何か重たい物でも入っているような大きな袋が、見えたような見えなかったような。
「……これは、土竜茶です」
「昨日振る舞ってやったら、生産者のところまで付き合わされる羽目になったのですわ」
「グラニエスさんのところまで? えっと、竜の『味覚』でも、味は変化するのかな?」
「『味覚』は器官ではなく能力のようなものですから、味は変わらないですわ」
「ということは?」
「…………」
「揶揄う為に飲ませたら、磨き上げた鉱石のような竜眼を向けられたですわ。ただ、他の地竜に飲ませてみるまでは、保留にしておきますわ。あと、父様も話を脱線させていないで、黙っているが良いですわ」
確かに。地竜が角を曲げてしまわない内に、三竜よろしく静聴することにしよう。
然ても、「地竜も大好き土竜茶」と土竜茶の売り文句として商道に反したことをしてしまったが、嘘ではなかったものの、正しくもなかったらしい。まさか、あの泥臭い土の味を気に入ってしまうとは。でも、属性のことを勘案すれば、おかしなことでもない、のかな?
「……どうやったのかはわからないですが、ラカールラカは九九九回まで、外部に漏らさないーー悟らせなかったです。そして、千回目の接吻で……一気に解放されたです。
……リシェ殿との、千回分の粘膜接触が、狂おしい感触が、壮絶な求めが……一回だけでも溢れそうになるのに、それが……千回もですーー溜まりに溜まった凶悪的な、それでいて蠱惑的な、悩殺というか竜殺というか、そんな絶竜的衝動が……体を、心を、尻尾を、角を、鱗を、魔力を、精神を、魂を……凌辱する勢いで、撫で回されたです、揉み拉かれたです、吸われたです、貫かれたです、掻き回されたです、注がれたです……」
……なにがしくれがし、なんというかかんというか、みーやコウさんには聞かせられない、反応に困る表現がたんまりと詰め込まれていたわけだけど。
見ると、ナトラ様の述懐で再体験したのか、みーにぎゅぎゅ~とされたかのように上気して、内から湧き出る情動に必死に抗いながら、ラカ以外の皆が、僕の視線というか僕自身を拒むかのようにあっち向いて竜。いないいない竜、ということで、俎板の上の邪竜。
「リシェ殿と行動を共にしていた僕たちは、免疫なのかどうなのか、耐性があったようで、何とか抑え込むことが出来たです。でも、あれは駄目です。あれは本当にやばいです。あんな衝動で犯られた大陸の竜たちは、今、大変なことになっているはずです」
「ぴゃ?」
「「「…………」」」
「ヴァレイスナの『結界』に加えて、僕も『結界』を張ったです。これから更に強固な『結界』と、それ以外の対策も施すです。しばらくしたら衝動に駆られて、リシェ殿を、『千竜王』を求めて、耐え切れなかった、餓えた竜どもが竜の国に遣って来るです」
「ぴゅ?」
「「「ーーーー」」」
「三日間は、様子見をするです。それくらい経てば、衝動も収まるはず……です」
どうやら、思っていた以上に深刻な事態になっていたらしい。
「ーーひょっとしなくても、すべてはラカが悪いと?」
「ぴゅ~!? りえっ、それは違うと思うのあ!」
「それは確定。或いは、父様が『もゆもゆ』なのが悪いですわ」
「もしかしなくても、スナ、怒ってる?」
「過ぎてしまったことは仕方がないですわ。父様の初めてを奪っておいて良かったと、安堵しているところですわ。風の塒に行くのを許可したのは私自身なのだから、怒っていたとしても自分に対してですわ」
「えっと、判決は、その、どうしようか? 三日間『もゆもゆ』接触禁止令ということで?」
「びゃ~~っっ!?」
「罰は必要ないであろう。三日も遠ざければ、頭すっかす風はまた遣らかすぞ」
「ぴゃ~っ! ほのっ、ほのっ、ほのっ!」
「くっ付くでない! くっ、氷めっ、手を放しよったな!? もう良いわっ、向こうへ行っておれ!!」
ぶんっ。きゅっきゅっきゅっきゅっ。ぽっひょん。
百が硝子の欄干の向こうにラカをぶん投げると、見事な弧を描いて僕の胸に飛び込んでくる。
ナトラ様の膝地竜から解放されたので、ちょっと残念とか、そんなことは微塵も思っていないので、即座に起き上がる。
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