竜の国の侍従長

風結

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四章 英雄王と侍従長

聖王と精霊の住み処

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 武具を預けることになるかと思ったが、そうはならなかった。

 良い判断である。

 竜を伴った、或いは竜に付き従う僕らから武器を取り上げたとて、無意味だからである。竜の脅威からすれば、些細なこと。そんな些末なことで人間ぼくたち、というより、竜の勘気をこうむるなんてことになったら、目も当てられない。

 ストーフグレフ国より劣るとはいえ、十二分に豪奢な王宮の、窓から空を見上げる。

 雨雲が近付いてきている。自然な動作で視線を下ろしながら見澄ますと、警備の騎士たちが僕から視線を逸らす。

 竜への興味よりじじゅうちょうへの恐怖が上回ったらしい。なんてことは勿論なくて、いや、本当に、エクが面白おかしく噂を流したからといって、竜より恐れられることがあったら、そろそろ身の振り方を考えなければならなくなるだろう。

 僕たちを案内してくれている、或いは監視しているのは、初老の小柄な男性。フフスルラニード国の宰相ーーリズナクト卿の振る舞いは完璧だった。

 然し、騎士か近衛か、彼らが教えてくれる。彼らの注意は、僕らだけでなく外側にも向けられている。然ても、彼らにとっての敵となるかもしれない存在は、複数いるらしい。

 「ミースガルタンシェアリ」である百竜を先頭に、暗竜にふんしたベルさん、彼を守るように、若しくは隠すように、左右にナトラ様とラカーーと言いたいところだが、風竜は「もゆもゆ」の寝床を堪能中。

 知らぬ存ぜぬは竜の基本。と誰に教えられたのか、以前みーが言っていたが、ぽやんぽやんな風竜は、王様とか王宮とか、そんなものには興味がないようだった。

 フフスルラニード国の人々が竜に掣肘せいちゅうを加えることなど出来ようはずもなく、百竜が許容、もとい諦めたので、僕の特性ぷらす幸運の白竜で、居回りから金貨をくわえたギザマルを見るような目を向けられている。いや、邪竜のほうが適切だろうか、と考えて、無意味な妄想をラカの風で吹き飛ばす。

 見ると、突き当たりの扉の上に、優れた職人が造ったのだろう、光竜と風竜が絡み合った高浮き彫りハイレリーフに目を惹かれる。

 今にも動き出しそうな、とまではいかないが、心が温かくなるくらい、二竜が楽しげに生き生きと遊び回っている。

「ーーーー」

 翠緑宮に、竜書庫に、闘技場に。南の竜道に、あとは竜の湖ーーかな。国庫に余裕ができたら竜の国にも、と考えてみるが、そうなると様々な問題が発生する。

 すでに竜の国は成ったので、コウさんの魔法で細工を施すのは禁止(基本的には)している。であるなら竜の国の職人に依頼する、ということになるのだが、残念ながらそれを担える職人はいなかった。

 まぁ、これは当然のことで、そのような技術を持った職人なら、疾うに他国に召し抱えられている。

 実はそれなりの人数、国や大衆に認められなかった職人が、グリングロウ国に売り込みに遣って来たのだが。

 あー、何て言うか、彼らの相手は大変だった。コウさんまほうつかいたちと同じか、それ以上に厄介だった。

 当たり前のように援助を求めてくるし、才能が認められないとなると逆恨みをしてくるし、侍従長ぼく相手だというのに脅してくる者さえ居た。

 国を造ると、こういう厄介事、というか面倒事もあるのだと思い知らされたのだった。芸術分野だけでなく、武器から道具から何から何まで。

 しばらくしたら落ち着きますので、それまで諦めてください。と相談した職人組合ギルドの組合長から、苦笑交じりに言われてしまった。

 商人は商人で厄介だが、影響力というものを考えなければ、損得で動く彼らのほうがだいぶ増しだった。

 控え室で待たされて、建物の構造の所為なのか、外周を回るように歩いて、やっとこ着いたので。有意義かもしれない妄想、或いは雑念をぽいっと捨てて、ラカの風を拝借はいしゃく

 風で満たすと、ーーこれは竜の心地とでも言うのだろうか、自らを偽る必要もなく、遥かな空に放たれる。竜の領域ともまた違った、ある意味、竜の聖地ともーー、

「ゆぅ~~~~っ!」

 あ、仕舞しまった。

 扉が開いて、僕たちを歓待する為に席から立ち上がったらしい聖王様が、風に化かされたようなお顔をしていらっしゃる。

 あ~、何というか、ごめんなさい。

 炎眼と岩眼を始めとしてーー、ああ、いや、もう、これは開き直るが正解か。やけのやんぱちさんとまんぱちさんが両手に花で、にっこりと笑って正当化してしまうどうとでもなりやがれ

「「「「「…………」」」」」

 何ごともなかったかのように百竜が動き出すと、皆僕を無視して部屋に入ってゆく。

「ぴゅ~?」

 ラカを抱いているというのに、スナは居ないというのに、心に吹いてくる風が冷たいひゃっこいです。

 然し、部屋の中へ、光風へと踏み入れると、はたと吹き払われる。

 光竜と風竜のレリーフ、そのままを溶かし込んだかのような情景。壁面に相応する数十枚の硝子が戯れるように重なり合って、光と風の在り処を複雑にしている。

 風に揺られて、細工が施された細長い硝子が木々を渡る風のような雅な音色を奏でて、肌と心を擽ってゆく。

 快い風に乗って、ふよんふよんな風竜の尻尾も楽しげである。

 奥には、単純化されてはいるが、同時に洗練されてもいる、光竜と風竜が二色で描かれた国旗。フフスルラニード国を象徴する部屋ばしょと言っていいだろう。

 エクが教えてくれた情報の中にあった。「精霊の住み処」と呼ばれる、重要な相手を迎えるときにしか使用されない部屋があると。

 一周期に一度、市井に公開されていて、聖王の名声を高めるとともに、民の誇りにもなっているらしい。

 もうしばらくすると雨の気配を孕んで、この情景も一変するだろう。

 然し、それはそれで、悪くないような気がする。遊びに遣って来た水竜とともに、三竜が奏で合う光景が見られるかもしれない。

 王宮に来てから、これまで、物事が違和感なく纏まっている。良くも悪くも、長く存続している国とはこういうものだと、国の運営に携わっているだけに、多少は羨ましくもあるのだが。

 然あれば押し隠せない違和感もあって、彼らの有様をどう判断したものやら。

「「ーーーー」」

 百竜とナトラ様が竜の傲慢さで、もとい竜の威厳をたたえながら着席していなければ、僕やフラン姉妹、それとユルシャールさんは光風に、精霊に心を奪われていただろう。

 本物の精霊ではないからか、囚われることなくベルさんが、そしてアランが席に着く。

 楕円の卓の奥にレスラン・スフール・フフスルラニード王。四十を超えているそうだが、それよりは若く見える中肉中背の、あと、こう言ったら失礼になるかもしれないが、目立った特徴のない、些か地味な男性。

 然あれど、聞いていた通りの、賢者というより有能な官吏といった、一目で実力者とわかる雰囲気を漂わせている。

 彼の王の向かいに百竜が座るかと思いきや、左側に。ナトラ様は右側に。百竜の隣にエルタス、サン、ギッタと続いて。ナトラ様の隣にベルさん、アラン、ユルシャールさん。

 聖王の左に、恐らく王妃が。宰相は右に腰掛ける。

「…………」

 えー。

 あ~、いやいや、ラカの風髪しっぽの感触を味わっている場合ではなく、すみやかなる対処が必要とされているわけだが。フフスルラニード王の向かいの、一行の代表者が座るであろう席が空いているのだが、もしかしなくても僕が座らないといけないのだろうか。

 然らぬ顔の百竜だが、口元がぴくりと動いた。侍従長殺ししてやったり、ということで、どうやら笑いを堪えているらしい。

 はぁ、仕方がない、竜に生殺しにされているわけにもいかないので、お腹に手を当てて、聖王に一礼してから、ラカの風の妨げにならない分だけ椅子を引いてから座る。

 もしかしたら、百竜は「千竜王」としての振る舞いを期待しているのかもしれないが、王様より上じょういしゃとか無理だから、いや、ほんと、勘弁して欲しい。

 然てこそ侍従長かいしゃとして振る舞ったので、現行の礼儀に適うよう僕から発言する。

「会見の場を設けていただき、感謝いたします」

 無礼、と受け取られないぎりぎりの水準での簡素な物言い。

 一巡り待たされたので、所期しょきの目的を前面に出して、尚且つ三竜はちょっとおかんむりですよ、と演出しつつ、聖王の反応を窺ってみる。

「先ずは、の失態を詫びよう。恥ずかしきことだが、此度こたびの一件で、表に波及はさせなかったが、国情が荒れてな、余自身が駆け回らなくてはならない体たらくであった。四竜の御方、ストーフグレフ国とグリングロウ国の方々に、お力添えをいただかなければならぬというのに、事が事だけに、配下に任せるわけにはいかなかった」

 聖王が両目を閉じる。

 王は、国の代表者である。簡単に頭を下げるわけにはいかない。謝意を示す方法は幾つかあるが、実直な言葉とその行為は、最大限の謝罪と言っていいだろう。

 ただ、何だろうか、聖王(僕たちが勝手に呼んでいるだけだが)の人物評にたがわぬ言行なのだが、違和感がある。心に余裕がないからだろうか、と考えてみるが、周辺国の侵攻を防ぎ切った彼の王の胆力からすれば、それは有り得ないように思える。

 そうなると、これは……。

 そこまで警戒されているのだろうか。どちらにせよ、予定通りに出し渋りはせず、必要な情報をすべて開示する。

「ミースガルタンシェアリ様とともに王城の、魔力の発生源に赴き、確認して参りました。張られた『結界』の内側には、スーラカイアの双子と、熱を失ったーー亡くなられた方が一名、居るようでした。魔力の発生と同時に、翠緑王は世界を安定させる為の魔法を行使しました。フフスルラニード国の被害が王城だけで済んでいるのは、我が王の魔法の然らしめるところです。その結果、翠緑王は魔法を維持するのに注力せざるを得ず、四竜とストーフグレフ国に助力を請い、竜の国から事態の解決の為に遣って参りました。
 僕が見たところ、魔力の発生を抑え、問題を取り除くのは容易い、との判断に至りました。ただそれは、フフスルラニード国にとって、良き方策となるとは限らないでしょうから。ーーお互いにとっての最良の解決策が見出せれば、と愚考する次第です」
「……そうか、レフスラは、もうーー」

 聖王は、レフスラーー王弟が忠死ちゅうししたのを知るにつけ、苦渋の表情を浮かべる。

 こちらも、エクから情報を受け取っている。

 王弟は、上位の魔法使いで、国の発展に寄与していたらしい。時代の趨勢すうせいなのか、竜の国、ストーフグレフ国、サーミスール国だけでなく、エタルキアでも魔法使いの興隆の兆しがあったようだ。

 聖王と王妃、それと宰相は、複雑な感情を表情に出さないよう努めているようだが。

 僕が発した言葉に呼応して起こる反応からすると。まぁ、僕がわからなくても、あとでナトラ様とアランに聞けば、だいたいのことは見抜けるだろう。
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