竜の国の侍従長

風結

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三章 風竜地竜と侍従長

地竜と王様

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 ぎっぎっぎっ。ばたん。

 正門の扉を閉めたので、ラカにお願いをする。

「ラカ。姿が見えるようにしてくれる?」
「ひゅ~。わかったのあ」
「「「っ!?」」」

 隊長と、報告を終えて戻ってきたらしい兵士を加えた三人が仰天する。まぁ、竜が三倍に増えたのだから、驚天動地ならぬ驚風竜地と言ったところだろうか。

「手鏡は、武具の下敷きになって壊れていたようですが、ラカールラカ様が探し出して、ユミファナトラ様が修復と強化をして下さいました」
「っ!! あっ、ありがとうございますっ!」
「ぴゅ~。手鏡は、いい風が吹いてう。大切にするのあ」
「高透過硝子ガラスにすることも出来ますが、元のままが良いです?」
「え? あ、はい……。このままでーー、このままのほうが。ラカールラカ様、ユミファナトラ様、本当にありがとうございます!」

 ユミファナトラ様から手渡された手鏡を胸に、真摯に頭を下げる隊長。

 然ても、人に感謝される気分はどんなものだろう。

 本来、竜からすれば、人の存在など些末さまつなものに過ぎない。自身の、心の内の揺れを確かめているのだろうか、ユミファナトラ様は、少し困った顔で。ラカのほうは、良いことをしたので、頭を撫でてあげる。

「侍従長殿も、感謝いたします」
「いえ、僕は何もしていませんから。それよりも、こうしてラカールラカ様とユミファナトラ様に姿を現して頂いた理由ですがーー」
「は?」

 見ると、ユミファナトラ様は、納得の体。ラカは、素知らぬ風。百竜は、う~ん、どっちだろう。

 武闘派らしき隊長たちの顔は疑問符だらけだったので手掛かりヒントを出す。

「ミースガルタンシェアリ様だけで事足りるかもしれませんが、ラカールラカ様とユミファナトラ様もいらしたほうが、フフスルラニード国に有利に働くのではないですか?」

 兵士二人は望み薄だったが、指揮する立場にある隊長は考え及んだようだ。

「この度の一件、当事国以外に手を出させるつもりはありません。また、三竜を始め、竜の国、ストーフグレフ国が一つの国に肩入れすることは得策とは言えません。フフスルラニード国が賢明な判断をすることを期待いたします」
「ーーそのげん、しかと伝えます」

 形見の手鏡を受け取った彼の感謝は本物のようだし、信用しても大丈夫だろう。

 竜とはいえ、ラカをくっ付けている、不真面目に見えているかもしれない僕が信用できるかは、ちょっと不安だが。

 皆に紹介するから、眠らないようにね~。ということで、背中を両手ですりすりしながら、遣って来た一行の許へ向かう。

「こちらに戻ってきたんですね」
「ふむ。しばらく待って、出てこないようなら宿へ、ということになった」
「ーーアラン様。普通に会話していないで驚いて下さい。まるで驚いている私たちのほうがおかしいようではないですか」
「はは、では一つずついきましょう」

 驚きと好奇心の比率は異なれど、アラン以外の皆は、これは当然のことだけど、一様に面食らった顔をしている。

 一生に一度どころか十生に一度だって遭遇することのない幻想と憧憬の内に在る竜が、三竜も顕現けんげんしているのである。動揺しないほうがおかしい。そう、おかしいんだけど、この度は、そのおかしい王様にお願いしたいことがあった。

「ユミファナトラ様。こちらは、僕の友人でアラン。彼にユミファナトラ様の愛称を付けてもらおうと思っているのですが、よろしいでしょうか」

 懐いてくれるラカを優先して、時機を逃した、ということはあったけど。この案を思い付いたあとは、名案であるような気がしたのだが。

 あとは、いつも僕がやらかすように、迷案でないことを祈るばかりである。

 「名付け親」作戦の成果や如何にーー。

「実は、リシェ殿が、いつ僕に愛称を付けてくれるのかと期待していたです。でも、僕は我が儘です。二番煎じよりも、ときにはひそみにならうのも、面白そうです」

 相対する地竜と王様。無表情に見えるが、真剣に悩んでいるらしい。と看取したが、

「ふむ。では、ナトラ様にしよう」

 ……本当に悩んだのだろうか、あっさり決めてしまうアラン。というか、それでいいのだろうか。ユミファとかファナとか、もっと可愛らしい愛称がたくさんーー。

「いえいえいえいえ、アラン様っ! もっと可愛らしい……」
「良かったです。実は、なよっちい名前があまり好きではなかったです。ナトラーー、うん、ナトラ。強そうで、気に入ったです」
「ふむ。気に入って貰えて良かった、ナトラ様」
「リシェ殿は、ヴァレイスナを呼び捨てにしているそうです。興味があるので、アランもそうするです」
「わかった、ナトラ」
「くふふ、擽ったいですが、悪くないです」

 ふぅ、良かった。余計なことを言わないで。

 余計なことを言い掛けた変魔さんの、竜の鼻息を浴びたような、むずがゆいのを我慢するような顔を、他人事のように見ていると。

「次です。リシェ殿と百竜は、手を繋いでいたです。あれもやってみたいです」
「っ! あ、あれは、主が迷子にならぬよう引っ張っていっただけだ、勘違いするでないっ!」

 言い訳は逆効果だと思うけどなぁ。

 犬兎の争いならぬ炎地の争いということで、ん~、然ても、犬はどっちで兎はどっちだろう。そうなると地風か炎風のほうがいいかな?

「不思議です。竜の魂に縛られていた頃、これらのことはすでに識っている事柄だったのです。でも、これは違うです。識っていたはずなのに、初めての体験なのです」
「ふむ。昔、幼かったカールと繋いでから随分と経つが、それとはまた異なる心地がする」

 竜と人の、微笑ましい馴れ初め、というか親交の最中に、ふしだらなことを考えてしまってごめんなさい。

 色々なものを誤魔化す為に、不思議そうにアランとナトラ様を見ているラカの背中を優しく撫ぜていると、ユルシャールさんが地竜に近付いて、手を差し出した。

 ナトラ様は、笑顔の魔法使いの差し出された手に、空いているもう片方の手を、

「っ?」

 乗せようとしたナトラ様は、倒れるように二歩、三歩と下がってアランに受け止められる。

 袖の奥から、円い硝子ーー魔鏡を取り出したナトラ様は、左目の前に持ってゆく。

「……わからないです。でも、竜の本能のようなものが、危険だと警告を発したです」

 地竜のゆくりない警戒に戸惑う変魔さんを案じたのか、アランが腹心の魔法使いをかばう。

「ふむ。ユルシャールは子供が大好きなので何も問題ない」
「「「「「…………」」」」」
「ちょっ、ちょっとお待ちをアラン様っ! そのような言い方をなされますと誤解されてしまうかもしれないではないですか!?」
「正しく知ってもらう必要がある。私は、領内で孤児を育てる施設を造ることを推奨すいしょうしている。だが、多くの領主は造るだけだ。ユルシャールは違う。休みごとに施設を訪れ、子供たちと仲良く遊んでいる。ストーフグレフの民がユルシャールを礼賛らいさんするのは当然だ。諸侯も、いつになったら倣うのか」
「「「「「…………」」」」」

 無論、疑惑の段階である。

 顧みると、彼はスナを好色、もとい陶然と眺めていた。翻って、レイやエルルさんには、関心が薄いようだった。

 ごうほう、とは、若しや、合法? けだし推測の域を出ない、ということにしておくが、暗竜でさえ吃驚するくらいに真っ黒黒の黒黒あやしすぎりゅーである。

「三歩以内に近付くのを禁止するです」

 うわ、酷い、あんまりだ。

 そうは思うものの、擁護ようごする気にまったくならないのは何故なのか。笑顔が凍り付いて、ファタのように胡散臭くなっている変魔さんを、一応は、仕方がなく、何となく、竜もなく、助け船を出すことにした。
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