竜の国の侍従長

風結

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三章 風竜地竜と侍従長

発生源の「結界」

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 皆と別れて、これまで無言の百竜を伴って、いや、正確には炎竜ミースガルタンシェアリかしずくように、巨大な正門の両開きの扉まで歩いてゆく。

「見たところ、警備の数は少ないようですね」
「はい。当初こそ厳重に守っておりましたが、この途轍もない魔力で、近付ける者などおりません。現在は、正門に少ない人数を配置しているだけです」
「入るのは、正門からですか?」
「っ、そうでした、かんぬきは掛かっていませんが、開けるには人手が、今すぐ呼んで……」
「問題ない」

 一応、見上げて城壁や出窓の位置を確認する。そうして視線を元に戻すと、十人で押しても開きそうにない扉が、ぎっぎっぎっ、と不平不満を述べるような音を立てながら、人が通れるくらいの隙間ができる。

 平然と扉を開けた張本人ならぬ張本竜は、ミースガルタンシェアリの演技だろうか、人の反応など歯牙にも掛けず、すたすたと入ってゆく。

「閉めていったほうがいいですか?」
「……うっ いえっ、他に立ち入る者などいないでしょうから、戻ってきた際に閉めて頂ければ」
「そうですか、では行ってきます」
「よろしくお願いいたします!」

 随分と彼の心胆に負担を掛けてしまったようである。後の交渉に影響があるかもしれないので、彼が切望する、形見の探索を頑張るとしよう。

「というわけで、はい」

 後ろから覗かれるようなことはされていないので、「あっちっち作戦」の開始である。

 あ、いや、ごめんなさい。百竜と二人っきりだったので、ちょっと調子に乗ってしまいました。と、ーー何だ?

 前方で小さな影が動いていたので見上げてみると。

「スナ箱?」
「妙ちくりんな名を付けるでない。持って行き難くなるであろうが」
「魔法具か魔具が必要になると?」
「その可能性もなくはないが、もう一つ、クーのほうの案件だ」
「そういえばスナと何かして、いえ、企んでいた、のかな? まさか、百竜も一枚噛んでいるとか?」
「いずれわかる。あの氷筍ひねくれにしては真っ当故、もう聞いてくれるな」
「うん、わかった。それについてはもう聞かないから。というわけで、はい」
「…………」

 これは作戦遂行中なので、二回繰り返しても恥ずかしくはない。

「ーーーー」
「…………」
「ーーーー」
「…………」
「ーーーー」
「…………」
「ーーーー」

 あえて、僕は足を止める。

 ちらりと見たり、ふいっと目を逸らしたり、手がちょっと揺れたり、ぎゅっと握られたり。それでも、そわそわ~と伸びてきて、ぴとっ。

 擦るように動いてきて、やっと重なる。不意を衝いて、離せないよう指を絡めてしまう。

「っゅ」
「…………」

 じっと見詰めやると、身を縮めるに、軽く下唇を噛みて、炎竜故の熱の操作をしようものを、うっかり耳のことは忘れているらしく、淡炎に色めかし。

「なんだろう、この可愛い生き物は」
「ゅっ!」

 うっかり本音が口から零れてしまった。

 逃げようとする百竜の、絡めた手をぎゅっと握って先手を打つ。

 くぅぅ、と口惜しげな声を漏らすと、諦めたのだろうか、炎竜は大人しくなった。

 余計なことは言わないほうがいいだろうと、無言で歩き始める。

 「千竜賛歌」のあと、百竜は僕の頬に口付けをした。

 やはり衝動的な言行だったのだろう。主よ、我を孕ませよ。と僕を惑わせた炎竜と、手を繋いだだけで、天の国で迷子になりそうなほど、あわあわな百竜との相違もまた格別……げふんっげふんっ。

 あー、いや、別に、普段凜々しい百竜が、弱々な感じだから、より魅力的に感じるとか、いやいやっ、ちょっと待て、僕! 炎竜と炎竜が居たら、それはやっぱり炎竜だからって、百竜にみーの面影を重ねておかしくなっている場合ではない! って、あれ、これはーー?

「そちらは後で良い。先ずは双子であろう子らに会いに行こうか」

 魔力が吹き荒れるような、波動のような圧迫感の隙間に、気配が入り込んできたのだが。

 百竜がそう言うのなら、それが正しいのだろう。何事にも順序というものがある。

「怪我の所為か、僕にもそれなりにさわりになっているんだけど、百竜はどう?」
「魔力それ自体が竜の妨げとなろうことはない。竜は魔力寄りの生命故、魔法耐性も人のそれとは比べものにならん。主の、その出鱈目な特性とは、比べものにはならんがな」

 慣れてきたようなので、じぃっと見詰めて、手をにぎにぎする。

「っ、ぬぅ、主はっ! なっ、何がしたいのだ!」

 そう言われると困る。

 「あっちっち作戦」の目的は、より仲良くなること、ではあるんだけど。作戦が上手くいき過ぎて、ある意味、すでに終了しているようなもので、僕自身迷走しているような感もある。

 それでも手を離さないでいてくれる百竜が、

「主。ここで止まれ」

 正面に、うれいを含んだ透明な眼差しを投げ掛ける。

 謁見の間を過ぎて、控え室のような部屋ーー調度品の豪華さから、王族が使用している部屋なのだろう。扉は手前に、僕らの側に向かって倒れている。

 奥の部屋は竜が暴れたような有様で、壁には大きな裂傷が。それでも閑散として見えるのは、床が抜けているからだ。

 内側から破裂したかのような惨状。

 実際にそうなのだろう。この下にいる、スーラカイアの双子ーーかもしれない生命が引き起こした。

「主には見えぬだろうが三歩先から、不完全、いやさ、独特な『結界』が張られておるな」
「『結界』ということは、僕が触れたら不味いよね」
「そうさな。この『結界』は内側から張られておる。斯かる被害で済んだは、済んでいるは、其奴そやつの命懸けの、灯火であったのだろう」
「……この内のこと、わかる?」
「魔力が乱れておる故、はっきりとはわからぬ。然れど、我は炎竜。内にあろう熱が二つと、熱を失った一つ、あることが知れる」

 被害が王城だけで済んだのは、「結界」の内側にいる誰かの、命を懸けた最後の魔法のお陰だったのだろう。独特、というのは恐らく、この状況に特化した、という意味だろう。

「『結界』を壊し、より良き『結界』を我が張ることも出来るが、如何にする」

 百竜に張り直させるほうが正しい。

 城下の人々だけでなく、内にいる双子も、命の危険に晒される確率が減る。

 それでもーー。

「『結界』はそのままにしておこう。行こう、百竜」

 僕たちは引き返した。

「ーーふぅ」

 体の奥に溜まった何かと一緒に、心のおりを払おうとするも、上手くいかなかった。

 仕方がなく、別に意識を向ける。

 ーーフフスルラニード国。地図に記されていたこの国の名である。国土は周辺国の三倍。大国の王城に相応しい規模。王家や城勤めの人間にとっては業腹ごうはらかもしれないが、城が使えなくなるだけで済んだのは不幸中の幸いかもしれない。

 王宮は無事なようなので、執務はそちらで行えば良いし、城の役割も別のものに割り振ることが出来る。
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