竜の国の侍従長

風結

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二章 王様と侍従長

氷竜の選択と贈り物

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 百竜は北の洞窟へ。

 翌朝まで、竜の残り香で一泊する必要があるとかで、炎竜氷竜を何とか仲裁して。スナが王様をやる気になっていたので、クローフさんに預けてきた。

 きっと氷竜隊の皆さんはき使われるだろう。今から彼らの奮闘を祈っておく。まぁ、一番の懸念は、王様スナ侍従次長カレン

 今日はだしも、明日からは頭の痛い問題である。

 人伝ひとづてに聞いただけで、コウさんの状態を確認することは出来なかった。魔法は、というか、機能として発動している魔力は、居室を含めた周辺にまで及んでいるらしく、僕の特性の然らしめるところ、接近禁止命令を下されてしまった。

 アランには、竜札を二枚渡しておいた。

 本日巡る予定だった見学先で、僕が居なくても問題ない場所に印を付けておいた。

 僕以外の誰かを付けようかと思案したが、アラン相手の案内ができなくても無理からぬと、幾人か脳裏に浮かんだ候補は全員却下。申し訳ないが二人で巡ってもらうことにした。

 僕はといえば、しばらく竜の国を離れることになるので、仕事の引き継ぎである。

 最初っから最後まで、カレンのひゃっこいなさついの視線に耐えながら、何とか完遂しました。

 あわただしく準備に追われて、買い出し、荷物を纏めて、装備の確認、他にも東域で役立つかもしれないと竜の国の特産品や、老師から各種薬を貰っておいた。

 最後に、オルエルさんとザーツネルさんの忠告や助言アドバイスで要不要、取捨を行う。

 さすが先達の冒険者だけあって、現地調達を考慮した上で、無駄を省いてくれる。一応、筆頭竜官に用意してもらったグリングロウ国の親書を入れて完竜。

 ーーもう夜です。

 出発は明日ではなく、明後日にすれば良かったと、後悔しても後の祭り竜の祭り。

 たしったしっ。

 寝床に座って、右側を叩く愛娘。

 ご飯の前に何かするのだろうか、僕が横に腰掛けると、「転送」だろうか、両手でお盆でも持つような仕草をして。躊躇った竜娘が立ち上がると、同時に隣の部屋への扉が開いて、「飛翔」であっという間に姿を消して、竜という間にちょっぱやで戻ってきて、僕の右に座るのかと思いきや、直前で曲がって左に。

 スナが両手で持っているのは、不思議なもの。

 先ず、それが何なのかわからなかった。明度の高い、吸い込まれるような深い、真白を含んだ氷の青。

 掌の半分くらいの、鱗のようなものが繋ぎ合わされたーーもしかしてこれは、竜鱗鎧?

 差し出されたので受け取ると、軽い。

 僕が以前装備していた革鎧の半分もない。それに、すってみても音がしない。

「着てみるですわ」

 これなら服の下に着られるだろうと、制服の上を脱いで、肌着の上に装備してみる。

 動いたり剣を振る動作をしたり、色々と試してみたが、これは凄い、まったく動きの妨げにならない。

 魔法か魔力なのか、激しく動いても静かなものである。となると、あとはーー。

「スナ、お願い」
「腹に力を入れるですわ」

 ごっ。

 とスナの拳がお腹に。三歩、四歩と踏鞴たたらを踏むが、打撃というよりは押されたような衝撃で、損傷はない。

 頑丈なだけでなく、和らげるクッション効果もあるようだ。

「父様は、防御が得意。動きの妨げになってしまいそうだったので、袖は造らなかったのですわ」
「ありがとう。これが昨晩の、夜なべの成果なのかな?」
「……そうですわ」

 照れるように視線を逸らしたスナだが。

 さすがにこれは僕でもわかる。

「本当に感謝してるから。別に時間が足りなくて、袖を造れなかったことを隠さなくてもいいんだよ?」
「ひゃぐぅ」
「隣の部屋の、布が掛けられた塊。あれは製作技術を磨く為の、試作品?」
「……意外だったのですわ。造る為の知識はあるので、簡単にできるかと思ったら、鱗を二枚も無駄にしたのですわ。あののこぎりとか先程の剣とか、魔法具や魔具を幾つも造って、途中で楽しくなって造り過ぎましたが、ーーこのヴァレイスナが研鑽けんさんまでして造ったのですから、大いに、仰け反るくらい感謝すると良いですわ」

 こういうことに慣れていないのだろう、弱み、いや、心のやわらかいところを隠そうとするスナの、可愛らしい一面を堪能したくて、気付かない振りをしようとしたが、うん、駄目だ。

 やっぱり、もっともっとスナと触れ合おう。

 スナは左の側面を隠していたので。

 僕は、スナの右から左に移動する。観念したらしい愛娘は、抵抗なく僕に左腕を検分けんぶんされる。

 肘の上辺りに傷があった。擦過傷のようなそれを、少し力を入れて撫で撫でする。

「いじめっこな父様ですわ。娘を痛がらせて喜ぶなんて、破廉恥竜ですわ」
「うん。スナの気持ちやさしさ、受け取っておくね。治そうと思えば治せる。でもスナはそのままにした」
「ひゃふ~、願掛けのようなものですわ。自然治癒で治したほうがありがた味があるような気がしたのですわ」
「うん。その傷は、僕の為の傷なんだね。嬉しいよ」

 このまま抱き締めて、スナの冷たさに包まれたまま、眠りに就きたい衝動に駆られたが。

 寝床に置かれていた氷竜の手に、僕の手を重ねる。

「もう一つ、あるですわ」
「これは、笛?」
「竜笛。試作品の一つですわ」
「竜笛ってことは、吹いても竜にしか音は聞こえない……」
「っ、今吹いたら駄目ですわ」

 受け取った小指くらい長さの、骨のような物でできた円筒形の先に口を付けようとしたところで愛娘に止められる。

 どうやら、これは試作品で、完成品ではないらしい。

「強く吹けば、大陸の端に居ても聞こえますわ。私の助けが必要なときは鳴らすのですわ」
「となると、スナだけでなく、全竜に聞こえてしまうと。あとは、音が大きいのかな? 或いは不快な音がするとか」
「ひゃふ、御守りとして持っていれば良いのですわ」

 乗せていた手を下に回して、指を絡めて、力を抜く。

 為すがまま、受け取っているスナ。ちぐはぐな氷竜。詮索はしない。まぁ、父親なので心配だけはさせてもらおう。

「「ーーーー」」

 僕と一緒に東域に行くことも出来たスナ。でも、竜の国に残ることを選んだ。老師の負担を軽くする為だろうか。それも理由の一つだろうがーー。

 時間が必要だと思った。スナだけでなく、もしかしたら僕も。

 スナとは異なる迷いが、僕の内にある。

 近過ぎると、見えないものがある。思慕のような竜への衝動を抱えたまま、無思慮に、入り込みすぎたのかもしれない。

 心の余地がなかったのは、僕ではなくてーー。

 答えを探し求めるように瞼を閉じて、僕は触れている氷の囁きに心を委ねた。
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