竜の国の侍従長

風結

文字の大きさ
上 下
55 / 180
二章 王様と侍従長

魔法使い ばーさす 呪術師

しおりを挟む
「レイさん。これから呪術師殿と、魔法で闘いたくありますが、判定役をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「あら、面白そうですわね。なら、二人の身は魔力で守ってやるので、私を楽しませる為にも、全力でやるのですわ」
「ありがとうございます」
「感謝する」

 エルタスとユルシャールさんが、同時にレイに頭を下げる。

 然あれば呪術師は、見習い魔法使いに向かって、魔法使いの危険性と心構えをく。

「魔法使いは、魔法使いと闘わない。それは、危険だからだ。相手がどんな魔法を使ってくるかわからない。その一点だけでも余りある。相手が魔法使いではない、魔法が使えるだけの相手なら問題はない。だが、相手が魔法使いであるのなら、魔力量や技量の差は関係ない……いや、翠緑王、あの魔法王は例外だが、闘いを回避するのが賢い手段となる。だが、魔法使いを名乗るのであれば、一度は魔法使いと闘っておく必要がある。私は、これが二度目で、実力が拮抗しているであろう相手とは初めだ」
「光栄です。一度目は、子供の頃に父が相手だったので、この度は楽しめそうですね」
「事前に言っておくが、魔法使いであるならば、幾つかパターンを用意しておく。攻撃と、主に『結界』の守り。いざ闘いになって考えるようでは、その瞬間に敗北は決定だ」
「先に魔法を当てた方が勝ち、とそのように単純なものではありませんが、即座に放てる魔法を幾つか。当然、『結界』もその性質を考慮した上で張らなくてはなりません」

 ユルシャールさんも加わって、何やら勉強会のような様相。魔法使いと呪術師の矜持に感ずるところがあったのか、双子は神妙に耳を傾けている。

 スナが安全を確約してくれるというのなら、確かにこれは楽しみな一戦である。魔力量も実力もあるだろう魔法使い同士の闘い。これまで見てきたのは、コウさんが一方的に蹂躙じゅうりん、もとい圧倒するようなものばかりだったので、普通の魔法使いの闘いには興味津々わくわくそわそわーー、って…なん、だ……?

「「「ーーーー」」」

 ーー通り過ぎてから、吹き抜けたことに気付いた。

 世界を駆け抜けた、淡銀の衝動かぜ

 風が止んだ。いや、「結界」の内だ。風など始めから吹いていなかった。

 同時だった。それがレイスナとアランだったから、ふっと心が冷たくなる。

 二人でないと感じられない何か。再び抱くようになっていた底なしの不安のようなもの。

 いや、別々の事象に、勝手に繋がりを作ってしまうのは、僕に限らず人間の悪い癖だ。

「ふむ。東か」
「遠い、ですわね。草の海をーー越えますわ」

 東に、狩場の山脈の、果ての空に向かって、木枯らしのような温かみのないひとひらの言葉じじつ

「「ーーーー」」
「「「「「っ!?」」」」」

 暖かだが、引っ掻くような風が吹き抜けた。

 須臾の間、僕の脳裏を駆け抜けた、いや、染め上げた金色の波濤ほのかなあたたかさ。以前よりも強く響く、女の子まほうつかいの魔力。

 見澄ますと、大広場にいる幾人かが、僕たちと同様に翠緑宮のある方角を見遣っていた。魔力放出ではなく、魔法を行使したのだろうか。だが、そうだとするなら、余波だけでこれなら、「千竜賛歌」に匹敵する極大の、世界魔法と言うべき水準の魔法ということになるのだがーー。

「ーーあの大馬鹿娘」

 あの、と、娘、の間に、大馬鹿、が含まれている。

 からかうでもなく、茶化すでもなく。憂うでもなく、惻隠そくいんの情を催すでもなく。ころりと、何処までも転がり落ちるような情感。

「今すぐ、どうこうなるものではないのですわ。お膳立てをしてやったのですから、とっととつっつとやるですわ。魔法を引き継いでやるから、きりきりさくさくぱっぱとやるですわ」
「八つ当たり、ではなく、竜当たりが怖いので、御二人の準備は完竜?」
「「……っ」」

 今は、世界の滅亡より卑近ひきんな愛娘の感情のほうが重要な気がするので、呪術師と魔法使いを急かす。

 お腹の中までひゃっこいりっぷくなのか、お菓子を目の前にした仔竜の食欲のようなはしたない冷気をもうもうと。ああ、双子がお互い抱き締め合って、冷え冷え~なきべそである。

 僕とアランと双子がスナの後ろに移動すると、冷気か魔力で作ったのだろうか、まっさらな雪を詰め込んだような球体が、十歩ほど距離を空けた呪術師と魔法使いの間に飛んでゆく。

 華やかな魔法使いと地味な呪術師、いや、問題はそこではなく、二人とも杖を持っていないことだ。いやさ、しつこいと思われるかもしれないが、いまいち魔法使い同士の闘いに見えないのだ。

 魔力で強化すれば鈍器にもなるのだし、投げることだってーー、

「球が割れたときが開始の合図ですわ。体を覆う二層の魔力の、上層を先に破壊したほうが勝者となりますわ。致命傷水準なら一度で、それ以下の魔法なら三度で消失しますわ」

 然あらじ、おかしなことを考えていないで二人の闘いを凝望ぎょうぼう、虎視ならぬ竜視で見逃すことがないよう視野を広げる。

 見ると、惟る仕草の二人。駆け引きが必要な面白い規定ルールの為、戦術の練り直しだろうか。

 然し、球が割れるまで、という時間制限がある。

 コウさんと違って、魔力量に限りのある普通の人間は、相手に致命傷を与える水準の魔法を連発することなんて出来ない。同じく、超絶魔法を一瞬で無数に放つ規格外まほうつかいと異なって、高等魔法には魔力を練り込む時間が、戦闘に於いては勝敗に直結するくらいのずれタイムラグが生じる。

 エルタスが言っていたように、魔法戦は危険なのだろう、里で行われることはなかった。一部の魔法以外は見ることが出来ないとわかっていても、竜の息吹とってもたのしみである。

 先ずユルシャールさんが、「結界」を張る為だろうか、左の掌を前面に出して、引いた右手で魔法を放つ体勢。

 ある意味、正統的なオーソドックス、事前に予測されても構わないということだろう。対してエルタスは、自然体である。

 集中しているのか、平時では見られない厳かな風情がある。さすがにスナも球を割るのを引き延ばして悪戯をするようなこーーぱりんっ。

「「ーーっ」」

 霧雪むせつのようなさやかな白さが馴染むより早く、ユルシャールさんの「結界」が張られるも、

「くっ!?」

 彼の足元がほんのわずかに陥没かんぼつしていた。

 微かな認識の齟齬、なれど主導権を握るには十分。

 奇襲を成功させたエルタスは、追撃の魔法を放つことなく駆け出して、正面から「結界」へ。対して、「結界」の強化よりも迎撃を優先するユルシャールさん。

 接近戦を選択したエルタスは、性質を見抜いていたのか、直接「結界」に触れて破壊して、直後に魔法を打ち込む。

 単調な攻撃に戸惑ったユルシャールさんだが、二つの、或いは三つ以上の併行魔法で、呪術師の魔法ごと吹き飛ばす。

 だが、彼が予想した通りに、エルタスの攻撃は牽制けんせい

 魔法攻撃で「幻影」の呪術師の姿が掻き消されたときには、すでにエルタスは側面に回っていた。

 後手に回りながらも魔力を捉えたのか、相対する間際に、狙いを付けず、不意打ち気味に下位の攻撃魔法を複数放つユルシャールさん。

 形勢をひっくり返そうと、いや、持ち直せれば御の字という伏撃ふくげき

 エルタスが対応を誤れば、勝負が決する場面だったが。読み切った詰竜棋つめりゅうぎのように、呪術師は落ち着いて手順通りに魔法を行使する。

 三歩の距離に縮まった、きしむような二人の間隙に、エルタスの魔法だろう、石畳を壊して出現した土壁が、って、こらっ! あとで魔法で直せなかったら、給金から差っ引いてやる!

 ととっ、今は熱闘に集中だ。

 土壁の左下の部分は、攻撃を放つ為だろう、空いているのだが、「幻影」か「隠蔽」か、ユルシャールさんは気付いていない。

 これで、すでに練っていた高等魔法を放って、エルタスの勝利ーーかと思ったが、矢庭に詰め寄った変魔さんが起死回生の、慮外な行動に打って出る。

 土壁に両手をいた、いや、その勢いは、いた、と表現するのが的確だろう、エルタスの魔法が直撃して跳ね飛ばされるまでの瞬息しゅんそくにすら満たない、凝縮されたような空間と魔力の狭間に、錯綜さくそうする魔法が両者に襲い掛かる。

「っ!?」
「ぐっ!」

 ばぁーーん。

 いや、そんな単調な音ではなく、実際には、地を揺るがすような、圧迫するような重い音だったのだが。

 刹那、ぷちっ、という呪術師が潰れるような幻聴が、って、いやいや、そうじゃなくて、いったい何が起こったかというと。

 土壁が俄然がぜんとして猛烈な速さで倒れたのだ。

 竜事休するおいつめられたユルシャールさんは、土壁を硬化したのだろうか、尚更破壊行為で大広場を傷付けるが、って、それは今は措いておいて。

 エルタスの魔法を利用した、見事な機転と創意である。そして、実行する胆力たるや雄国ストーフグレフの魔法団団長の面目躍如である。と直近ちょっきんの魔法使いの蹉跌やら醜態やらが、ちょっとばかり哀れ、というか気の毒だったので持ち上げてみる。

 然ても、魔法が見えない僕ではあるが、想像力と、それに倍する妄想力で脚色してみました。見たまんまを語ると、最後の土壁の攻防以外は、謎舞踊な感じでちょっと、ではないくらいに滑稽こっけいなので、二人の名誉の為にも頑張って解説してみました。

「「…………」」

 魔法の効力が失われたのか、やわになって崩れた土塊つちくれの中から、もぞもぞと這い出て立ち上がるエルタス。

 仰向けに倒れていたユルシャールさんも問題ないようだ、服の汚れを払いながら戻ってくる。

 二人が遣って来ると、判定役のスナは片目を瞑って、人差し指で軽く顎をとんとんとん。

 ーーどくんっ、とゆくりなく発作のように心臓が跳ねる。可愛い仕草にのっぴきならない衝動が込み上げてくるが、くぅっ、竜心だ! 昨晩一緒に寝ていないからといって、み成分ならぬスナ成分欠乏病に罹患している場合ではないっひのこもほのこもこりこりもだいすきなのさ

「ーーーー」
「「ーーーー」」
「わくどきそわっ」
「そわどきわくっ。とギッタが言ってます」

 迷っているのだろうか、紙一重の差であるが、ユルシャールさんのほうが若干分が悪いように見えたが、はてさて。

 ……少し頭が緩くなったようなので、今一度引き締める。

「ーーま、引き分けですわね」

 すっと、優雅な動作で、二人の間に手刀を振り下ろす。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

異世界複利! 【1000万PV突破感謝致します】 ~日利1%で始める追放生活~

蒼き流星ボトムズ
ファンタジー
クラス転移で異世界に飛ばされた遠市厘(といち りん)が入手したスキルは【複利(日利1%)】だった。 中世レベルの文明度しかない異世界ナーロッパ人からはこのスキルの価値が理解されず、また県内屈指の低偏差値校からの転移であることも幸いして級友にもスキルの正体がバレずに済んでしまう。 役立たずとして追放された厘は、この最強スキルを駆使して異世界無双を開始する。

姫騎士様と二人旅、何も起きないはずもなく……

踊りまんぼう
ファンタジー
主人公であるセイは異世界転生者であるが、地味な生活を送っていた。 そんな中、昔パーティを組んだことのある仲間に誘われてとある依頼に参加したのだが……。 *表題の二人旅は第09話からです (カクヨム、小説家になろうでも公開中です)

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

処理中です...