竜の国の侍従長

風結

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二章 王様と侍従長

魔法使いとファルワールの系譜

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「昨日、改めてストーフグレフ国について調べた資料に目を通しました。伯爵ーーグリネット家のユルシャール・ファーブニル殿、で間違いないでしょうか?」
「ええ、正解です。四国併合で魔法団団長として功績を立てた父は爵位を賜りました。それまでは私も父も魔法一辺倒いっぺんとうで、そちらの方面には疎く、グリネット伯爵とやらの名称も変えられるものだと思っていました」
「はは、大乱以後、細かい変更もありましたしね。グリネット伯爵が功績を立てても、グリネット侯爵になるわけではない。侯爵を名乗るには、別の侯爵領を得る必要がある」
「はい。そのような理由から、グリネット卿と呼ばれることになってしまいましたが、どうしても響きが好きになれないのです。お忍びで参っているので、ユルシャール、と呼び捨てで結構ーーと言いたいところですが、それではアラン様と被ってしまうので、よしなに」
「了解しました。では、ユルシャールさん、とお呼びします。ーーところで、父君はすでに引退なされたのですか」
「……ええ、アラン様の補佐、団長職、すべてを私に押し付け、伯爵領に引き籠もり、魔法三昧ざんまいです。翠緑王を始めとした魔法使いたちと接している、リシェ殿であれば共感していただけると思いますが、父もまた、その類いの人種であるのです」
「あはは、なぜでしょうね、考える必要すらなく理解できてしまいます。ーー資料によると、ユルシャールさんは、かなり評判がいいようですね。スト……ではなく、アランに直言できる数少ない人物。アランと諸侯との橋渡しの役を担っていると、信頼も厚くーー他にも、希に見る好青年、慈悲深き賢者などなど」
「……いえ、断言できます。それらの殆どは誤解から生じているものだと。アラン様の補佐をしているだけで、補佐ができるというだけで、勝手に評価が高まってゆくのです、はぁ……」

 何だか誰かさんを彷彿とさせる話である。方向ベクトルは違うけど。

 さて、立ち話が過ぎたので、あと、王様が顔色一つ変えずにこちらを見ているので、質すのはあと一つに留めておこう。

「嘘を吐きたくないので言ってしまいますが、〝目〟の友人にストーフグレフ国を調べてもらいました。そこで気になったことがあるのです。追記、なのかどうか、ユルシャールさんの欄に注意事項と強調され、そこにはこのような文言が記されていました。曰く、、と。その友人は、もったい振るような性格ではないのですが、詳細は記されていませんでした」
「私が、要注意人物、ですか……? それは、どうなのでしょう、或いは外側から見ると、私がアラン様を操っているように見えるのかもしれません。……ふっ、ふふっ、邪竜が聖竜になったとしても、そんなことが起こるはずもないというのに……」

 さびれた笑いを口から零すユルシャールさん。

 如何な邪竜とて、これ以上は触れないでおこう。って、邪竜邪竜言われてきた所為か、お友達どころか同化してしまってどうする。

 ああ、いや、もうっ、今日も朝から、こうなったら四大竜の妄想で、ーーがちゃ。

「そろそろ入られては如何でしょう」

 執務室からイスさんが顔を出す。

 扉にくっ付いて盗み聞きをしていたらしいガルの、遠ざかっていく足音が聞こえる。カレンはーーと見てみると、然らぬ顔でお仕事中。

 然てしも有らず二人を執務室に招き入れる。

 最後に入った僕が、ぱたり。

「イスさん、ガル。こちらは僕の友人で、見学というか視察に来ています。気にせず仕事に取り掛かって下さい」
「そうは、言われましても、これは……あ、いえ、努力します」

 アランの並々ならぬ気配を感受したのだろう、感情を表に出しそうになって、無理やり表情を消す。それでも努力しないと押し殺せないようだ。

 然ても、ガルには特段の変化はない。鈍いのだろうか、と考えて、いやいやそれは違うだろう、と思い直す。

「昨日、カレンから受け取った資料は、どうでしたか?」

 他人というか市井人の能力をまったく考慮に入れていなさそうな分厚い紙束と冊子を、二人はどう料理しただろうか。

 苦笑と憮然、くっきりと明暗を分けたようだ。

「一日、間を空けて、もう一度。それで何とか、というところです」

 読むと、記憶と印象に残る。ただ読むことと、それを理解することは異なる。続けて読むか、間を空けるのなら、どのくらい空けるのか。イスさんは、自分にとって最適な手段を心得ている。

 然かし、つまり明日からこき使ってもいいということである。いやはや、熱願冷諦どころか炎願氷叶、僕の部署には誰も来ない、と嘆いていたのが嘘のようである。

「…………」

 あ、答えたくないようだ。答えたくなくても答えなくてはならない、そんな状況のときどうすればいいのか。然ても、その水準から仕込んでいかなければならないようだ。

 奥が僕、カレンにって完全に整えられた(もはや僕は口を出せない)資料や書類などが纏められた棚の前に彼女は陣取っている。

 机に近付くと、察した侍従次長がいみじくも要望通りの紙を一枚差し出してくれる。

 ただの連絡事項で、それ故に意味のあるもの。

「ガル。これを南の竜道の、受付まで届けてくれるかな」

 急遽きゅうきょ用意された二台の机の、末席の位置に座っている少年の前に、ぺたり、と置く。

 新品ではないが、机の上にはまだ何も置かれていないので、僕の机上とは雲泥の差なので、小綺麗に見えてしまう。って、うぐっ、やばい、僕の机の、仔竜たちが元気一杯駆け回ったあとのような、はっちゃけた感じの惨状を見て、アランは評価を下げたりしないだろうか。などと、後の祭り竜の祭りとばかりに脳内お花畑で四大竜と輪になって踊っていると、

「こんな、だれでもできる仕事じゃなくて、もっと重要な仕事がしたい、です」

 一読したガルが、不満の塊でできたような顔を向けてくる。

 話し方は改善しようとしているようだが、来客というか視察に来ている人の前で、素直に感情を表すのは頂けない。てて加えて、これだけわかり易くやったというのに本意に気付いてもらえない。

 これは先が長そうだ。

 何気ない動作で紙を回収、すたすた、イスさんに渡す。

「イスさんにお任せします。序でに、説明をお願いします」
「了解しました。侍従長」

 一見して、予想通りだったのだろう、向き直って僕の意図というか趣意を説明する。

「ガル。昨日渡された資料に、関わりの深い部署など、三十二箇所記されていたでしょう」
「ーーーー」
「私たちが、重要な仕事をしようとそれらの部署に赴いたとき、果たして彼らは見ず知らずの私たちを信用してくれるでしょうか。その内容が重要であればあるほど、侍従長乃至ないし侍従次長に確認を取らなくてはならない、と考えることでしょう」
「……?」
「つまり、新人である私たちはまだ、重要な仕事ができる態勢を整えていないのです。そんな私たちが先ずやることの一つがーー顔見せや挨拶。私たちが侍従長の下で働いていることを知ってもらいます。その際、相手に良い印象を持ってもらえるよう努めます。そこは侍従長の下で働くと言えば、同情してもらえるので難しいことではありません。好印象を与えれば、名と顔を覚えてもらえますし、次回から仕事がし易くなる確率が上がります」
「…………」
「南の竜道に届けるだけ。でも、翠緑宮と南の竜道の間には、資料にある部署や施設が幾つもある。そうだね、行きと帰りで半分くらいは回りたいかな」
「ーーっ」

 さて、この紙ーー仕事をどうしようか。という感じで、ひらひらとガルに見せ付ける。

 始めは硬い話し方で、段々と柔らかくしてゆく。ガルに理解させようと、心を砕いているのだろう。

 洞察力に配慮の仕方まで、……あれ? もしかしてイスさん、僕より優秀、というか、使えたりするのだろうか。

 然あらばカレンとイスさん、自分より優秀な部下が三人の内二人って、益々肩身が狭くなってしまう。

 うっかり天井の向こうにあるはずの大空に向かって、上司の苦労とかいう炎竜も焼かずに放置するような代物を、ぽいっ、としようとして。ゆくりなく歩き出したのは、未だ難物というか竜物であるアランではなく、良識的と思われたユルシャールさんだった。

 注目を集める為だろうか、或いはそこまで気が回っていないのか、彼は王様の横を通って、僕とイスさんの前を通り過ぎてーー。

「初めまして、カレン・ファスファールさん。私は、ユルシャール・ファーブニルと申します」
「ーーご丁寧にありがとうございます。ですが私に心当たりはございません」

 実は直裁的ちょくさいてきな面も持ち合わせていて、カレンの美貌にほだされて、でななく、魅了されて、求婚者がまた一人現れたのかと思ったが。

 ユルシャールさんは笑顔を薄めた紳士的な態度。

 何故か僕を一瞥したカレンは、思い当たる節はなかったのだろう、丁重に対応する。

「試すようなことをして、申し訳ございません。実は、ファスファールとファーブニルは遠戚えんせきでして、関係としましては、ファスファールが本家、ファーブニルが分家、ということになります」
「お爺様でしたら、ご存知かもしれませんが、私は伺ったことがありません」
「そうですか。それでは、態々わざわざ伝えてきた祖先に敬意を表して語らせていただきます」

 祖先に敬意、の部分で茶化すように破顔すると、僕らに向き直って。然ても、秘話なのか逸話なのか、炎竜の間でもそうだったが、過剰気味の演技で引き込まれてしまう。

「私たちの家系を遡ってゆくと、『ファルワール』に行き着くそうです。魔獣種の竜が御座す大陸から幻想種の竜が御座す大陸へと。渡ってきたのは聖語時代の初期だそうです。
 リシェ殿も仰いましたが、聖語は、魔獣種の大陸で開花しました。そして幻想種の大陸に伝え、広めたのが、ファルワールであるらしいのですが。彼は、子供たちにファルワールを名乗ることを許さなかったようです。ファルワールの系譜は、優秀な者を多く輩出し、就中稀代の天才、に相応する者を幾人か世に送り出してきました。
 現在の〝サイカ〟の里長ーー貴女あなたの祖父が、その一人です。『〝サイカ〟の改革』に名を連ねた私の祖父は、眩いばかりの天恵てんけいと言うべきその才能に劣等感を溜め込んでしまったようで、ついぞ父や私を認めてくれることはありませんでした。ーーととっ、最後は愚痴になってしまいましたね」

 興味深い話なのだが、話なんだけど、何故だろうか、何故なんでしょうか、王様がこっちを見ているのだが、見ていら……って、いや、内心の動揺はそこまでに、

「リシェは、何か知っているようだ」

 出来たら良かったんだけど、アランの一言で僕の覚悟ごと脆くも崩れ去る。

「あれ、おかしいですね。兆してはいなかったはずだけど」

 両手で頬をぐりぐり、表情を解す仕草をして、竜にも角にも誤魔化してみる。

 嘘を吐き慣れている所為か、内心が如何に吹き荒れようと外観を保てていると、それなりの自信があったのだが、カレンと同水準で僕を見透かしてくるのだろうか。

「また、ですか。ランル・リシェ」

 また、の部分を強調して、白い目を向けてくるカレン。

 黒いのに白い目とは是如何これいかに。……いやいや、追い詰められているようでそうではないのかもしれないんだから、とち狂っている場合ではない。

 昨夜は一緒に寝ていないのでスナ成分が足りていないのだろう、僕の心の中でみーが跳ね回って遊んでいたので、百、は可哀想なので十竜に分裂したスナを贈り物。みーと組んず解れつ、冷や汗掻き捲りで濡れ濡れな仔竜が幼気……げふんっげふんっ。いや、何でもありません。世界の果てまで一等賞じんせいだれでもいちどはあることな感じで気にしないで下さい。

「ふむ。リシェの表情からは何も読み取れなかった。通常であれば、何もないと判ずるところだが、リシェであればそうではないと思ったが、正しかったようだ」

 えー、そんな勘みたいな理由なんですか。

 このちょっと誇らしげな王様は措くとして、特別視されているというか期待値が高過ぎるというか、早晩ぼろが出そうだが、アランを失望させないことを目的としてしまった以上、情報の出し渋りはしていられない。

「ファルワール、とありましたが、恐らくこの方は、ファルワール・ランティノールーー聖語時代の一人目の天才の、兄弟か息子なのだと思います。名であるファルワールを姓とし、自分の子らには継がせなかったことは、先程のユルシャールさんの祖父の話と符合するところがあると拝察いたします。弟子にさせられたので、老師と色々と話す機会を得ました。その中で、〝サイカ〟の里長に関して、彼は斯かる物言いをしました。『あいつにとっての不幸は、竜と出逢えたなかったことだ』と」

 そこで終わらないのが老師の老師ひょうえんのししょうたる所以で。

 世の中、本当に不公平だな。と僕を見ながら、老師はしみじみと述懐しましたとさ。

 言い返したかったが、里長のことを憂えてのことだろう、老師の気持ちもわからないではないので風竜に頼んで言葉をさらってもらった。

 ザーツネルさんが言っていた、詰まらない、という言葉。

 並び立つ者がない程に駆け上がってしまった者に、世界は如何様に映じているのか。

 大乱ですら、あいつの遊び場としては物足りなかっただろう。そう言って、過去へと向けられた老師の眼差しは、未来への僕の眼差しと重なる。

 ニーウ・アルン。僕の兄。里長の眼差しを、共有できるかもしれない人物。

 僕は兄さんと同じ場所に居ることは出来ても、同じものを見ることは出来ない。

 では、どうすればいいのか。

 天を望む、見定める人の隣で、地を這いずって踏み固めることに、意味を見出せるだろうか。未来の、交わるかもしれない道に、行く先に。竜の恵みは齎されるだろうか。

 ……今の僕には答えがない。里長にスースィア様が寄り添ったように、兄さんにもーーと惟てもこの程度しか浮かばない。

「彼らの責任ではまったくないのでしょうが、輝ける才能が近くにあると、周囲の人々は様々に、自身を納得させる為の理由を探してしまうものなのかもしれません。
 聖語時代の話を続けると。二人目の天才の名は、ラン・ティノ、だそうです。ファルワール・ランティノールに肖って付けたのでしょうか。興味深いのは、二人とも、早々に表舞台から消えてしまったことです。時代の趨勢すうせい、道筋を示しながらーーそうであるが故に軋轢等、言葉にしたくないような行いが多々あったのかもしれません。聖語とは、詳しくはわかりませんが、後戻りの出来ない言語だったようです。最後まで残った、というか、最後まで聖語を使い続けることが出来た八人の聖語使いを、『八聖』と呼称していたようですが、八人の、ただの天才では、三人目の天才たり得ず、聖語時代は終幕となりました」

 目新しい話に、皆が沈黙する。

 維摩一黙ゆいまいちもくということで僕を苛むような視線を向けてくる人が若干名。

 雰囲気を厭うたのか、ありがたいことに、ユルシャールさんが応じてくれる。
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