竜の国の侍従長

風結

文字の大きさ
上 下
41 / 180
二章 王様と侍従長

侍従長 ばーさす 隊長副隊長

しおりを挟む
「…………」
「「「ーーーー」」」

 全員了解済み(クーさんを除く)ということで、三人で無言攻撃。

 コウさんのような、もそもぞ、の類いを期待して……はいないですよっ、最近王様の謎舞踊を見ていないからって、なにか代替だいたいを求めてるなんてこと……ごふっ。

 いや、気にしないで下さい。今日は竜々いろいろあり過ぎて、そろそろ精神が限界なのかもしれない。

「黄金の秤を率いるに当たって、それなりに強いと見せ掛ける必要がありました。魔物の討伐では指揮を執るので、対魔物は捨て、対人の技術だけを鍛え、一撃の強さを追求しました。今の強さは、二番目か三番目とザーツネルが言っていましたが、誤魔化しのない実力では、十番目にも届かないと思います」

 打ち明け話を終えると、無言で早足で、微妙な距離の曲線を描きながら、僕の背後に回って。

 僕を苦手とする、その理由が解けて尚、心持ちのほうは変わらないらしい。

「ここの筋肉を動かして下さい」

 僕の腰の中心線から、掌一つ分左、そこにぺたりと手をくっつけて、要領を得ないことを言ってくる。

 然もあれ、フィヨルさんが自身の秘密らしきものを明かしてくれるというのだから、素直に従ってみるとしよう。

 然しもやは……そこが動いているのはわかったが、自分から力を入れてみると、背中が、体が動くだけで、当該とうがい筋肉はぴくりともしなかった。

「私が触れている場所を意識しながら、剣を振って下さい」

 フィヨルさんが変節へんせつしないよう唯々諾々と折れない剣を抜いて、左の腰から小盾を取ろうとしたが、必要ないかと左手を体から離して前に、左足を半歩踏み出して構える。

 里で習った通りに、腰、肩、腕と、連動させて。後ろに体幹をずらしながら振るという僕の得意技、というか特異技ぼうぎょのためのこうげきで振ろうとして、いや、今は必要ないかと、すんでに踏み止まって、やや前に出ながら。

「「…………」」

 うわぁ、珍しい。

 性格がだいぶ異なるエンさんとザーツネルさんが、同じ顔で僕を見ている。邪竜が踊っているところを目撃しても、こうはなるまい、っていう表情である。

「えっと、そこの筋肉が動いているのがわかりました」
「それでは、剣を振らずに力を入れて下さい」
「はい。ん、……く、っと、あ、動きました」
「次は、反対側です」

 次は腰の右側に触れてきたので、意識して力を込めてみるが、うぐっ、簡単にはいかないか。

 もう一度、剣を振ると、面白いことに、自分の意思で動かせるようになる。

「次は、上に。ここを動かして下さい」

 肩甲骨辺りから下に、すっと手を動かしてきたので、力を込めてみると、あ、今度は簡単に動いた。

 腰回りの筋肉で自覚できたからだろうか、反対側もぐっと力が入る。

「四つの箇所を意識しつつ、剣を十回振って下さい」
「はい」

 何とな~く、剣の振りが鋭くなったような、気がしないでもない感じで十回。

 優秀、もとい従順な弟子よろしく、きっちりと数を数えながら最後まで振り切る。

「ふぅ、……ん? ぅあ、って、うわっ、何これ!?」

 振り終えたあと、背中が重い、いや、これは熱いのか、痺れるというか張っているというか、筋肉痛とも違う、これまで経験したことのない、雷竜に悪戯されているような、痛みのようで痛くない、体が動かし難い、とまぁ、名状し難い症状に襲われていると。

「普段使わない筋肉を使ったので、そのような状態になっています。逆に言うと、しっかりと筋肉を使えたので、そのような症状が出ています。侍従長は若いので、明日の朝には治っているでしょう」
「確かに、動かし難いですけど、害はないって感じですね、うぐっ」

 然ても、こうなってしまったからには致し方ない。

 本日の鍛錬はこれでお仕舞いでーー。

「こぞーん防御で攻撃ぁせんでいーぞ。ここんとこ魔力纏った相手しかやってねぇだろ。勘鈍らせんよーに、丁度いーの居て良かったなぁ」
「ーー、……」
「「……っ」」

 傍観者を決め込んだからだろうか、エンさんの興味がなさそうな言葉が飛んでくる。

 ここで拒否したところで無駄なので、出来得る限り有意義な方向に思考を傾けることにする。

「そうですね。エンさんと闘って以降、カレンまで魔力を纏うようになってしまいましたからね。実質的な危険度からして、魔力の介在した闘いに慣れ過ぎてしまうのはよくありませんから、御二人は魔力使用厳禁でお願いします」
「「……、ーー」」
「嬢ちゃんすげーよなぁ。相棒んとこ何回か行ったみてーだが、あっさり身ん付けてん、奥ん手もあんみてぇだし、魔法幾つか使えんだろ。優位属性ぁ水みてぇだかん、俺たぁ相性悪そーだな」

 非凡、という言葉ほどカレンを表したものはない。ほぼすべての能力に於いて優れた資質を持っている。そして、そのすべてに、隔絶、という言葉が適用されない。

 エンさんはカレンを手放しで褒めているが、相性が悪いとーー自分が不利だと認めているが。彼は、闘えば自分が勝つと、負けるなどとは微塵も思っていない。

 隔絶、した能力を持つ者からすると、自然とそう思えるのだろうか。僕も想見してみるが、カレンにとっちめられている姿しか浮かんでこない。

 ああ、これはきっと、資質以前に、心で負けているからだろうじんせいのはいぼくしゃ

「戦いの神様とか商売の神様って、西方にはいたんだっけかな」
無名マイナーですので、西方以外では眷属神のような扱いとされるか、認知すらされていないか」
「どっちも需要がありそうなんだけどな」
「どちらもエルシュテルの威光を前に、影すら消されているようです」

 僕と同様に、逃げ道はないと悟ったのだろう。二人は淡々と、闘いの為の準備と、気概を満たしてゆく。

 もう言葉はいらない。

 闘うと、定められた三人の男が、透明じゅんすいと言っていいほどの戦意を身に纏って。心に残った一欠片の躊躇いを捨て去る為、小盾を一度胸にやって、好敵手たちに真っ直ぐに向ける。

 剣で応える二人。

 さぁ、死闘の幕開けであるたましいのぼっかん

「ぜぇ、ぜぇ、んくっ、ぜぇ……」
「はぁ、はぁ、ぶはぁっ、はぁ……」

 ーーどうせ碌な結末にはならないと、それなりに内心で盛り上げてみたものの、然もありなんと思える結果が眼前に。

 二人とも、仰向けになって、静かな夜の涼風を貪っている。

「えっと、御二人とも、大丈夫ですか?」
「……くっ、竜の国の侍従長は化け物か」
「いえ、……そこは、邪竜としておいたほうが適当ではないかと。魔獣も可、です」

 ああ、意外と余裕ですね、御二人さんおつかれさま

 短時間で体力を使い果たしたので、回復も早いと知っているのだろう。精神的な疲労も少ないだろうし、続けて話し掛ける。

「御二人のお陰で、だいぶ勘が取り戻せました。久し振りに、体にずしりとくる衝撃でした」
「防御が得意だというのは知ってた……つもりだったが、二人で掛かっても翻弄ほんろうされるとはな」
「攻撃を……途中で止めることが出来ませんでした。一度でも止まってしまえば、二度と崩せなくなるのではないかと。今から思えば、あれは誘導……だったような」

 エンさんクーさんカレンの所為、もとい、お陰、のもとい、いや、もう彼らの所為だと言ってしまおう。

 申し訳ないが、今や団長宰相の二人掛かりですらしのぎ切る僕からすると自明のことなので、この光景は予見できたことだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

死に戻った逆行皇女は中継ぎ皇帝を目指します!~四度目の人生、今度こそ生き延びてみせます~

Na20
恋愛
(国のために役に立ちたかった…) 国のため敵国に嫁ぐことを決めたアンゼリーヌは敵国に向かう道中で襲われ剣で胸を貫かれてしまう。そして薄れゆく意識の中で思い出すのは父と母、それに大切な従者のこと。 (もしもあの時違う道を選んでいたら…) そう強く想いながら息を引き取ったはずだったが、目を覚ませば十歳の誕生日に戻っていたのだった。 ※恋愛要素薄目です ※設定はゆるくご都合主義ですのでご了承ください ※小説になろう様にも掲載してます

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

『ラズーン』第二部

segakiyui
ファンタジー
謎を秘めた美貌の付き人アシャとともに、統合府ラズーンへのユーノの旅は続く。様々な国、様々な生き物に出逢ううち、少しずつ気持ちが開いていくのだが、アシャへの揺れる恋心は行き場をなくしたまま。一方アシャも見る見るユーノに引き寄せられていく自分に戸惑う。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

処理中です...