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二章 王様と侍従長
隠し部屋と本当のお宝
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「隠し部屋、と表現するのが適切な空間が、扉の向こうにありました。そこにはお宝がありました。とはいえ、一見してそうとわかるものではありません。そこにあったのは、三百冊ほどの書物でした」
「ふぇ? あの本は貴重だけど、お宝というほどでは……」
「やっぱり、コウさんは知っていたんですね」
「ふぉっ、……ふぉんなことな……」
「ん? ちょっと待ってくれ、リシェ君。そうなると、フィア様は、聖語の封印を壊すことなく、中の書物を繙くことが、ーー出来たということでしょうか?」
「エーリア君。聖語は、部屋自体に、ではなく、扉に刻まれていたのだろうね。彼ら、かな? 彼らの目的には、それで十分」
「ーーなるほど。長期を想定した封印であれば、全体に施すのは非効率。実際、フィア様、リシェ君という例外がなければ、未だ発見もされていない。……あれ? ということは、いや、ニーウ……」
「そういうこと。扉には封印の効果があったが、隠し部屋の壁にはなかった。そして、その蓋然性に『俊才』と呼ばれる彼が思い至らないはずがない。怖い男だーー、さすがはリシェの兄。邪竜は邪竜を引き寄せる、ということかな」
兄さんを、邪竜、と呼ぶなんて、幾ら何でも不謹慎過ぎます老師。
兄さんは、邪竜の中の邪竜、邪竜王とも呼べる才幹の持ち主なのだから、役不足にもほどがある。そして、同時に聖竜王の資質すら具えているのがニーウ・アルン、僕の兄だというのに。
見る目のない師匠を、今すぐ見限って弟子をやめるべきだろうか。と今後について真剣に悩んでいると、老師とエーリアさんの間で大凡の結論に至ったらしい、僕に視線が集まったので。
僕のほうの結論は先送りに、続きを話すことにする。
「兄さんは、数冊に目を通すと、『フィスキアの暗号』と口にし、分類するよう指示しました。件の『亜人戦争』で話した、ある一族、というのがフィスキアで、隠し部屋の書物のすべてにフィスキアという文字が記されていました。と言っても、どこに記されているかはまちまちで、僕だけだったら、二巡り掛けてもそれが暗号であることにすら気付かなかったかもしれません。さすが兄さん……」
「ランル・リシェ。兄自慢はもう良いですから、続きを話しなさい」
「……分類するのに三日掛かりました。『これは無理だね』と、あっさりと兄さんは決断を下しました。一番のお宝は、暗号がない本当の宝物には、時間が足りず辿り着けない。そこで、最も解くのが難しいらしい十冊に絞って、暗号を解読することにしました。実際、兄さんの読みは当たって、その十冊は『亜人戦争』に関連する事柄でした。兄さんが解き、僕が書き出してゆく。いやはや、ぎりぎりでした。最終日にまで縺れ込んでしまいました」
「そういえば、ニーウは里を下るとき、すごく眠たそうだったね。『近くの街で宿を取る』と言って、ろくすっぽ別れの挨拶もせず馬車に乗り込んでしまったよ」
「あはは、明け方まで掛かってしまいましたからね。解読完竜。お互い、にんまり笑って。僕は限界で、おやすみなさい、と言って倒れて眠ってしまいました」
然てだに終わってくれればなぁ、といい話っぽく終わらせてみたが、あ~、駄目か、竜が笑っている。
獲物を逃す気はないらしい。王様みたいに、ギザマルの笑みとはいかないようだ。
何かを誤魔化したり知ったか振りをしたりするときの様子を揶揄して、ギザマルの笑み、と形容する。これは、ギザマルが逃げる間際に、相対して瞳を合わせて、ひくり、と顔を引き攣らせることからきている。
穀物を漁る小憎らしい相手なれど、そういった愛嬌がある姿などから、害獣として扱われるも、多産の象徴としてギザマルの細工物が飾られることがある。などと気を逸らしていたら、ああ、そんなに気に入ったのだろうか、金属が擦り合わされる音がする。
カレンが催促しているようなので、竜にも角にも、王様で一度和んでから、物騒な娘を見ないように。然てこそ本当の宝物の話をするとしよう。
「フィア様。ここまでの話はご理解いただけたでしょうか。もし難しいということでしたら、日を改めて、詳説し、この先を語りたいと思うのですが」
「ぷぅ~、リシェさんは、私を甘く見過ぎなのです。意地意地悪悪なリシェさんが聖語を喋れることは先刻お見通しなのです。もったいぶらずに、さっさと披露しろっ、なのです!」
「は?」
「「「え?」」」
ぷんぷんなコウさんでほんわかしようと思ったら、慮外なことを言われてしまった。
「……えっと、コウさん、何故そう思ったんですか?」
「ふぇ? ……そ、その、ぬぅ…す、っお、女の勘、なのです?」
「理性? ……外れですので、女の勘とやらはもっと成長してからにしましょう」
「ぶぅ~」
「それはそうと、ここで聖語が出てくるとは。コウさん、何を隠しているんですか」
「な、何も隠してなんてないのです! 王様を疑う悪い侍従長は、竜と百回散歩して、大らかな心というものを手に入れてくるといいのです!」
コウさんの悪口に切れがない。
たぶん何かを隠しているんだろうけど、今日はもう竜の尻尾を突いて時間を浪費したくないので、見逃してあげる、いや、聖語関連となると重要なことかもしれないので、後日「やわらかいところ」対策の序でに聞き出すか。
「リシェを見ていると、コウが言ったことは、まったくの的外れではないらしい。本当のお宝、とは、どうやらそっち方面のことのようだね」
老師の言葉で、カレンとエーリアさんが首肯。
三人と、便乗した王様が鋭い視線を向けてくる。はぁ、これではもう誤魔化しようがないと、観念の臍を固める。
「フィスキアの一族が歴史を記したのは古語時代の後期頃までーーと先に言いました。写本なのでしょうね、三百冊の内、二九七冊は古語で記されていました。残りの、暗号のない三冊。一冊は、古語と下位語で併記されていました」
「下位語ーーというと、慥か聖語時代に、聖語使い以外の人々が使っていた言語、だったかしら」
カレンの声色が幾分低くなる。
聖語と下位語、就中「下位」の部分に納得がいかないのだろう。
さて、聖語時代ーー下位語を用いていた人々は、自分たちを下位などとは思っていなかったのだが。これらの未知を披瀝すると、またぞろ好奇心と求知心の餌食になるので、はぁ、もう嘘も吐いてしまったので、ばれない内に最後まで語ってしまおう。
「ここからは、恐らく、皆さんの知らないことです。聖語使いは聖語しか話せず、聖語使い以外の人々は下位語しか話せませんでした。これでは意思の疎通が儘なりません。そこで聖語使いは、代官のような役職を任免ーー下位語を用いる市井の民からすれば、領主のようなものですね、代官である彼らは、中位語を以て、両者の橋渡しをしていたようです」
「中位語? 里で僕は習わなかったし、カレンさんもーー知らないか」
「はい。初めて耳にしました。ですが、聖語時代に中位語を用いたのは、鑑みるに当然の……、いえ、それはーー?」
「そうだろうね。時代背景からして、リシェが語ったほど単純ではなかったはず。そも、彼らに接触自体がなかったとするならーー。となると」
「「ーーーー」」
「……?」
ぐぅあ、やっぱりこの三人は不味い。がりがりと、削るように真実に迫ってくる。別けても老師。こんな面倒なときに「〝サイカ〟の懐剣」の本領なんて発揮してないで、炎竜を撫でたと思ったら氷竜でした、って感じの間抜け面の弟子を見習って下さい。
「これらを教えるかどうかは、里長の判断ですね。二冊目が下位語と中位語の併記。そして最後の一冊が、中位語と聖語の併記された、竜も魂消るような大発見ーーではあったんですけど、その結果行き着いたのが、大いなる失望というか、盛大な空振りというか……。
えっと、話を戻しますが、兄さんは書き置きをしていきました。『一星巡りで下位語を習得できないのなら、勉学の支障になるので、里長を利用するように』とありました。皆さん予想は付いていると思いますが。〝サイカ〟の門を潜ったあと、二星巡り以内に古語を習得することになっています。最初の試問のようなもので、これに落ちると当然ーー」
然のみやは魔法使いの女の子を、じぃ~、と見詰めてみる。
遠くないのに、遠い記憶のような遺跡での一齣。コウさんも古語が読めるようだったが、果たして如何ほど掛かったのだろう。
通常は、半周期で身に付けるとされているが。
「……半周期なのです」
「老師?」
「っ!」
「魔法を学ぶのに必要だと唆したからね。半周期と、平均的な周期で覚えたよ」
「ん? 唆した、とは?」
「コウの過去は知っての通り。精神的に危うい頃もあったからね、魔法に傾倒させておいたほうが良い時期もあったということさ。ーーそれよりも、ここから里長の話だろう。話を逸らしたり誤魔化したりしようものなら、数日間で治る、凄い痛みを与えることになってしまうかもしれない」
いや、別に話を逸らそうとしてコウさんに話を振ったわけではないので、荒んだ感じのぴりぴりした魔力を放出しないで下さい。
少しずつではあるが、魔力を知覚できるようになってきたのだが。これはまだ初期の段階だからなのか、邪神様な笑顔の老師よりも、伝わってくる魔力のほうに、より敏感に邪悪さが窺えてしまう。
「古語が一星巡りで覚えられないのに、下位語が一星巡りで覚えられるはずもなく。『フィスキアの書物』、若しくは『フィスキアの秘宝』は、里長に管理してもらうことになりました。僕たちが発見者、ということで、里長が解き明かしたことは随時教えてもらっていました。たぶん、老師は里長が聖語を使えるかどうかが気になっているのだと思いますが、失望や空振りーーと先に言った通り、力ある言葉の、力、の部分は行使できませんでした」
「リシェ君は、どうも話したくないようなので、最後にこれだけは聞いておこうか。どうして聖語使いのように、効果を発揮することが出来なかったのかな?」
さすが頼れる兄貴分。他の二人とは大違いである。
エーリアさんの言葉で、今日はこのくらいにしてやる(訳、ランル・リシェ)、と矛先を納めてくれたらしい、って、何でコウさんまで同じ顔をしているんですか。
この普通そうに見える女の子は、あに図らんや隠し事が多いので、ときに話をややこしくしてしまうこと頻り。あ~、いやいや、もう、ほんと疲れたので、余計な脱線はなしに、これで最後!
……だといいんだけどなぁ。
「聖語は、力ある言葉、と伝えられています。今で言う、魔法のようなものだと思って下さい。初期の聖語は、現在で譬えるなら、『炎よ、燃えろ』や『風よ、吹け』みたいな単調なものだったと里長は言っていました。つまり、会話に使えるような言語ではなかったんです。ただ、彼らは特権階級で聖語に誇りを持っていて、中位語や下位語は使わなかったそうなんです」
「それはーー、時代が違う、と言ってしまえばそれまでだけれど、随分と不便なことだっただろうね」
「ですね。聖語は、一人目の天才が、発明なのか成立なのかして、二人目の天才が発展させて、三人目が現れなかったので滅びた、とされています。先に述べた通り、彼らは聖語に誇りを持っていました。二人目の天才が現れてからのーー聖語時代の中期が、聖語使いにとって最も輝ける時代でした。そうした彼らは、聖語時代前期の、未熟であった頃の、彼らにとって汚点であった過去を、焼いてしまったんです。聖語が後戻りの出来ない言語であることに気付いたのは、中期の終わり頃でした。然し、前期の貴重な文物や遺構はすべて灰燼に帰してしまった」
「そういうことですか。如何なお爺様でも、存在しないものの中からでは、辿ることはできないと。……いえ、お爺様のことですから、何とかなるのかしらーー?」
「えっと、カレン。老師がまた邪推してしまうので、不穏当なことは言わないように」
「…………」
「……そういうわけで、聖語について知りたいのなら、聖語使いの生き残りか、竜に、即ち翠緑王に聞いて下さい」
「ふぉ?」
最も高いであろう可能性を示唆したのだが、やっぱりというか蓋しというか、いずれ偉大になるかもしれない予定の魔法王には通じなかったようだ。
「知りたければ、百竜様に聞いたコウに聞け、ということだね。然し、コウもリシェも、何か隠しているのは炎竜を見るより明らかだが。ーーコウは、若しや里長と関わっていたりするのかな?」
「ふぃっ?! ふゅっ、ふゃあないのですっ」
「「「「ーーーー」」」」
うわぁ、邪竜よりも怪しい魔法使いが、全力で老師から顔、というか、体ごとそっぽを向く。
余りにも奇っ怪過ぎて、実は演技じゃないかと疑ってしまいそうになるが、まぁ、未熟で半熟な彼女のこと、紛う方なき心胆の発露なのだろう。
ありがたいことに王様が生贄になってくれたので、今日はまだやることがあるんだから、とっととずらかろう。って、嘘やら隠し事で疚しさ全開なので、言葉までおかしくなってしまったようだ。
未だにカレンの黒曜の、愛を語らうかのように見えなくもない、じと目が痛いが、みーも嫌がる不躾な笑顔で撃退して、然あれば執務室から、ぱたり。
「ふぇ? あの本は貴重だけど、お宝というほどでは……」
「やっぱり、コウさんは知っていたんですね」
「ふぉっ、……ふぉんなことな……」
「ん? ちょっと待ってくれ、リシェ君。そうなると、フィア様は、聖語の封印を壊すことなく、中の書物を繙くことが、ーー出来たということでしょうか?」
「エーリア君。聖語は、部屋自体に、ではなく、扉に刻まれていたのだろうね。彼ら、かな? 彼らの目的には、それで十分」
「ーーなるほど。長期を想定した封印であれば、全体に施すのは非効率。実際、フィア様、リシェ君という例外がなければ、未だ発見もされていない。……あれ? ということは、いや、ニーウ……」
「そういうこと。扉には封印の効果があったが、隠し部屋の壁にはなかった。そして、その蓋然性に『俊才』と呼ばれる彼が思い至らないはずがない。怖い男だーー、さすがはリシェの兄。邪竜は邪竜を引き寄せる、ということかな」
兄さんを、邪竜、と呼ぶなんて、幾ら何でも不謹慎過ぎます老師。
兄さんは、邪竜の中の邪竜、邪竜王とも呼べる才幹の持ち主なのだから、役不足にもほどがある。そして、同時に聖竜王の資質すら具えているのがニーウ・アルン、僕の兄だというのに。
見る目のない師匠を、今すぐ見限って弟子をやめるべきだろうか。と今後について真剣に悩んでいると、老師とエーリアさんの間で大凡の結論に至ったらしい、僕に視線が集まったので。
僕のほうの結論は先送りに、続きを話すことにする。
「兄さんは、数冊に目を通すと、『フィスキアの暗号』と口にし、分類するよう指示しました。件の『亜人戦争』で話した、ある一族、というのがフィスキアで、隠し部屋の書物のすべてにフィスキアという文字が記されていました。と言っても、どこに記されているかはまちまちで、僕だけだったら、二巡り掛けてもそれが暗号であることにすら気付かなかったかもしれません。さすが兄さん……」
「ランル・リシェ。兄自慢はもう良いですから、続きを話しなさい」
「……分類するのに三日掛かりました。『これは無理だね』と、あっさりと兄さんは決断を下しました。一番のお宝は、暗号がない本当の宝物には、時間が足りず辿り着けない。そこで、最も解くのが難しいらしい十冊に絞って、暗号を解読することにしました。実際、兄さんの読みは当たって、その十冊は『亜人戦争』に関連する事柄でした。兄さんが解き、僕が書き出してゆく。いやはや、ぎりぎりでした。最終日にまで縺れ込んでしまいました」
「そういえば、ニーウは里を下るとき、すごく眠たそうだったね。『近くの街で宿を取る』と言って、ろくすっぽ別れの挨拶もせず馬車に乗り込んでしまったよ」
「あはは、明け方まで掛かってしまいましたからね。解読完竜。お互い、にんまり笑って。僕は限界で、おやすみなさい、と言って倒れて眠ってしまいました」
然てだに終わってくれればなぁ、といい話っぽく終わらせてみたが、あ~、駄目か、竜が笑っている。
獲物を逃す気はないらしい。王様みたいに、ギザマルの笑みとはいかないようだ。
何かを誤魔化したり知ったか振りをしたりするときの様子を揶揄して、ギザマルの笑み、と形容する。これは、ギザマルが逃げる間際に、相対して瞳を合わせて、ひくり、と顔を引き攣らせることからきている。
穀物を漁る小憎らしい相手なれど、そういった愛嬌がある姿などから、害獣として扱われるも、多産の象徴としてギザマルの細工物が飾られることがある。などと気を逸らしていたら、ああ、そんなに気に入ったのだろうか、金属が擦り合わされる音がする。
カレンが催促しているようなので、竜にも角にも、王様で一度和んでから、物騒な娘を見ないように。然てこそ本当の宝物の話をするとしよう。
「フィア様。ここまでの話はご理解いただけたでしょうか。もし難しいということでしたら、日を改めて、詳説し、この先を語りたいと思うのですが」
「ぷぅ~、リシェさんは、私を甘く見過ぎなのです。意地意地悪悪なリシェさんが聖語を喋れることは先刻お見通しなのです。もったいぶらずに、さっさと披露しろっ、なのです!」
「は?」
「「「え?」」」
ぷんぷんなコウさんでほんわかしようと思ったら、慮外なことを言われてしまった。
「……えっと、コウさん、何故そう思ったんですか?」
「ふぇ? ……そ、その、ぬぅ…す、っお、女の勘、なのです?」
「理性? ……外れですので、女の勘とやらはもっと成長してからにしましょう」
「ぶぅ~」
「それはそうと、ここで聖語が出てくるとは。コウさん、何を隠しているんですか」
「な、何も隠してなんてないのです! 王様を疑う悪い侍従長は、竜と百回散歩して、大らかな心というものを手に入れてくるといいのです!」
コウさんの悪口に切れがない。
たぶん何かを隠しているんだろうけど、今日はもう竜の尻尾を突いて時間を浪費したくないので、見逃してあげる、いや、聖語関連となると重要なことかもしれないので、後日「やわらかいところ」対策の序でに聞き出すか。
「リシェを見ていると、コウが言ったことは、まったくの的外れではないらしい。本当のお宝、とは、どうやらそっち方面のことのようだね」
老師の言葉で、カレンとエーリアさんが首肯。
三人と、便乗した王様が鋭い視線を向けてくる。はぁ、これではもう誤魔化しようがないと、観念の臍を固める。
「フィスキアの一族が歴史を記したのは古語時代の後期頃までーーと先に言いました。写本なのでしょうね、三百冊の内、二九七冊は古語で記されていました。残りの、暗号のない三冊。一冊は、古語と下位語で併記されていました」
「下位語ーーというと、慥か聖語時代に、聖語使い以外の人々が使っていた言語、だったかしら」
カレンの声色が幾分低くなる。
聖語と下位語、就中「下位」の部分に納得がいかないのだろう。
さて、聖語時代ーー下位語を用いていた人々は、自分たちを下位などとは思っていなかったのだが。これらの未知を披瀝すると、またぞろ好奇心と求知心の餌食になるので、はぁ、もう嘘も吐いてしまったので、ばれない内に最後まで語ってしまおう。
「ここからは、恐らく、皆さんの知らないことです。聖語使いは聖語しか話せず、聖語使い以外の人々は下位語しか話せませんでした。これでは意思の疎通が儘なりません。そこで聖語使いは、代官のような役職を任免ーー下位語を用いる市井の民からすれば、領主のようなものですね、代官である彼らは、中位語を以て、両者の橋渡しをしていたようです」
「中位語? 里で僕は習わなかったし、カレンさんもーー知らないか」
「はい。初めて耳にしました。ですが、聖語時代に中位語を用いたのは、鑑みるに当然の……、いえ、それはーー?」
「そうだろうね。時代背景からして、リシェが語ったほど単純ではなかったはず。そも、彼らに接触自体がなかったとするならーー。となると」
「「ーーーー」」
「……?」
ぐぅあ、やっぱりこの三人は不味い。がりがりと、削るように真実に迫ってくる。別けても老師。こんな面倒なときに「〝サイカ〟の懐剣」の本領なんて発揮してないで、炎竜を撫でたと思ったら氷竜でした、って感じの間抜け面の弟子を見習って下さい。
「これらを教えるかどうかは、里長の判断ですね。二冊目が下位語と中位語の併記。そして最後の一冊が、中位語と聖語の併記された、竜も魂消るような大発見ーーではあったんですけど、その結果行き着いたのが、大いなる失望というか、盛大な空振りというか……。
えっと、話を戻しますが、兄さんは書き置きをしていきました。『一星巡りで下位語を習得できないのなら、勉学の支障になるので、里長を利用するように』とありました。皆さん予想は付いていると思いますが。〝サイカ〟の門を潜ったあと、二星巡り以内に古語を習得することになっています。最初の試問のようなもので、これに落ちると当然ーー」
然のみやは魔法使いの女の子を、じぃ~、と見詰めてみる。
遠くないのに、遠い記憶のような遺跡での一齣。コウさんも古語が読めるようだったが、果たして如何ほど掛かったのだろう。
通常は、半周期で身に付けるとされているが。
「……半周期なのです」
「老師?」
「っ!」
「魔法を学ぶのに必要だと唆したからね。半周期と、平均的な周期で覚えたよ」
「ん? 唆した、とは?」
「コウの過去は知っての通り。精神的に危うい頃もあったからね、魔法に傾倒させておいたほうが良い時期もあったということさ。ーーそれよりも、ここから里長の話だろう。話を逸らしたり誤魔化したりしようものなら、数日間で治る、凄い痛みを与えることになってしまうかもしれない」
いや、別に話を逸らそうとしてコウさんに話を振ったわけではないので、荒んだ感じのぴりぴりした魔力を放出しないで下さい。
少しずつではあるが、魔力を知覚できるようになってきたのだが。これはまだ初期の段階だからなのか、邪神様な笑顔の老師よりも、伝わってくる魔力のほうに、より敏感に邪悪さが窺えてしまう。
「古語が一星巡りで覚えられないのに、下位語が一星巡りで覚えられるはずもなく。『フィスキアの書物』、若しくは『フィスキアの秘宝』は、里長に管理してもらうことになりました。僕たちが発見者、ということで、里長が解き明かしたことは随時教えてもらっていました。たぶん、老師は里長が聖語を使えるかどうかが気になっているのだと思いますが、失望や空振りーーと先に言った通り、力ある言葉の、力、の部分は行使できませんでした」
「リシェ君は、どうも話したくないようなので、最後にこれだけは聞いておこうか。どうして聖語使いのように、効果を発揮することが出来なかったのかな?」
さすが頼れる兄貴分。他の二人とは大違いである。
エーリアさんの言葉で、今日はこのくらいにしてやる(訳、ランル・リシェ)、と矛先を納めてくれたらしい、って、何でコウさんまで同じ顔をしているんですか。
この普通そうに見える女の子は、あに図らんや隠し事が多いので、ときに話をややこしくしてしまうこと頻り。あ~、いやいや、もう、ほんと疲れたので、余計な脱線はなしに、これで最後!
……だといいんだけどなぁ。
「聖語は、力ある言葉、と伝えられています。今で言う、魔法のようなものだと思って下さい。初期の聖語は、現在で譬えるなら、『炎よ、燃えろ』や『風よ、吹け』みたいな単調なものだったと里長は言っていました。つまり、会話に使えるような言語ではなかったんです。ただ、彼らは特権階級で聖語に誇りを持っていて、中位語や下位語は使わなかったそうなんです」
「それはーー、時代が違う、と言ってしまえばそれまでだけれど、随分と不便なことだっただろうね」
「ですね。聖語は、一人目の天才が、発明なのか成立なのかして、二人目の天才が発展させて、三人目が現れなかったので滅びた、とされています。先に述べた通り、彼らは聖語に誇りを持っていました。二人目の天才が現れてからのーー聖語時代の中期が、聖語使いにとって最も輝ける時代でした。そうした彼らは、聖語時代前期の、未熟であった頃の、彼らにとって汚点であった過去を、焼いてしまったんです。聖語が後戻りの出来ない言語であることに気付いたのは、中期の終わり頃でした。然し、前期の貴重な文物や遺構はすべて灰燼に帰してしまった」
「そういうことですか。如何なお爺様でも、存在しないものの中からでは、辿ることはできないと。……いえ、お爺様のことですから、何とかなるのかしらーー?」
「えっと、カレン。老師がまた邪推してしまうので、不穏当なことは言わないように」
「…………」
「……そういうわけで、聖語について知りたいのなら、聖語使いの生き残りか、竜に、即ち翠緑王に聞いて下さい」
「ふぉ?」
最も高いであろう可能性を示唆したのだが、やっぱりというか蓋しというか、いずれ偉大になるかもしれない予定の魔法王には通じなかったようだ。
「知りたければ、百竜様に聞いたコウに聞け、ということだね。然し、コウもリシェも、何か隠しているのは炎竜を見るより明らかだが。ーーコウは、若しや里長と関わっていたりするのかな?」
「ふぃっ?! ふゅっ、ふゃあないのですっ」
「「「「ーーーー」」」」
うわぁ、邪竜よりも怪しい魔法使いが、全力で老師から顔、というか、体ごとそっぽを向く。
余りにも奇っ怪過ぎて、実は演技じゃないかと疑ってしまいそうになるが、まぁ、未熟で半熟な彼女のこと、紛う方なき心胆の発露なのだろう。
ありがたいことに王様が生贄になってくれたので、今日はまだやることがあるんだから、とっととずらかろう。って、嘘やら隠し事で疚しさ全開なので、言葉までおかしくなってしまったようだ。
未だにカレンの黒曜の、愛を語らうかのように見えなくもない、じと目が痛いが、みーも嫌がる不躾な笑顔で撃退して、然あれば執務室から、ぱたり。
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私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
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