竜の国の侍従長

風結

文字の大きさ
上 下
33 / 180
二章 王様と侍従長

王弟の矜持と王様の創作話?

しおりを挟む
「ふむ。では、あと二つだけにしておこう。ーーカール」
「……何でしょうか、兄上」

 今の今まで見落としていたが、ちゃっかりとみーの手を握り続けていたらしいカールが、ふて腐れた感じで立ち上がって、ストーフグレフ王の、兄の許までーーと言うには距離がある場所まで、あに図らんや王族らしい優雅な所作で歩いてゆく。

「カールには、より良く学べる場所が必要かと思い、グリングロウ国が最良であると判断した。シア殿の他、同周期の優秀な者も多く居ると聞く。何より、リシェが居るとなれば、竜の国以上に適した場所などあるまい」
「……兄上。学ぶなら、竜の国ここでなくとも、ストーフグレフで事足ります。何より、王弟を含めて、城街地とかいう、よくわからない場所の出身だとか。益があるとは思えません」

 虚勢、と言えないくらいには、挑むような強い視線。先程までの高慢振りが、嘘のように鳴りを潜めている。一国の王弟だけあって、真っ当な一面も持ち合わせていたらしい。

 然し、内容は頂けない。とはいえ、竜の国以外でなら、否定どころか肯定する者のほうが多いだろう。

 身分、というものは本当に厄介なものだ。こうして竜の国を造らなければ、その厄介さの、本当のところはわからなかった。何せ、それは生まれたときからそこにある、当たり前のものだったのだから。

 空は空で、雲は雲で、太陽は太陽で、手を伸ばしても届かない場所で。真実も、やがて事実という詰まらないものに成り下がって。

 つい最近のことだ。当たり前のものが、当たり前じゃないと気付いた。届かないと思っていた空は、みーに乗って雲海を眼下に。空から落っこちて、初めて雲に触れて。

 ーー何より僕らは今、竜と共に在る。

 それが当たり前のものになってしまうこと、社会的に受け容れられてしまうこと。くつがえすことが、反抗することが、悪とされてしまうことすらある。実際に、固定された集団にとっては、正しいとされることが不利益になることもある。……と、危ない危ない、思惟の湖に潜りそうになってしまった。竜の領域に触れるのは控えておかないと。

 見ると、名指しされたシアは、冷静な表情にーーわずかに散らされているのは、哀れみ、だろうか。

 城街地で、最後まで子供たちとともに生き続けた少年が、この程度で揺らぐはずがない。逆に、城街地出身の大人たちのほうがーー特にサーイは感情剥き出しで睨み付けている。

 だが、それは悪いことではない。まぁ、バーナスさんの後任に就きたいのであれば、わきまえることを覚えて、いや、身に刻んでもらう必要があるだろうが。

「であれば、丁度良い」
「……え?」

 真っ直ぐな、真っ直ぐ過ぎる眼差し。自身に向けられたわけでもないのに、背中がぞくっとする。

 その双眸よりも冷たい言葉が、呆けた少年に容赦なく降り注ぐ。

「父上を窮地から救った兵士がいた。父上は恩賞を授けようとしたが、兵士は固辞した。それでは気が済まない父上は、何でも良い、望むものはないかと尋ねた。兵士は答えた。
 自分は愚か者であり、金銭を貰っても、知人縁者に奪われる。地位を与えられても、力を発揮できず、誰かの言いなりになるだけ。もし許されるなら、我が子が生まれたなら、自分のような愚か者にならないよう学ぶ機会を与えて欲しい。
 父上はしかと約し、周期が流れ、兵士が子を成したと聞いて、自ら向かわれた。父上が辿り着いたとき、兵士はすでに亡くなっていた。調べたところ、兵士の妻が不義を働き、その妻の男が、間夫まぶが兵士を手に掛けたという。手を尽くして子を見つけ出したとき、女は我が子を父上に投げ渡したそうだ。欲しければ呉れてやる、持って行け。そう言って、立ち去っていった。父上は、子を不憫ふびんに思い、我が子として育てることにした。
 兵士の出身は、嘗てのストーフグレフにあったという西の貧民街だ。出身地の貴賤きせんということなら、よくわからない場所の出身同士、大して違いはあるまい」

 自分には関係ないと正しく理解したようで、みーが「飛翔」でコウさんの膝の上まで脇目も振らず一直線。

 重大な、暴露というか打ち明け話に、皆が視線を逸らせなくなる中、遊牧民たちだけが愛しの炎竜に首っ丈で。

 ぽすんっ、とコウさんの胸に……って、いやいや、僕がみーを見ていたのは、色んなものから目というか理性というか、心というか真実というか、そんな感じのものから逸らしたかった、というか誤魔化したかっただけでーー。

「あ、兄上……こ、このようなときに冗談など……」

 求婚した相手みーすら視界に入らなくなってしまうくらい狼狽したカールは、すがるような視線を兄に向けるが、王の揺るがない瞳は、魔法使いの青年を捉える。

「冗談は、一星巡りに一度と、私と約束して下さいました。先に、オルエル殿に対して発動なされたので、今星巡りに、王の冗談はもうありません」

 ストーフグレフ王に応えて、淡々と逃げ道を塞ぐ。

 然てしも、発動、とはまた大袈裟な。いや、彼の王の権勢、もとい威光からすると、間違いでもない、のかな?

「う、嘘だ! そんなことあってたまるものか!?」
「ふむ。その通り。これは冗談ではなく、嘘だ」
「……っ」
「だが、私がこれを嘘だと言わなかったどうなる。ーークライゼ」

 叫ぶ弟を一顧だにせず、ストーフグレフ王は爺様にーークライゼさんに意向を質す。

「はっ。アラン様の仰る通り、カール様は貧民街の出身でございます」
「爺っ!」
「カール様。もしも、カール様の身に危険が及んだのであれば、このクライゼ、身命を賭してお救いする所存。でございますが、私の雇い主は、私が仕えるストーフグレフの王は、アラン様でございます。カール様からは、何一つ、いただいておりません」
「ーーっ、……っ」

 無条件で味方だったはずのクライゼさんの背信はいしんにーー、それでも最後の意地だろうか、王弟の、いや、少年の矜持が、兄王の視線を引き寄せる。

「そういうことだ。これらを私が真実だと認めるだけで、それはストーフグレフ国にとっての事実となる。たった一人の言葉で、嘘にも本当にもなる。生まれなど、詮ずるところ、その程度のものでしかない。
 私が幼い頃、『どこで拾ってきたのやら』『汚らわしい。混じり物か』など、周囲の者に色々と言われたものだ。そんな彼らは今、同じ口で、私を称賛している」

 これ以上の言葉は必要ないと判じたのだろうか、ゆくりなく向き直ると、カールと同じく王弟の地位にある少年に、雷竜の息吹の如き言葉を差し出す。

「シア殿」
「え、あ……、はいっ」
不肖ふしょうの弟だが、私にとっては大切な弟でもある。迷惑を掛けることがあるかもしれないが、長い目で見てくれるよう頼む」
「ーーぃっ」

 アラン・クール・ストーフグレフ王が、大陸中央の覇者が、てらいなど微塵もなく、少年に頭を下げる。

 弟が取るに足らぬと見下した相手に、兄は真摯にこいねがう。

 カールの侮言ぶげんに冷静でいられたシアだが、これはたまったものではない。尋常ではない事態に、どうしたらいいかわからず、姉であり王様でもある少女に顔を向けようとして、

「ーーっ!」

 それだけはしてはならぬと、どれだけの意思を注ぎ込んだのか、恐れを踏み越えて。小さく口元に笑みをこしらえる余裕さえ見せて、の王に正面から向き合う。

「カール殿の滞在を歓迎いたします。ともに切磋琢磨し、良き日々を過ごせるよう、多く語り合っていけるような関係になれたなら幸いです」

 硬く、言葉の選択にまだ難があるが、翠緑王の前で、少年が一歩、胸の内の願いに向かって踏み出す。

 顔を上げたストーフグレフ王に、心の怖じ気をいとわず受け止めて、今ある精一杯のもので、応じて頭を軽く下げる。

 左手をお腹に当てて、足は引かず、右手は下に。

 いつの間にか、現行の礼儀作法を身に付けていたようだ。三度目の大乱以後、簡略化の傾向にあったのだが、シアの言行は礼儀に適っている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

処理中です...