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一章 炎竜氷竜と侍従長
暴露
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優秀な竜耳には、僕らの会話など丸聞こえ。
がちゃっ、とあえて大きな音を立てて、絶好の時機で愛娘が入ってきてくれる。
「スナさん!!」
「ーーどうして、スナだとわかったんですか?」
「ま、魔力でわかったのです……?」
「そうですか、さすが竜の国一の魔法使いです。でも、当然ですが、ここからは魔法は、ーー禁止ではありません。コウさんの魔法は、あまり精密ではないとの噂があるので、魔法に精通したスナを騙くらかすのは、物凄く難しいことだと思います。クーさんから了承を貰っています。幾らでも魔法を使って構いません。でも、使っていることがばれたときは、その回数分、『おしおき』だそうです。なので、どしどし魔法を使ってください。因みに、『おしおき』の執行者は、ばれた回数によって、変わるそうです」
助っ竜と呼ばずに助っ人と呼んで細工したのだが、王様の迂闊さはそんな水準ではないらしい。
はぁ、もう少し頑張って欲しいものだが、変に鋭いコウさんは、コウさんらしくないというか、まぁ、「やわらかいところ」対策には都合がいいし、しばらくはこのままの駄目っ娘な女の子のままで、色んなところが成長するのを期待して待つとしよう。
「父様、こんな楽しそうなことを独り占めしていたなんて、いけずな父様ですわ」
僕を責めている割には、楽しげで、邪悪な笑顔も可愛らしい、僕の愛娘。
「ーー父様? ふぃっ!? リシェさんは、スナさんの父親だったのっ、なのです?!」
「ひゃふっ、見るですわ、父様。この娘のみっともない醜態を。ほらっ、頭を叩いてやりますから、もっと面白いことを、その口からどばどば漏らすが良いですわ」
「ふゅっ……」
本当にやりそうだったので、というか、有言実行の娘は実際にやってしまうので、後ろから抱えて、持ち上げてしまう。
すると、何故かスナが、びくっ、と体を震わせる。
何だかよくわからないが、愛情表現として、スナの頭を、僕の頭で軽く撫でてあげる。
「スナ、右手、離すね」
「……『浮遊』使ったので、大丈夫ですわ」
壁際まで歩いていって、椅子を一脚、笠木を掴んで持ってくるのは辛そうだったので、背凭れに二の腕を当てて、座面の下に指を入れて持ち上げる。
王様の執務室にある椅子なので、恐らくはクーさんが選んだのだろう、それなりに見栄えのいい、しっかりとした造りをしているので、ーーあ、スナにお願いすれば良かったと、今更ながら気付いたのだった。
後の祭り、竜の祭り、ということで、卓の前まで運んで座ると、自然僕の膝の上にスナが座ることになる。
コウさんの反応はない。ということは、魔法は使っていないようだ。
「主旨の説明から始めましょう。これから先……」
「ちょっ、待っ、なのです! なんか色々説明が必要なのです! リシェさんが意地悪なのは、世界の法則だから仕方がないので諦めたのですっ、このままだと魔法が爆発で、爆発が魔法してしまうのですっ!」
ふむ、目隠ししている所為なのだろうか、視覚を奪われることによる混乱は、思考力まで影響を及ぼしているようで、普段の迂闊さの他に、支離滅裂な要素も加わっている。
「ふふっ、父様には、寝物語を聞かせてもらっているのですわ。ですから、そこの娘のことも知ってますわ。父様は、ちょっとその娘を信用し過ぎですわ。それは、この娘が父様の命の恩人だから、ということですわ?」
「えっと、それは……あるかもね。コウさんが助けてくれなかったら、僕は今、ここにいないわけだし」
「そうですわね、父様は一度心を許した者には通常以上に心を預けてしまうのですわ。だから、気付けなかったのですわ」
また、然かと思えば、コウさんの、必要以上の力を込めて閉じられている、むずむずなお口が教えてくれる。
目隠しの下で、目を逸らしているのだろうか、顔がゆ~っく~り~と横を向いてゆく。
スナは愛娘ではあるが、性別は男でも女でもない。竜は、その役割からか、一個で完全な生命とされている。「分化」で性別を獲得することが出来るらしいが、詳しくは聞いていない。
然てこそ二重の意味で、寝物語、という言葉は正しくないのだが、スナの機嫌を損ねたくないので、流してしまうとしよう。
「巨鬼と戦った、ではなく、逃げ回っていたときのことはーー、うん、確かに、疑ったことはなかった、かな」
「父様なら、疑って掛かれば、すぐに答えに辿り着きますわ。ですから、私から言ってやりますわ。父様が、クーから聞いたという話。巨鬼は常ならず、魔力を纏った魔物でしたが、全部がそうではなく、五体に一体くらい、魔力を纏っていない魔物がいたということですわ。父様が始めに戦った個体は、運が悪いことに、魔力を纏っていない相手だったのですわ。そして次に、父様を襲った二体目ーー」
「ああ、そうか。その二体目が魔力を纏っていない個体だった蓋然性はあるけどーー、ふむ、そうなると僕を助けたのは、助けたように見せ掛けたのは」
「ふふっ、父様の考えた通りですわ。二体目は魔力を纏っていたので、父様が攻撃で損傷を受けることはなかったのですわ。なら、何故あの娘がそのようなことを、わざわざしたのか。ふふりふふり、答えは簡単ですわ。そっちの娘は、父様に恩を売っておきたかったのですわ。父様が氷焔に所属してから一巡り後、兄と姉の命令で、こっちの娘は父様と係わらざるを得ない状況になりますわ。その前に、優位に立つことが出来る、命の恩人、という立場を手にしようと、碌でもない策を講じたのですわ」
「う~ん、確かに、僕はコウさんに感謝したし、一定の配慮をしていた。コウさんの策が上手く嵌まったということか。はっはっはっ、これは為て遣られましたね」
コウさんの性格を、存分に知った今では、まぁ、それこそ、今更の話である。然し、それは僕にとってのことで、僕とスナの姿を見ることが出来ないコウさんは、事実が暴露されて大変そうである。
然は然り乍ら、この度は、魔力放出だけを求めることが目的ではない。説明をただ聞くだけでなく、理解してもらう為に、どうやって落ち着かせたものか。
「あっ、思い出したのです。お礼を言わなくちゃ、なのですっ。リシェさんの姉の人の、レイさんという凄い美人さんのことなのです」
「……えっと、レイがどうかしましたか?」
「『騒乱』のとき、治癒術士な感じで、お世話になったのです。……それと、とっても優れた魔法使いと聞いているので、その、出来たら、お話したいな、と思ってるのです」
嗜虐、という言葉を体現したような表情の愛娘を後ろから抱き締めて、それは後でのお楽しみでね~、と頬に手を当てると、僕との接触を好んでいるらしい竜娘はすりすりと擦り付けてくる。
コウさんとレイが会ったのは、いや、居合わせたのは、コウさんの快復後の、翠緑宮の表口。
あのときは慌ただしかったので、レイのことに気付かなかったのだろう。そして、その後も接触はない、と。
いや、直接ではなくとも、魔力的な接触はあったはず。然し、レイはスナの「幻覚」で生み出されたもの。魔力自体は、スナのものなので、彼女は気付けなかったーーん?
でも、会おうと思えば会えないことはない、となると。
「コウさん。何を隠しているんですか?」
「ひっ、人聞きが悪いのです! 魔法使いの耳は、良い耳なのですっ」
「……別に、隠すことではないと思いますけど。レイに、魔法を教えてもらいたかったんですよね?」
「ふぉ、……ふぉんなこともあるかもしれないのです」
「序でに言うと、恥ずかしがることでもないと思いますけど。因みに、レイの魔法の、どの辺りが、コウさんの琴線に触れたんですか」
「ーー師匠から聞いたのです。レイさんは、シーソさんを抱えて、地面を滑っていったのです。私も、魔法で同じことが出来るのです。でも、私には、レイさんのように、地面を傷付けずに滑走するのは無理なのです」
「魔法を使えば、コウさんにも可能ーーなんでしょうけど。僕には、その辺のことは詳しくわかりませんけど、きっと魔法の技術とか、熟練度とか、レイのほうが数段、上だったと?」
「……ふぎゅ」
「人見知り、はだいぶ直ったので、尻込み、なんでしょうかね。得意の魔法で、人に教えを請う。コウさんの魔法は、威力に於いて他の追随を許していませんが、技術的に未熟なところが、大雑把なところがある。つまり、教えてもらっても、上手くできる自信がないんですね。えっと、中級くらいまでの魔法なら問題なく使えているんでしょうから、そこは虚心坦懐に、恥も外聞もかなぐり捨てて……」
「ひゃむっ」
スナが僕の指を甘噛。あむあむあむあむ、と以心伝心。
どうやら僕は、娘から愛情の深さを試されているらしい。指を噛むときの強弱や速さ、ちろちろと触れてくる舌の、冷たいようで生暖かい、背筋を震わせた、不快なようで甘い刺激を伴った……。
「父様は、まだここの娘を買い被っていますわ。女心、ではないですわね、甘ったれた、未熟でこまっしゃくれた、ただの背も度量も小さな娘なのですわ。あそこの娘は、魔法以外は、人より劣っている部分が盛りだくさんなのですわ。でも、誰にも負けない魔法があったから、自身の心を偽り、誤魔化すことが出来たのですわ」
「「…………」」
……コウさんに関する、割と真面目な話のようなので、竜にも角にも、スナの唾液で、ひんやりした指を……げふんっげふんっ、いや、乾くまで触れないように、心掛けます。
「ふふっ、そこに現れたのがレイ。どんくさいそこらの娘と違って、社交的で華やかで、洗練されていますわ。その知性に加え、料理を始めとして、芸術分野に至るまで、称賛以外の言葉を聞くことはない、完璧という言葉の具現。魔法という絶対の盾が壊されたとき、あれらの娘には、現実が突き付けられたのですわ。レイのほうが女として格上、心がすかんぴんでは比較の対象にすらならず、みすぼらしさだけが際立ち、これまで直視せずにいられた、魔法で相殺することが出来ていた、あらゆることが白日の下に晒され、自らの分、というものを、魂の底まで刻み付けられ、思い知らされたのですわ」
「「ーーーー」」
王様は、俯き加減である。もう誤魔化そうとかどうとか、そんな気力もないようだ。
目隠しぷらす真綿で首を絞めるようなスナで、当人は気付いていないらしい、どんどん頭が下がっていって、鼻が卓に接触して。頭を上げるでなく、額を付けて、体から力が抜けて、動かなくなってしまった。
魔力放出には至らない。スナではなく、僕が見破って語ったなら、「やわらかいところ」を刺激することが出来たかもしれない。
然う、今回は、ここが重要なのである。スナには大凡のことは伝えてあるので、先ずは軽く、試してみたのやも。
がちゃっ、とあえて大きな音を立てて、絶好の時機で愛娘が入ってきてくれる。
「スナさん!!」
「ーーどうして、スナだとわかったんですか?」
「ま、魔力でわかったのです……?」
「そうですか、さすが竜の国一の魔法使いです。でも、当然ですが、ここからは魔法は、ーー禁止ではありません。コウさんの魔法は、あまり精密ではないとの噂があるので、魔法に精通したスナを騙くらかすのは、物凄く難しいことだと思います。クーさんから了承を貰っています。幾らでも魔法を使って構いません。でも、使っていることがばれたときは、その回数分、『おしおき』だそうです。なので、どしどし魔法を使ってください。因みに、『おしおき』の執行者は、ばれた回数によって、変わるそうです」
助っ竜と呼ばずに助っ人と呼んで細工したのだが、王様の迂闊さはそんな水準ではないらしい。
はぁ、もう少し頑張って欲しいものだが、変に鋭いコウさんは、コウさんらしくないというか、まぁ、「やわらかいところ」対策には都合がいいし、しばらくはこのままの駄目っ娘な女の子のままで、色んなところが成長するのを期待して待つとしよう。
「父様、こんな楽しそうなことを独り占めしていたなんて、いけずな父様ですわ」
僕を責めている割には、楽しげで、邪悪な笑顔も可愛らしい、僕の愛娘。
「ーー父様? ふぃっ!? リシェさんは、スナさんの父親だったのっ、なのです?!」
「ひゃふっ、見るですわ、父様。この娘のみっともない醜態を。ほらっ、頭を叩いてやりますから、もっと面白いことを、その口からどばどば漏らすが良いですわ」
「ふゅっ……」
本当にやりそうだったので、というか、有言実行の娘は実際にやってしまうので、後ろから抱えて、持ち上げてしまう。
すると、何故かスナが、びくっ、と体を震わせる。
何だかよくわからないが、愛情表現として、スナの頭を、僕の頭で軽く撫でてあげる。
「スナ、右手、離すね」
「……『浮遊』使ったので、大丈夫ですわ」
壁際まで歩いていって、椅子を一脚、笠木を掴んで持ってくるのは辛そうだったので、背凭れに二の腕を当てて、座面の下に指を入れて持ち上げる。
王様の執務室にある椅子なので、恐らくはクーさんが選んだのだろう、それなりに見栄えのいい、しっかりとした造りをしているので、ーーあ、スナにお願いすれば良かったと、今更ながら気付いたのだった。
後の祭り、竜の祭り、ということで、卓の前まで運んで座ると、自然僕の膝の上にスナが座ることになる。
コウさんの反応はない。ということは、魔法は使っていないようだ。
「主旨の説明から始めましょう。これから先……」
「ちょっ、待っ、なのです! なんか色々説明が必要なのです! リシェさんが意地悪なのは、世界の法則だから仕方がないので諦めたのですっ、このままだと魔法が爆発で、爆発が魔法してしまうのですっ!」
ふむ、目隠ししている所為なのだろうか、視覚を奪われることによる混乱は、思考力まで影響を及ぼしているようで、普段の迂闊さの他に、支離滅裂な要素も加わっている。
「ふふっ、父様には、寝物語を聞かせてもらっているのですわ。ですから、そこの娘のことも知ってますわ。父様は、ちょっとその娘を信用し過ぎですわ。それは、この娘が父様の命の恩人だから、ということですわ?」
「えっと、それは……あるかもね。コウさんが助けてくれなかったら、僕は今、ここにいないわけだし」
「そうですわね、父様は一度心を許した者には通常以上に心を預けてしまうのですわ。だから、気付けなかったのですわ」
また、然かと思えば、コウさんの、必要以上の力を込めて閉じられている、むずむずなお口が教えてくれる。
目隠しの下で、目を逸らしているのだろうか、顔がゆ~っく~り~と横を向いてゆく。
スナは愛娘ではあるが、性別は男でも女でもない。竜は、その役割からか、一個で完全な生命とされている。「分化」で性別を獲得することが出来るらしいが、詳しくは聞いていない。
然てこそ二重の意味で、寝物語、という言葉は正しくないのだが、スナの機嫌を損ねたくないので、流してしまうとしよう。
「巨鬼と戦った、ではなく、逃げ回っていたときのことはーー、うん、確かに、疑ったことはなかった、かな」
「父様なら、疑って掛かれば、すぐに答えに辿り着きますわ。ですから、私から言ってやりますわ。父様が、クーから聞いたという話。巨鬼は常ならず、魔力を纏った魔物でしたが、全部がそうではなく、五体に一体くらい、魔力を纏っていない魔物がいたということですわ。父様が始めに戦った個体は、運が悪いことに、魔力を纏っていない相手だったのですわ。そして次に、父様を襲った二体目ーー」
「ああ、そうか。その二体目が魔力を纏っていない個体だった蓋然性はあるけどーー、ふむ、そうなると僕を助けたのは、助けたように見せ掛けたのは」
「ふふっ、父様の考えた通りですわ。二体目は魔力を纏っていたので、父様が攻撃で損傷を受けることはなかったのですわ。なら、何故あの娘がそのようなことを、わざわざしたのか。ふふりふふり、答えは簡単ですわ。そっちの娘は、父様に恩を売っておきたかったのですわ。父様が氷焔に所属してから一巡り後、兄と姉の命令で、こっちの娘は父様と係わらざるを得ない状況になりますわ。その前に、優位に立つことが出来る、命の恩人、という立場を手にしようと、碌でもない策を講じたのですわ」
「う~ん、確かに、僕はコウさんに感謝したし、一定の配慮をしていた。コウさんの策が上手く嵌まったということか。はっはっはっ、これは為て遣られましたね」
コウさんの性格を、存分に知った今では、まぁ、それこそ、今更の話である。然し、それは僕にとってのことで、僕とスナの姿を見ることが出来ないコウさんは、事実が暴露されて大変そうである。
然は然り乍ら、この度は、魔力放出だけを求めることが目的ではない。説明をただ聞くだけでなく、理解してもらう為に、どうやって落ち着かせたものか。
「あっ、思い出したのです。お礼を言わなくちゃ、なのですっ。リシェさんの姉の人の、レイさんという凄い美人さんのことなのです」
「……えっと、レイがどうかしましたか?」
「『騒乱』のとき、治癒術士な感じで、お世話になったのです。……それと、とっても優れた魔法使いと聞いているので、その、出来たら、お話したいな、と思ってるのです」
嗜虐、という言葉を体現したような表情の愛娘を後ろから抱き締めて、それは後でのお楽しみでね~、と頬に手を当てると、僕との接触を好んでいるらしい竜娘はすりすりと擦り付けてくる。
コウさんとレイが会ったのは、いや、居合わせたのは、コウさんの快復後の、翠緑宮の表口。
あのときは慌ただしかったので、レイのことに気付かなかったのだろう。そして、その後も接触はない、と。
いや、直接ではなくとも、魔力的な接触はあったはず。然し、レイはスナの「幻覚」で生み出されたもの。魔力自体は、スナのものなので、彼女は気付けなかったーーん?
でも、会おうと思えば会えないことはない、となると。
「コウさん。何を隠しているんですか?」
「ひっ、人聞きが悪いのです! 魔法使いの耳は、良い耳なのですっ」
「……別に、隠すことではないと思いますけど。レイに、魔法を教えてもらいたかったんですよね?」
「ふぉ、……ふぉんなこともあるかもしれないのです」
「序でに言うと、恥ずかしがることでもないと思いますけど。因みに、レイの魔法の、どの辺りが、コウさんの琴線に触れたんですか」
「ーー師匠から聞いたのです。レイさんは、シーソさんを抱えて、地面を滑っていったのです。私も、魔法で同じことが出来るのです。でも、私には、レイさんのように、地面を傷付けずに滑走するのは無理なのです」
「魔法を使えば、コウさんにも可能ーーなんでしょうけど。僕には、その辺のことは詳しくわかりませんけど、きっと魔法の技術とか、熟練度とか、レイのほうが数段、上だったと?」
「……ふぎゅ」
「人見知り、はだいぶ直ったので、尻込み、なんでしょうかね。得意の魔法で、人に教えを請う。コウさんの魔法は、威力に於いて他の追随を許していませんが、技術的に未熟なところが、大雑把なところがある。つまり、教えてもらっても、上手くできる自信がないんですね。えっと、中級くらいまでの魔法なら問題なく使えているんでしょうから、そこは虚心坦懐に、恥も外聞もかなぐり捨てて……」
「ひゃむっ」
スナが僕の指を甘噛。あむあむあむあむ、と以心伝心。
どうやら僕は、娘から愛情の深さを試されているらしい。指を噛むときの強弱や速さ、ちろちろと触れてくる舌の、冷たいようで生暖かい、背筋を震わせた、不快なようで甘い刺激を伴った……。
「父様は、まだここの娘を買い被っていますわ。女心、ではないですわね、甘ったれた、未熟でこまっしゃくれた、ただの背も度量も小さな娘なのですわ。あそこの娘は、魔法以外は、人より劣っている部分が盛りだくさんなのですわ。でも、誰にも負けない魔法があったから、自身の心を偽り、誤魔化すことが出来たのですわ」
「「…………」」
……コウさんに関する、割と真面目な話のようなので、竜にも角にも、スナの唾液で、ひんやりした指を……げふんっげふんっ、いや、乾くまで触れないように、心掛けます。
「ふふっ、そこに現れたのがレイ。どんくさいそこらの娘と違って、社交的で華やかで、洗練されていますわ。その知性に加え、料理を始めとして、芸術分野に至るまで、称賛以外の言葉を聞くことはない、完璧という言葉の具現。魔法という絶対の盾が壊されたとき、あれらの娘には、現実が突き付けられたのですわ。レイのほうが女として格上、心がすかんぴんでは比較の対象にすらならず、みすぼらしさだけが際立ち、これまで直視せずにいられた、魔法で相殺することが出来ていた、あらゆることが白日の下に晒され、自らの分、というものを、魂の底まで刻み付けられ、思い知らされたのですわ」
「「ーーーー」」
王様は、俯き加減である。もう誤魔化そうとかどうとか、そんな気力もないようだ。
目隠しぷらす真綿で首を絞めるようなスナで、当人は気付いていないらしい、どんどん頭が下がっていって、鼻が卓に接触して。頭を上げるでなく、額を付けて、体から力が抜けて、動かなくなってしまった。
魔力放出には至らない。スナではなく、僕が見破って語ったなら、「やわらかいところ」を刺激することが出来たかもしれない。
然う、今回は、ここが重要なのである。スナには大凡のことは伝えてあるので、先ずは軽く、試してみたのやも。
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