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一章 炎竜氷竜と侍従長
少女とミニレム
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「……それで、彼女はいつからミニレム使いーーで良いのか? あれは、フィア様からミニレム使用の権限を頂いている、と判断すれば良いのだろうか」
奥歯に物が挟まったような物言い。
自己の精神を立て直す為に、そのような過程が必要だったのだと、僕もまた現世に舞い戻る為に、オルエルさんの問いを利用する。
「魔法に魔法を重ねる『重』という技法があります。それ以外に、魔法に魔法を込める『響』という技法があるのですが、ミニレムにはこちらが採用されています。その『響』ですが、フィア様は全容を解明しているわけではありません。老師は『これは、禁術にしたほうが良いのかもしれない』と仰っていました。クーさんは『これは、たぶん魔工技術と相性が良い。心象を要とする魔法とは合わない』と危惧していました。
ミニレムは初めからシャレンに懐いていました。それは日増しに助長しーー試しに、フィア様とシャレンが同時に自分の許に来るようミニレムに命令してみると、十回中十回、シャレンの命令に従いました。この事実を受け容れたフィア様は、ミニレム隊隊長の栄誉をシャレンに授けました。ミニレム使い乃至ミニレム王ーーシャレンは、フィア様だけに留まらず、竜の国での、二人目の、事実上の一国を滅ぼせる存在になりました」
国崩しに相応する力の持ち主。対外的には、翠緑王と竜の国の侍従長がそれに相当、抑止力となっているのだが。
実際には、竜の国の侍従長にそんな力がないことは言を俟たない、のだが、シャレンにミニレムが居るように、僕には愛娘が居る。
彼の氷竜の感興をそそる内容なら、たぶん力を貸してくれるんじゃないかなぁ、とか、まぁ、ここら辺は心がざわめくので曖昧にしておこう。
それと、ダニステイル。「千竜賛歌」のあと、コウさんが快復した合図として、魔法を空に放ってもらった、或いはぶっ放すことを許可したのだが。彼らの魔法もまた、国崩しに匹敵するものだった。
……ふぅ、どうしたものか、竜の国には危険物が四つも存在するのだ。
その上に、竜が在る。
他国からは、みーとミースガルタンシェアリ、延いては「千竜賛歌」を想起して他竜の存在まで想定されることになるだろう。
どうしてこうなった、と大声で叫びたい気分である。
竜の国の脅威を量れない為か、ここ二星巡り、他国との軋轢は生じなかったが、これからもそうであるとは限らない。手を替え品を替え、裏表、硬軟、面倒や厄介を含んだ接触が増えていくだろうことはーー僕とカレンとエーリアさん、〝目〟の見解は一致している。
「製造者、若しくは創造主であるフィア様が手に余ると判断しているなら、ミニレムを人々と接触させるのをーー、控えさせたほうが……、う~ん」
筆頭竜官であるオルエルさんは、私情を交えず、竜の国の行く末を思案する。
実務での手堅さと、大らかな人柄から竜官や部下たちの信頼も厚く、また僕に直言できる数少ない人物として竜の民から信任も信認も得ている。
……あれ、なんだか涙が出てきそうだ。
安易に効果を求めて、堅実とか清廉とか人と人との間にある暖かなものを脇に追い遣って、正しい道ではなく、近道に、楽なほうへと流れてしまった僕が悪いのだろうか。
オルエルさんといい老師といい、自らを偽ることなく、在るべき姿で。ーーああ、やっぱりここなのかなぁ。自らを糊塗すること、嘘を吐くこと、それらを有用な手段と考えている時点で、う~ん、でも、釦を掛け違えたとはいえ、僕が僕らしく在ること、それを偽ってまで……。
はぁ、駄目だ駄目だ。これまで幾度となく惟て、納得するだけの答えを得られていない。竜の巣穴巡りは、時間を置いてからのほうが良竜と出逢えそうだ。
「やるのなら、成る丈早くだろうな。もしかすると、今がぎりぎり引き返せる分水嶺なのかもしれない。いずれフィア様が問題を解決するまでの限定的な措置と説明して……」
正しい答えと、間違っていない答え。その狭間で迷うように、ザーツネルさんも頭を悩ませる。
戦士としての精悍さと、若くして懐の深さと柔軟さを兼ね備えるに至った、二枚目と言っていい男振りの副隊長は、竜騎士の中で一、二を争う人気(主に女性たちから)がある。
因みに、エンさんは満遍なく、ギルースさんは子供たちから人気を集めている。
僕にとっての良識的な兄貴分。彼もまた、僕に対しての歯止めになっているということで、枢要や竜の民からも一目置かれている。
オルエルさんとザーツネルさんが屋上に居るのは偶然ではない。
「騒乱」後、一星巡り経つ頃には、侍従長である僕が竜の国の枢要に伝達する際の、竜官側の窓口がオルエルさんに、竜騎士側がザーツネルさんになっていた。
そして翠緑宮の屋上が解放されてからは、早朝の運動がてら小会議だったり情報交換や共有だったり、と相成ったのだった。
竜騎士は、翠緑宮に居室を構えていないのだが、侍従長に対する役割から、例外的に翠緑宮に住まうことになった。
ただ、それは表向きのことで、他にも理由がある。ザーツネルさんの希望で、近しい者しか知らず、オルエルさんでさえ耳にしていないのだが。
「「…………」」
然て置きて悩める二人の大人に、心ならずも僕から贈り物をしなくてはならない。強制的に受け取ってもらうので、逃げ場を塞ぐ為に、階段のある側に移動する。
「危険なミニレムを、今すぐ排除しなければならない。オルエルさんとザーツネルさんがそのように考えるのは至極尤もだと思います」
「ザーツネル君、私は嫌な予感しかしないのだが」
「奇遇ですね、オルエル竜議。今すぐ二人でとんずらこきましょう」
「竜地の天竜がどのような場所かは、御二人ともご存知ですよね」
「「…………」」
「傷病者や病人、生活に支障のある老人など。他に、身寄りのない子供たちを『竜の家』で受け入れています。そうした子供たちの中には、酷い扱いや、惨い、としか言えない状況にあって、深く深く、心に傷を負った子が含まれていました」
「「ーーーー」」
「後に知ることになる女の子の名前は、サーフ。城街地で汚泥に塗れるように打ち捨てられていた子供です。サーフが意識を取り戻したとき、そこは天竜の、竜の家の一室でした。サーフは、獣のような声を発し、人を、或いはこの世界それ自体を拒絶しました。絶望という言葉を発することが出来る人間は、本当に絶望しているのでしょうか。サーフは、食べることは愚か、水さえ口にせず、光の届かない暗がりで死を待ち望んでいました」
「「ーー、……」」
「天竜で彼らの世話をしてくれている職員は、その多くが嘗て自らも苦境に陥り、呻吟し、辛酸を舐め、耐え忍んだ末に、竜の国に遣って来た人々です。だからこそ、親身に、必死に、尽くしてくれる彼らには感謝で頭が上がりません」
「「……、ーー」」
「そんな彼らですら諦め掛けたとき、一体のミニレムが遣って来て、サーフに寄り添いました。ミニレムは、寄り添うだけで、何もしません。それは、サーフの、最後の一滴だったのかもしれません。ミニレムに体を預けた彼女の口が微かに動きました。ミニレムは水を染み込ませた布を差し出し、サーフは口に含みました。その水は、コウさんと老師が施した特別な水で、サーフの命を繋ぎました。水を、やがて食べ物を、ミニレムの手から与えられたものだけ、受け取るようになったサーフ。ミニレムは、ずっと彼女の側に居ました。職員の姿を見るだけで、声を聞くだけで、暗闇に呻き声を零していたサーフは、ミニレムに手を引かれて光ある場所に。ミニレムに導かれて部屋の扉の前まで行って、ーー小さく、掠れていましたが、自分を助けようとしてくれた職員たちに、サーフははっきりとこう言いました。『ありがとう』と」
「「ーーっ」」
「それから少しずつ少しずつ。言葉を交わし、触れ合い、心を通わせていきました。終には部屋から出られるようになり、今では職員たちの手伝いをするようになったそうです。もうしばらくしたら他の子供たちにも会わせてみるようです」
雪解けの無垢な色合いのような微笑みに慈愛を添えて、風の心地で二人に差し出す。
「然う、サーフの傍らにはミニレムが、今も変わらず寄り添っています。彼女にとってミニレムは兄妹のようなーーいいえ、もはや自分の半身と言っていい大切な存在です。ーーというわけで、オルエルさんとザーツネルさんにお願いします。ミニレムはとても危険な存在なので、問題が発生する前にサーフから取り上げてきてください」
「……っぎ、この、こんちきしょうめっ!」
「くぅっ、邪竜ですら泡ぶくぶくだぞ!? 屁の邪竜だぞ?!」
地団駄を踏んでしまいそうな勢いの二人だが、居回りの目というものがあるので、早々の鎮火に努める。
この小会議、ただでさえ「悪巧み」なんて流言飛語がーーいや、ときどき悪巧みのようなこともしているので、まったくの嘘というわけではないのだけど。
「始めは、竜の民に親しんでもらえるようにと、額に番号を刻むことを許可したのですが。個体を識別できるようにしたことが、まさかこれ程にも親愛を育むことになろうとは。いやはや、今更ミニレムを竜の民から遠ざけようとか、もう無理ですから。竜の国の生活に溶け込んでいますし、『回るミニレム』とか『ミニレムの尻尾』とか、噂になったりもしているようですし」
「は? ミニレムの……?」
「ん~、『回るミニレム』は聞いたことがあるな。手紙の集配をしてるミニレムで、受け取ったり差し出したりする前に、転、っと一回転するんだそうだ。そのとき、誰かから貰ったらしい帽子が落ちそうになるんだが、それを押さえる仕草が実に様になってるとかで人気者らしいな」
「はい。あと『ミニレムの尻尾』ですが、これは実際にミニレムに尻尾が生えているわけではなく、ミニレムの後を追跡するミニレムのことを指して、そう呼んでいます。尾行しているらしいミニレムの行動はばればれなんですが、対象となっているミニレムは、まったくミニレムを気にしていないそうなんです。また、尻尾を付けたミニレムは、毎回違う個体だそうです」
「はぁ、で、そのミニレムは何故そんなことを?」
「はい、明確な理由はわかっていません。謎解きが好きな人たちの間で話題になっていて、一番支持されているのは、ミニレムは仲間の稼動診断をしているのではないか、というものです。一番人気なのは、最愛の伴侶を見つけようと探し回っている、とかですね。今のところ、番いのミニレムは確認できていませんが」
「なるほど。診断であれば、尾行されていても気にしない、と」
「ええ、因みに、フィア様も尻尾の役割はわからないそうです。ミニレムは、フィア様の命令はだいたい聞くのですが、そういった個々の重要なことに関しては、黙秘だったり従わなかったりといった事例が報告されています」
「命令を聞かない、というのは、逆に凄いことなのかもしれんな。命令を聞かなくて良い命令を出している、は違うか」
「そういえば、フィア様が倒れられたとき、団長ーーグロウ様がミニレムの指揮……なのか? 引き継いだはずなのに、六形騎は『騒乱』でドゥールナル卿に味方して、グロウ様の『結界』を攻撃してたっけな」
さて、シャレンの愛欲……ではなく愛徳、でもなくて、ああ、もう、普通でいいや、恋情を拗らせたらしい「シャレン襲来」ーーは、なんか語呂が悪いな、「襲来のシャレン」のほうがいいだろうか、って、そうではなく、余計な時間を食ってしまったので、この話題はここで終わり、と。
あとは、エンさんの健闘を祈るに止めておこう。
奥歯に物が挟まったような物言い。
自己の精神を立て直す為に、そのような過程が必要だったのだと、僕もまた現世に舞い戻る為に、オルエルさんの問いを利用する。
「魔法に魔法を重ねる『重』という技法があります。それ以外に、魔法に魔法を込める『響』という技法があるのですが、ミニレムにはこちらが採用されています。その『響』ですが、フィア様は全容を解明しているわけではありません。老師は『これは、禁術にしたほうが良いのかもしれない』と仰っていました。クーさんは『これは、たぶん魔工技術と相性が良い。心象を要とする魔法とは合わない』と危惧していました。
ミニレムは初めからシャレンに懐いていました。それは日増しに助長しーー試しに、フィア様とシャレンが同時に自分の許に来るようミニレムに命令してみると、十回中十回、シャレンの命令に従いました。この事実を受け容れたフィア様は、ミニレム隊隊長の栄誉をシャレンに授けました。ミニレム使い乃至ミニレム王ーーシャレンは、フィア様だけに留まらず、竜の国での、二人目の、事実上の一国を滅ぼせる存在になりました」
国崩しに相応する力の持ち主。対外的には、翠緑王と竜の国の侍従長がそれに相当、抑止力となっているのだが。
実際には、竜の国の侍従長にそんな力がないことは言を俟たない、のだが、シャレンにミニレムが居るように、僕には愛娘が居る。
彼の氷竜の感興をそそる内容なら、たぶん力を貸してくれるんじゃないかなぁ、とか、まぁ、ここら辺は心がざわめくので曖昧にしておこう。
それと、ダニステイル。「千竜賛歌」のあと、コウさんが快復した合図として、魔法を空に放ってもらった、或いはぶっ放すことを許可したのだが。彼らの魔法もまた、国崩しに匹敵するものだった。
……ふぅ、どうしたものか、竜の国には危険物が四つも存在するのだ。
その上に、竜が在る。
他国からは、みーとミースガルタンシェアリ、延いては「千竜賛歌」を想起して他竜の存在まで想定されることになるだろう。
どうしてこうなった、と大声で叫びたい気分である。
竜の国の脅威を量れない為か、ここ二星巡り、他国との軋轢は生じなかったが、これからもそうであるとは限らない。手を替え品を替え、裏表、硬軟、面倒や厄介を含んだ接触が増えていくだろうことはーー僕とカレンとエーリアさん、〝目〟の見解は一致している。
「製造者、若しくは創造主であるフィア様が手に余ると判断しているなら、ミニレムを人々と接触させるのをーー、控えさせたほうが……、う~ん」
筆頭竜官であるオルエルさんは、私情を交えず、竜の国の行く末を思案する。
実務での手堅さと、大らかな人柄から竜官や部下たちの信頼も厚く、また僕に直言できる数少ない人物として竜の民から信任も信認も得ている。
……あれ、なんだか涙が出てきそうだ。
安易に効果を求めて、堅実とか清廉とか人と人との間にある暖かなものを脇に追い遣って、正しい道ではなく、近道に、楽なほうへと流れてしまった僕が悪いのだろうか。
オルエルさんといい老師といい、自らを偽ることなく、在るべき姿で。ーーああ、やっぱりここなのかなぁ。自らを糊塗すること、嘘を吐くこと、それらを有用な手段と考えている時点で、う~ん、でも、釦を掛け違えたとはいえ、僕が僕らしく在ること、それを偽ってまで……。
はぁ、駄目だ駄目だ。これまで幾度となく惟て、納得するだけの答えを得られていない。竜の巣穴巡りは、時間を置いてからのほうが良竜と出逢えそうだ。
「やるのなら、成る丈早くだろうな。もしかすると、今がぎりぎり引き返せる分水嶺なのかもしれない。いずれフィア様が問題を解決するまでの限定的な措置と説明して……」
正しい答えと、間違っていない答え。その狭間で迷うように、ザーツネルさんも頭を悩ませる。
戦士としての精悍さと、若くして懐の深さと柔軟さを兼ね備えるに至った、二枚目と言っていい男振りの副隊長は、竜騎士の中で一、二を争う人気(主に女性たちから)がある。
因みに、エンさんは満遍なく、ギルースさんは子供たちから人気を集めている。
僕にとっての良識的な兄貴分。彼もまた、僕に対しての歯止めになっているということで、枢要や竜の民からも一目置かれている。
オルエルさんとザーツネルさんが屋上に居るのは偶然ではない。
「騒乱」後、一星巡り経つ頃には、侍従長である僕が竜の国の枢要に伝達する際の、竜官側の窓口がオルエルさんに、竜騎士側がザーツネルさんになっていた。
そして翠緑宮の屋上が解放されてからは、早朝の運動がてら小会議だったり情報交換や共有だったり、と相成ったのだった。
竜騎士は、翠緑宮に居室を構えていないのだが、侍従長に対する役割から、例外的に翠緑宮に住まうことになった。
ただ、それは表向きのことで、他にも理由がある。ザーツネルさんの希望で、近しい者しか知らず、オルエルさんでさえ耳にしていないのだが。
「「…………」」
然て置きて悩める二人の大人に、心ならずも僕から贈り物をしなくてはならない。強制的に受け取ってもらうので、逃げ場を塞ぐ為に、階段のある側に移動する。
「危険なミニレムを、今すぐ排除しなければならない。オルエルさんとザーツネルさんがそのように考えるのは至極尤もだと思います」
「ザーツネル君、私は嫌な予感しかしないのだが」
「奇遇ですね、オルエル竜議。今すぐ二人でとんずらこきましょう」
「竜地の天竜がどのような場所かは、御二人ともご存知ですよね」
「「…………」」
「傷病者や病人、生活に支障のある老人など。他に、身寄りのない子供たちを『竜の家』で受け入れています。そうした子供たちの中には、酷い扱いや、惨い、としか言えない状況にあって、深く深く、心に傷を負った子が含まれていました」
「「ーーーー」」
「後に知ることになる女の子の名前は、サーフ。城街地で汚泥に塗れるように打ち捨てられていた子供です。サーフが意識を取り戻したとき、そこは天竜の、竜の家の一室でした。サーフは、獣のような声を発し、人を、或いはこの世界それ自体を拒絶しました。絶望という言葉を発することが出来る人間は、本当に絶望しているのでしょうか。サーフは、食べることは愚か、水さえ口にせず、光の届かない暗がりで死を待ち望んでいました」
「「ーー、……」」
「天竜で彼らの世話をしてくれている職員は、その多くが嘗て自らも苦境に陥り、呻吟し、辛酸を舐め、耐え忍んだ末に、竜の国に遣って来た人々です。だからこそ、親身に、必死に、尽くしてくれる彼らには感謝で頭が上がりません」
「「……、ーー」」
「そんな彼らですら諦め掛けたとき、一体のミニレムが遣って来て、サーフに寄り添いました。ミニレムは、寄り添うだけで、何もしません。それは、サーフの、最後の一滴だったのかもしれません。ミニレムに体を預けた彼女の口が微かに動きました。ミニレムは水を染み込ませた布を差し出し、サーフは口に含みました。その水は、コウさんと老師が施した特別な水で、サーフの命を繋ぎました。水を、やがて食べ物を、ミニレムの手から与えられたものだけ、受け取るようになったサーフ。ミニレムは、ずっと彼女の側に居ました。職員の姿を見るだけで、声を聞くだけで、暗闇に呻き声を零していたサーフは、ミニレムに手を引かれて光ある場所に。ミニレムに導かれて部屋の扉の前まで行って、ーー小さく、掠れていましたが、自分を助けようとしてくれた職員たちに、サーフははっきりとこう言いました。『ありがとう』と」
「「ーーっ」」
「それから少しずつ少しずつ。言葉を交わし、触れ合い、心を通わせていきました。終には部屋から出られるようになり、今では職員たちの手伝いをするようになったそうです。もうしばらくしたら他の子供たちにも会わせてみるようです」
雪解けの無垢な色合いのような微笑みに慈愛を添えて、風の心地で二人に差し出す。
「然う、サーフの傍らにはミニレムが、今も変わらず寄り添っています。彼女にとってミニレムは兄妹のようなーーいいえ、もはや自分の半身と言っていい大切な存在です。ーーというわけで、オルエルさんとザーツネルさんにお願いします。ミニレムはとても危険な存在なので、問題が発生する前にサーフから取り上げてきてください」
「……っぎ、この、こんちきしょうめっ!」
「くぅっ、邪竜ですら泡ぶくぶくだぞ!? 屁の邪竜だぞ?!」
地団駄を踏んでしまいそうな勢いの二人だが、居回りの目というものがあるので、早々の鎮火に努める。
この小会議、ただでさえ「悪巧み」なんて流言飛語がーーいや、ときどき悪巧みのようなこともしているので、まったくの嘘というわけではないのだけど。
「始めは、竜の民に親しんでもらえるようにと、額に番号を刻むことを許可したのですが。個体を識別できるようにしたことが、まさかこれ程にも親愛を育むことになろうとは。いやはや、今更ミニレムを竜の民から遠ざけようとか、もう無理ですから。竜の国の生活に溶け込んでいますし、『回るミニレム』とか『ミニレムの尻尾』とか、噂になったりもしているようですし」
「は? ミニレムの……?」
「ん~、『回るミニレム』は聞いたことがあるな。手紙の集配をしてるミニレムで、受け取ったり差し出したりする前に、転、っと一回転するんだそうだ。そのとき、誰かから貰ったらしい帽子が落ちそうになるんだが、それを押さえる仕草が実に様になってるとかで人気者らしいな」
「はい。あと『ミニレムの尻尾』ですが、これは実際にミニレムに尻尾が生えているわけではなく、ミニレムの後を追跡するミニレムのことを指して、そう呼んでいます。尾行しているらしいミニレムの行動はばればれなんですが、対象となっているミニレムは、まったくミニレムを気にしていないそうなんです。また、尻尾を付けたミニレムは、毎回違う個体だそうです」
「はぁ、で、そのミニレムは何故そんなことを?」
「はい、明確な理由はわかっていません。謎解きが好きな人たちの間で話題になっていて、一番支持されているのは、ミニレムは仲間の稼動診断をしているのではないか、というものです。一番人気なのは、最愛の伴侶を見つけようと探し回っている、とかですね。今のところ、番いのミニレムは確認できていませんが」
「なるほど。診断であれば、尾行されていても気にしない、と」
「ええ、因みに、フィア様も尻尾の役割はわからないそうです。ミニレムは、フィア様の命令はだいたい聞くのですが、そういった個々の重要なことに関しては、黙秘だったり従わなかったりといった事例が報告されています」
「命令を聞かない、というのは、逆に凄いことなのかもしれんな。命令を聞かなくて良い命令を出している、は違うか」
「そういえば、フィア様が倒れられたとき、団長ーーグロウ様がミニレムの指揮……なのか? 引き継いだはずなのに、六形騎は『騒乱』でドゥールナル卿に味方して、グロウ様の『結界』を攻撃してたっけな」
さて、シャレンの愛欲……ではなく愛徳、でもなくて、ああ、もう、普通でいいや、恋情を拗らせたらしい「シャレン襲来」ーーは、なんか語呂が悪いな、「襲来のシャレン」のほうがいいだろうか、って、そうではなく、余計な時間を食ってしまったので、この話題はここで終わり、と。
あとは、エンさんの健闘を祈るに止めておこう。
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