竜の庵の聖語使い

風結

文字の大きさ
上 下
9 / 54
邂逅

竜の庵とその周辺  「人生の目標」と炎竜退治

しおりを挟む
 無抵抗の意思表示の為に、ティノは座ったまま、アリスを見上げました。
 そして、本能が引き裂かれました。

 ーー竜。

 存在そのものが異なるのです。
 絶望、という言葉が嘆き悲しんでいます。
 生殺与奪どころか運命まで握られてしまっています。

「……っ」

 意思疎通ーーティノは、そんなことを考えていましたが。
 話し合いというものは。
 同格との間で行われるからこそ、意味があるのです。

 生物として、圧倒的に下位であるティノ。
 成立させる為には。
 アリスに妥協してもらう必要があります。

 ーー切っかけ。
 ティノは切望しました。

 このままでは駄目です。
 たった一つで良いのです。
 何か、縋れるものが、拠り所となるものが必要でした。

 そんな枯れ果てるようなティノの意識に、芳醇ほうじゅんなるお酒が注がれます。

「ひっひ~、ひっひ~、ティ~ノ~、ひっひ~だ~っ!」

 そのまま酔っ払い、酔い潰れることができたなら、どれ程幸せなことだったでしょう。
 とっちり者のティノを置き去りに。
 アリスを指差し、イオリは必死に訴えかけます。

 イオリに言われずとも「ひっひ~」ーーアリスが炎竜であることはティノにもわかっています。

 イオリが訴えかけていたのは別のことなのですが。
 アリスの眉が危険な角度になったことに気を取られ、ティノは気づくことができませんでした。

 イオリをとめるべきなのか、そうではないのか。
 残った時間の砂粒は、それほど多くはありません。
 天秤の片方には「命」が載せられています。
 どちらを選ぶのか、ティノが二択で迷っている間にーー。

「悪かったわね、小突いてしまって。そんなつもりはなかったのだけれど、体が勝手に反応してしまったわ」
「ひっひ~、やめろ~、ティ~ノ~、ひっひ~だ~っ!」
「誰が、ひっひ~、よ。わたくしの名前も覚えていないのかしら?」

 イオリの首根っこをつかんで、自分の顔の高さまで持ち上げるアリス。
 さすがは竜。
 仔猫をつまみ上げるかのように、軽々と持ち上げています。

 ーー竜のたわむれ。
 そうは見えませんが、イオリとアリスは仲良しなのかもしれません。
 そうでなかったとしても、知り合いではあるようです。

「え~と?」

 ティノの理性は、昏迷の度合いを深めました。
 ーー地竜と炎竜。
 伝説に謳われる存在が二人、いえ、二竜。
 「角無し」のイオリと、三本角のアリスが普通に会話をしています。
 頭がどうにかなってしまいそうです。

 それでも、この状況をどうにかできるのは自分だけ。
 悲壮な覚悟を決めたティノは、何度も何度も、その言葉を刻みつけます。

「……あの、ひっひ~さん?」

 場の雰囲気を和ませようとしたティノですが。
 冗談が通じる相手ではありませんでした。

「こんがり焼くわよ」

 薔薇のように咲き誇る笑み。
 恐怖とあでやかさと、絶望と華やかさをあざなえる、稀有けうなる麗人。

 再び、アリスから魔力が溢れだし、ティノは「こんがり焼かれた」自分を想像してしまいました。

「で。コレ、なに

 イオリをティノに向け、アリスは尋ねてきました。

「はい。イオリです」

 焼かれすぎて半分ほど炭になってしまった、ティノの口は。
 勝手に動いて、素直に答えてしまっていました。

「イオリ? イオリねぇ。イオラングリディアではないの?」
「イオリは~、イオリだ~、ひっひ~は、ひっひ~だ~っ!」
「……よくわからないけれど。とりあえずコレは、イオリ、と呼んだほうが良さそうね」

 突破口が見えました。
 困惑したアリスの魔力はしずまって。
 切っかけがーー会話の糸口が見つかったのです。

 ここが正念場です。
 この好機をのがしたら、軟弱なティノ精神はもう持ちません。
 唯一の希望にすがって、ティノはアリスに話しかけました。

「アリスさ……」
「ティ~ノ~、ひっひ~だ~、イオリの~、ちからうばった~、ひっひ~だ~っ!」

 細やかな希望は、イオリの一言で、もろくも崩れ去りました。
 どうやら、先程からイオリがティノに伝えようとしていたのは、このことだったようです。

 何ということでしょう。
 「庵」から旅立つ前に、倒すべき相手が遣って来てしまったのです。

「えー?」

 ーーイオリの力を奪ったアリス。
 ーー「人生の目標」。
 ーーアリスから力を奪い返す。

 ティノの頭の中で、言葉が駆け巡ります。

 ーーイオラングリディア。
 彼女とーー。

 最後に辿り着く場所は。
 「魂のすべてベターオール」。
 ティノの答えは、初めから一つしかありません。

 彼女を心に。
 アリスを見てみれば。
 炎竜の魔力など、障害にもなりません。

 当然、誤解というか錯覚なのですが、イオラングリディアが係わっているとなればティノは。
 周期頃の少年らしい、無鉄砲さを発揮します。
 でも、それで勝てるほど、竜は甘い存在ではありません。

「あのねぇ、イオリ……」
「アリスさん。僕と戦ってください」
「おー! ティ~ノ~、ひっひ~を~、やっちゃえ~っ!」

 ーー避けられた戦い。
 アリスの表情を見逃したティノは、その機会を永遠に失ってしまいました。

「ーーそう、私と戦うというのね。……面白い、面白いわ!」

 戦いを挑まれ、これを拒絶する炎竜など存在しません。
 竜の中で、最も苛烈にして鮮烈なる暴威ぼうい
 最高火力。
 そう言わしめる炎竜が、今まさにその力を解き放たんとーー。

「というわけで、僕が攻撃をするので、アリスさんは反撃しないでください」
「……は?」

 もしかしたら。
 有史以来、炎竜をあきれさせた人間は、ティノが初めてだったかもしれません。

 ティノも馬鹿ではありませんーーたぶん。
 そんなわけで一応、さくは考えてあります。
 間抜け面でさえ魅力的なアリスが、あっけに取られている内に。
 ティノは、更に畳みかけました。

「僕が攻撃をして、アリスさんに傷をつけられたら、僕の勝ちです。アリスさんが無傷だったら、アリスさんの勝ちです」
「馬鹿ね。そんなもの、勝負になるはずないじゃない。『人化』したこの状態で、手を抜きまくっても、私の髪の毛一本、傷つけることは敵わないわ」

 人間と竜との間に横たわる、現実。
 そんな残酷な事実が、アリスの炎に冷や水をかけました。
 しかし、アリスの炎が消え去る前に、ティノは燃料を投下します。

「おや? 炎竜ともあろう御方が、戦わずに降伏なさるのですか? では、僕の勝ちということで、『お願い』を聞いてください」
「苛烈に燃やすわよ」

 ーー須臾しゅゆ
 空気が焼けました。
 いえ、世界が焼け焦げました。

 激烈なる魔力で、空の雲が消し飛びます。

 ほんのわずかに残ったアリスの理性が、仕事をしてくれました。
 魔力を空に放っていなければ、「結界」ごと火の海でした。

「僕は、勝てない戦いに勝ちます。勝負にならない戦いに勝つからこそ、竜の譲歩を引きだすことができます。ーーアリスさんは、存分に手を抜いてください。勝つとわかっている勝負ほど、つまらないものはありません。僕にとっての勝機とは、炎竜のーーアリスさんの油断です」
「ティ~ノ~、ティ~ノ~、ティノティノティ~ノ~」

 ティノの説明をまったく理解していませんでしたが。
 イオリはティノ勝利を確信し、底抜けの明るさで応援します。

「ひっ、ふひひっ」

 愚かな人種と、クソ地竜。
 頭に浮かんだ言葉とともに。
 アリスは衝動のままに、イオリに頭突きを食らわせました。

「ぱはっ!?」
「……頭が固いのは知っていたけれど。やっぱり硬くもあったのね」

 地の国から這い上がってきたような言葉でした。
 鉄が砕けるような、大地をつんざく轟音。

 イオリの額は赤くなっていただけですが、アリスの額は割れて流血していました。
 刹那に。
 血は炎に焼かれ、傷口は。
 まるで始めから存在しなかったかのように、跡形もなく消え去ってしまいました。

「いいわ。あなたの挑発に乗ってあげましょう。『結界』は使わない。竜の力は使わない。ただ、魔力のみにて防いであげましょう!」
「はい。言質げんちを取りました。もう、引っ込めるのはなしですよ?」
「ーー暗竜マースグリナダに誓って、竜に二言は無いわ」
「はい。では、準備をしてくるので、待っていてください」
「……は?」

 もしかしたら。
 炎竜を二度も呆れさせ、生きていた人間は、ティノが初めてだったかもしれません。

「痛いの痛いの、風~竜~っ!」
「おー! ティ~ノ~、ティ~ノ~、なおった~っ!」

 ティノは、イオリの額を摩ってから。
 アリスに首根っこをつかまれたままの、イオリを抱き締めました。
 アリスの手が緩んだので、ティノはイオリを奪い返してから「庵」に向かいます。

 揺るぎない、確固たるあゆみに見えますが。
 当然、ティノの心臓はバクバクです。
 振り返って、アリスの表情を確認したいところですが、恐怖で首はまったく動いてくれません。

「ふぅー。……イオリ、をやるから、準備をお願い」
「おー! イオリとティノで~、ひっひ~をぶっとばっ!?」

 「庵」の奥の棚に向かったイオリは、いつも通りに転びましたが、構っている余裕はティノにはありません。
 一人で起き上がったイオリは、棚の奥にしまってある「取って置き」を取りだします。
 壊れた棚の切片が当たりましたが、「取って置き」には傷一つついていません。

「さて、と。先ずは『刻印』からかな」

 中途半端なことはできません。
 今できる、最高のことを。
 そうでないと、きっとあの炎竜は許してくれません。

 上手くいったーーのかどうか、ティノにはわかりません。
 地の国への道を、自分から作ってしまったのかもしれません。
 それでも。
 機会は作れたはずです。

 アリスを倒す必要はありません。
 傷を一つ。
 つけるだけで良いのです。

 今は、それだけを考えます。
 そうでなければ。
 一瞬で恐怖と不安に呑み込まれてしまいます。

 ティノは、イオリに傷一つ、つけたことがありません。
 崖から落としても、無駄でした。
 アリスは防御に優れた、地竜ではありません。
 逆に、攻撃に優れている分、炎竜は防御が苦手のはずです。
 それだけが、ティノに有利な点。

「アリスさんが相手なら、ーー隠さないほうがいいかな」

 体中に「刻印」を刻んでから、ティノは服を着ないことに決めました。
 反撃はされないので、こちらの手の内をすべて晒します。
 下手に隠すと、アリスが機嫌を損ねてしまうかもしれません。
 おかしなことになっていますが、きっとこの戦いはそういうものなのです。

「ぬぎぬぎ~、ぬぎぬぎ~、ぱんつも、ぬぎっぬぎ~」
「はい。紐を結ぶから、早く入って」

 ティノは誤魔化しました。
 「人生の目標」。
 すべてをなげうってでも達成しなければいけないことなのですが。

 パンツ一丁。
 そこが少年の限界でした。
 「命」よりも大切なものがあるーーと言いたいところですが、単にティノに勇気が足りていないだけです。

「ぬぎぬぎ~、ぬぎぬぎ~、すっぽんぽ~ん、ぬぎっぬぎ~」
「イオリ、きつかったら言ってね」

 イオリの「すっぽん歌」を聞き流しながら、イオリの首元で蝶結ちょうむすびにします。
 時間稼ぎは悪手ですので、ティノは一気にから「庵」をでます。

「何、ソレ?」

 アリスが指を差したのは、パンツ一丁のティノではなく、袋に入ったイオリでした。

「『イオリ袋』です!」

 炎竜の冷たい視線にもめげず、ティノは言って退けます。

「ティ~ノ~、ティ~ノ~、ティノティノティ~ノ~」

 「イオリ袋」から、頭だけをだした格好のイオリはご機嫌です。
 そう、「取って置き」とは、この「イオリ袋」のことなのです。

 イオリが入れる、大きな背負い袋。
 「イオリ袋」の中には、イオリの宝物である、綺麗な石や蝉の抜け殻などが入っています。
 もちろん、おやつである「イオリ玉」も常備。

「たぶん、『お爺さん』が造ったもので、とっても丈夫です」
「そんなこと聞いていないわよ。……いいえ、そんなことを聞いたのだったわね」
「それよりも、……竜が盗み食いをするのはどうかと思います」
「何よ、竜を待たせたのだから、これくらい良いじゃない」

 ティノとイオリの食べ残しを、しっかりと平らげてから立ち上がるアリス。
 ティノに向けた視線は熱を帯びーー再びお皿に向かいました。

「ティノ、だったわね。この料理、あなたが作ったの?」
「いえ、料理を作ったのは、イオリです」
「ーーそれ、本当?」
「おー! りょーりは~、イオリのたいせつな~、ぽんぽん~、いっぱいぱ~い」

 戦いの気運きうんは迷子になったまま。
 アリスは、「聖語」を地面に刻んでいるティノに話しかけました。

「その『イオリ袋』とか言うのからは、イオラングリディアの魔力が感じられるわ。地竜を素材に、ーー皮膚とか体毛かしら? ファルワール・ランティノールでも加工するのは無理そうだけれど」
「あ、やっぱりアリスさんは、『お爺さん』を知っているんですか?」
「名前だけはね。会ったことはないわ。会っておけば良かったと、後悔しているところよ」

 アリスは周囲を見回しながら。
 透明な表情を浮かべます。
 ーー竜の微笑み。
 ティノは、現在の状況も忘れ、魅入ってしまいました。

 どれだけ積み重ねれば、あの微笑みを浮かべられるようになるのでしょう。
 ティノにはわかりませんでしたが。
 自分とアリスとの間には、途轍もない隔たりがあることだけはわかりました。

「地面に刻んでいるのは、ずいぶんと大きな『聖語』ね」
「はい。刻む『聖語』の大きさは、威力に関係ないとされているそうですが、実は違います。一定以上の大きさの『聖語』であれば、威力は増します。ただ、『大聖語』には、いくつか越えなければならない壁があります」
「ああ、それでイオリなのね。その壁を、イオリの魔力で無理やり越えようというわけなのね」
「はい。ーーイオリに力を借りるのは、反則ですか?」
「ぱー」
「魔力をもらうだけでしょう。なら、問題ないわ。人種の身で、竜の魔力をどれだけ扱えるのか、見せてちょうだい」

 アリスなら断らない。
 そう確信していましたが、許可をもらえ、ティノは安堵しました。

「不思議な光景ね。これから自分を攻撃する為の『大聖語』を周囲に刻まれているのに、それを見ているだけなんて」
「『刻印』と『大聖語』。あと、術語の名称がわからないので、『脳内聖語』と呼んでいますが、それを使います」
「『脳内聖語』? それって『転写』のことかしら?」
「いえ、『転写』とは違うようです。『転写』は、イオリの魔力をもらえばできるかもしれませんが、失敗したときの反動が怖くて、今の未熟な僕では試す気にもなれません」
「ぱぅー」

 「転写」は、威力を増す、という点では「復刻」と似ていますが、まったく別のものです。
 刻んだ「聖語」を写し、同一の「聖語」を複数展開するのが「転写」です。
 「階層」と「深刻」。
 ランティノールが敷いた轍にも、その可能性は示されていましたが。
 生きている間に、それが使えるようになる。
 そんな自分の姿を、ティノは思い描くことができません。

 仕方がないとはいえ、才能がない、というのは本当に残酷なことです。
 過去に、散々に味わってきた苦味を、もう一度味わってから。
 ティノは「大聖語」を完成させました。

「あら、イオリが大人しいわね」
「はい。むずかしい話になると、イオリは自動的に『日向ぼっこ』状態モードに移行します。若しくは、歌を歌い始めます」
「……イオラングリディアは『智竜ちりゅう』ともとなえられるくらいだったのに。どうしてこんな『へんて仔竜こりゅう』になってしまったのかしらね」
「あ、そうだ、僕が勝ったら。僕が知らないイオラングリディアのことも教えてください」
「あなたもよくわからない人種ね。イオリに感化されて、頭が魔力で汚染されているのではないかしら?」
「はは、半分くらいは否定できません」

 アリスは冗談半分で言ったのですが、その言葉は正鵠を射ていました。
 マルによって「浄化」されたティノですが、すべてが「浄化」されたわけではないのです。
 当然、「汚染」のことなど知らないティノは。
 「汚染」のが何なのか、知るよしもありません。

 準備が調ったので、ティノはアリスを見ました。
 ここで、ちょっとだけティノは疑問に思いました。

 始めこそ、アリスの魔力に、魂を塗り潰されるような恐怖を覚えましたが。
 こうして会話をしてみると、イオリの魔力を奪うような「悪竜」には見えません。
 それどころか、竜であるのに、人間に対する造詣ぞうけいが深いように思えます。

「これだけ待たせたのだから、私を楽しませないと承知しないわよ」

 極上の笑顔と、豊穣なる魔力。
 もはや、引き返す道は途絶えました。

 不思議と、ティノの心は落ち着きました。
 複雑なことが苦手なティノにとって、何をやれば良いのかわかっている、という状態は、悪いものではありませんでした。

 今、できることを、やる。
 ある意味、それしかやってこなかったので、これから同じことをやるだけで良いのです。

 なぜでしょう。
 「人生の目標」を達成するという大仕事の前だというのに。
 ティノは、これまでひたすらに鍛錬してきた「聖語」を試せるとあって、高揚していました。

 それはティノが初めて抱いた、冒険心だったのかもしれません。

「『日向ぼっこ』は終わりだよ。じゃあ、行くよ、イオリ!」
「おー! ティ~ノ~、ひっひ~を~、ぶっとばせ~っ!」

 まりょく

 ただただ、体を焦がすものが浸入してきます。
 「侵入」ではなく「浸入」。
 イオリの魔力は。
 断じて、拒絶するものではないからです。

「『刻印』を基点に『大聖語』を起動!」
「ぽっぽこ~、ぽっぽこ~、まりょく、ぽっこぽこ~」

 「刻印」を導火線に、発動した「大聖語」が光り輝きます。
 光の絨毯。
 その中心には、余裕の笑みを浮かべるアリス。

 この程度で、足りるはずがありません。
 「大聖語」をイオリの魔力で維持したまま。
 これから、ティノ自身が「聖語」を刻んでゆきます。

   せかいはいくつあるのでしょう
   ひとのかずだけせかいはあって
   ちいさなせかいでぼくはいきています
   せかいはつながることができます
   いつかきみのせかいとつながります
   そのためにいまここにぼくはいるからです
   かさなったせかいできみのなをよぶ
   ちいさなせかいのちいさなゆめ
   でもそれはせかいをこがしてなおきえない
   きみへのえいえんのいのりだから

 ティノの「聖語おもい」は出来上がりました。
 その「想いいのり」は。
 ただただ一途に、貫き通すだけのもの。

 あとはこの「想いちかい」をイオリの魔力とともに、「聖語ねがい」に乗せてゆきます。

なささぜさごいせかいはいくつさなぜろさはくあるのでしょういごささくじごひとのかずだけさなはにはろごせかいはあっていにいさなささろちいさなせかいでいぜはにろささごなぼくはいきていますくささぜごさはなせかいはつながるくごはさろごくことができますささはさろぜくささいつかきみのせかいごごはぜくいいとつながりますごぜじごろにくいはろそのためにいまここににじぜさなはくろにぼくはいるからですはじいいじなはにろかさなったせかいでにろぜいくなぜきみのなをよぶろにじさなさささちいさなせかいのろにいさはごちいさなゆめろなごぜはなささにでもそれはせかいをはさごろさにろじさにこがしてなおきえないろいくぜいにいいさきみへのえいえんのにぜじじははいのりだから
「『脳内聖語』って……、ティノ! 今すぐ『聖語』を刻むのをやめなさい!!」

 アリスの警告は、ティノに届いていませんでした。

 ただ、貫き通すーーそのことの為だけに。
 ティノの心は。
 すべて注がれていました。

「ったく!」

 このような粗雑な言葉を吐いたのは、マースグリナダをぶん殴って以来でしょうか。
 アリスは即座に、組み上げていた魔力の積層を吹き飛ばしました。
 ティノの攻撃を魔力で受ければ。
 ティノの脳内は破壊され、廃人となってしまうからです。

「『誓言オウス』」
「ティ~ノ~、ぱ~んっ!」

 ティノとイオリは、それぞれに「聖名」と術名を告げ、一筋ひとすじの槍となります。

「っ……」

 死地へと突撃しているというのに、のんきに笑っているイオリを怒鳴りつけるいとまもありません。
 ーー避ける。
 アリスは半瞬、迷いましたが、炎竜の本能がそれを許しませんでした。

 暴走したとしか思えない、出鱈目でたらめに光をあやなすティノの拳。
 ティノの勝利を信じて疑わない、笑顔満面のイオリ。

「『転炎アフーム=ザー』!!」

 冷気の炎。
 同時に。
 瞋恚しんいの炎がアリスの精神をきました。

 ティノの「誓言」を打ち消すには、これしか方法がありません。
 炎竜であるアリスにとって、誇りを汚す術であるがゆえに。
 ただの一度も行使したことがなかった、方術ほうじゅつ

 氷竜の息吹ブレス彷彿ほうふつとさせる、極寒の精白せいはくを前面に展開するアリス。
 方術の完成間際に。
 ティノの拳が穿ちます。

「灰になるまで燃やすわよ!!」

 勝つとわかっている勝負ほど、つまらないものはありません。

 アリスの脳裏に、ティノの言葉がよみがえります。
 多大なる制約があるとはいえ、アリスは全力です。
 敗けるかもしれない。
 そんなことを思ったのは、ミースガルタンシェアリに生じてより初めてのことでした。

「人種の分際で! 私を楽しませてくれたことを褒めてあげるわ!」

 アリスは勝利を確信しました。

 対極の色彩に揺れる、炎と炎による板刻はんこく
 炎に刻まれた炎が、ティノの魔力を優しく包み込んでゆきます。

 炎樹。

 アリスに咲き誇る炎の花びらが、勝負の終焉を告げるように。
 儚くも美しく、舞い散ってゆきます。

「……あ」

 ここで我に返ったティノは。
 生存本能が炎で焼かれました。

 ティノの視線の先には、無傷のアリスがいて。
 無傷のアリスは、ちょびっとだけ焦げたドレスを見ていて。

「ぱーぼょっ!?」

 無言で半回転したティノが聞いたのは。
 イオリの愉快な悲鳴と。
 自分の背骨の、断末魔の悲鳴でした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

王太子さま、側室さまがご懐妊です

家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。 愛する彼女を妃としたい王太子。 本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。 そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。 あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

処理中です...