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六章 世界と魔法使い
ミニレム祭り
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「二人は、カレンを想って、つい遣り過ぎてしまっただけなんだから、そんな剥れなくても」
「ランル・リシェ。言い掛かりは許しませんよ。剥れてなどいません。二人に助けてもらわなければ引き分けに持ち込むことも出来なかった自らの不甲斐なさが許せないのです」
「……二人は、見事な魔法だったね。コウさんから習ったのかな?」
表面上はすまし顔のカレンだが、お腹の中では仔炎竜と古炎竜が舞踊を楽しんでいるらしい。
さぞ激しい踊りなのだろう。触らぬ竜に息吹なし、ということでカレンの立腹(?)に責任を感じているらしい姉妹に話を振ってみる。
「翠緑王は、なんだかんだで忙しそうだから、魔法団団長から基本を習ってる」
「氷焔の師匠だけあって、師範としては百点、人格は十点。とギッタが言ってます」
つまり、教え方は上手いが、一切甘えを許してくれない厳しさがあるのだろう。老師は、人によって指南の仕方を変える。双子には、上からの押し付けが有効だと判断したようだ。
意外、というと失礼かもしれないが、姉妹は着実に基礎を積み上げていく方法に即しているようだ。
基礎をおざなりにしたほうが能力を発揮できるリシェの才能は面白いね。と兄さんは僕を褒めてくれたが。そんな僕の才能を伸ばしてくれた兄さんには、頭が上がらない。
本当に、兄さんと出逢わなかったら、ただの偏屈な人間に育っていただろう。
「むぎむぎむぎむぎ」
「まぎまぎまぎまぎ。とギッタが言ってます」
「めぎめぎめぎめぎ、あの団長が特殊だとは思うけどー」
「もぎもぎみぎみぎー。とギッタが言ってます」
二人にも、色々と思うところがあったようだ。反省、というよりは、地団駄を踏みそうな感じではあるが。エンさんのような巧者と闘うのは初めてだったのだろう。
一対三の闘いは、当初こそ互角だったが、闘いが進むにつれて、対応力とか即応力とか、分かり易い形で経験の差が如実に現れた。
三人の攻撃に慣れたエンさんは、あっさりと俄仕込みの三人組の連携を圧倒し、翻弄した。
窮地に陥ったカレンを支援する為、うっかり実力の一端を振るってしまうフラン姉妹。だが、そこで引き分けまで持っていけるのだから、エンさんは大したものである。
そのまま負けてください、とのお願いは反故にされたわけだが、まぁ、それは仕方がないか。双子の想定以上の攻撃に、エンさんの鋭敏な本能が危険を察知したのだろう。
「ん~、二人って、エンさんやクーさんの魔力を封じたりとかは出来るのかな? 遺跡での戦いで、ガラン・クンがやってたんだけど」
「やぎっ、この侍従長やろー、あたしたちの技術の未熟さを露見しやがってー」
「うさぎっ、このうらなり竜の実やろー、あたしたちの周期考えろー。とギッタが言ってます」
「カレン様~、あの害獣が苛めんこ~」
「あれ駆除っちゃらって~。と言ってギッタす」
カレンに抱き付くのが主目的なのか、気も漫ろで双子の言葉が崩れて、いや、蕩け掛かっている。それでも可愛い妹分の為に、上役の勘気を恐れず、直言するカレン。
「ーーランル・リシェ。大陸最強の魔法使いと二人を比べるなんて、意地悪が過ぎますよ」
スーラカイアの双子の能力を知らないカレンが、鮮やかな玲瓏の瞳で僕を窘める。
ごめんなさい。粋がって虚勢を張ってみたものの、実際には部下の顔色を窺わなくてはならない情けない男、それが侍従長である。
どうも昔から、正面からのカレンの威圧に弱い。やはり、あれかな、心に疚しいことを抱えている人間には、状況によって幾らでも正しさを打擲できる人間には、気高さの塊のような少女は、目に毒なのかもしれない。
「カレンしゃにゃ~」
「カレンにゃみゃ~。とギッタが言ってにゃす」
「きゃ、ちょっ、二人ともっ、くすぐっ……、ゃあん、どこをっ触っているの……ですか……っ」
……クーさん水準に壊れてしまった姉妹の痴態も、直視できるものではなかった。
ふむ、竜にも角にも、僕を悪者にして三人の間の蟠りがなくなるのなら、重畳。と強がってみるが、やっぱり嫌われないに越したことはない。
姉妹に嫌われない為には、カレンに嫌われる必要があり、カレンに嫌われない為には、姉妹と仲良くなる必要がある。
……無理です。
嫌われない方法が思い浮かびません。世間では侍従長がずいぶん恐れられているようだけど、所詮本当の僕は、こんな程度のことも解決できない唐変木なんです。
「しっ、逃げろ、侍従長だ」
「きゃ、隠れてっ、侍従長の竜嫁も一緒よ!」
「きっと、あの双子も侍従長に騙されてるんだ」
「くっそー、俺っちも竜人にゃ敵わねー、卑怯者めー」
現在、一行は世間の皆さまに避けられながら、大広場に向かっていた。
どうやら小心者は僕だけのようで、というか、未だに世間の反応を気にしている僕のほうがおかしいのだろうか。
自分が何者であるか、それは自分だけが知っていればいい。と過去の、鋼の精神を持った英雄が言ったらしいのだが。まぁ、その彼は、罪を着せられて、冤罪で処刑されてしまうという、有名な悲劇の英雄なので、参考にするのは間違いか。
悩み多き少年の苦悩とは関係なく、予定は次々に消化されてゆく。開店したばかりの武具店(カレン要望)や店舗を覘きつつ、竜舎に寄って、最終目的地は竜書庫である。
……ああ、考えただけで憂鬱である。カレンと双子を連れていったら、スナはどんな行動に出るだろう。
父親が三人の綺麗だったり可愛いかったりする女の子を連れて遣って来たら、娘は大好きな父親を惨殺してしまうかもしれない。いやいや、さすがにそれは考え過ぎだ。僕を拉致して、連峰に帰ってしまうくらいか。
もしそうなったら、コウさんは僕を取り返しに来てくれるだろうか。と考えた瞬間、即座に否定する。
コウさんとスナの再戦なんてことになったら、ヴァレイスナ連峰が更地になってしまうかもしれない。
スナのほうが巧手で技量に優れているので、勝負は長引いて、被害が拡大する。結果的には、魔力量の差でコウさんが勝つらしいのだが、遺跡での暴発以上の惨劇が確約されている。
「間に合ったようですね」
カレンの陽気な声で、竜魔大戦の妄想に沈んでいた僕の意識が戻ってくる。
八体の竜が踊っても大丈夫そうな大きな円形の広場。竜の都のお腹に位置するので「竜の胃袋」とも呼ばれている。
大広場の中央に巨大な噴水があり、頂上部にはミースガルタンシェアリを模った雄々しき像が鎮座ましましている。
無論、通常に発注して、この規模の彫像がこれ程短期間で完成するはずがない。
みーを魔力で型取りして、風系統の魔法でコウさんお気に入りの巨岩を、ごりゅごりゅ削った、と後から説明されたが、詳しくはわからない。竜にも角にも、竜の像がちょこっと幼く見えるのはそういう理由なのである。
水を象徴する施設の上に炎竜を頂くのはどうかと思うのだが、苦情は来ていないので、そういう野暮は気にしない、と。僕としては、炎竜像を翠緑宮に、ここには氷竜像、いや、スナの像は竜書庫に設置したほうがいいかな。
……あとでコウさんに水竜を知らないか聞いてみるか。って、いやいや、竜ならスナのほうが詳しいに決まっている。この後、竜書庫に行ったときにでも聞いてみるかな。
竜書庫では、別行動が取れるといいのだけど。
普段なら噴水の周りで思い思いに寛いでいるが、今は皆、噴水から距離を取っている。
何より、この人集り。いや、密集しているわけではないので、凄い人出、と言ったほうが正確か。五百人は下るまい。
その人出を目当てに、広場の端では露店が盛況なようである。広場での出店許可は出していないのだが、まぁ、お目溢しというやつである。
行き過ぎれば取り締まる必要があるだろうが、そうでないなら商人の魂を挫きたくない。出店数が増えるようなら、景観を崩さない程度の数での持ち回りを検討しよう。
今回のこともそうだが、カレンはこういった催しや世間の話題に通じている。カレン自身が言っていたことだが、仕事を熟しながら、並行して王宮内の女性陣の間に情報網を作り上げたというのは本当のことらしい。
男にはわからないかもしれないけれど、女同士の関係には色々大変なことがあるのよ。と溜め息混じりにカレンが語っていたが、女性間のそういったどろどろとしたものとは無縁そうに見えるカレンでも、細心しないといけないようだ。
世間では、僕の所為(?)でややこしいことになっている彼女だが、翠緑宮の女性たちからは信頼を勝ち得ているようで、僕としてもちょっと安心。
カレンの良い所が正しく理解されるのは嬉しい限りである。
考え込んでいると、ゆくりなく喧騒が遠ざかって、静かな熱が竜の胃袋を満たしてゆく。
「「「「「…………」」」」」
「「「「「ーーーー」」」」」
「「「「「っ」」」」」
「「「「「!」」」」」
ーー高つ音。太陽は、空の高みに至って、四つ音の鐘が鳴り始める。
広場の北側に聳える大鐘楼が、青く透き通った空に晴れやかな音を響かせる。
大広場に集まった人々の期待が最高潮に達する。話には聞いていたが、予想を遥かに超えていた。
彼らは遣って来た。彼らは遣って来る。彼らは現れる。彼らが現れる。
何というか、もはやわけがわからないが、とりあえず一番目立っていたのは噴水に向かって全力疾走の八体の雄姿。
颯爽と人々の間を駆け抜けいくのは、竜の国の縁の下の力持ち、竜に踏まれてもへっちゃらほい、という触れ込みの魔法人形である。って、ミニレムの短い足が高速回転して、とんでもない速さで迫ってくる。
うわっ、ミニレムって、あんなに速く走れたのか。ごめんなさい、いつものんびりさんなので、舐めてました。
八体のミニレムはそのままの勢いで、方角ごとに設置されている噴水内の円形の台に飛び乗って、大跳躍。水が止まった噴水の上部に着地すると、ぱかっ、と石の蓋を持ち上げて楽器を取り出した。そして再びの大跳躍で、台の上に同時に着地する。
二度目の四つ音の鐘が鳴り出すと、それぞれの楽器を演奏するミニレムたち。
愉快で軽快な音楽を聴きながら大広場を見回してみれば。
ミニレム祭りだった。
一列になった二十体程のミニレムが十隊くらい、二百体ほどのミニレムが大広場を所狭しと駆け回る。大鐘楼の下では、八体八列の六十四体が圧巻の同調具合で一糸乱れぬ謎舞踊を披露している。反対側の南では、組んず解れつの大道芸のミニレム。魔力操作なのか、建物の壁を走っているミニレム。
あれは「王様のお菓子」だろうか、今日は外出できないコウさんの代わりに配っているようだ。
そして、西側の一角が騒がしくなった。
「きゃーっ、孤高さまよっ!」
「孤高さまが降臨なされましたわ!!」
「あ~、凛々しいあの御姿、きゃっ、鼻血が……」
「ああっ麗しの孤高さま、あなたはなぜ孤高さまなの!?」
……黄色い声を一身に受けるその容貌は、まさに孤高。
西にある背の高い建物、あれは治水用の施設だったか、その頂上部に陣取るミニレムが独り、金管楽器を空に向かって高らかに吹いていた。
あの楽器は慥か、魔法使いが改良したものだったはず。……というか、ミニレムに口はあっただろうか。いや、そんな野暮なことを言ってはいけない。下手なことを言えば、あの西側の三十人程の、孤高さまの信者に何をされるかわからない。
ーー四つ音の鐘は竜の胃袋に余韻を残し、ミニレムの演奏が華を添える。
八体のミニレムが大跳躍をすると、数百体のミニレムが一斉に大広場から去ってゆく。
建物の窓に飛び込んだり、石畳を持ち上げて中に飛び込んだり、普通に通りの向こうに消えて行ったりと、遣りたい放題である。
額に五五の番号を刻んだ孤高さんが、ばっ、と華麗に身を翻して、女性陣の賞賛に応えることなく、ただ去ってゆく。
乱れなく描かれる、完全な同調による放物線。
最後に楽器を仕舞う為にミニレムが噴水の上部に完璧な着地を、つるっ、がっ、どぼんっ……。
あー、いや、今の擬音語は僕の心象で、実際には一瞬の出来事で。ミニレムが足を滑らせて頭部を打ちつけた、岩を砕くような鈍い音と、水面に落ちた、思ったよりも小さな水音が印象的だった。
七体のミニレムが呆然とした様子で、不慮の事故に見舞われた仲間に顔を向けていたが。
慌てて楽器を戻すと、泡を食ったように次々と水面に飛び込んでゆく。
二次遭難か、と憂慮したが、人々が騒ぎ始める頃には、若しや鍛錬を積んでいたのだろうか、そつのない連携でミニレムと楽器を水の中から運び出すことに成功していた。直後、元通り水を噴き出し始める噴水には目もくれず、七体のミニレムが蘇生(?)に励む。
皆でぽんぽん仰向けのミニレムを叩いているが、あれは治癒魔法なのだろうか。よくわからないが、ミニレムの懸命な処置の甲斐あって、四八一と額に刻まれたミニレムの真っ黒だった目の部分に、真ん丸の光が灯る。
頭の上部右端が損傷して欠けているが、動作に支障はないようだ。だが、楽器のほうはそうもいかない。
慌てて楽器に飛びついたミニレムが音を鳴らしてみるが、ぽよんっ、という萎びた音に、がくりと膝を突いて天を仰ぐ。
その様は、まさに慟哭。表情のないミニレムだが、細かく震えながら楽器を抱える姿に、誰もがそれを疑うことはなかった。
然しミニレムたちは信じていた。
諦めなければ救いはあると。
明けない夜はないと。
希望の種は、小さな絆が運んできてくれる。
それは些細なものかもしれないけど。
ほら、風はもう吹き始めているのだから。
(ミニレムたちの謎寸劇の解説、ランル・リシェ)。
風の痕を辿るように、ミニレムの前に跪いて、語り掛ける青年が一人。
「僕は楽器造りの職人なんだ、まだ見習いだけどね。でも、大丈夫、ちゃんとまた弾けるように直してあげるよ」
若者が胸を叩いて請け負うと、感極まったらしいミニレムたちが彼に飛び掛かって押し潰してしまう。
さすが職人だけあって、楽器は死守している。
「うわっ、ちょっと待って、これじゃ直せないよー」
ミニレムに揉みくちゃにされる若者の姿に。
竜の民に色付いた笑いの花が咲く。
「ランル・リシェ。言い掛かりは許しませんよ。剥れてなどいません。二人に助けてもらわなければ引き分けに持ち込むことも出来なかった自らの不甲斐なさが許せないのです」
「……二人は、見事な魔法だったね。コウさんから習ったのかな?」
表面上はすまし顔のカレンだが、お腹の中では仔炎竜と古炎竜が舞踊を楽しんでいるらしい。
さぞ激しい踊りなのだろう。触らぬ竜に息吹なし、ということでカレンの立腹(?)に責任を感じているらしい姉妹に話を振ってみる。
「翠緑王は、なんだかんだで忙しそうだから、魔法団団長から基本を習ってる」
「氷焔の師匠だけあって、師範としては百点、人格は十点。とギッタが言ってます」
つまり、教え方は上手いが、一切甘えを許してくれない厳しさがあるのだろう。老師は、人によって指南の仕方を変える。双子には、上からの押し付けが有効だと判断したようだ。
意外、というと失礼かもしれないが、姉妹は着実に基礎を積み上げていく方法に即しているようだ。
基礎をおざなりにしたほうが能力を発揮できるリシェの才能は面白いね。と兄さんは僕を褒めてくれたが。そんな僕の才能を伸ばしてくれた兄さんには、頭が上がらない。
本当に、兄さんと出逢わなかったら、ただの偏屈な人間に育っていただろう。
「むぎむぎむぎむぎ」
「まぎまぎまぎまぎ。とギッタが言ってます」
「めぎめぎめぎめぎ、あの団長が特殊だとは思うけどー」
「もぎもぎみぎみぎー。とギッタが言ってます」
二人にも、色々と思うところがあったようだ。反省、というよりは、地団駄を踏みそうな感じではあるが。エンさんのような巧者と闘うのは初めてだったのだろう。
一対三の闘いは、当初こそ互角だったが、闘いが進むにつれて、対応力とか即応力とか、分かり易い形で経験の差が如実に現れた。
三人の攻撃に慣れたエンさんは、あっさりと俄仕込みの三人組の連携を圧倒し、翻弄した。
窮地に陥ったカレンを支援する為、うっかり実力の一端を振るってしまうフラン姉妹。だが、そこで引き分けまで持っていけるのだから、エンさんは大したものである。
そのまま負けてください、とのお願いは反故にされたわけだが、まぁ、それは仕方がないか。双子の想定以上の攻撃に、エンさんの鋭敏な本能が危険を察知したのだろう。
「ん~、二人って、エンさんやクーさんの魔力を封じたりとかは出来るのかな? 遺跡での戦いで、ガラン・クンがやってたんだけど」
「やぎっ、この侍従長やろー、あたしたちの技術の未熟さを露見しやがってー」
「うさぎっ、このうらなり竜の実やろー、あたしたちの周期考えろー。とギッタが言ってます」
「カレン様~、あの害獣が苛めんこ~」
「あれ駆除っちゃらって~。と言ってギッタす」
カレンに抱き付くのが主目的なのか、気も漫ろで双子の言葉が崩れて、いや、蕩け掛かっている。それでも可愛い妹分の為に、上役の勘気を恐れず、直言するカレン。
「ーーランル・リシェ。大陸最強の魔法使いと二人を比べるなんて、意地悪が過ぎますよ」
スーラカイアの双子の能力を知らないカレンが、鮮やかな玲瓏の瞳で僕を窘める。
ごめんなさい。粋がって虚勢を張ってみたものの、実際には部下の顔色を窺わなくてはならない情けない男、それが侍従長である。
どうも昔から、正面からのカレンの威圧に弱い。やはり、あれかな、心に疚しいことを抱えている人間には、状況によって幾らでも正しさを打擲できる人間には、気高さの塊のような少女は、目に毒なのかもしれない。
「カレンしゃにゃ~」
「カレンにゃみゃ~。とギッタが言ってにゃす」
「きゃ、ちょっ、二人ともっ、くすぐっ……、ゃあん、どこをっ触っているの……ですか……っ」
……クーさん水準に壊れてしまった姉妹の痴態も、直視できるものではなかった。
ふむ、竜にも角にも、僕を悪者にして三人の間の蟠りがなくなるのなら、重畳。と強がってみるが、やっぱり嫌われないに越したことはない。
姉妹に嫌われない為には、カレンに嫌われる必要があり、カレンに嫌われない為には、姉妹と仲良くなる必要がある。
……無理です。
嫌われない方法が思い浮かびません。世間では侍従長がずいぶん恐れられているようだけど、所詮本当の僕は、こんな程度のことも解決できない唐変木なんです。
「しっ、逃げろ、侍従長だ」
「きゃ、隠れてっ、侍従長の竜嫁も一緒よ!」
「きっと、あの双子も侍従長に騙されてるんだ」
「くっそー、俺っちも竜人にゃ敵わねー、卑怯者めー」
現在、一行は世間の皆さまに避けられながら、大広場に向かっていた。
どうやら小心者は僕だけのようで、というか、未だに世間の反応を気にしている僕のほうがおかしいのだろうか。
自分が何者であるか、それは自分だけが知っていればいい。と過去の、鋼の精神を持った英雄が言ったらしいのだが。まぁ、その彼は、罪を着せられて、冤罪で処刑されてしまうという、有名な悲劇の英雄なので、参考にするのは間違いか。
悩み多き少年の苦悩とは関係なく、予定は次々に消化されてゆく。開店したばかりの武具店(カレン要望)や店舗を覘きつつ、竜舎に寄って、最終目的地は竜書庫である。
……ああ、考えただけで憂鬱である。カレンと双子を連れていったら、スナはどんな行動に出るだろう。
父親が三人の綺麗だったり可愛いかったりする女の子を連れて遣って来たら、娘は大好きな父親を惨殺してしまうかもしれない。いやいや、さすがにそれは考え過ぎだ。僕を拉致して、連峰に帰ってしまうくらいか。
もしそうなったら、コウさんは僕を取り返しに来てくれるだろうか。と考えた瞬間、即座に否定する。
コウさんとスナの再戦なんてことになったら、ヴァレイスナ連峰が更地になってしまうかもしれない。
スナのほうが巧手で技量に優れているので、勝負は長引いて、被害が拡大する。結果的には、魔力量の差でコウさんが勝つらしいのだが、遺跡での暴発以上の惨劇が確約されている。
「間に合ったようですね」
カレンの陽気な声で、竜魔大戦の妄想に沈んでいた僕の意識が戻ってくる。
八体の竜が踊っても大丈夫そうな大きな円形の広場。竜の都のお腹に位置するので「竜の胃袋」とも呼ばれている。
大広場の中央に巨大な噴水があり、頂上部にはミースガルタンシェアリを模った雄々しき像が鎮座ましましている。
無論、通常に発注して、この規模の彫像がこれ程短期間で完成するはずがない。
みーを魔力で型取りして、風系統の魔法でコウさんお気に入りの巨岩を、ごりゅごりゅ削った、と後から説明されたが、詳しくはわからない。竜にも角にも、竜の像がちょこっと幼く見えるのはそういう理由なのである。
水を象徴する施設の上に炎竜を頂くのはどうかと思うのだが、苦情は来ていないので、そういう野暮は気にしない、と。僕としては、炎竜像を翠緑宮に、ここには氷竜像、いや、スナの像は竜書庫に設置したほうがいいかな。
……あとでコウさんに水竜を知らないか聞いてみるか。って、いやいや、竜ならスナのほうが詳しいに決まっている。この後、竜書庫に行ったときにでも聞いてみるかな。
竜書庫では、別行動が取れるといいのだけど。
普段なら噴水の周りで思い思いに寛いでいるが、今は皆、噴水から距離を取っている。
何より、この人集り。いや、密集しているわけではないので、凄い人出、と言ったほうが正確か。五百人は下るまい。
その人出を目当てに、広場の端では露店が盛況なようである。広場での出店許可は出していないのだが、まぁ、お目溢しというやつである。
行き過ぎれば取り締まる必要があるだろうが、そうでないなら商人の魂を挫きたくない。出店数が増えるようなら、景観を崩さない程度の数での持ち回りを検討しよう。
今回のこともそうだが、カレンはこういった催しや世間の話題に通じている。カレン自身が言っていたことだが、仕事を熟しながら、並行して王宮内の女性陣の間に情報網を作り上げたというのは本当のことらしい。
男にはわからないかもしれないけれど、女同士の関係には色々大変なことがあるのよ。と溜め息混じりにカレンが語っていたが、女性間のそういったどろどろとしたものとは無縁そうに見えるカレンでも、細心しないといけないようだ。
世間では、僕の所為(?)でややこしいことになっている彼女だが、翠緑宮の女性たちからは信頼を勝ち得ているようで、僕としてもちょっと安心。
カレンの良い所が正しく理解されるのは嬉しい限りである。
考え込んでいると、ゆくりなく喧騒が遠ざかって、静かな熱が竜の胃袋を満たしてゆく。
「「「「「…………」」」」」
「「「「「ーーーー」」」」」
「「「「「っ」」」」」
「「「「「!」」」」」
ーー高つ音。太陽は、空の高みに至って、四つ音の鐘が鳴り始める。
広場の北側に聳える大鐘楼が、青く透き通った空に晴れやかな音を響かせる。
大広場に集まった人々の期待が最高潮に達する。話には聞いていたが、予想を遥かに超えていた。
彼らは遣って来た。彼らは遣って来る。彼らは現れる。彼らが現れる。
何というか、もはやわけがわからないが、とりあえず一番目立っていたのは噴水に向かって全力疾走の八体の雄姿。
颯爽と人々の間を駆け抜けいくのは、竜の国の縁の下の力持ち、竜に踏まれてもへっちゃらほい、という触れ込みの魔法人形である。って、ミニレムの短い足が高速回転して、とんでもない速さで迫ってくる。
うわっ、ミニレムって、あんなに速く走れたのか。ごめんなさい、いつものんびりさんなので、舐めてました。
八体のミニレムはそのままの勢いで、方角ごとに設置されている噴水内の円形の台に飛び乗って、大跳躍。水が止まった噴水の上部に着地すると、ぱかっ、と石の蓋を持ち上げて楽器を取り出した。そして再びの大跳躍で、台の上に同時に着地する。
二度目の四つ音の鐘が鳴り出すと、それぞれの楽器を演奏するミニレムたち。
愉快で軽快な音楽を聴きながら大広場を見回してみれば。
ミニレム祭りだった。
一列になった二十体程のミニレムが十隊くらい、二百体ほどのミニレムが大広場を所狭しと駆け回る。大鐘楼の下では、八体八列の六十四体が圧巻の同調具合で一糸乱れぬ謎舞踊を披露している。反対側の南では、組んず解れつの大道芸のミニレム。魔力操作なのか、建物の壁を走っているミニレム。
あれは「王様のお菓子」だろうか、今日は外出できないコウさんの代わりに配っているようだ。
そして、西側の一角が騒がしくなった。
「きゃーっ、孤高さまよっ!」
「孤高さまが降臨なされましたわ!!」
「あ~、凛々しいあの御姿、きゃっ、鼻血が……」
「ああっ麗しの孤高さま、あなたはなぜ孤高さまなの!?」
……黄色い声を一身に受けるその容貌は、まさに孤高。
西にある背の高い建物、あれは治水用の施設だったか、その頂上部に陣取るミニレムが独り、金管楽器を空に向かって高らかに吹いていた。
あの楽器は慥か、魔法使いが改良したものだったはず。……というか、ミニレムに口はあっただろうか。いや、そんな野暮なことを言ってはいけない。下手なことを言えば、あの西側の三十人程の、孤高さまの信者に何をされるかわからない。
ーー四つ音の鐘は竜の胃袋に余韻を残し、ミニレムの演奏が華を添える。
八体のミニレムが大跳躍をすると、数百体のミニレムが一斉に大広場から去ってゆく。
建物の窓に飛び込んだり、石畳を持ち上げて中に飛び込んだり、普通に通りの向こうに消えて行ったりと、遣りたい放題である。
額に五五の番号を刻んだ孤高さんが、ばっ、と華麗に身を翻して、女性陣の賞賛に応えることなく、ただ去ってゆく。
乱れなく描かれる、完全な同調による放物線。
最後に楽器を仕舞う為にミニレムが噴水の上部に完璧な着地を、つるっ、がっ、どぼんっ……。
あー、いや、今の擬音語は僕の心象で、実際には一瞬の出来事で。ミニレムが足を滑らせて頭部を打ちつけた、岩を砕くような鈍い音と、水面に落ちた、思ったよりも小さな水音が印象的だった。
七体のミニレムが呆然とした様子で、不慮の事故に見舞われた仲間に顔を向けていたが。
慌てて楽器を戻すと、泡を食ったように次々と水面に飛び込んでゆく。
二次遭難か、と憂慮したが、人々が騒ぎ始める頃には、若しや鍛錬を積んでいたのだろうか、そつのない連携でミニレムと楽器を水の中から運び出すことに成功していた。直後、元通り水を噴き出し始める噴水には目もくれず、七体のミニレムが蘇生(?)に励む。
皆でぽんぽん仰向けのミニレムを叩いているが、あれは治癒魔法なのだろうか。よくわからないが、ミニレムの懸命な処置の甲斐あって、四八一と額に刻まれたミニレムの真っ黒だった目の部分に、真ん丸の光が灯る。
頭の上部右端が損傷して欠けているが、動作に支障はないようだ。だが、楽器のほうはそうもいかない。
慌てて楽器に飛びついたミニレムが音を鳴らしてみるが、ぽよんっ、という萎びた音に、がくりと膝を突いて天を仰ぐ。
その様は、まさに慟哭。表情のないミニレムだが、細かく震えながら楽器を抱える姿に、誰もがそれを疑うことはなかった。
然しミニレムたちは信じていた。
諦めなければ救いはあると。
明けない夜はないと。
希望の種は、小さな絆が運んできてくれる。
それは些細なものかもしれないけど。
ほら、風はもう吹き始めているのだから。
(ミニレムたちの謎寸劇の解説、ランル・リシェ)。
風の痕を辿るように、ミニレムの前に跪いて、語り掛ける青年が一人。
「僕は楽器造りの職人なんだ、まだ見習いだけどね。でも、大丈夫、ちゃんとまた弾けるように直してあげるよ」
若者が胸を叩いて請け負うと、感極まったらしいミニレムたちが彼に飛び掛かって押し潰してしまう。
さすが職人だけあって、楽器は死守している。
「うわっ、ちょっと待って、これじゃ直せないよー」
ミニレムに揉みくちゃにされる若者の姿に。
竜の民に色付いた笑いの花が咲く。
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だが蓋を開けてみれば彼は無能の極致。強い魔法は使えず、運動神経は鈍くて小動物にすら勝てない。無能なだけならばまだしも味方の足を引っ張って仲間を危機に陥れる始末。
当然パーティーのリーダー“勇者”アルグスは彼に「無能」の烙印を押し、パーティーから追放する非情な決断をするのだが、しかしそこには彼を追い出すことのできない如何ともしがたい事情が存在するのだった。
ドラーガを追放できない理由とは一体何なのか!?
そしてこの賢者はなぜこんなにも無能なのに常に偉そうなのか!?
彼の秘められた実力とは一体何なのか? そもそもそんなもの実在するのか!?
力こそが全てであり、鋼の教えと闇を司る魔が支配する世界。ムカフ島と呼ばれる火山のダンジョンの攻略を通して彼らはやがて大きな陰謀に巻き込まれてゆく。
【完結】魔術師なのはヒミツで薬師になりました
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ベタなオチにも程があると言いたいが、俺は冬に車に轢かれて死んだ。
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500〜1000文字程度で投稿します。
勉強、仕事の合間や長編小説の箸休めとして美味しくいただいてください。
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木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
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となります。
召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます
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旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~
【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】
奨励賞受賞
●聖女編●
いきなり召喚された上に、ババァ発言。
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え?勇者?
うん?勇者?
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恋愛はスローペース
物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。
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