竜の国の魔法使い

風結

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四章 周辺国と魔法使い

同盟国と城街地の関係

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「みー様、『サーミスール』の城街地の周辺を念入りに飛行してください」

 サーミスールの王都の外壁が見えてきたところで、コウさんが魔法で地上に線を引いた。

 今回は国境線だけでなく、王都と城街地の境も白線で分かたれ、囲われている。更に、コウさんは世界を着色する。

 どの進路で飛行すればいいか矢印で示すという親切なのか甘やかしているのかわからなくなるような配慮だが、竜にも角にも、その規模は豪快である。

 先ず王城を一回りしてから城街地へ向かう。

 みーは矢印の誘導に従って、城街地に住まう多くの人々の目に触れるよう効率良く飛行する。然ても然ても、三寒国では起こらなかった事態が発生する。

 城街地から、弓や投石、魔法で攻撃を受けたのだ。

「さーう? みーちゃんなんかこーげきされてるのだー。がんばりゅーがんばりゅー」

 みーが攻撃側を応援していることからもわかる通り、竜にまともな攻撃など効かない。

 エンさんやクーさん以上の人外水準でないと掠り傷一つ付けられないだろう。てて加えて、みーにはコウさんの「結界」が張られている。

 みーを傷付けられる存在があるとするなら、同種である竜くらいのものだろう。だが、青天ならぬ曇天の二竜となろうはずもなく、みーは竜が留まるには大きさが不足している外壁の頂上部に、窮屈そうに着地して名乗りを上げる。

「われは『みーすがるたんしぇあり』である」

 もう五回目なので、手馴れてきたのだろう。声の響きが深みを増して、威厳すらかもしている。

 見える範囲で動いている者はいない。竜の偉容に静寂で応えている。

「みー様、エンさんと違って、僕は飛び降りられないので、外壁の上まで頭を下げてください。あと、交渉が終わったら、僕が乗れるように、また頭を下げてください。……えっと、一応言っておくと、僕が普通なのであって、コウさんたちのほうが特別なのですよ?」
「うーう、こーがいってたんたぞー。ふつーじゃないー、いちばんへんなのだー」

 魔法による配慮を実行中のコウさんに、みーの声は届かない。なんてことは勿論なくて、彼女は聞こえない振りの真っ最中である。

 丁度良く、みーが頭を下げたので、追及はしないであげましょう。まぁ、コウさんからしたら、魔法で解決できない僕の特性は、変、を通り越した、おかしなもの、なのかもしれない。

 ……あ~、ん~、変というのは、僕の性格とかのことじゃないですよね。もしそうなら、説教、もとい話し合いじじつかくにんが必要だろう。

「ほんじゃあ、行ってくらぁ」

 これから散歩に行くような気軽さで、エンさんが外壁の下まで飛び降りてゆく。

 平然とあんなことが出来る人たちより変と言われるのは、ちょっとばかり心外である。

「あれくらいなら、出来る人はそこら辺のどこにでも、はいませんが、そこそこ居るのです。でも、魔法が効かない人間なんて、世界中でリシェさんくらいしか居ないのです。変な人世界大会の優勝者なのです。……とクー姉が言ってるのです」

 お腹に竜でも飼っていたのか、言いたくて堪らなかったらしい。どうせなら目を逸らさず、こちらをちゃんと見て言って欲しかったのですが。あと、それ、本当にクーさんが言ってるんですか?

 いや、なんかすごく疑わしいんですけど。言い返したいが時間がないので、コウさんへの復讐やわらかいところにふれまくりは、あとの楽しみに取っておくことにした。

 ーー彼女のお陰、と言っていいのか、緊張など吹き飛んでしまった。これから、ストリチナ同盟国と、失敗してはならない交渉の端緒たんしょを開くというのに、自分でも不思議に思うほど落ち着いている。

 氷竜が安眠する心象が抱けるほど冷静に、集中できている。

 コウさんの配慮で、みーが乗っている外壁に傷は付いていない。

 みーの頭から通路の間中まなかに飛び降りると、遅い、とでも言いたげなみーの炎眼が遠退いてゆく。

 見ると、警備兵らしき六人の男。武器を構えているのが二人、今にも逃げ出しそうなのが二人、あとの二人は呆然とみーを見上げている。

 初対面のはずなので、魔力のない僕に対して違和感や不信感を抱かれるかと対策を立てていたのだが、まぁ、竜の威容の前では僕の存在感など、大樹から落ちてしまった枯れ葉程度のものなのだろう。

 踏まれて、がさっと最後に命の音色を奏でるも、まるでそれが役目であるかのように見上げる人々から気付かれることはない。と妄想をたくましくしている間、誰何すいかの声が掛からないので僕のほうから用件を告げる。

「お騒がせして申し訳ございません。僕は、竜の狩場に在る、竜の国の侍従長、ランル・リシェと申します。この度は、サーミスール王に親書を届けて頂きたく、参上いたしました。この場での責任者、或いは指揮を執られている方はいらっしゃいますか?」

 失礼にならぬよう丁寧に尋ねてみるが、兵士たちの反応はかんばしくない。

 警備兵なら、隊長辺りを呼びに走ってくれればいいのだが、こちらから強要するとなると後々の問題になるかもしれない。出だしからつまずいて、どうしたものかと決め兼ねていると、彼らの背後、外壁の内部に階段があるのだろうか、駆け上がってくる複数の人間の足音が聞こえてきた。

 光明を見出したような兵士たちの様子から、到着を待ったほうが賢明であると判断する。

 先頭を切って現れたのは、僕と同周期くらいの少年。兵士というより、従者スクワイヤといった体だ。僕を捉えるなり、魔法を放ったようだ。そこそこ魔力量があるのだろう。

 魔法を使われたら反応しないほうが良い、とクーさんから助言を得ている。

 変に反応してちぐはぐな行動をとるより、方法はわからないが魔法を防いだ、相手にそう思わせるほうが得策ーーということのようだ。

「全員、武器を取れ!!」

 魔法が効かないと判断するや否や、少年は兵士たちの前におどり出て、敢然かんぜんと立ちはだかる。

 正常な判断力を失っている兵士は、少年にならって武器を構える。

 この状況でその選択はないだろう。と内心で嘆息するが、表面上は穏やかな笑みを崩さず、少年をいさめようと問い掛ける。

「あなたは、皆に武器を取らせましたが、本当にその命令でよろしいのですか?」
「そんなこと知ったことか! 貴様を捕らえたのち、すべて吐かせてから判断する!」

 少年が吠える。

 もはや指摘することさえ面倒になるくらいの、状況判断の甘さである。

 僕は武器を持っていないが、僕の後ろにはみーがいる。この現況で、どうしてそんな無軌道な行いを明言できるのか理解に苦しむ。敵でない者まで敵にする愚かな行為である。

 僕は、里での師範の言葉を思い出していた。

 ーー若者わかもの、と書いて、若者ばかものと読む。若者に付ける薬はあるが、馬鹿者に付ける薬はない。貴族や正義感が過剰な未熟者に多いのが特徴で、自分が絶対に正しいと信じ、それを他人に押し付け、人の話をまったく聞かない。老獪ろうかいな者ほど、己の正しさを疑う。それを踏まえて、馬鹿者に対する有効な対処方法は三つある。それはーー。

 回想を終了する。そういえば、あの師範は歯に衣着せぬ人だった。若者ばかものは、若者わかものの通過儀礼の一つだと思っている僕には、素直に頷けるところではなかったが。

 全員が武器を構えた。では、僕たちを攻撃するかといえば然に非ず。

 みーは言わずもがな、魔法が効かない僕にさえ、どう対処していいのか答えを持ち合わせていないようだ。

 そろそろかな、と思っていたが、階段を駆け上る音が聞こえてくる。人数は少ないようだ。悪くない判断である。期待が持てそうだ。

 警備兵らしき三人の男が現れる。周期や装備の質から、僕が望んでいた相手だと知れる。先頭の、顔に深い傷痕を残した壮年の男が、みーや僕を見遣って驚きこそしたものの、

「全員、武器を収めろ!」

 即座に命令する。

 兵士たちの顔に安堵の色が浮かぶ。信頼の置ける者の、毅然きぜんとした物言いが彼らの心胆に浸透して、少年以外のすべての者が従った。

「何をしている! サーミスールを襲う脅威から、国を守るのだっ!」

 どうやら、少年の頭の中ではそういうことになっているらしい。

 残念ながら、僕たちは英雄物語に登場するような無慈悲な悪役ではない。彼にとっての事実に、迎合げいごうする兵士は一人もいない。

 その矛先ほこさきは、当然のように意をことにする味方へと向けられる。

「後から遣って来たくせに、しゃしゃり出るな!」

 見るからに貴族然とした少年と、現場の叩き上げと思しき顔傷の男。しかも現場に居たとするなら、ストリチナ地方が十二国で衝突を繰り返していた頃より前線で剣を振るっていたということになる。

 この先の展開は、炎竜を見るよりも明らかだ。

「後とか先とかの問題ではない。私はここの責任者で、私のほうが先任だ。文句があるのなら、ドゥールナル卿に告げ口して、私を解任すればいい」

 少年には痛烈な皮肉であったらしい。

 言い返そうとして、それが出来ず、呻き声を上げている。大勢は決したようなので、僕もこの流れに乗るとしよう。

「お騒がせしてしまったお詫びに、少し打ち明け話をしましょう」

 僕は、顔傷の男を一瞥して、兵士たちに漏れ聞こえることのないよう場所を移す。

 王城の反対側、壁の外側にある眼下に広がる城街地を見晴らす、いや、見渡す、のほうが適当だろうか。

 ストリチナ同盟国、三国併せた城街地の人口は五万を超えるとも言われている。王都の一角を占める、という表現は城街地の人々に失礼になるだろうか、一万五千から二万人が住まう場所にしては、規模が小さく感じられる。

 人々のいとなみに散見する、均衡と散漫、疎放そほうに混迷、静動が混在する街並み。

 世界の法則はここでも適用されて、弱き者は身近に転がっている死と絶望の気配に怯えながら日々を生きている。強き者とて、ここでは一夜にして危殆きたいひんする。

 三国の思惑を外れて変容していった、この捉えどころのない街の有様が、城街地という坩堝るつぼの複雑さを呈している。

「ーー炎竜か、美しいな。少年のみぎりに、心躍らせた存在が目の前にいる。竜と旅をする空想物語があってな、幾度となく読み返したものだ」

 僕の傍らに並んだ顔傷の男は、みーを見上げて感慨深げに口にする。

「僕たちは、竜の狩場に国を造りました。国に民は必要とはいえ、本来であれば、このような性急せいきゅうな手段を採るべきではない。ですが、今は急務、とでも言うべき事情があります」
「なるほど。俄には信じ難いが、君の言葉が本当なら、彼らには救いかもしれない。そして同盟国にも。ーー利益を貪ってきた連中の尻拭いなどまっぴらだ」

 然ればこそ、長く務めてきたのだろう。彼は、城街地の現状を把握していた。

 立場に違いはあれど、運命のあやをひととき共有する。

 ……ん? 

 ああ、同感を得られたことで、それなりに溜飲りゅういんが下がって緊張が解けた所為か、竜の領域から撤退、過集中が途切れてしまったようだ。

 まぁ、ここまで来れば、あとは渡すだけだし、問題ないだろう。

「詳しい説明は必要なかったようですね。竜の国は他国を侵攻せず、竜の国を侵攻することを許さず、友好には友好で応えます。王が民を護り、民が王を護る。そんな国になればいいな、と僕は思っています」

 僕は、親書を差し出した。

 受け取った顔傷の男は、去り際にもう一度みーを見上げて。

 予想だにしなかった展開に目を剥いた。全速力で部下たちの許に戻って、指示を飛ばした。

「全員、『! 何をやっている若造わかぞう! !!」

 顔傷の男の言葉が聞こえていたのかどうか、みーを見上げる少年の顔が引き攣っていた。

 あに図らんや、狼狽していた割には一目散に逸走いっそう、機敏な動作で「結界」を張り終える。

「ぼわゎぁーうっ!」
「…………」
「「「「「っ!!」」」」」

 ……真っ赤だった。

 何が赤いかと言うと、僕の周りが鮮やかな火色で満たされていた。見上げれば、みーの炎の息吹とでっかいお口。

 前にみーに手を噛まれたことがあったけど、今噛まれたら体が穴ぼこだらけになるだろう。

 ん~、惜しい。牙の奥の、舌や喉の奥は、高熱で揺らめいている所為か、よく見えない。

 僕が触れた魔法は効力を失う傾向にあるが、竜の息吹は、竜という存在が介在する故なのか、魔法とはおもむきを異にする。僕に効いていないというより、どうも馴染んでいるような感覚に近くて、安らぎや親しみといった感情が湧いて、懐かしい情景を想起させる。

 以前、みーに息吹を浴びたときもそうだったが、微温湯ぬるまゆに浸かっているような穏やかな心地になってしまう。

 まぁ、親書は渡したし、問題はないだろう。と思いはしたものの、自身の判断が正しいか確認する。彼らに視線を向けて、誤りのなかったことに安堵の息を吐いた。

 みーの炎の息吹は「結界」二つで防げるようなものではない。

 それを成し得たのは言わずもがな、コウさんの魔法の然らしめるところ。見ると、城街地に息吹が到達する前に、「結界」を行使しているのだろうか、不自然に炎が散らされて、街に被害は出ていない。

 城街地の人々や兵士たちは皆無事なようで安心しきり。

 ここで負傷させたとなると、外交問題に発展し兼ねない。まぁ、それを言うなら、みーに乗って他国を訪れている時点で、何をか言わんやだが。

 エンさんの発案に頷いてしまった僕が言うのもおこがましいが、本当に荒っぽい手段を採ったものだ。ん、……ふぁ、あ、やばい、欠伸が出そうだ。

 みーの炎が優しくて、うつらうつらとしてきたところで、炎色の温い世界が消失してしまう。

 残念、などと言ったら怒られるだろうか、みーの息吹が終わったようなので。未だ放心状態にある兵士たちに歩み寄って、無駄かもしれないが弁明べんめいしておくことにした。

「申し訳ありません。僕が話に興じてしまったので、れてしまわれたようです。息吹の威力は弱めでしたし、竜の戯れと思って、お目溢めこぼしをお願いします」
「……あ、ああ、それより、君は大丈夫なのか? 炎竜の息吹をじかに浴びたようだが」
「『結界』の一種です。秘密にしていることなので、口外しないでくださると助かります」

 僕は、にっこりと笑った。

 こうも嘘だらけの内容を平然と垂れ流しているのだから、もう笑うしかない。竜も嫌がる、笑顔の大安売りである。

「こぞー、終わったかー?」
「ーーーー」
「「「「「っ!」」」」」

 エンさんが城街地側の、外壁の陰から飛び出してきた。

 僕はもう慣れてしまったが、常識という人間に優しいものに準拠するなら、有り得べからざる光景に警備兵たちがぎょっとして後ずさる。

 彼らの目には、凶悪な魔獣を前にしたかのような怯えが宿っていた。竜の脅威と驚異を克服した(?)彼らに、追加で酷な仕打ちを与えるのは本意ではないのだが。

 ……どうやら、僕も同類に見られているらしい。

 はぁ、仕方がないといえば、仕方がないのだけど。みー、僕、エンさん、と人外水準の三人、って、みーは竜なので正しく人外なのだが、彼らは誰をどれだけ恐れればいいのかわからず、戸惑っているようだった。

「このまま立ち去れると思っているのか! 貴様は何者だ! 名を名乗れ!」

 世の中には、恐怖や不安を勇気に変じられる人がいる。そして、困ったことに、勇気と蛮勇を取り違えてしまう人がいる。

 この少年は、一応両方に当て嵌まるのだろうか。今まで会ったことのない種類の人間なので、どうも扱いにきゅうする。

 そういえば、先程名乗ったとき、彼はまだ到着していなかった。本来なら、先ず相手に名乗らせるべきだが、これ以上係わり合いになりたくないので要求に応えることにした。

「僕は、竜の国の侍従長、ランル・リシェです」
「ふんっ、僕は……」
「で、俺ん竜騎士団団長。んで、こっちん宰相ん相棒。これぁ王さんで、ちび助だ」

 頭を下げてきたみーに飛び乗って、クーさんが引き篭もっている「結界」をぱしぱし叩いて、最後に、コウさんの首根っこを掴んで持ち上げて、ぷらんぷらんさせる。

「「「「「…………」」」」」

 ほら、皆さん困ってますから。

 エンさん、ちゃんと紹介してあげてください。

 コウ・ファウ・フィア王は、兵士の皆さんに、って、いつの間に謎塊になったのか、どうやら挨拶のつもりなのだろう、三角帽子がちょこんと下がる。クグルユルセニフ宰相は引き篭もり継続中で、不審を通り越した同情(?)の視線を集めている。エン・グライマル・キオウ竜騎士団団長は、傍若無人に呵呵大笑。極め付きに、みーが前触れもなく上空に舞い上がって、サーミスールでの挨拶回りが成功、もとい終了したのだった。

 ……あ、結局、従者の少年の名前は聞けず仕舞いだった。

 まぁ、あれだ、別に、もう会うこともないだろうし、いいか。雑念を風竜の軽やかさで、ぽいっ、と捨てて、僕はこれから向かう先に意識を向けるのだった。
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