11 / 11
第四話②【完】
しおりを挟む「でもまあ、この姿を見るのが今日で最後っていうのは感慨深いものがあるよね」
「そう、ですね。なんだか少し寂しい気もします……」
メアリーは憂いを含んだような声で呟く。
メイドを本日限りでで辞め、正式にエドガーの婚約者としてクレイモア邸で過ごすというのは先ほど両親と相談して決めたことだった。
本来であれば婚約が決まり次第、メアリーは実家に戻ることが一般的だ。なんせ、貴族令嬢が婚前に理由もなく婚約者の屋敷に居座るなど、はしたないとされているからだ。
けれども、エドガー、メアリーともに本人たちの希望によって、結婚式が執り行われるまでの間も引き続き滞在することとなった。メアリーの場合は元々メイドとして働いていたため、世間にはどうにでもごまかせる。それに――。
『実家に帰るなら、結婚してからの君の私室は物置小屋にしようかな。寂しがりやな僕を置いてってしまうような薄情なお嫁さんだから、まあ仕方ないよね』
『…………っ! こ、この屋敷に滞在させてもらいます……』
裏ではこのように脅迫めいたやりとりがあったのではあるが。
「ふーん。メイドのままでい続けたいの? ………………それなら、ずっとメイドのままでいる? 僕は構わないけど」
「え……」
メアリーは彼の心無い言葉に思わず声を失う。顔は少しばかり蒼褪めていた。
エドガーは先程から一切彼女へと顔を向けていない。
「メイドのままでいるなら、僕との婚約は取り消しだね。主従関係でも結構楽しいし、君が望むならそれでもいいよ」
「…………っ」
息を呑み、いまだ顔を背けたままのエドガーの輝くばかりの金髪を凝望した。
二人の間に沈黙が流れる。
ぽろり。
メアリーの薄緑の瞳から透明な涙がこぼれ落ちた。頬を伝い、最終的に顎までたどり着いた雫は重力で落下する。そして末広がりのスカートに染みを作った。ぽろぽろと涙が溢れだし、止めることが出来なかった。
どうしてご主人様は今更そんなことを言うの。
メアリーは彼のなんとこともない一言に胸が張り裂けそうだった。苦しくて、声も出さずに頬を濡らす。
エドガーはゆっくりと振り返り、メアリーへと視線を寄越した。
涙を流し続ける彼女の目元を自身の細っそりした指先で拭う。そして、濡れたそれを己の口元に運んだ。
「……甘い」
呆然とその行為をみていたメアリーは、はっと息を呑む。
「あ、甘いわけ…………ぐずっ……ないじゃないですか……」
「ううん、甘い」
エドガーは目を細め、口元を少しだけ緩ませる。そして、嗚咽をこぼすメアリーの桃色の唇にそっと己のそれを触れさせる。
「さっきのは嘘」
嗜虐心を滲ませた笑顔を浮かべた。
メアリーは唐突なキスに気を動転させ、目をパチクリと瞬かせた。その際、閉じられた瞼と共に雫が目尻からこぼれる。
「ほんと、かわいいよ」
知らぬ間に、涙は止まっていた。
メアリーは疲れたように息を吐き、肩を落とす。
今日は精神的にも肉体的にも疲れ果ててしまった。両親とのやりとりに、下着を奪われるという強制的な猥褻行為。未来の夫となる人は、泣くことで喜ぶ倒錯的思考の持ち主だ。
疲労困憊で明後日の方向で見つめていると、ふとエドガーはじっとメアリーの顔を覗き込んだ。
「………………ねえ、本当に僕でいいの?」
エドガーはまるで真相を独白する犯人のような表情で、ぽつりと言葉をこぼす。
いつもと違う真剣味を帯びたその様子に、メアリーは少しだけ動揺した。
彼は今更なにを言っているのだろうか。
質問の意図が読み取れず、じっとエドガーを見つめ返す。
「僕はこれからも君を傷つけるよ? それでも君は耐えられる?」
メアリーは口を閉ざした。
それは、耐えることが出来ないと思ったからじゃなかった。言いたいことがたくさんありすぎて、言葉が詰まってしまったのだ。
エドガーの深い青の瞳を覗けば、消えかけの蝋燭の炎のように小さな怯えが見てとれる。こんな様子の彼を見るのは、初めてのことだった。
いつでも高慢で、鬼畜で、独裁者のようなエドガーでも恐怖を感じることがあるのだ。以前までならそんなこと分からなかった。
メアリーはエドガーの中にひっそりと隠れる孤独を愛おしく思った。そして孤独を恐れる心に寄り添いたいと思った。
自分がそれを癒す存在になりたかった。
「ご主人様……いえ、エドガー様。私は…………私はエドガー様がいいんです。あなたじゃなきゃ、いけないんです」
自然と口から言葉が溢れ出す。
それは、限りなく凝縮された本心で――。
「――――――そう。………………君は物好きだよね。でも、君みたいな人を好きになった僕も相当物好きの部類に入るけど」
エドガーはいつものように笑った。
メアリーの心が伝わったのかは分からない。でも、彼の様子は心なしか愉しげで。
「まあ、せいぜい僕が飽きないようにたくさん泣いてね」
「はいっ!」
メアリーは変わらないいつも通りの彼を見て、返事をした。
泣き虫メイドははれてご主人様の婚約者になった。きっとこれからも思う存分苛められることだろう。
高慢で、鬼畜で、意地悪なご主人様だけど、それでもメアリーは今日も幸せだった。
0
お気に入りに追加
83
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
慰み者の姫は新皇帝に溺愛される
苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。
皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。
ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。
早速、二人の初夜が始まった。
【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと
暁
恋愛
陽も沈み始めた森の中。
獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。
それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。
何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。
※
・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。
・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。
R18 優秀な騎士だけが全裸に見える私が、国を救った英雄の氷の騎士団長を着ぐるみを着て溺愛する理由。
シェルビビ
恋愛
シャルロッテは幼い時から優秀な騎士たちが全裸に見える。騎士団の凱旋を見た時に何で全裸でお馬さんに乗っているのだろうと疑問に思っていたが、月日が経つと優秀な騎士たちは全裸に見えるものだと納得した。
時は流れ18歳になると優秀な騎士を見分けられることと騎士学校のサポート学科で優秀な成績を残したことから、騎士団の事務員として採用された。給料も良くて一生独身でも生きて行けるくらい充実している就職先は最高の環境。リストラの権限も持つようになった時、国の砦を守った英雄エリオスが全裸に見えなくなる瞬間が多くなっていった。どうやら長年付き合っていた婚約者が、貢物を散々貰ったくせにダメ男の子を妊娠して婚約破棄したらしい。
国の希望であるエリオスはこのままだと騎士団を辞めないといけなくなってしまう。
シャルロッテは、騎士団のファンクラブに入ってエリオスの事を調べていた。
ところがエリオスにストーカーと勘違いされて好かれてしまった。元婚約者の婚約破棄以降、何かがおかしい。
クマのぬいぐるみが好きだと言っていたから、やる気を出させるためにクマの着ぐるみで出勤したら違う方向に元気になってしまった。溺愛することが好きだと聞いていたから、溺愛し返したらなんだか様子がおかしい。
伯爵令嬢のユリアは時間停止の魔法で凌辱される。【完結】
ちゃむにい
恋愛
その時ユリアは、ただ教室で座っていただけのはずだった。
「……っ!!?」
気がついた時には制服の着衣は乱れ、股から白い粘液がこぼれ落ち、体の奥に鈍く感じる違和感があった。
※ムーンライトノベルズにも投稿しています。
〈短編版〉騎士団長との淫らな秘め事~箱入り王女は性的に目覚めてしまった~
二階堂まや
恋愛
王国の第三王女ルイーセは、女きょうだいばかりの環境で育ったせいで男が苦手であった。そんな彼女は王立騎士団長のウェンデと結婚するが、逞しく威風堂々とした風貌の彼ともどう接したら良いか分からず、遠慮のある関係が続いていた。
そんなある日、ルイーセは森に散歩に行き、ウェンデが放尿している姿を偶然目撃してしまう。そしてそれは、彼女にとって性の目覚めのきっかけとなってしまったのだった。
+性的に目覚めたヒロインを器の大きい旦那様(騎士団長)が全面協力して最終的にらぶえっちするというエロに振り切った作品なので、気軽にお楽しみいただければと思います。
腹黒王子は、食べ頃を待っている
月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。
元男爵令嬢ですが、物凄く性欲があってエッチ好きな私は現在、最愛の夫によって毎日可愛がられています
一ノ瀬 彩音
恋愛
元々は男爵家のご令嬢であった私が、幼い頃に父親に連れられて訪れた屋敷で出会ったのは当時まだ8歳だった、
現在の彼であるヴァルディール・フォルティスだった。
当時の私は彼のことを歳の離れた幼馴染のように思っていたのだけれど、
彼が10歳になった時、正式に婚約を結ぶこととなり、
それ以来、ずっと一緒に育ってきた私達はいつしか惹かれ合うようになり、
数年後には誰もが羨むほど仲睦まじい関係となっていた。
そして、やがて大人になった私と彼は結婚することになったのだが、式を挙げた日の夜、
初夜を迎えることになった私は緊張しつつも愛する人と結ばれる喜びに浸っていた。
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる