まだ、言えない

怜虎

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9.Song for you...

楽曲作成

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帰宅して、いつもの様にシャワーを済ませて、いつもの様に部屋着に着替える。

いつもの様にリビングのソファーに腰掛け、いつもの様に台本を広げる。


いつもと違うのは、人の膝を枕にして眠っているこの家の主が居ること。

ついでに左手は雪弥の腕にがっちりとホールドされていて、指も絡めて所謂恋人繋ぎの状態。

台本は捲りにくいし、正直それどころじゃない。


台本を閉じて、リモコンを持つとテレビをつけた。


この人は、凄く素直な人だ。

好き嫌いがはっきりしている。

勿論隠すべき感情は “ヨソ行き” の顔で隠すし、口に出しては言わないが、これだけ近くにいるんだ、どう感じているかわかる。



─自分の事となると途端にわからなくなるのは不思議な所だけど。



「う⋯ ん」

「雪弥?髪乾かさないと風邪引くよ?」

「⋯ 蛍が乾かして」


今日は完全に甘えモードみたいだ。

寝起きの掠れた声が可愛らしい。


「じゃあドライヤー持ってくるから離して?」

「⋯ もうちょっと」


離すどころか、腰に抱き着くようにきゅっと力を入れると再び目を瞑った。

半乾きの髪を撫でると、睫毛が揺れる。


「雪弥さーん」

「⋯ はい」

「まさか昨日余り眠れてない?」

「あぁ、蛍の寝顔をみてたら⋯ 」

「いや、待ってそれ。恥ずかし過ぎるから」


雪弥はククッと笑って、上を向いた。


「それも嘘じゃないけど、貰った歌詞見てインスパイアされて、曲付けてたら朝になってた」

「まじで?!聞きたい!」

「うん。木曜からの地方撮影の時に、秦さんに聞かせたいから蛍に覚えて貰うつもりでいた」


そう言って蛍の後頭部に手を回して頭ごと引き寄せ、サラッとキスをしてから起き上がるとテレビ横に置いてあるギターの方へ向かう。

その自然過ぎる行動に呆気に取られていると、ギターを片手に再びソファーに座って来た。


「自然過ぎる⋯ 」

「えっ?」

「何でもない!
覚えるなら録っておきたい」


蛍はスマートフォンのレコーダーアプリを立ちあげると再びテーブルに置いた。


「良い?」

「うん、大丈夫」


ギターを構えて、もう一度目を合わすと雪弥は弦を弾き始めた。

雪弥の弾いた曲は、歌詞を書く時に想像したイメージ、世界観そのものと言って良い程で驚かされた。

と言っても自身の主観でしかないのだが、言い換えるなら理想が現実になった、だろうか。


デモンストレーションなのだから仕方ないが、これはアコギ一本では勿体無い。

もっと壮大な感じで、ピアノとか弦楽器とか⋯ そう、オーケストラくらい楽器の数があったら良い。

30人、いや15人⋯ もっと少ないくらいでも構わない。

そのくらい小規模なもので。


「⋯ こんな感じなんだけど、どう?」

「うん⋯ 凄く良い。
良いって言うか、想像したものがそのまま出てきた感じ。
よく文字見ただけで俺の思考に寄せたなってくらい」

「蛍が好きそうだなとは思ったけど、わざわざ寄せてはいないよ。感じた通りに書いた」


イメージしているものが同じだったんだろう。

元々そういう話はしていたが、あまりにもそれが似すぎていてそれが妙に嬉しかった。


「思って邪魔されて嫉妬して~♪とか、想って恋焦がれて嫌われて~♪辺りのサビの後ろの方は女性のハモリとか欲しいかな。後は雪弥のイメージで⋯ 何?どうした?」


気になった所を歌ってみせると、雪弥が少し驚いた顔をしている事に気付く。


「いや、ちょっと感心した。このたった1回でここまで覚えられるものなんだって。
何て言うか⋯ 本当勿体無い事したなと後悔した」

「何で?後悔⋯ ?」


純粋に出て来た疑問を口にすると、雪弥は寂し気な顔をしてぎこちなく笑った。


「あの時もっと冷静でいれたら、違う言葉を選んでいたら、もっと違う結果になっていたかも知れないのに。蛍はナナツボシじゃ無かったかも知れないのにって。
せめて今だけでも、ナナツボシとかTRAPとかそういう、括りが無くなれば良いのに⋯ なんて。
⋯ 嫌になるな。独占欲強くて」

雪弥は蛍の髪に触れ、くしゃっと掴むと今度は苦笑いを浮かべた。


「⋯ そうしよう」

「え?」

「どうせ雪弥と俺の名前で出すんだから、TRAPの雪弥とナナツボシのKeiじゃなくて、ユニット組んで曲提供すれば良いんじゃない?社長は嫌いじゃないと思うけど」

「⋯⋯ ああ、良いかもな」


雪弥の笑顔にホッとすると、本題に戻す。


「で、これを?木曜までに覚えておけば良い?」

「そうは言っても、もう大半覚えてるだろ?
できれば鍵盤メインにしたいから、弾けるようにもしてほしい」

「鍵盤を?!」

「蛍は鍵盤弾けないでしょ。ギターの方。
これから覚えるなら鍵盤教えるけど?あと3日あるし」

「いや⋯ 3日で習得は正直厳しいし、今は余裕無い」


曲も大切だけど、今集中しなければいけないのは演じる方。

もう少しすれば余裕も出て来るはずだ。


「じゃあまた今度だな」

「うん、その時はお願いします」

「勿論」


視線を弦を押さえる指に移すと先程とは違うアレンジで演奏を始める。

それを覚えようと、指の運びをじっと見詰めた。

歌いながら演奏してくれたお陰でイメージもしやすくて歌はほぼ覚える事が出来た。

木曜まではギターの練習に集中出来そうだ。


「そうだ。木曜日は朝からだよね?山口どうなってるんだろ」

「流石に泊まりだし平日からは来ないだろう。
本人も社長も学業優先て言ってたし」

「そうだよね、きっと。一応山口に聞いてみようかな」


スマートフォンを手に取ると、レコーダーアプリは録音を続けていた。



─さっき雪弥が珍しく吐気出した弱音も録音されているんだ。



蛍は雪弥に気付かれない様に録音停止ボタンを押すとSNSアプリに切り替えた。

雪弥は蛍に対しては、恥ずかしい言葉でも恥ずかしがる事無く掛けてくる。

そもそもの物の見方が違うんだろうとは思うが、基本的に雪弥は人に対して無関心だ。

蛍にする振る舞いや対応というのも雪弥の本質なのかも知れない。


そんな事を考えながらも山口宛の文章を作成し送ると、直ぐに “土曜” と短い返事が返ってきた。

その返事に絵文字も顔文字も無く、ただの単語だけである事に驚いて、どうした?なんて反射的に送ってしまったが、“ちょっと” と、やはり簡単な返事が返って来たきり進展は無かった。


「何だって?」

「土曜から来るみたい」


聞きたかった事は聞けたが、切れ味の悪いやり取りに不服そうな顔をしてたのか、雪弥が言葉を続けた。


「それで?」

「うーん、良く分からない。忙しいのかも」


山口とのやり取りを雪弥に見せると、そうかと妙に納得していた。

いつもの無関心だろうと特に気にせずにいたが、後から思うとこの時から雪弥は山口の異変に気付いていたんだろう。


「そろそろ寝よう。結局良い時間だ」

「⋯ うん」

「心配?」

「まぁ⋯ でも心配より疑問かな」

「何か問題があれば、ちゃんと行き詰まる前に相談してくるよ。
あいつは器用な人間だろうから」

「うん⋯ 」


雪弥は蛍の後頭部に指を差し入れて、くしゃっと撫でると立ち上がりテレビの横に置いてあったギタースタンドにアコギを置いた。

ソファーの前まで戻ってくると手が差し出され、握手をする様に握ると手前に引っ張られる。

雪弥は手を引いたままリビングの電気を消し、寝室へと進むと間接照明だけ付けてベッドに入り込んだ。

ベッド脇に立ち尽くしていると、おいでと手招かれる。

やはり自身の事になると鈍感で、曖昧で不確かなものばかりが多くて、きっと最善の選択が出来る人の方が珍しいんだろう。

迷いに迷って結果決断できなくて、相手に求められるまま差し出して、時には流されて、そんな恋愛もあるんだろうなんて正当化することを学んだ。


本音を言えばやっぱり気が引ける。

でも今はそれでも良いと思っている。

本能がそう言っている気がする、程度でも良い。

そうやって甘える事が罰となるなら、幾つ命があったって足りない。

しかしそれが心地良いと思うならば、罰せられると分かってたって突き進むのが人間の本能なんだろう。

決して器用な人間じゃないから、甘えたいとか頼られたいとか矛盾していたとしても、継ぎ接ぎだらけだって繋がっていれば良いやって。

所詮人間なんて頭の中、大半欲望が詰まっているんだから。
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