まだ、言えない

怜虎

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8.Winter song.-吉澤蛍の場合-

面接

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「よし、思い立ったが吉日!」

「何?いきなり」

「この勢いで為平社長に会いに行こうかなと思って」

「でも社長、いつでも事務所にいる訳じゃないよ?」


勢い良く立ち上がった山口は、ストンと椅子に座った。

そっか、と残念そうな顔をすると、雪弥がフォローに回る。


「社長に連絡してみるよ。
社長が事務所に寄るタイミングがあるなら、その時間に合わせれば良い」


「ありがとうございます!」


雪弥は頷くと、スマートフォンを耳にあてる。


「お疲れ様です、雪弥です。今大丈夫ですか?
今日事務所って寄ります?⋯ はい、蛍の同級生の⋯ はい。今日これ以降に時間あれば話したいそうで⋯ はい、分かりました。はい⋯ じゃあ、お願いします。
18時なら大丈夫だそうだ」


スマートフォンのディスプレイを押して、通話が切れたのを確認すると雪弥が言った。


「ありがとうございます、雪弥さん」

「俺仕事だから蛍、同行してやって」

「うん、分かった」


その瞬間、山口の顔がぱあっと輝いた。


「良いの?!吉澤?」

「良いのって事務所の場所知らないでしょ」

「⋯ 違いないっす」

「それに、さっき鷹城さんから台本取りに来いって連絡入ってたから、雪弥の分も貰ってくるよ」

「ああ、ありがとう」



─なんだか不思議な感じ。

雪弥と山口と、雪弥の家で山口のこれからの話をしているなんて。

雪弥の力が大きいけど、山口にはいつも助けられているから少しでも力になれていたら嬉しい。



それから鷹城がやっている仕事を具体的にあげたり、雪弥と同じ劇団にいた頃の話を山口に聞かれたりと、話している内に雪弥は仕事に行く時間。

見送って、片付けをすると良い時間になったので事務所に向かった。



雪弥の家から事務所まではなかなか距離がある。

秋良の家より学校に近い点は良いが、事務所に行くとなると実家も秋良の家も超えて行かなくてはならない。

遠い事を気にしてくれた様で、早く出るなら事務所の近くで降ろしてくれるという雪弥の申し出も、雪弥の行先を考えて遠慮したが、いざ電車で移動してみると、なかなかの距離である事を再確認する事になっただけだった。

時間には余裕があったが、呼び出したのに待たせては悪いと早めに事務所に入ることにした。

まだ為平の姿はなく、鷹城がパソコンとにらめっこしていた。


「お疲れ様です」


後ろから声を掛けても集中しているのか声が届かない様だった。


「鷹城さん!」

「うわぁっ!?」


それ程大きな声ではなかったと思う。

肩を叩いたのがいけなかったのか、鷹城はまるで漫画のように飛び上がって驚いていた。


「なんだ⋯ 蛍くんか、ビックリした」

「ごめん、そんなに驚くとは思わなくて⋯ 」

「事務所にひとりなのに人が入って来たの気付かないなんて駄目だよね⋯ 助かったよ」


社長じゃなくて良かったと付け足して鷹城は苦笑いを浮かべた。


作業部屋で待機する事にしたが、為平は5分と待たずに現れた。

早めに来て良かったと胸をなで下ろして、向かい側に腰を下ろすのを目で追う。


「あ、席外しますね」

「いや、そのままで良い」

「はい⋯ 」


蛍が再び席に着くのを確認してから、為平はテーブルの上で手を組んで山口を見た。


「で、受けてくれる気になったの?」

「⋯ はい。
俺、これから行く学校で学ぶ事も手を抜きたくないです。時間は限られてしまうかもしれないですけど一生懸命やりますのでよろしくお願いします!」

「最初っから学校休んででも仕事しろなんて言うつもりないよ。蛍も秋も信頼している様だし、期待してるよ」


為平はニッと口角を上げて笑った。


「はい!よろしくお願いします!」

「進路も決まってるし、後は卒業するだけだろ?
秋より蛍の方が現場に行く頻度は高いだろうから、暫くの間蛍に付いて現場のこと学んでもらおうかな」

「はい!」

「最初は鷹城にも付いてもらうけど、蛍も色々教えてやって」

 「お、俺で分かる事なら⋯ 」

「何でそんなに弱気なんだよ」

「吉澤、頼りにしてる」

「う⋯ うん」

「そうか、名字で呼んでるんだな」


山口が首を傾げる。


「⋯ ?はい、そうです」

「秋の事も?苗字?
ナナツボシは “Aki” と “Kei” で表出てるから、今から呼び方は変えておいて」

「あ、そうですよね⋯ 分かりました」


為平は頷いて、胸元のポケットからスマートフォンを取り出した。


「後は鷹城から事務的な事聞いてくれ。
蛍も、頼んだ」

「はい」


電話が掛かってきていた様で、片手でスマートフォンの画面を操作すると、電話に出ながら奥の社長室へと姿を消した。

その姿を見送ると、山口が緊張したと声をあげる。


「よく考えてみたら、そういう世界なんだよな」

「そういう世界?」

「ナナツボシもそうだけど、TRAPも為平長政ためひらながまさもいる不思議な空間」

「確かに、俺達のことはクラスメイトの印象の方が強いと思うけど、TRAPは俺も不思議だなって思った事あるよ」

「うん⋯ 何か、ワクワクしてきた」


その言葉からも読み取れる程、山口の表情はキラキラと輝いて見えた。


「よろしくね、マネージャー」

「こちらこそ、蛍」

「⋯ なんか、山口に呼ばれると不思議な感じ」

「俺は雨野⋯ 秋も大野も蛍って呼ぶから全然違和感無いよ」


 そう言って山口は、何故か得意気な顔をした。


「事務的な事、鷹城さんに聞くんだったね。
呼んでくる」

「あぁ、ありがとう」


席を立って、社長室とは逆方向にあるドアを開け、鷹城に声を掛ける。

変わらずパソコンとにらめっこしていたが、今回はすぐに声が届いたようだ。


鷹城は、書類の束を持って部屋に入って来ると山口はまた少し緊張した様によそ行きの笑顔を作っていた。


「はい、じゃあこれね。
履歴書の代わりに書いてほしいんだけど、身体のサイズは身長とか体重とか、分かる範囲で良いから」

「分かりました」

「俺も前書いた記憶があるかも」


用紙を覗き込むと、鷹城さんが笑う。


「うん、実は所属タレント用だからね。
写真は宣材写真を撮るわけじゃないから、履歴書用の写真撮ったら持って来てくれる?2枚ね」

「あ、受験用に証明写真撮ったので今持ってます。
学校の制服着てるやつでも良いですか?」

「うん、構わないよ」


山口はポケットから財布を取り出すと、証明写真を取って机の上に置いた。


「これでいつからでも仕事出来ちゃうね」

「はい、よろしくお願いします!」

「やる気があって良いね。
正直、僕ひとりしか動ける人いなかったから助かったよ。これからナナツボシも忙しくなるだろうし、よろしくね」

「はい!頑張ります!」


鷹城が差し出した手を握って、固く握手を交わすと、山口の緊張は増した様だった。


山口の初仕事は、映画の顔合わせに同行する事。

もともと同行する予定だったからフォローがしやすい日なんだとか。

学校が終わったら、車で迎えに来てくれる予定で、ただ付いていくだけなんてと山口は申し訳なさそうにしていた。
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