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8.Winter song.-吉澤蛍の場合-
シャッフルユニット始動
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その夜は、ただ抱き締められて眠った。
頭の中はぐちゃぐちゃなのに、ベッドの中の温もりが妙に落ち着く。
暖かな腕に包まれて目覚めるなんてそう珍しく無いのに、すぐ横にある整った顔にドキリとした。
もぞりと体を反転させると秋良の掠れた声が耳元で聞こえた。
「起きた?」
「⋯ うん」
腹のあたりに巻きついていた腕が首元まで登ってきて、チェーンに通したリングを弾いたり握ったりと指先で遊ぶ。
「そういえば、今日打ち合わせ何時から?」
予想外の問い掛けに目を瞬かせた。
「えーと⋯ 10時?」
「時間大丈夫なの?もう9時だけど」
「まじで?!」
勢い良く起き上がるも、秋良の腕が体に巻きついて離れない。
離すどころか、その腕には更に力が入る。
「いやいや、秋さん。俺遅刻するって」
「後30分位したら鷹城来るから、事務所でしょ?近くで落としてもらったら?」
「あ、うん⋯ 助かる」
きゅっと体を抱きしめられると、その腕からは開放された。
それから大急ぎで出かける準備を済ますと、予定通りの時間に鷹城からの到着コール。
財布や鍵等を纏めてある場所で、外出の装備を整えていると時計のベルトが外れた。
「こんな時に、嫌だな⋯ 」
「見せて?⋯ 金具が外れただけみたいだけど、店に持って行くしかなさそうだね」
「うん⋯ まぁ、今日は事務所打ち合わせだし。無くても良いか」
「あ、蛍待ってて」
そう言って、秋良は寝室に入ると小さめの紙袋を持って戻って出て来た。
「これ、この前佳彦さんの所の撮影で使った腕時計。時計メーカーさんからプレゼントですって渡されてたの忘れてた」
紙袋を広げると、中には透明のプラスチック製のケースに入った白と黒の腕時計が2つ並んでいた。
「俺が熱出した時のだ?」
「そうそう。色々あってすっかり。
⋯ これさ、俺が黒貰っても良い?」
撮影で使ったのは、世間のイメージ通りの黒。
秋良は白だ。
通常1色のデザインだが、この時計達はベルトが白の方は文字盤が黒、といったように2色使いのデザインの特注品。
ペア感満載のデザインだ。
おまけにそれぞれの名前が掘ってある。
「⋯ 良いよ」
何でも無い風を装って、黒い腕時計を掴んで差し出すと、秋良は嬉しそうな顔をして受け取った。
「やばっ、鷹城待たせてるんだった」
「そうだった。早く行こう!」
紙袋の中のプラスチックケースを掴むと、先に玄関へと向かった秋良の後を追った。
「ごめん、ギリギリだった!」
「おはよう。遅刻してないんだから大丈夫だよ」
「まぁそうなんだけど、まじで焦った」
「何?昨日遅かったの?」
事務所の作業部屋に入ると、ソファに倒れ込んだ様子を見て雪弥が笑う。
「いや、単に寝過ぎただけ。
それを言うなら雪弥でしょ。何時まで仕事してたの?」
「4時頃だったかな」
「うげ。働きすぎじゃない?」
くすくすと笑う雪弥は、短い睡眠時間なのにもかかわらずいつもより機嫌が良さそうだった。
「好きでやってる事だから。
それよりこれに目を通しておいてほしい。後で社長が来るからそれまでに頭に入れて」
広げた資料の中から数枚ピックアップすると、立ち上がってこちらに持ってくる。
「ありがとう。為平さん、何時くらい?」
「正確な時間はわからないけど、11時過ぎって所かな」
そう言って、ずり落ちた眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げた。
─先週、雪弥の家にお世話になってからの発見。
TRAPの仕事や人前に出る時はコンタクトを着用。
オフの時は眼鏡。
密かに俺はこの眼鏡雪弥のファンだ。
シャープな顔のラインがよりシャープに見えて、知的さが増す。
いつもの雪弥とまた違った印象。
ニヤニヤしていてもバレない様に、資料を見るふりをして俯く。
資料に書いてある、設定や役所、コンセプト等を上から読んで行く。
「メインキャスト、城原 鷹(シロハラ タカ):雪弥(TRAP)、城原 月海(シロハラ ツグミ):Kei(ナナツボシ)⋯ 苗字同じって事は兄弟とか親戚?
伴 翔奏(バン カケス):砂月(Juice)ってツキくんも出るんだ?」
「砂月ってヤツ知ってるの?」
「少しだけ話した事ある。って雪弥も話してたと思うけど?ミュージックフェスの楽屋で」
「そうだっけ?⋯ 全然記憶無い」
「嘘だ。フェスで2位だったユニットの。ステージ上でも喋ってたよ」
「ああ、フェスの順位発表の時に、蛍が後ろから支えられてるって言ってたやつか」
「え⋯ まぁ合ってるけど、そんな覚え方?」
「名前覚えるの得意じゃなくて」
雪弥は悪びれる様子もなく、あっけらかんと言った。
「でもスタッフさんとかは結構知り合い多いよね?」
「演者は二度と共演しないかもしれないけど、スタッフは番組や局で同じな事結構あるだろ?何度も会ったから覚えたって人も勿論いるけど、スタッフを優先的に覚えるようにしているのはあるかもな」
「へぇ、凄い。俺も見習わないとだな… 」
納得した顔をすると、雪弥の目線は資料に戻っていった。
─俺も続き、内容頭に入れなきゃ。
えーと⋯
城原鷹、21歳。半年程前からアルバイトも辞め “役者” で食べていける様になった駆け出しの舞台俳優。世間でも知名度、人気共に上昇中の役者。性格は正義感が強いが、情に脆い流されやすいタイプ。先輩を立て、後輩に優しい万人受けタイプ⋯
城原月海、18歳。鷹の義理の弟で、人を寄せ付けないツンツンタイプ。まるで人形の様に冷徹で無口、無表情。人には興味が無い。自律性があり、協調性はほぼゼロだが、鷹の言う事だけは素直に聞き入れる。(両親は口出ししないタイプ)
城原家に引き取られたのは3歳の時だが、誰に教えられた訳でも無く、自分が養子である事を知っている。(鷹、両親は隠している、隠せていると思っている)
あらすじ
人付き合いを好まない月海を心配した鷹がコミュニケーション能力の向上に繋がればと自身の所属する劇団に誘う。鷹と月海を中心に、役者を目指す劇団員達の人間関係を描いたヒューマン&ラブストーリー。
「面白いだろ?秦さん」
ぎっしりと文字の書かれた資料のページを捲ると、雪弥が話しかけてくる。
「秦さんって、監督?」
「そう。いつもこんな風に役のバックグラウンドをしっかり書いて渡してくるんだよ。
昔、そこは役者の仕事だからって言った事あってさ。自分でキャスティングした役者の力信じてないのかって。そしたら、バックグラウンドを説明した上で、出てきたプラスアルファのバックグラウンドこそ見たいし、期待している。それに役者は、それが出来て初めて役を掴めたと言える。って返ってきて、凄く新鮮だったな」
「確かに、わざわざ聞かないと教えてもらえなかったかも?」
「うん、一緒にやってた時は、自分でバックグラウンド拾うのは当たり前、台本に無いことはやるなだったもんな」
「うんうん」
「バックグラウンドなんて、撮りながら考えていくものじゃない。分かった上でやらないと辻褄が合わなくなって自分の首を絞めるだけだから無駄だって言われて、確かにそうだなと思ったよ」
そう言って笑ったメガネの奥の懐かしい表情に、こちらも自然と笑顔になる。
再会してからは、久しぶりに会ったからとか告白されたからとか、色んな緊張が邪魔をして大した話をしていない。
雪弥の家にお世話になった時からは少し距離が近くなった気がして、素直に嬉しいと感じた。
頭の中はぐちゃぐちゃなのに、ベッドの中の温もりが妙に落ち着く。
暖かな腕に包まれて目覚めるなんてそう珍しく無いのに、すぐ横にある整った顔にドキリとした。
もぞりと体を反転させると秋良の掠れた声が耳元で聞こえた。
「起きた?」
「⋯ うん」
腹のあたりに巻きついていた腕が首元まで登ってきて、チェーンに通したリングを弾いたり握ったりと指先で遊ぶ。
「そういえば、今日打ち合わせ何時から?」
予想外の問い掛けに目を瞬かせた。
「えーと⋯ 10時?」
「時間大丈夫なの?もう9時だけど」
「まじで?!」
勢い良く起き上がるも、秋良の腕が体に巻きついて離れない。
離すどころか、その腕には更に力が入る。
「いやいや、秋さん。俺遅刻するって」
「後30分位したら鷹城来るから、事務所でしょ?近くで落としてもらったら?」
「あ、うん⋯ 助かる」
きゅっと体を抱きしめられると、その腕からは開放された。
それから大急ぎで出かける準備を済ますと、予定通りの時間に鷹城からの到着コール。
財布や鍵等を纏めてある場所で、外出の装備を整えていると時計のベルトが外れた。
「こんな時に、嫌だな⋯ 」
「見せて?⋯ 金具が外れただけみたいだけど、店に持って行くしかなさそうだね」
「うん⋯ まぁ、今日は事務所打ち合わせだし。無くても良いか」
「あ、蛍待ってて」
そう言って、秋良は寝室に入ると小さめの紙袋を持って戻って出て来た。
「これ、この前佳彦さんの所の撮影で使った腕時計。時計メーカーさんからプレゼントですって渡されてたの忘れてた」
紙袋を広げると、中には透明のプラスチック製のケースに入った白と黒の腕時計が2つ並んでいた。
「俺が熱出した時のだ?」
「そうそう。色々あってすっかり。
⋯ これさ、俺が黒貰っても良い?」
撮影で使ったのは、世間のイメージ通りの黒。
秋良は白だ。
通常1色のデザインだが、この時計達はベルトが白の方は文字盤が黒、といったように2色使いのデザインの特注品。
ペア感満載のデザインだ。
おまけにそれぞれの名前が掘ってある。
「⋯ 良いよ」
何でも無い風を装って、黒い腕時計を掴んで差し出すと、秋良は嬉しそうな顔をして受け取った。
「やばっ、鷹城待たせてるんだった」
「そうだった。早く行こう!」
紙袋の中のプラスチックケースを掴むと、先に玄関へと向かった秋良の後を追った。
「ごめん、ギリギリだった!」
「おはよう。遅刻してないんだから大丈夫だよ」
「まぁそうなんだけど、まじで焦った」
「何?昨日遅かったの?」
事務所の作業部屋に入ると、ソファに倒れ込んだ様子を見て雪弥が笑う。
「いや、単に寝過ぎただけ。
それを言うなら雪弥でしょ。何時まで仕事してたの?」
「4時頃だったかな」
「うげ。働きすぎじゃない?」
くすくすと笑う雪弥は、短い睡眠時間なのにもかかわらずいつもより機嫌が良さそうだった。
「好きでやってる事だから。
それよりこれに目を通しておいてほしい。後で社長が来るからそれまでに頭に入れて」
広げた資料の中から数枚ピックアップすると、立ち上がってこちらに持ってくる。
「ありがとう。為平さん、何時くらい?」
「正確な時間はわからないけど、11時過ぎって所かな」
そう言って、ずり落ちた眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げた。
─先週、雪弥の家にお世話になってからの発見。
TRAPの仕事や人前に出る時はコンタクトを着用。
オフの時は眼鏡。
密かに俺はこの眼鏡雪弥のファンだ。
シャープな顔のラインがよりシャープに見えて、知的さが増す。
いつもの雪弥とまた違った印象。
ニヤニヤしていてもバレない様に、資料を見るふりをして俯く。
資料に書いてある、設定や役所、コンセプト等を上から読んで行く。
「メインキャスト、城原 鷹(シロハラ タカ):雪弥(TRAP)、城原 月海(シロハラ ツグミ):Kei(ナナツボシ)⋯ 苗字同じって事は兄弟とか親戚?
伴 翔奏(バン カケス):砂月(Juice)ってツキくんも出るんだ?」
「砂月ってヤツ知ってるの?」
「少しだけ話した事ある。って雪弥も話してたと思うけど?ミュージックフェスの楽屋で」
「そうだっけ?⋯ 全然記憶無い」
「嘘だ。フェスで2位だったユニットの。ステージ上でも喋ってたよ」
「ああ、フェスの順位発表の時に、蛍が後ろから支えられてるって言ってたやつか」
「え⋯ まぁ合ってるけど、そんな覚え方?」
「名前覚えるの得意じゃなくて」
雪弥は悪びれる様子もなく、あっけらかんと言った。
「でもスタッフさんとかは結構知り合い多いよね?」
「演者は二度と共演しないかもしれないけど、スタッフは番組や局で同じな事結構あるだろ?何度も会ったから覚えたって人も勿論いるけど、スタッフを優先的に覚えるようにしているのはあるかもな」
「へぇ、凄い。俺も見習わないとだな… 」
納得した顔をすると、雪弥の目線は資料に戻っていった。
─俺も続き、内容頭に入れなきゃ。
えーと⋯
城原鷹、21歳。半年程前からアルバイトも辞め “役者” で食べていける様になった駆け出しの舞台俳優。世間でも知名度、人気共に上昇中の役者。性格は正義感が強いが、情に脆い流されやすいタイプ。先輩を立て、後輩に優しい万人受けタイプ⋯
城原月海、18歳。鷹の義理の弟で、人を寄せ付けないツンツンタイプ。まるで人形の様に冷徹で無口、無表情。人には興味が無い。自律性があり、協調性はほぼゼロだが、鷹の言う事だけは素直に聞き入れる。(両親は口出ししないタイプ)
城原家に引き取られたのは3歳の時だが、誰に教えられた訳でも無く、自分が養子である事を知っている。(鷹、両親は隠している、隠せていると思っている)
あらすじ
人付き合いを好まない月海を心配した鷹がコミュニケーション能力の向上に繋がればと自身の所属する劇団に誘う。鷹と月海を中心に、役者を目指す劇団員達の人間関係を描いたヒューマン&ラブストーリー。
「面白いだろ?秦さん」
ぎっしりと文字の書かれた資料のページを捲ると、雪弥が話しかけてくる。
「秦さんって、監督?」
「そう。いつもこんな風に役のバックグラウンドをしっかり書いて渡してくるんだよ。
昔、そこは役者の仕事だからって言った事あってさ。自分でキャスティングした役者の力信じてないのかって。そしたら、バックグラウンドを説明した上で、出てきたプラスアルファのバックグラウンドこそ見たいし、期待している。それに役者は、それが出来て初めて役を掴めたと言える。って返ってきて、凄く新鮮だったな」
「確かに、わざわざ聞かないと教えてもらえなかったかも?」
「うん、一緒にやってた時は、自分でバックグラウンド拾うのは当たり前、台本に無いことはやるなだったもんな」
「うんうん」
「バックグラウンドなんて、撮りながら考えていくものじゃない。分かった上でやらないと辻褄が合わなくなって自分の首を絞めるだけだから無駄だって言われて、確かにそうだなと思ったよ」
そう言って笑ったメガネの奥の懐かしい表情に、こちらも自然と笑顔になる。
再会してからは、久しぶりに会ったからとか告白されたからとか、色んな緊張が邪魔をして大した話をしていない。
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