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6.Music festival.-吉澤蛍の場合-
中間順位
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秋良と山口に断りを入れて、リビングを出ると2階に上がる。
開けっ放しのドアの前で、悠和に部屋に入る様に促してからドアの前から部屋の中を見渡した。
―この部屋とも暫くお別れか。
本当、こんなに早くなるなんて思わなかったな。
「蛍?」
「⋯ 本当、急に色々決まったなと思ってさ。この部屋にも暫く戻れないんだなーって。
悠和は驚いた?よね」
「もうすげー驚いたよ!ミュージックフェス?に出たって事からずっと驚きっぱなし。
でもこんな大事な事、早く知れて嬉しかった」
悠和はその言葉通り、嬉しそうな顔をして笑った。
─確かにナナツボシのこと、悠和や山口には言ってなかったな。
忙しかったと言っても秋程じゃないし、どこかで話せるタイミングがあった筈だ。
「ごめん、色々言えてなくて」
「だって蛍だって知ったばっかりなんでしょ?言いようが無いよ」
「そうじゃなくて、ナナツボシのこと。
まぁあれも決まったの2ヶ月も経ってないんだけどさ」
「良いの。忙しいのは見ててわかったし。
結果的にこうやって話してくれてるんだから」
そう言うと、悠和は部屋を見渡した。
「シンプルな部屋だよね。イメージ通り、本しか無い」
「俺ってそんなイメージある?
⋯ ひとりでいる事の方が多かったから、本はよく読んでたかな」
「硬派なイメージはあるかも。確かに蛍って、クラスで誰ともつるんで無かったよね。
俺の中では本読むより、音楽聴いたり寝ているイメージだったかな。
あ、中庭でよく、本を日除けに昼寝してるって女子達が騒いでたのを聞いたことはある」
「騒いでたって⋯ そんなとこ見られてたの恥ずかしいんだけど⋯
まぁ元々自分から仲良くしましょうって声掛けるタイプじゃないからね。来るものは拒まないけど自らは追わないのかも」
─ひとりの方が楽だ、ってそう思っていた。
けど、あの時秋良が突然声を掛けてきた。
裏庭にいたかって。
最初はただの自慢かと思ってたけど、今考えればあれが話すきっかけになったんだよね。
「どうした?急に笑って」
「いや、確かにひとりでいる方が楽だと思ってた筈なんたけど、今はそんな事ないのかなと思って」
「そんな事ないってそれ⋯ その中に俺、入ってる?」
悠和は真剣な顔をすると、真っ直ぐ見つめて言った。
突然の事に戸惑う。
「な⋯ 何言ってんの?入ってるに決まってる」
逸らした目から、チラッと悠和の顔色を伺うと、満面の笑顔が覗いた。
悠和はくるくる表情が変わる。
秋や雪弥よりも分かり易く顔に出るから、嬉しいのか悲しいのかが手に取るように分かる。
「それで十分。⋯ また今度遊びに行こうね」
ぽんぽんと頭に手を乗せて再び目を細めた。
「そろそろ戻ろうか?蛍の部屋も見れたし、満足」
「うん」
悠和は何となく、自分のどこに気持ちが向いているのか気付いている様な気がしていた。
卒業旅行以降は、一度映画に行ったっきりで悠和からは連絡は来ても遊びに誘われる事は無かい。
──忙しいのは見ててわかったし。
悠和なりに感じ取って気を使ってくれていたんだろう。
「⋯ ありがとう」
「その為に来たからね。蛍の役に立てたなら嬉しいよ」
呟いた言葉は、荷物を持って部屋の外に出た悠和にしっかりと聞こえていた様だった。
返ってきた言葉は別の事と解釈していたけど、それも悠和らしい。
荷物を持って階段を降りると、玄関に荷物を下ろしてもらう。
スーツケースと、肩掛けの旅行用のバッグ。
更に手持ちの荷物もあって、この量をひとりで持って移動するのは少し辛い。
家を出てからは、怪しまれない様にと悠和と山口がひとつずつ荷物を持ってくれて、ひたすら感謝の言葉を口にしていた。
駅前のファミレスで夕飯を食べて、今日のお礼にと全員分を秋良が支払ってくれた。
特に用があった訳では無いけど、制服だった事もあって早めに解散。
そんな訳で、割と早く着いた秋良のマンション。
割と早いと言っても、当初は荷物置きに来るだけの予定が大きく変わって今日から仮の家。
「こんな早くなると思わなかったから、まだ部屋空けてないんだ」
「急にごめんね。
俺も、まさかこんな予定が早まるなんて思ってなかったけど⋯ 」
部屋の中に荷物を運び入れ、下ろしながら苦笑いを浮かべた。
「まぁそうだよな。
でも、蛍ならいつでも歓迎だから」
「⋯ ありがとう」
撫子と親子である事がバレない様にと秋良の所でお世話になる事にしたが、よく考えてみたら好意のある相手と “同居する” ということで、そこまで頭が回らなかった事に我ながら呆れた。
もう少し時間があったらここに来る前に気付いたのかと言われたら自信が無いけど、お世話になるのは変わらないんだから拘わった所で仕方がない。
─決して嫌な訳では無い。
素直に嬉しいと思う。
でも、不安はある。
学校も、仕事も、帰る場所も一緒。
離れている時間なんて無い位だ。
秋は、嫌じゃないんだろうか?
いや、ダメだ。
ひとりで考え込まない事にしたんだった。
やる事があるからと先にシャワーを勧められる。
入っている間の大半は、同居についてネガティブな考えが脳内を占領していた。
ストップを掛ける事が出来たから良かったけど、危うく山口の言う “さっきと同じ顔” になる所だった。
頭を切り替えて部屋に戻ると、リビングでパソコンに向かう秋良の姿が目に入る。
近付くとすぐに存在に気付き、手を引かれて簡単に腕の中だ。
「見て、蛍」
「ミュージックフェスの?」
「そう。
放送終了後の速報と変わらず、今2位。結構上位にいるんだよね。
あのギャラリーの意味が分かったよ」
「みんなよく俺達が壱高だってわかるよね」
「中学の時の知り合い伝いにでも広がっていったんだろ。
2人共いるとは思わないだろうけど」
確かに、中学の時に仲良かった人からもメールは来ていた。
そんな多くは無かったから気にならなかったが、結構話題になっているようだ。
「なんか⋯ やっぱり実感が湧かないなー。
まだ人事の様に思える」
「まだ遠巻きに見てる人の方が多いからね。
山口達が良い感じにガードしてくれてるから本当助かってる」
「声掛けられたら掛けられたで上手く対応できる気はしないんだけどね」
「嫌でも慣れるよ」
秋良は余裕のある笑みを見せて、上位のユニットの動画を再生した。
現在、3位は打ち上げに参加していた来栖樹里、1位はCross gateというバンドの様だ。
─打ち上げは殆ど、千尋と来栖としか話してないから交流も何も無かったな。
後半はそれどころじゃなかったし。
正直、順位はそれ程気にはならない。
ミュージックフェスに関しては秋良とユニットが組め、フェスに出ることができたこと自体に満足している。
実感はないが、為平や鷹城さんからの話を聞いても、中間順位を見ても結果は上々。
秋は雪弥と喧嘩してまで、俺と組みたいと言ってくれたけど、今もこれからもそう思って貰えるように努力はしていかなきゃいけないよね。
「秋、ナナツボシまだ始まったばかりだけど俺と組んで後悔してない?」
「まさか!何で?」
「ううん。これから殆どの時間一緒にいることになるから⋯ 改めてよろしくお願いします」
深々と頭を下げ、顔をあげると抱き締められた。
「うん。よろしく、蛍」
強く抱き締める腕に身を任せると、温もりが伝わってくる。
その秋良の温かさが、少しづつ不安を溶かしてくれる気がした。
体を離すと、熱っぽい秋良の視線にドキリと心臓が脈打つ。
暫しの間見つめ合うと、いつも秋良がしてくれるみたいに触れるだけのキスをした。
「そんな事すると俺、止まらなくなるよ」
鼻先で甘い声が聞こえると、返事をする代わりにもう一度唇を重ねる。
秋良からも啄むようなキスが落ちてくると、お互いの唇をゆっくりと味わうように深くなっていった。
開けっ放しのドアの前で、悠和に部屋に入る様に促してからドアの前から部屋の中を見渡した。
―この部屋とも暫くお別れか。
本当、こんなに早くなるなんて思わなかったな。
「蛍?」
「⋯ 本当、急に色々決まったなと思ってさ。この部屋にも暫く戻れないんだなーって。
悠和は驚いた?よね」
「もうすげー驚いたよ!ミュージックフェス?に出たって事からずっと驚きっぱなし。
でもこんな大事な事、早く知れて嬉しかった」
悠和はその言葉通り、嬉しそうな顔をして笑った。
─確かにナナツボシのこと、悠和や山口には言ってなかったな。
忙しかったと言っても秋程じゃないし、どこかで話せるタイミングがあった筈だ。
「ごめん、色々言えてなくて」
「だって蛍だって知ったばっかりなんでしょ?言いようが無いよ」
「そうじゃなくて、ナナツボシのこと。
まぁあれも決まったの2ヶ月も経ってないんだけどさ」
「良いの。忙しいのは見ててわかったし。
結果的にこうやって話してくれてるんだから」
そう言うと、悠和は部屋を見渡した。
「シンプルな部屋だよね。イメージ通り、本しか無い」
「俺ってそんなイメージある?
⋯ ひとりでいる事の方が多かったから、本はよく読んでたかな」
「硬派なイメージはあるかも。確かに蛍って、クラスで誰ともつるんで無かったよね。
俺の中では本読むより、音楽聴いたり寝ているイメージだったかな。
あ、中庭でよく、本を日除けに昼寝してるって女子達が騒いでたのを聞いたことはある」
「騒いでたって⋯ そんなとこ見られてたの恥ずかしいんだけど⋯
まぁ元々自分から仲良くしましょうって声掛けるタイプじゃないからね。来るものは拒まないけど自らは追わないのかも」
─ひとりの方が楽だ、ってそう思っていた。
けど、あの時秋良が突然声を掛けてきた。
裏庭にいたかって。
最初はただの自慢かと思ってたけど、今考えればあれが話すきっかけになったんだよね。
「どうした?急に笑って」
「いや、確かにひとりでいる方が楽だと思ってた筈なんたけど、今はそんな事ないのかなと思って」
「そんな事ないってそれ⋯ その中に俺、入ってる?」
悠和は真剣な顔をすると、真っ直ぐ見つめて言った。
突然の事に戸惑う。
「な⋯ 何言ってんの?入ってるに決まってる」
逸らした目から、チラッと悠和の顔色を伺うと、満面の笑顔が覗いた。
悠和はくるくる表情が変わる。
秋や雪弥よりも分かり易く顔に出るから、嬉しいのか悲しいのかが手に取るように分かる。
「それで十分。⋯ また今度遊びに行こうね」
ぽんぽんと頭に手を乗せて再び目を細めた。
「そろそろ戻ろうか?蛍の部屋も見れたし、満足」
「うん」
悠和は何となく、自分のどこに気持ちが向いているのか気付いている様な気がしていた。
卒業旅行以降は、一度映画に行ったっきりで悠和からは連絡は来ても遊びに誘われる事は無かい。
──忙しいのは見ててわかったし。
悠和なりに感じ取って気を使ってくれていたんだろう。
「⋯ ありがとう」
「その為に来たからね。蛍の役に立てたなら嬉しいよ」
呟いた言葉は、荷物を持って部屋の外に出た悠和にしっかりと聞こえていた様だった。
返ってきた言葉は別の事と解釈していたけど、それも悠和らしい。
荷物を持って階段を降りると、玄関に荷物を下ろしてもらう。
スーツケースと、肩掛けの旅行用のバッグ。
更に手持ちの荷物もあって、この量をひとりで持って移動するのは少し辛い。
家を出てからは、怪しまれない様にと悠和と山口がひとつずつ荷物を持ってくれて、ひたすら感謝の言葉を口にしていた。
駅前のファミレスで夕飯を食べて、今日のお礼にと全員分を秋良が支払ってくれた。
特に用があった訳では無いけど、制服だった事もあって早めに解散。
そんな訳で、割と早く着いた秋良のマンション。
割と早いと言っても、当初は荷物置きに来るだけの予定が大きく変わって今日から仮の家。
「こんな早くなると思わなかったから、まだ部屋空けてないんだ」
「急にごめんね。
俺も、まさかこんな予定が早まるなんて思ってなかったけど⋯ 」
部屋の中に荷物を運び入れ、下ろしながら苦笑いを浮かべた。
「まぁそうだよな。
でも、蛍ならいつでも歓迎だから」
「⋯ ありがとう」
撫子と親子である事がバレない様にと秋良の所でお世話になる事にしたが、よく考えてみたら好意のある相手と “同居する” ということで、そこまで頭が回らなかった事に我ながら呆れた。
もう少し時間があったらここに来る前に気付いたのかと言われたら自信が無いけど、お世話になるのは変わらないんだから拘わった所で仕方がない。
─決して嫌な訳では無い。
素直に嬉しいと思う。
でも、不安はある。
学校も、仕事も、帰る場所も一緒。
離れている時間なんて無い位だ。
秋は、嫌じゃないんだろうか?
いや、ダメだ。
ひとりで考え込まない事にしたんだった。
やる事があるからと先にシャワーを勧められる。
入っている間の大半は、同居についてネガティブな考えが脳内を占領していた。
ストップを掛ける事が出来たから良かったけど、危うく山口の言う “さっきと同じ顔” になる所だった。
頭を切り替えて部屋に戻ると、リビングでパソコンに向かう秋良の姿が目に入る。
近付くとすぐに存在に気付き、手を引かれて簡単に腕の中だ。
「見て、蛍」
「ミュージックフェスの?」
「そう。
放送終了後の速報と変わらず、今2位。結構上位にいるんだよね。
あのギャラリーの意味が分かったよ」
「みんなよく俺達が壱高だってわかるよね」
「中学の時の知り合い伝いにでも広がっていったんだろ。
2人共いるとは思わないだろうけど」
確かに、中学の時に仲良かった人からもメールは来ていた。
そんな多くは無かったから気にならなかったが、結構話題になっているようだ。
「なんか⋯ やっぱり実感が湧かないなー。
まだ人事の様に思える」
「まだ遠巻きに見てる人の方が多いからね。
山口達が良い感じにガードしてくれてるから本当助かってる」
「声掛けられたら掛けられたで上手く対応できる気はしないんだけどね」
「嫌でも慣れるよ」
秋良は余裕のある笑みを見せて、上位のユニットの動画を再生した。
現在、3位は打ち上げに参加していた来栖樹里、1位はCross gateというバンドの様だ。
─打ち上げは殆ど、千尋と来栖としか話してないから交流も何も無かったな。
後半はそれどころじゃなかったし。
正直、順位はそれ程気にはならない。
ミュージックフェスに関しては秋良とユニットが組め、フェスに出ることができたこと自体に満足している。
実感はないが、為平や鷹城さんからの話を聞いても、中間順位を見ても結果は上々。
秋は雪弥と喧嘩してまで、俺と組みたいと言ってくれたけど、今もこれからもそう思って貰えるように努力はしていかなきゃいけないよね。
「秋、ナナツボシまだ始まったばかりだけど俺と組んで後悔してない?」
「まさか!何で?」
「ううん。これから殆どの時間一緒にいることになるから⋯ 改めてよろしくお願いします」
深々と頭を下げ、顔をあげると抱き締められた。
「うん。よろしく、蛍」
強く抱き締める腕に身を任せると、温もりが伝わってくる。
その秋良の温かさが、少しづつ不安を溶かしてくれる気がした。
体を離すと、熱っぽい秋良の視線にドキリと心臓が脈打つ。
暫しの間見つめ合うと、いつも秋良がしてくれるみたいに触れるだけのキスをした。
「そんな事すると俺、止まらなくなるよ」
鼻先で甘い声が聞こえると、返事をする代わりにもう一度唇を重ねる。
秋良からも啄むようなキスが落ちてくると、お互いの唇をゆっくりと味わうように深くなっていった。
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