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6.Music festival.-吉澤蛍の場合-
キス好きだよね?
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「え?今日!?」
今日は平日。
勿論学校はあるが、ミュージックフェスの翌日でなにかスケジュールが入ることを考え事前に欠席連絡をしていた。
そして今は、想いが通じあった後の甘い時間。
⋯ の筈が、秋良のひと言で一瞬にして吹き飛んだ。
鷹城がこれから迎えに来ると言う。
「そう。昨日はそれどころじゃなくて言い忘れてた。って言うか、俺も打ち上げの時に聞いたんだよね」
─まぁ確かにそれどころじゃなかった。
秋怒ってたし、それに⋯
昨夜の事を思い出すと羞恥心が込み上げてくる。
秋はクスっと笑ったかと思うと、チュッと唇にキスをした。
「昨夜の事思い出した?やーらし」
「なっ⋯ 」
「嘘。いっぱい考えて、俺の事」
急に真剣な声を出したかと思ったら再びキスをして、ぎゅっと抱きしめた。
─幸せだ、こういうの。
凄く、幸せ。
腕の力が少しだけ緩むと、潜り込む。
服越しに聞こえる心臓の音や、ゆっくりと頭を撫でる手が心地良かった。
─急いでいる筈が結局ゆっくり過ごしちゃって、家を出る予定の時間ギリギリになったけど、朝のまったり甘くて優しい時間は過ごせたのかな。
そんな風に自分が甘える日が来るなんて夢にも思わなかったけど、秋が嬉しそうだから良いか。
「あれっ?」
「どうした?」
昨日着ていた服を畳みながらポケットの中を探る。
「鞄は置いて来たの覚えてたけど、スマホまで忘れたかなと思って」
「あー⋯ 蛍を探しに行く時、スマホ置いていって連絡取れないって鷹城が言ってたな」
「やっぱり?」
「タイミング良いな、鷹城からだ」
秋はポケットから取り出したスマートフォンの通話ボタンを押した。
「はい⋯ 分かった、直ぐ行く。
蛍のスマホは鷹城預かってくれてる?⋯ OK.待ってて」
「着いたって?」
「うん。スマホも鷹城が持ってるって。行こうか」
頷くのを確認すると秋良は玄関に向かった。
その背中を見つめてふと思う。
そこまで体格差があるとは思って無かったが、頭半分程しか身長差は無いのに体のサイズは結構違うもんだ。
どうせ撮影中は衣装しか来てないんだからと、インナーだけ秋良に借りることにした。
少しダボついているけど、こうして少し腕まくりすれば平気だろう。
「蛍」
まだ靴を履かずに秋良より高い位置で袖の調節をしていると、少しだけ背伸びした秋良に軽く口付けられる。
「⋯ 秋って、キス好きだよね」
「嫌?」
「嫌って言うか⋯ 」
─調子が狂う。
「うん?」
「⋯ ズルイ」
「ズルイ?」
そう、ズルイ。
知らぬ間にスッと心に入り込んでいた。
気付いた時には心を奪われていた。
思い返せばそのきっかけになったのは間違いなく秋良の優しく時に乱暴なキスで、少しずつ誘惑して心を乱して、奥の深い所の気持ちまで引き出していったんだ。
絶対に伝えると思っていなかった気持ちを。
「⋯ 鷹城さん待ってるんでしょ?早く行こ?」
「ああ、うん」
本音を飲み込んで笑顔を作ると、素知らぬ顔でエレベーターに乗り込んだ。
鷹城の車に乗り込むと、まずは置いていった荷物とスマートフォンを受け取る。
どういう訳か、不思議がられたり咎められたりはせず、ただ大丈夫かと心配された。
大丈夫だと応えると、ニッコリと笑って今日の予定を話し始めた。
きっと秋良が心配かけない様にと連絡を入れていたんだろう。
タクシーでの移動中は全く喋らなかったけど、スマートフォンだけはしきりに見ていた。
怒っていた割には冷静にそんな事してたなんて、本当頭が下がる。
「⋯ 終わる頃に迎えに行くから、その後事務所で打ち合わせね。わざわざ休みにしたのにごめんね」
「何かしらスケジュール入ると思って休みにしておいたからそれは良いんだけど、確かにあれは無いなって思ってた」
「いやー、予想以上に忙しくてさ⋯ 手が回らなかった」
「それにしてもあの写真はお粗末過ぎだろ」
「あの写真?」
途中まで話を聞いていなかったのをバレないようにと良さうなタイミングで会話に混ざる。
「アー写。ホームページのあの加工された俺達のプロフィール写真」
ケラケラと笑う秋良は昨日とは違ってとても機嫌が良さそうだ。
それはきっと、いや確実に昨晩のやり取りがあったからで、嬉しさが顔に滲み出ない様に引き締めた。
「だから、早急にスケジュール組ませていただきました。西村さんだからやりやすいと思う」
「西村さんか!楽しみ」
「蛍くんは、撮影初めて?」
「劇団にいた時にビジュアル撮影をしたくらい?⋯ と言っても結構前だから上手くできるかな」
鷹城は車を駐車スペースに入れながら、大丈夫だよと頷いた。
「西村さん、面白い人だけど凄くクセがある人だから驚かないでね。まぁ秋がいるから大丈夫か。
さ、着いたよ」
車を降りると、建物に繋がるエレベーターに乗って上の階を目指した。
クセがあるか。
プロに撮影してもらう思うと少し緊張する。
劇団のビジュアル撮影は、いつもの稽古場で簡単に撮影したものだった。
撮影してくれていた人も、アマチュア劇団の公演を撮影したものを円盤化したり、公演中の場面場面を写真で撮ったりと、カメラが趣味の関係者。
アマでもなくプロでもない印象の彼に、劇団の主催も毎回頼んでいたので、劇団の広報担当の人だと思っていたくらいだ。
騒いでテンション高い時にたまたま撮った写真使いました、というノリ。
「噂をすれば」
「西村さん!今日はよろしくお願いします!」
エレベーターを降りて楽屋に向かう途中、秋良達はその “西村さん” を呼び止めた。
「おう、秋。久しぶりだな」
「2年半振り?かな」
「そんな経つか!ついこの前までナツ撮ってたからそんな感じしないよ」
秋良の顔だけではない。
西村にも、鷹城の顔にも悲しみの色が落ちたのを見逃さなかった。
「うん⋯ あ、こいつ蛍ね」
「よろしくお願いします」
空気を変えたくて、いつもより大げさに表向きの顔をして挨拶をした。
緩やかにウェーブのかかった綺麗な薄紫色の髪が、無造作に後ろで纏められている。
モノトーンのラフな服に合う、やる気の無さそうな雰囲気。
それなのに表情は、秋良と蛍を見ては含みのある顔をする、“クセのある人” が頷ける風貌だった。
「蛍ね。よろしく。
それより秋、表に出る気になったなんてどういう風の吹き回し?」
「それは後で話すよ。頼みたい事もあるし」
「へぇ、秋が俺に頼みたい事ねぇ」
西村さんはニヤニヤしながら顎を撫でた。
「では西村さん、お願いします。
秋、蛍くん、また後でくるね」
話の区切りの良いところで鷹城は挨拶をして、いそいそと元来た道を戻って行った。
「鷹城さんも忙しそうだね」
「最近は特にね。でもあの人はいつでも楽しそうだけど」
「ふふふ、確かに。
じゃあさっさと準備して打ち合わせから始めようか」
「はいはい、行ってきます」
西村の印象から、何となく入り辛く目の前で繰り広げられる会話をほぼ聞くだけだった蛍に秋良の目線が戻ってくると、優しく微笑んで行こうと合図をされる。
その背中に従うと、指定された楽屋の前でスタッフらしき人に引き止められた。
「メイクの鈴木です。お願いします!」
名前を呼ばれた所で2人して顔を上げると、元気な声が聞こえた。
髪をポニーテールに縛った活発そうな小柄な女性。
喋り方もハキハキして気持ちが良い。
「よろしくお願いします」
「お願いします」
「到着したばかりで申し訳ないんですが、早速Keiさんから、良いですか?」
「あ、はい」
荷物を置きに楽屋に入ると、鈴木さんが端の方で準備を始める。
─本当に初めての事が多くて緊張する。
秋は西村さんとも知り合いみたいだし、俺だけアウェイ感が半端無い⋯
不安がどんどん大きくなって焦りを感じていると、頬に温かい手が触れた。
「大丈夫だよ」
頭をぽんぽんと撫でると、いつもの優しい目で笑ってくれた。
「うん⋯ ありがとう」
蛍の不安や悲しみを秋良はすぐに感じ取って温かい言葉を向ける。
大胆で、でもさり気ない振る舞いが出来るのは秋良がそういう人間だからで、嬉しさと愛しさと、おまけに嫉妬心までもたらした。
「Keiさん、お願いします」
「はい」
「じゃあ俺、西村さんの所に行ってくる」
「うん、いってらっしゃい」
準備された席に着くと、和やかな雰囲気で準備は進んでいった。
今日は平日。
勿論学校はあるが、ミュージックフェスの翌日でなにかスケジュールが入ることを考え事前に欠席連絡をしていた。
そして今は、想いが通じあった後の甘い時間。
⋯ の筈が、秋良のひと言で一瞬にして吹き飛んだ。
鷹城がこれから迎えに来ると言う。
「そう。昨日はそれどころじゃなくて言い忘れてた。って言うか、俺も打ち上げの時に聞いたんだよね」
─まぁ確かにそれどころじゃなかった。
秋怒ってたし、それに⋯
昨夜の事を思い出すと羞恥心が込み上げてくる。
秋はクスっと笑ったかと思うと、チュッと唇にキスをした。
「昨夜の事思い出した?やーらし」
「なっ⋯ 」
「嘘。いっぱい考えて、俺の事」
急に真剣な声を出したかと思ったら再びキスをして、ぎゅっと抱きしめた。
─幸せだ、こういうの。
凄く、幸せ。
腕の力が少しだけ緩むと、潜り込む。
服越しに聞こえる心臓の音や、ゆっくりと頭を撫でる手が心地良かった。
─急いでいる筈が結局ゆっくり過ごしちゃって、家を出る予定の時間ギリギリになったけど、朝のまったり甘くて優しい時間は過ごせたのかな。
そんな風に自分が甘える日が来るなんて夢にも思わなかったけど、秋が嬉しそうだから良いか。
「あれっ?」
「どうした?」
昨日着ていた服を畳みながらポケットの中を探る。
「鞄は置いて来たの覚えてたけど、スマホまで忘れたかなと思って」
「あー⋯ 蛍を探しに行く時、スマホ置いていって連絡取れないって鷹城が言ってたな」
「やっぱり?」
「タイミング良いな、鷹城からだ」
秋はポケットから取り出したスマートフォンの通話ボタンを押した。
「はい⋯ 分かった、直ぐ行く。
蛍のスマホは鷹城預かってくれてる?⋯ OK.待ってて」
「着いたって?」
「うん。スマホも鷹城が持ってるって。行こうか」
頷くのを確認すると秋良は玄関に向かった。
その背中を見つめてふと思う。
そこまで体格差があるとは思って無かったが、頭半分程しか身長差は無いのに体のサイズは結構違うもんだ。
どうせ撮影中は衣装しか来てないんだからと、インナーだけ秋良に借りることにした。
少しダボついているけど、こうして少し腕まくりすれば平気だろう。
「蛍」
まだ靴を履かずに秋良より高い位置で袖の調節をしていると、少しだけ背伸びした秋良に軽く口付けられる。
「⋯ 秋って、キス好きだよね」
「嫌?」
「嫌って言うか⋯ 」
─調子が狂う。
「うん?」
「⋯ ズルイ」
「ズルイ?」
そう、ズルイ。
知らぬ間にスッと心に入り込んでいた。
気付いた時には心を奪われていた。
思い返せばそのきっかけになったのは間違いなく秋良の優しく時に乱暴なキスで、少しずつ誘惑して心を乱して、奥の深い所の気持ちまで引き出していったんだ。
絶対に伝えると思っていなかった気持ちを。
「⋯ 鷹城さん待ってるんでしょ?早く行こ?」
「ああ、うん」
本音を飲み込んで笑顔を作ると、素知らぬ顔でエレベーターに乗り込んだ。
鷹城の車に乗り込むと、まずは置いていった荷物とスマートフォンを受け取る。
どういう訳か、不思議がられたり咎められたりはせず、ただ大丈夫かと心配された。
大丈夫だと応えると、ニッコリと笑って今日の予定を話し始めた。
きっと秋良が心配かけない様にと連絡を入れていたんだろう。
タクシーでの移動中は全く喋らなかったけど、スマートフォンだけはしきりに見ていた。
怒っていた割には冷静にそんな事してたなんて、本当頭が下がる。
「⋯ 終わる頃に迎えに行くから、その後事務所で打ち合わせね。わざわざ休みにしたのにごめんね」
「何かしらスケジュール入ると思って休みにしておいたからそれは良いんだけど、確かにあれは無いなって思ってた」
「いやー、予想以上に忙しくてさ⋯ 手が回らなかった」
「それにしてもあの写真はお粗末過ぎだろ」
「あの写真?」
途中まで話を聞いていなかったのをバレないようにと良さうなタイミングで会話に混ざる。
「アー写。ホームページのあの加工された俺達のプロフィール写真」
ケラケラと笑う秋良は昨日とは違ってとても機嫌が良さそうだ。
それはきっと、いや確実に昨晩のやり取りがあったからで、嬉しさが顔に滲み出ない様に引き締めた。
「だから、早急にスケジュール組ませていただきました。西村さんだからやりやすいと思う」
「西村さんか!楽しみ」
「蛍くんは、撮影初めて?」
「劇団にいた時にビジュアル撮影をしたくらい?⋯ と言っても結構前だから上手くできるかな」
鷹城は車を駐車スペースに入れながら、大丈夫だよと頷いた。
「西村さん、面白い人だけど凄くクセがある人だから驚かないでね。まぁ秋がいるから大丈夫か。
さ、着いたよ」
車を降りると、建物に繋がるエレベーターに乗って上の階を目指した。
クセがあるか。
プロに撮影してもらう思うと少し緊張する。
劇団のビジュアル撮影は、いつもの稽古場で簡単に撮影したものだった。
撮影してくれていた人も、アマチュア劇団の公演を撮影したものを円盤化したり、公演中の場面場面を写真で撮ったりと、カメラが趣味の関係者。
アマでもなくプロでもない印象の彼に、劇団の主催も毎回頼んでいたので、劇団の広報担当の人だと思っていたくらいだ。
騒いでテンション高い時にたまたま撮った写真使いました、というノリ。
「噂をすれば」
「西村さん!今日はよろしくお願いします!」
エレベーターを降りて楽屋に向かう途中、秋良達はその “西村さん” を呼び止めた。
「おう、秋。久しぶりだな」
「2年半振り?かな」
「そんな経つか!ついこの前までナツ撮ってたからそんな感じしないよ」
秋良の顔だけではない。
西村にも、鷹城の顔にも悲しみの色が落ちたのを見逃さなかった。
「うん⋯ あ、こいつ蛍ね」
「よろしくお願いします」
空気を変えたくて、いつもより大げさに表向きの顔をして挨拶をした。
緩やかにウェーブのかかった綺麗な薄紫色の髪が、無造作に後ろで纏められている。
モノトーンのラフな服に合う、やる気の無さそうな雰囲気。
それなのに表情は、秋良と蛍を見ては含みのある顔をする、“クセのある人” が頷ける風貌だった。
「蛍ね。よろしく。
それより秋、表に出る気になったなんてどういう風の吹き回し?」
「それは後で話すよ。頼みたい事もあるし」
「へぇ、秋が俺に頼みたい事ねぇ」
西村さんはニヤニヤしながら顎を撫でた。
「では西村さん、お願いします。
秋、蛍くん、また後でくるね」
話の区切りの良いところで鷹城は挨拶をして、いそいそと元来た道を戻って行った。
「鷹城さんも忙しそうだね」
「最近は特にね。でもあの人はいつでも楽しそうだけど」
「ふふふ、確かに。
じゃあさっさと準備して打ち合わせから始めようか」
「はいはい、行ってきます」
西村の印象から、何となく入り辛く目の前で繰り広げられる会話をほぼ聞くだけだった蛍に秋良の目線が戻ってくると、優しく微笑んで行こうと合図をされる。
その背中に従うと、指定された楽屋の前でスタッフらしき人に引き止められた。
「メイクの鈴木です。お願いします!」
名前を呼ばれた所で2人して顔を上げると、元気な声が聞こえた。
髪をポニーテールに縛った活発そうな小柄な女性。
喋り方もハキハキして気持ちが良い。
「よろしくお願いします」
「お願いします」
「到着したばかりで申し訳ないんですが、早速Keiさんから、良いですか?」
「あ、はい」
荷物を置きに楽屋に入ると、鈴木さんが端の方で準備を始める。
─本当に初めての事が多くて緊張する。
秋は西村さんとも知り合いみたいだし、俺だけアウェイ感が半端無い⋯
不安がどんどん大きくなって焦りを感じていると、頬に温かい手が触れた。
「大丈夫だよ」
頭をぽんぽんと撫でると、いつもの優しい目で笑ってくれた。
「うん⋯ ありがとう」
蛍の不安や悲しみを秋良はすぐに感じ取って温かい言葉を向ける。
大胆で、でもさり気ない振る舞いが出来るのは秋良がそういう人間だからで、嬉しさと愛しさと、おまけに嫉妬心までもたらした。
「Keiさん、お願いします」
「はい」
「じゃあ俺、西村さんの所に行ってくる」
「うん、いってらっしゃい」
準備された席に着くと、和やかな雰囲気で準備は進んでいった。
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