まだ、言えない

怜虎

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4.Autumn.

初対面

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「蛍、秋良くん」


いかにも高級そうなフレンチレストラン。

通された個室に、佳彦が待っていた。


「佳彦さん。すいません、ギリギリで」

「急だったし、遅れていないんだから大丈夫だよ」

 「⋯ あー、地味に緊張する」


シャツの第2ボタン辺りを持って襟口をパタパタとはためかせる。


「なんだ、知ってたのか」

「え?まさか来るまで言わないつもりだったの?
辞めてよね。父親の恋人に会うとか緊張感半端無いんだから」


真剣な顔で訴えると、秋が吹き出した。


「⋯ くくく。蛍、必死だろ」

「そりゃそうでしょ!」


父親の恋人で且つ秋良の母親だ。

有名で綺麗な女性とも聞いている。

緊張しない訳が無い。


この部屋に何度目かになる溜め息に近い呼吸をすると、ついにその時は来る。


「ごめんなさい、遅くなっちゃって」

「ああ、お疲れ様。時間ピッタリだ」

「そう、良かった⋯ あなたが蛍くんね」


部屋まで案内したボーイさんが椅子を引くと、スマートに腰掛ける。


「はい、初めまして」


軽く会釈をすると、その人は笑う。

その笑顔にドキッとした。



─⋯ 本当に綺麗な人だな。

なんで父さんがこの人と付き合えたんだろうと思うくらい。


それに、流石親子だ。

秋と似ている。



「秋良の母の撫子です。よろしくね⋯ 本当に学校が同じなのね」


撫子は制服を見て言ったのだろう。

秋良と自身の通う学校、梅ヶ丘壱うめがおかいち高等学校、通称壱高いちこうの制服は濃いブルーのチェック柄。

周辺の学校は無地ばかりだから珍しく、ひと目で壱高の生徒だと分かるくらいだ。


「嘘だと思った?まぁ蛍の部屋で秋良くんを見た時は目を疑ったよ」

「俺も凄く驚きました」


食事会というからどれだけ堅苦しいものかと想像していたが、笑い合う3人の顔が蛍の緊張を徐々に溶かしていった。


蛍の中の母親像は良いとはいえないものだった。

だから変に警戒して、遠ざけようとしたのかも知れない。

解ろうとしなかったのかも知れない。


秋良の母親は秋良が言っていた様にとても優しい印象。

上品だけど気さくで、よく笑う。

口下手な人間が、初対面なのにも関わらずこんなにも話せるのはきっと聞き出すのが上手いからだ。



その屈託のない笑顔に、終始和やかな雰囲気で食事会は進む。

見れば見るほど秋良と撫子はそっくりで、この親子関係が今後、世に出ることを伏せようとしている秋良に今なら言える。


“無謀だ” と。


それだけ2人はそっくりだった。


そんな事ないと本人は言うだろう。

当事者には分からないものだ。


「そう言えば秋良くん。この前の話、撫子さんには話した?」

「なぁに?佳彦さん、秋良と結構親密ね⋯ 妬けちゃう」


秋に問いかけた佳彦の話を先に拾ったのは撫子だった。

この前の話というのは例のユニットの話だろう。


「母さんと会うの3ヶ月ぶりなんで、実はまだなんです」

「ひどい⋯ 3日前に電話したのに私だけ仲間はずれなんて」


撫子が悲しげな顔をして秋良を見ると、頭をかいて困った顔をした。


「3日前はマジで忙しかったんだよ。その事で」

「なぁに?私にも教えて?」

「⋯ 実は今度、蛍とユニットやる事にしたんだ。
蛍の歌、母さんも好きだと思うよ。本当に魅力的」



秋良がチラリと見て微笑んだ。

その表情にドキッとする。

秋良が言うと、大したことない歌でも凄いものに聞こえてくる。

父である佳彦や、未来の母親の前で褒められるのは、なんだがくすぐったい気持ちだった。



「あら、それは楽しみ!お披露目はいつ?見に行かなきゃ。ね、佳彦さん?」

「いや、それだけは辞めて?」

「もう!いつも私には見せてくれないんだから」


膨れっ面をした撫子を佳彦がフォローする。

すぐに和やかな雰囲気になり、撫子の笑顔が戻った。



─父さんと撫子さん、本当に仲が良いんだな。

父親達に対して思うのも変な気分だけど、なんだかほんわかする。

きっと楽しい家族になるんだろうな。


家族⋯



その言葉が蛍の胸の中で引っ掛かった。

今までの家族像は払拭され、“良い家族像” が見えた気がしたのに、何故か素直に胸には収まらない。

秋良の爽やかな笑顔をが見えると、心臓が大きく音を立てた。



─家族


何だろう?

凄く違和感がある。



撫子も明るくて気さくな人で、家族になりたくないなんて全く思わない。

それでも、感じるこの違和感はなんなのだろう。


“秋良と家族になる” ということが、最近仲良くなったクラスメイトが家族になるという事が引っかかっているのだろうか。

思い当たることをいくつか考えてみたが、それ以上の理由なんて思い付きそうもなかった。


このもやもやを払拭するには明確な理由が必要そうだ。

ただ、一つだけ明確だったこと。

答えは今出さなくてもさして問題ないだろう。


何故か、そう思えた。


ただ、逃げているだけなのかもしれない。

でも今は、無理やり絞り出す事もしたくない。

そう感じた。



「私、そろそろ仕事に戻らないと」


考えを巡らせていると、撫子の声が聞こえた。


「そうか⋯ 僕も明日までにやらなければいけないものがあるから、蛍、今日は会社に泊まるよ」

「あっうん、分かった。撫子さんもお仕事頑張ってください」


そう言って笑顔を向けるとその何倍もの笑顔が戻ってきて、秋良に笑顔を向けられたような錯覚に陥ったのは内緒だ。



佳彦と撫子の行き先とは反対方向に自宅があるため、現地解散となった。

近くの駅から電車に乗り、あれこれ話していると自宅最寄り駅までもう直ぐだ。


緊張が解けたからか、帰りは時間が経つのが早くて、何だか物足りない気持ちになった。


別れ難い。



「また明日、学校で」


秋良の家のある櫻学園前駅に電車が滑り込み景色が変わる。

優しく微笑んで頭を撫でられると、扉の方向をに向いた秋良の手を掴んだ。



─もっと一緒にいたい⋯


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