まだ、言えない

怜虎

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4.Autumn.

Be Happy

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目覚めるとソファの上にいた。

あのまま眠ってしまったらしい。

腹の上に掛かっていたブランケットは、佳彦が掛けてくれたのだろう。

ソファのすぐ下には布団の上に丸まった体制で眠り続ける秋良。

と、スマートフォン。

手を伸ばして拾いあげると、ロック画面を解除する。



『Be Happy !!』



昨夜はメモアプリにそれだけ書いて力尽きたようだ。


“幸せになって”


今の蛍には酷な言葉だった。


「蛍⋯ ?」


ハッとして顔を上げると、まだ開ききっていない目を擦りながら顔を覗く秋良と目が合った。


「ああ、起きたんだ」

「うん、ごめん昨日は。ちょっと限界だった」


うっすらと浮かべた笑みに、その努力を讃えたくなると秋良の頭に手を伸ばす。


何度か撫でると、その手を掴まれた。


「ごめん、嫌だった?」

「⋯触れられるんじゃなくて、触れたくなったから」


そう言ってそのまま手を引かれる。


「わっ⋯ ?!」


秋良より高い位置にいた蛍は、転げ落ちるかのように秋良の胸に引き込まれていた。

先程の仕返しというかの様に。今度は頭を何度も撫でられる。


「⋯ 良かった。佳彦さんに許せてもらえて。蛍を預けてもらえて」


「父さんは、反対しないよ。特に今回は雨野が一緒に、んっ⋯ 」


いつの間にか体を離されると、唇を重ねられていた。


「ねぇ名前⋯ わざと?」

「そんなんじゃ⋯ 」


「まぁデメリットなんて微々たるもんだし、俺は蛍とキスできてラッキーだと思ってるけど」


獣が獲物を捉えたような目で、一瞬でも逸らせば捉えられてしまいそうだった。

肩を掴んでいた秋良の手が、頬にスライドすると親指が唇を撫でた。


「なっ⋯ んで、そういうこと言うかな⋯ 」

「蛍のその顔、好き」

「⋯ っ?!」


秋良はクスリと笑った。



─何がどうなったらそういう発想になるんだ?

キスできてラッキーだと思っている?

そう言っていたけど、男相手に?


ああ、わかった。

からかおうとしているんだ。

そうでなければそんな言葉が出てくるとは思えない。



「また百面相して。本当、面白いよね。蛍」


沢山眠れたからなのか、秋良の機嫌はとても良くて、昨日の車内での機嫌の悪さと比較すれば、天と地ほどの差があった。


「⋯ あき、がからかうから」


ニヤリと口角を上げたのが目に入った。

その目敏さに少し恥ずかしくなって俯くと、そうだと言って秋良は話し始めた。


「ユニット名考えた?」

「あ⋯ うん。考えてはいたんだけど、漠然としたイメージしか無くて」

「どんなイメージ?」


先程とは全く違う顔付きで問われる。

この切り替えの早さは見習いたい所だ。


「そうだな⋯ 俺、自然って結構好きでさ。海とか空とか宇宙とか、見ているだけで癒される。
そういう自然ってその場所によって見え方も様々で、同じ場所だとしても季節が違えばまた違う表情を見せてくれる」

「見え方か⋯ 」

「音楽ってそれに似てるなって思って音の数は同じなのに、世の中にはこんなにも沢山の曲がある。聞き手の気持ちが違えば音楽だって表情が変わる。それって凄い事だなって。
番人ウケなんて無理なんだと思う。最初から諦めてるとかじゃなくてね。友達とか大切な人とか、その人の家族とか恋人とか、そういう人達の幸せだと感じる瞬間に寄り添える音楽を創れたらって思うんだ」

その話に何度か頷きながら、秋良は目を細めた。

優しいその顔に、笑い返すと秋良は言った。


「よし、決めた」

「⋯ ?」

「幾つか考えたけど、蛍と意見が一致しているものを採用かな」

「どんな?」


秋良が一拍置いて口を開く。


「 “ナナツボシ” ってどう?」

「ナナツボシ⋯ 好きなイメージ!」


笑顔で答えると、秋良も嬉しそうな顔をしていた。


「蛍って案外、直感型だよな。今まで雰囲気で来た感じすげーする」

「フィーリングは大切でしょ」

「まぁそうなんだけど」



─“ナナツボシ”か。

うん、自然要素があるし凄く良い。

それこそ星の数程の音楽の中からピックアップして、自分達だけの音楽をつくっていくというイメージがあって気に入った。



「何か理由はあるの?」

「蛍程深くは考えてないけど、俺も海とか自然好きだし、蛍の意見には賛成。それに⋯ 」


突然、秋良の手が伸びてきて、左側の首筋をなぞった。


「⋯ なに?!」

「ここに北斗七星の形にほくろがあるの、知ってる?」


首の後ろに手を回すと引き寄せて、首元に触れるだけのキスを落とした。



秋良は触れたいと言った。

触れられるのは嫌なわけでは無かった。

キスをされても、驚くことはあっても嫌だと思った事は無い。

だから拒むという選択肢はなかった。


だけど戸惑ってしまう。


どんな顔をしたら良いのか分からない。

なんて答えたら正解なのか分からない。



初めて経験する事が多すぎて、蛍の頭は常に容量不足状態だった。



「⋯ いたっ」



首筋にピリッとした痛みが走ると、秋良の唇が離れてクスリと笑う声が聞こえた。


頬が熱い。

顔が上げられない。


首の後ろを掴む手は両手になり、秋良の腕の中に閉じ込められてしまった。Tシャツの襟元を引っ張って伸ばすと、鎖骨の脇に赤い印を付ける。

まだ足りないと言うかのように思いっきり吸い上げると、小さく吐息が漏れた。


チュッと口付けて離れると、残した痕を指で触り満足げに笑う。



すると、そのまま体を攫われて、その痕にもう一度口付ける様に抱き寄せられた。


「⋯ 嬉しい、蛍」


抱きしめた腕はより一層、力が強まった。


「えっ?」


「嬉しい」


囁くように言った秋良の低めの声が、耳の後ろ側で響く。



「蛍、キスしても良い?」


その言葉に心臓が高鳴る。

いつもは強引に奪われるだけなのに、しても良いかなんて聞かれた事にも違和感を覚える。


おずおずと顔を上げるとその目はからかっている風では無く、真剣そのもの。

驚いているのと、恥ずかしいのと、思考回路が停止する寸前で戸惑う蛍に、秋良はもう一度問う。


「⋯ 良い?」


少しの間の後、コクリとゆっくり頷くと、顎を抄い上げ優しく口付けられた。


暖かくて柔らかい感触。

口付ける時に掛かる熱い吐息にゾクリとすると、唇を啄むように優しく引っ張られる。

角度を変えて何度もするうちにキスはどんどん深くなっていった。


いつもは強引に奪われるキスも、今日は合意のキス。

それだけで特別に感じた。


名残惜しそうに体を離すと秋良は、仕上げと言わんばかりにチュッと音を立ててキスをする。

離れた後の顔が、目が優しかった。


「さっきまでもっと大胆な事してくれたのに、こんな事で赤くなるところ、やっぱり可愛い」


ふっと笑みを浮かべる。

その言葉に更に顔が赤くなったのが自分でもわかった。


「⋯ からかうなよ」


チラっと秋良の顔を見ると、相変わらずの笑顔に羞恥心が増す。


「俺はいつでも真剣だよ」

「⋯ あっそ」


照れ隠しに立ち上がる。


お茶でも飲もう。

この火照った体を少しでもクールダウンさせたい。


キッチンに向かう途中で見えたリビングの掛け時計を見て、その時間に少し驚きながら冷蔵庫を開ける。


時計の針はもう3時を指していた。

いつの間にかこんなにも時間が経っていたらしい。

やらなくてはいけないこと、決めなくてはいけないことが多すぎだと秋良は嘆いていたが、以前に比べ充実した毎日を送られていることに、蛍は喜びを感じていた。

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