まだ、言えない

怜虎

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3.Summer vacation.-雨野秋良の場合-

最悪なスタート

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寝不足の体を無理やり起こし、もやもやしたものを抱えながらも準備に取り掛かる。

こんなタイミングで卒業旅行だ。

学生は学校行事には逆らえない。

しかし考えてみれば真面目な蛍の事だ。

まさか学校行事をパスするなんてことは無いだろう。

そんな事を思いながら、予定よりも大分早い時間に家を出て、集合場所である空港に到着すると、国内線の旅客ターミナルに向かった。


見慣れた顔がちらほら確認できるが、蛍の姿はまだない。

集合時間まではまだ30分ほどあって大分時間には余裕がある。

ただ絶対に来るという保障はなく、落ち着かない時間を過ごした。

それに蛍から連絡が返ってこなかった事は今までに無いし、昨日の大野とのやり取りも気になっている。

秋良は早く真相を知りたいという気持ちでいっぱいだった。

近くの椅子に腰掛けて考えていると、聞きなれた声が名前を呼んだ。


「雨野、おはよう」


その声に顔を上げると、立っていたのは山口。

清々しい笑顔にイラつきながらも返事をする。


「⋯ おはよ」

「何?旅行なのに暗くない?」

「いや⋯ 朝だから眠いだけ」


適当に理由をつけると、ふーんと言って隣の席に腰掛けた。


「大野達は?見た?」

「いや、まだ」


今はそれどころではないとなるべく話が広がらない様に返事をした時、丁度蛍と蛍と大野がこちらに向かって歩いてくるのが視界に入った。


「大野!吉澤ー!」


ほぼ同時に気付いた山口し声を張ると、2人も気付いてこちらに手を振った。


2人で来たのだろうか。

少しだけ心臓が強く打った。


「何?珍しいな。一緒に来たの?」


まるで心を読んだ様な山口の質問に心の中でよくやったと讃えて、返ってくる返事を待つ。


「いや、電車降りたらばったり会って」


蛍がそう答えると、大野は様子を伺うようにチラリとこちらを見た。


折角の卒業旅行だ。

誰だって楽しく過ごしたい。

昨日からの彼等の言動は少々気になるが、確信的な何かがある訳ではないし、取り敢えず今は純粋に旅行を楽む努力をしようと思った。

大野と山口が話し始めると、蛍が近寄ってきた。


「雨野、連絡出来なくてごめん。電源切れたままで寝てたみたい」


申し訳なさそうに言った蛍はいつもと変わらない様子だ。


「いや、何でもないみたいで良かったよ」

「うん⋯ 」


俯いた蛍に違和感を感じたが、直後集合の声が掛かりそれ以上話す事は出来なかった。



まぁ良いか。

これから4日間一緒なんだ。

話すタイミングなんていくらでもあるだろう。

秋良は次のチャンスを待つことにした。


卒業旅行の行き先は北海道。

飛行機から降りると秋良はわかりやすく不機嫌になっていた。

空の旅は2時間も掛からないくらいのものだったが、秋良には永遠にも感じる長さだった。


「朝っていうか、寝起き最悪だな、雨野」


外に出るなり、機内では隣に座っていた山口に指摘される。


「うるせーよ」


原因は寝起きだから、ではない。

機内での座席で大野はさらりと蛍の隣の席を奪っていったのだ。

嫌でも目に入ってしまう後ろの席に配置された秋良は前の二人の会話から意識を離すことは出来なかった。


いつからの変化かわからない。

大野が蛍を名前で呼ぶようになっている。

いつの間に仲良くなったんだろうかと、嫉妬せずにはいられなかった。


夏休み中、蛍を独占していた時間があるだけ離れてる時間がもどかしい。

嫉妬心丸出しで接する事はプライドが許さなかった。

蛍だけの前ならまだしも、ほかの奴らの前でなんて以ての外だ。

寝たふりをして聞いてないふりをするのが精一杯だった。


「ねぇ、本当に雨野どうしたの?ずっと機嫌悪い」

「何でもないって⋯ ちょっと最近忙しくて、考える事いっぱいあるだけ」


そんなどうでも良い会話をしながらも、目に映るのは楽しそうな蛍と大野。

例えばお互いに特別な存在であったとしても、誰よりも優先しろなんて死んでも言わない。

そんな高校生みたいな関係、長続きするとは思っていない。

それにそんな筋合い無いだろう。

所詮は他人なんだから。

大きく溜息を吐くと、山口が真剣な顔をして頷いた。


「わかった。俺が話聞く」

「はぁ?別にそういうの良いし」

「良くない!俺はこの卒業旅行、ちゃんと楽しみたいの。どうしたなんて聞いたけど、お前の考えている事くらいわかる」


確信を付かれたわけで話はないのに、その言葉にドキリとした。

叱られているような、悪い事がバレてしまったような、そんな焦りがあった。

いっその事、何もかもを話してしまえば楽だろうか。

この旅行も少しは楽しく過ごせるだろうか。

黙って考えを巡らせていると、山口が続けて口を開いた。


「気に食わないんだろ?あいつが吉澤にべったりなの」

「⋯ 気持ち悪いだろ」


自嘲気味に笑うと山口は首を横に振った。


「俺さ、10歳上の兄貴がいるんだけど兄貴が、セクシュアルマイノリティっていうの?そういう人で。
確かに最初は偏見があったけど、自分も人を好きになる気持ちっていうのを知ったら、あぁただ好きになった相手がたまたま同性だっただけなんだって妙に納得できた」

山口は微笑すると、言葉を続けた。


「それからは寧ろ応援したいと思ってるよ。人よりも難しい恋してるんだと思うからさ」

「⋯ そんな風に思う人もいるんだな」

「あれだけストレートな歌を聞いちゃったらね」


山口はクスっと笑った。


「なんだ、知ってたんだ」

「うん、前々から会話の流れでそうかなとは思ってたんだけどね。
それに、雨野とはずっと同じクラスだったし、好きなんだろうなーとは思ってたよ。3年になってから吉澤とも話すようになって、話してるの見て確信した。
吉澤とは必要以上に接点増やさない方が良いかなと思ってたし、想ってる人よりも近付こうと思ってないから安心して?それに俺、ノーマルだし」

「⋯ すげー洞察力」


感心すると山口は笑ってみせた。


「まぁ何にせよ、少しでも気持ちが晴れたら良いと思ってる。折角の卒業旅行だし、楽しもうよ」

「そうだな⋯ 」


その山口の言葉に救われた。

ドン底に落ちていた筈の気持ちはすっかり浮上。

寧ろ、先程よりも穏やかな気分だった。


「部屋はちゃんと吉澤と一緒にしてやるから」


そう言ってニヤリと笑うと、山口は前を歩く蛍と大野の間に割り込んで行った。


山口はとても強い味方かも知れない。


秋良はスッキリした気持ちで、3人を追いかけた。



1日目の今日はクラス別に観光地巡り。

資料館を見て足湯をして、クラーク博士を拝む。


“ Boys, be ambitious. ”


今の状況にぴったりな言葉だと思った。


その大きな夢を蛍と一緒に目指して、掴もうと必死になっている。


先程の事もそうだが、何でも不安を払拭し切るのは難しくて、ふとした時に一抹の不安がよぎる。

これからの活動は楽しみだが不安の方が断然多い。

ユニットを組んで、そして兄弟としてこの先ずっと一緒にいるのだとしたら、ぶつかることだってあるだろう。

ただ一緒にいられる事に幸せを感じていた筈なのに、今はそれ以上を望んで小さい事に嫉妬してしまう。

こんな気持ちになっている事、蛍は想像もしないだろう。

自分の気持ちを優先させていてはきっと蛍も同じ様に不安になる。

解ってはいるつもりでいたが、求め始めたらキリがないこの気持ちは己の力だけでは止められず、触れたら暴走してしまいそうだった。


考え出せばまた、モヤモヤとした気持ちで時間だけ過ぎてゆく。

何も行動出来ない、とてもゆっくりな時間が。


それでも少しずつ立て直しながら、観光をして一日目は大きな問題なく終わっていく。

折角の旅行だというのに、味の分からない夕飯を済ませてから宿泊するホテルに向かった。


修学旅行等の学校行事だと大部屋に布団を敷いて大人数で使うイメージだが、1日目と2日目はビジネスホテルに宿泊する。

ホテルに入れば、一気にロビーは生徒達で賑わう。

手続きを済ませた担任が部屋の鍵を配るのを待ちながら蛍を目で追っていた。

結局今日一日、大野に独占されて蛍とは殆ど話せていない。

この調子で、事前に決めた部屋割りも踏み倒されてしまうのではないかと秋良は落ち着かなかった。


早く蛍を連れ戻したい。

大野から離したい。


そんな自分勝手な気持ちいっぱいで、蛍の元へと向かった。

しかし、聞こえてきた声に思わず足を止める。


“ハルカ”


蛍が大野の名前を呼んだのを秋良は聞き逃さなかった。


こんな事でイライラするなんて本当、どうかしている。

独占欲が強い、そんな自分が嫌でたまらない。

それでも蛍への気持ちは制御できなくて、どんどん嫉妬心は膨らんでいった。


踏み出せないまま立ち尽くしていると、山口が視界に入る。

それとなく合図をしたように見えた山口が、大野を連れて行った。

2人を見送り、ひとりになった蛍が誰かを探すように周囲を見回す。

秋良を見つけると蛍は嬉しそうにして笑顔で近付いていった。

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