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3.Summer vacation.-雨野秋良の場合-
良い知らせ
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朝目覚めると、他の部屋からは人の気配を感じなかった。
佳彦も隼人も仕事なのだろう。
学生は夏休み中でも、社会人は普段通り。
2日酔いは大丈夫だったんだろうかと佳彦の心配をしたが、問題があれば佳彦は誰かに声を掛けただろう。
蛍もまだ眠っているし、問題は無さそうだ。
しかし、あれだけ飲んでも翌日は通常営業とは⋯ 大人とは凄い生き物だ。
その “学生” という職業に感謝しつつ、スマートフォンを持つとメモ機能を呼び出した。
BGMは蛍の寝息だ。
為平社長からゴーサインが出たので、ユニットを組むにあたって細かい事を決めていかなければいけない。
ジャンルは決まっているとして、ユニット名やお披露目の日等、まだまだ考える事は沢山あった。
佳彦に話すチャンスも隼人によって潰されたし、また改めて挨拶に来なければいけない。
流石に社長は無理だとしても、鷹城くらいは連れてくるべきか。
佳彦と既に知り合いであった俺だけでは挨拶にはならないかもしれない。
これは鷹城に相談が必要だ。
すぐに出来ないことは後回しにして、メモだけ残すと、やる事のリストを書き出すことにした。
すると、スマートフォンの画面が着信画面に切り替わり、ディスプレイに “鷹城” の文字が浮かび上がる。
良いタイミングだと通話ボタンを押せば元気な声が聞こえてきた。
『秋、おはよう!』
「⋯おはよう」
求めていた相手とはいえ、予想以上のボリュームに小さく息を吐いた。
鷹城曰く、起きてすぐは機嫌が悪いらしく朝の電話では必ず聞かれる程だ。
『何?寝てた??』
「いや、起きてた。朝から元気だなと思って」
『良い知らせがあったからさ。これでも少し時間あけたんだよ?』
寝起きの確率の高い、早い時間に電話をする必要がある鷹城は流石に慣れているようで見事にかわしてみせる。
「うん、何?」
『テンション低いなぁ』
「起きてはいたけど、起きたばっかりだから」
『蛍くんも一緒?』
「は?何で⋯」
『昨日デビュー決まったんだし、2人でお祝いでもしてるかなと思って。嵐だったし?』
“ニヤリ” と効果音が出そうな声で鷹城にがからかうと、秋良は再びため息を吐いた。
「はいはい、そうですね」
『つれないなぁ。
一緒ならさ、事務所に来てよ。秋のこのテンションで話しちゃうのは勿体ないからさ』
「はぁ?嫌だよ面倒だし」
『じゃあ、事務所で待ってるからね』
要件を伝えると早々に鷹城は電話を切った。
ツーツーという音だけがスピーカーから聞こえた。
「あの野郎⋯」
「電話、鷹城さん?」
スマートフォンの画面を見つめると、寝起きの擦れた声が聞こえた。
「ごめん、起こした?」
「いや⋯結構寝ちゃったから、大丈夫」
体を伸ばしながら蛍は答えた。
「2人で事務所に来いって」
「そっか」
「うん、何か良い知らせがあるって」
「へぇ、なんだろ?昨日の話でも充分良い話だったけどね」
蛍はそう言って笑ってみせた。
もう何度目かの寝起きの顔に、ニヤつきそうになるのを必死でこらえているとスマートフォンが再び揺れた。
今度はディスプレイにSNSアプリの通知だ。
アプリを開くと差出人は大野。
忙しくて忘れていたが、確か数日前にも連絡があった。
いつしか頼まれたことに対しての催促なんだろう。
3年は、夏休みが終わるとすぐに卒業旅行がある。
卒業旅行が終わると本格的に受験モードになっていくのだ。
11月には文化祭もあるが、それ以降はイベントらしいものはない。
文化祭の出店や展示は、主に後輩達と地域の方が出すだけで3年のクラスの催しはない。
文化部は文化祭が終わってからの引退になる為、発表の場があるが、それ以外の生徒は有志でやりたいことを申請しなければ、ほぼ一般のお客さん扱いだ。
謂わば自由参加なのだが、中には受験優先で参加しない生徒もいる。
「そんなに深刻なメール?」
スマートフォンのディスプレイを見たまま考え事をしていると、蛍が眉間に指を押し当ててきた。
どうやら眉間に皺を寄せ、難しい顔をしていたらしい。
その皺を伸ばすように眉間を撫でた蛍の手をやんわりと避ける。
「いや、卒業旅行の話」
「雨野、実行委員とかやってたっけ?」
「俺じゃなくて大野だよ。
あいつ、雑務を色々やらされてるらしい」
大野とは中学が一緒で、高校に上がってクラスが離れても会えば最近どうだなんて話をするくらいは仲が良くしている。
昔から生徒会をやったりと、表に立つことが好きらしく、よく人の世話を焼いていた。
そのお陰でとばっちりを受けることもしばしば。
「何で雨野が?」
蛍は腑に落ちない様な顔をする。
「中学から仲良くて、俺がTRAPに関わってるって事も知ってるんだ。だからあいつの苦手分野、特に音楽系統は大体俺に回ってくるな」
「そうなんだ⋯」
蛍は顔を背けると何も言わずに部屋を出ていった。
何か気に触ることでも言ってしまったのだろうか?
蛍の予想外の反応に少し置き去りにされた気分になり、閉まったドアを見つめているとすぐに蛍は戻ってきた。
手には昨日ズブ濡れになった筈の制服。
「もしかして洗ってくれた?ありがとう」
「お礼なら父さんに。昨夜飲む前にやってくれてたみたい」
「流石、佳彦さん」
怒っている訳ではなさそうだが、蛍のどこかぎこちない振る舞いが気になった。
それを聞こうかどうか迷っていると先に蛍が口を開く。
「支度しよう」
「え?」
「事務所、行くんでしょ?」
「⋯そうだな」
この少しの隙間で今日の予定を忘れてしまっていた事に笑うと、つられて蛍も少し笑った。
「ご飯の準備をするから、雨野は着替えたら来て」
「うん、ありがとう」
そう返すと蛍は再び部屋を出て行った。
言われた通り、着替えてリビングに降りると朝食が用意されていた。
大して時間もなかった筈なのに、こんなにきっちりとした朝食が出てくるなんて予想外だったが、昨晩のキッチンでも、相当手際が良かったと思い出し納得した。
蛍に促されて席に着くと、昨夜食べそびれたラザニアが運ばれてきた。
いただきますと手を合わせて、早速一口。
思わず声を上げる。
「これは別腹っていうのわかるかも」
「でしょ!」
嬉しそうに笑う蛍はすっかり普段通りだった。
食べ終わると、今回こそはと申し出て食器を洗う。
いつもご馳走になっていて何も出来ていないのは、流石にこれだけお邪魔していて申し訳ない。
とは言え洗い物は2人分のお皿とコップ、お箸位ですぐ片付けは終了。
少しの間リビングで待ったが、出かける準備をすると言って部屋に戻った蛍はなかなか降りてこない。
階段の下から蛍の名前を呼ぶと、慌てた様子で2階から覗き込んだ。
「ごめん、今行く!」
蛍の慌てた顔にクスリと笑うと、慌ただしく階段を降りて来る姿を見守った。
「お待たせ」
「何かあった?」
「何でもない。それより早く行こう!」
何かを誤魔化すように微笑してから急かすと、靴箱から靴を出す。
「流石に靴はアウトだな。雨野足何センチ?」
「27」
「じゃあ合うかも。これ履いて」
そう言って新し目の靴を置いた。
「え、自分ので良いよ?」
「結構湿ってるよ?靴は結構持ってるし、別に困らないから履いてよ」
出されたのは有名なスポーツメーカーのスニーカーだ。
制服には合いそうだが、流石に申し訳ないという気持ちがある。
断ろうと思い顔を上げると、そこには期待にも似た眼差しでじっと見詰める蛍がいた。
「⋯じゃあ借りる」
そう言って素直に靴を履いた。
「うん」
蛍に急かされたから、はたまた動揺していたのか。
約束している時間がある訳では無いのに、その2人きりの空間から逃げるように急いで外へ出たのだった。
佳彦も隼人も仕事なのだろう。
学生は夏休み中でも、社会人は普段通り。
2日酔いは大丈夫だったんだろうかと佳彦の心配をしたが、問題があれば佳彦は誰かに声を掛けただろう。
蛍もまだ眠っているし、問題は無さそうだ。
しかし、あれだけ飲んでも翌日は通常営業とは⋯ 大人とは凄い生き物だ。
その “学生” という職業に感謝しつつ、スマートフォンを持つとメモ機能を呼び出した。
BGMは蛍の寝息だ。
為平社長からゴーサインが出たので、ユニットを組むにあたって細かい事を決めていかなければいけない。
ジャンルは決まっているとして、ユニット名やお披露目の日等、まだまだ考える事は沢山あった。
佳彦に話すチャンスも隼人によって潰されたし、また改めて挨拶に来なければいけない。
流石に社長は無理だとしても、鷹城くらいは連れてくるべきか。
佳彦と既に知り合いであった俺だけでは挨拶にはならないかもしれない。
これは鷹城に相談が必要だ。
すぐに出来ないことは後回しにして、メモだけ残すと、やる事のリストを書き出すことにした。
すると、スマートフォンの画面が着信画面に切り替わり、ディスプレイに “鷹城” の文字が浮かび上がる。
良いタイミングだと通話ボタンを押せば元気な声が聞こえてきた。
『秋、おはよう!』
「⋯おはよう」
求めていた相手とはいえ、予想以上のボリュームに小さく息を吐いた。
鷹城曰く、起きてすぐは機嫌が悪いらしく朝の電話では必ず聞かれる程だ。
『何?寝てた??』
「いや、起きてた。朝から元気だなと思って」
『良い知らせがあったからさ。これでも少し時間あけたんだよ?』
寝起きの確率の高い、早い時間に電話をする必要がある鷹城は流石に慣れているようで見事にかわしてみせる。
「うん、何?」
『テンション低いなぁ』
「起きてはいたけど、起きたばっかりだから」
『蛍くんも一緒?』
「は?何で⋯」
『昨日デビュー決まったんだし、2人でお祝いでもしてるかなと思って。嵐だったし?』
“ニヤリ” と効果音が出そうな声で鷹城にがからかうと、秋良は再びため息を吐いた。
「はいはい、そうですね」
『つれないなぁ。
一緒ならさ、事務所に来てよ。秋のこのテンションで話しちゃうのは勿体ないからさ』
「はぁ?嫌だよ面倒だし」
『じゃあ、事務所で待ってるからね』
要件を伝えると早々に鷹城は電話を切った。
ツーツーという音だけがスピーカーから聞こえた。
「あの野郎⋯」
「電話、鷹城さん?」
スマートフォンの画面を見つめると、寝起きの擦れた声が聞こえた。
「ごめん、起こした?」
「いや⋯結構寝ちゃったから、大丈夫」
体を伸ばしながら蛍は答えた。
「2人で事務所に来いって」
「そっか」
「うん、何か良い知らせがあるって」
「へぇ、なんだろ?昨日の話でも充分良い話だったけどね」
蛍はそう言って笑ってみせた。
もう何度目かの寝起きの顔に、ニヤつきそうになるのを必死でこらえているとスマートフォンが再び揺れた。
今度はディスプレイにSNSアプリの通知だ。
アプリを開くと差出人は大野。
忙しくて忘れていたが、確か数日前にも連絡があった。
いつしか頼まれたことに対しての催促なんだろう。
3年は、夏休みが終わるとすぐに卒業旅行がある。
卒業旅行が終わると本格的に受験モードになっていくのだ。
11月には文化祭もあるが、それ以降はイベントらしいものはない。
文化祭の出店や展示は、主に後輩達と地域の方が出すだけで3年のクラスの催しはない。
文化部は文化祭が終わってからの引退になる為、発表の場があるが、それ以外の生徒は有志でやりたいことを申請しなければ、ほぼ一般のお客さん扱いだ。
謂わば自由参加なのだが、中には受験優先で参加しない生徒もいる。
「そんなに深刻なメール?」
スマートフォンのディスプレイを見たまま考え事をしていると、蛍が眉間に指を押し当ててきた。
どうやら眉間に皺を寄せ、難しい顔をしていたらしい。
その皺を伸ばすように眉間を撫でた蛍の手をやんわりと避ける。
「いや、卒業旅行の話」
「雨野、実行委員とかやってたっけ?」
「俺じゃなくて大野だよ。
あいつ、雑務を色々やらされてるらしい」
大野とは中学が一緒で、高校に上がってクラスが離れても会えば最近どうだなんて話をするくらいは仲が良くしている。
昔から生徒会をやったりと、表に立つことが好きらしく、よく人の世話を焼いていた。
そのお陰でとばっちりを受けることもしばしば。
「何で雨野が?」
蛍は腑に落ちない様な顔をする。
「中学から仲良くて、俺がTRAPに関わってるって事も知ってるんだ。だからあいつの苦手分野、特に音楽系統は大体俺に回ってくるな」
「そうなんだ⋯」
蛍は顔を背けると何も言わずに部屋を出ていった。
何か気に触ることでも言ってしまったのだろうか?
蛍の予想外の反応に少し置き去りにされた気分になり、閉まったドアを見つめているとすぐに蛍は戻ってきた。
手には昨日ズブ濡れになった筈の制服。
「もしかして洗ってくれた?ありがとう」
「お礼なら父さんに。昨夜飲む前にやってくれてたみたい」
「流石、佳彦さん」
怒っている訳ではなさそうだが、蛍のどこかぎこちない振る舞いが気になった。
それを聞こうかどうか迷っていると先に蛍が口を開く。
「支度しよう」
「え?」
「事務所、行くんでしょ?」
「⋯そうだな」
この少しの隙間で今日の予定を忘れてしまっていた事に笑うと、つられて蛍も少し笑った。
「ご飯の準備をするから、雨野は着替えたら来て」
「うん、ありがとう」
そう返すと蛍は再び部屋を出て行った。
言われた通り、着替えてリビングに降りると朝食が用意されていた。
大して時間もなかった筈なのに、こんなにきっちりとした朝食が出てくるなんて予想外だったが、昨晩のキッチンでも、相当手際が良かったと思い出し納得した。
蛍に促されて席に着くと、昨夜食べそびれたラザニアが運ばれてきた。
いただきますと手を合わせて、早速一口。
思わず声を上げる。
「これは別腹っていうのわかるかも」
「でしょ!」
嬉しそうに笑う蛍はすっかり普段通りだった。
食べ終わると、今回こそはと申し出て食器を洗う。
いつもご馳走になっていて何も出来ていないのは、流石にこれだけお邪魔していて申し訳ない。
とは言え洗い物は2人分のお皿とコップ、お箸位ですぐ片付けは終了。
少しの間リビングで待ったが、出かける準備をすると言って部屋に戻った蛍はなかなか降りてこない。
階段の下から蛍の名前を呼ぶと、慌てた様子で2階から覗き込んだ。
「ごめん、今行く!」
蛍の慌てた顔にクスリと笑うと、慌ただしく階段を降りて来る姿を見守った。
「お待たせ」
「何かあった?」
「何でもない。それより早く行こう!」
何かを誤魔化すように微笑してから急かすと、靴箱から靴を出す。
「流石に靴はアウトだな。雨野足何センチ?」
「27」
「じゃあ合うかも。これ履いて」
そう言って新し目の靴を置いた。
「え、自分ので良いよ?」
「結構湿ってるよ?靴は結構持ってるし、別に困らないから履いてよ」
出されたのは有名なスポーツメーカーのスニーカーだ。
制服には合いそうだが、流石に申し訳ないという気持ちがある。
断ろうと思い顔を上げると、そこには期待にも似た眼差しでじっと見詰める蛍がいた。
「⋯じゃあ借りる」
そう言って素直に靴を履いた。
「うん」
蛍に急かされたから、はたまた動揺していたのか。
約束している時間がある訳では無いのに、その2人きりの空間から逃げるように急いで外へ出たのだった。
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