まだ、言えない

怜虎

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2.Summer vacation.-吉澤蛍の場合-

線香花火

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片付けを済ませると、秋良の提案でコンビニに行く事にした。

店内で見つけた小さな花火セット。

ライターとアイスも買って、会計を済ませてるとコンビニを出る。

アイスを食べ歩きながら目指す公園は、いつもより近く感じた。

夜の公園は暗くて寂し気で、勿論人気なんて全くない。

ただ寂しげに簡単な遊具が佇んでいるだけ。


公園の中央辺りまで進むと、秋良は適当な段差を見つけて座る。

花火を開封すると、秋良の横に蛍も腰掛けた。

無言で火をつけて、その眩い光をじっと見つめた。



ー花火って凄く華やかだけど、儚くて切ない。

だけど凄く美しい。

燃え尽きて消えてしまうと寂しいから、また火を灯したくなる。


人を好きになる気持ちと似ている気がした。




最後には線香花火に火をつけてパチパチと光る花を見つめていた。

楽しそうな横顔も盗み見て、嬉しい様な寂しいような、その光が尽きるまで、静かに息をした。

花火が終わると、所々しかない街灯と、家の明かりだけの夜道を2人並んで歩いた。

2人して暫く黙って歩くと、秋良が口を開く。


「さっきさ、お父さんは帰って来ないって言ってたけど、お母さんは?いなかったみたいだけど」

「あ、うち離婚してるから父子家庭なんだ。今時珍しくもないでしょ?」

「⋯俺の家も同じ。母子家庭」


秋良の声が悲し気に聞こえて驚いて顔を見たけど、秋良は笑っていた。


安心した。

悲しい思いはして欲しくない、笑顔でいて欲しいと思った。


「⋯そっか」

「母親とも離れて暮らしてるけどね」

「そうなんだ、寂しくない?一人暮らし?」

「いや、あの人は忙し過ぎて寂しいなんて思う暇なんて無いんだと思う」

「雨野は?」

「え?」

「一人暮らしは雨野のお母さんだけじゃなくて雨野もでしょ?」


秋良は驚いた顔をしてからふわりと笑う。


「⋯楽しいよ。今は」

「今は?」

「うん⋯前はつまんねーって思って生きてた。やらなきゃいけない事だけやっていれば文句言われないだろうって。
いかに楽に生きるか、ストレスを感じないかだけを考えてた。学校も友達付き合いもテキトーでさ。その内見放されても知らねーぞって他人事みたいに考えてるだけで実際はどうでも良かった。
でも今は日々を楽しんで生きてるなって思う」

「⋯俺にも、雨野の役に立てることあった言って?なんの力にもならないかもしれないけど、雨野が悩んだら話聞くことくらいはできるから」


蛍は笑って秋良を見上げた。

秋良は少し驚いた顔をしていたが、すぐに顔はほころび、優し気な目に変わっていった。

次の瞬間、秋良は蛍の手を掴み、そのままぎゅっと指を絡める。


「あっ、雨野!?」


その行動に驚いて跳ね上がる蛍と、それを見る落ち着き払った秋良。

対照的な図だった。


「ダメ?少しだけ」


秋良の心情がわからずどぎまぎする。

今日の発言や行動がいつもより積極的である事には気付いていたが、その急な変化に蛍は戸惑っていた。

視線を落とし、ほんのりと赤くなった蛍の顔を秋良は覗き込む。


「嫌?」


いつまでも黙り込んで返事をしない蛍に、秋良がもう一度尋ねると蛍の顔は更に赤く染まる。


「⋯嫌、じゃない」


そう言うと秋良はぎゅっと握りしめた。


揶揄からかったと思ったら優しくて、笑ったと思ったら真剣で。

その変化に追いつけなくて、驚かされる。


でも本当は、気付いていた。

秋良の今までと違う振る舞いにも、自分自身の感じ方も。


少しずつ近付いていく距離に、違和感と期待が混ざり合った様な感情がずっとまとわりついていた。

気付かない様にしていたのに、嬉しいなんて思ってしまっている。

それが隠し切れてなかったんだろうか?

気付くと目で追っていた。

見惚れていた。

ふと横を見るといつも傍にいる存在に安心していた。

居心地の良いこの隣に、もう少し居たい。

そう思っているだけなら許されるだろうか。

様々な感情を持ち合わせた今の気持ち⋯それでも彼はそばに居てくれるだろうか。

何も聞かずにそばにいて欲しい。

聞きたいことが沢山ある。

そんな我儘、通用しないのは解っている。

ズルイ人間だって。


でも、それを求めてしまうのはきっと秋良だから。

彼が優しいから。


そうやってまた人のせいにして、人を頼って。

いつもこの繰り返し。



―だけど幸せになりたい。

そう思うだけなら、許されますか?



緊迫した空気が2人を包む。

繋がった、その手が酷く熱を持っていて、全ての神経が右手に集まっている気がした。

公園から家まではそう距離は無い筈なのに、緊張で永遠に続く道の様に思えた。

静か過ぎる夜道では心臓の音が聞こえてしまうのではないかと思うくらい大きな音で身体中で脈打っていて、前しか見ることは出来なかった。

いつもより家が遠く感じて、見慣れている筈の道もどこを通ったかなんて全く覚えていない。

でも、とても幸せな時間だったと思う。

結局、秋良は家に着くまで蛍の手を離さなかった。


後から思い返せば、その緊張も心地よくて癖になる。

そんな幸せがいつまでも続けば良いのにと、まだ残る手の感触に蛍の顔は緩みっぱなしだった。

長いようで短い夜の散歩を終え、玄関の前まで来ると扉を開ける。

部屋の明かりを付けたら表情がしっかり見える分、余計に恥ずかしくなって、真っ赤になった蛍の顔を、秋良は涼しい顔して笑っていた。

結局その笑顔も破壊力は抜群で、頬はますます熱くなり、それを誤魔化す為、直ぐにバスルームに逃げ込んだ。



「蛍、もう寝た?」


お風呂から出た秋良が部屋に入ってくるなり言った。

蛍は壁と向き合った状態でベッドに横になっていたがやっぱり照れくささが残って、蛍は向きを変えずに答えた。


「ううん⋯まだ起きてる」


時間も遅く眠気はあるのだが、ソワソワと落ち着かず簡単には眠れそうもない。

出来れば秋良が部屋に戻って来る前に眠ってしまいたかった。

そうでなければせめて寝た振りでもすれば良かったと、心臓の辺りを掴んだ。

腰まで掛けた夏用のメッシュ生地の掛け布団を少し上まで引っ張ると、秋良がもぞりと入り込む。

背中からふわっと抱きしめるようにして腕を2度、3度撫でると、そのまま滑らせきゅっと手を握った。


「雨野⋯どうしたんだよ今日は」


ひとり焦っているのがバレないように、できるだけ落ち着いたトーンで問うと、予想外の言葉が返ってきた。


「⋯蛍が悪い」

「俺が悪い⋯ってどういうこと?」


秋良は聞こえるか聞こえないかくらいの声で言葉を発したが、いつもより近い距離がその言葉をはっきりとさせた。


高まっていく心臓の音が気になって仕方ない。

こんなにも、自分だけがドキドキして、顔が、体中が熱かった。


「雨野⋯?」


ふと気付くと秋良の動きは停止していて、気持ちよさそうな寝息が聞こえるだけだった。

蛍の心は複雑で、様々な感情がごちゃ混ぜになって、嬉しさや寂しさなんかも時より顔を覗かせた。

安心したような、物足りないような。


ただもう少し、もう少しこの腕の中で穏やかになった緊張を味わっていたい。

この腕が離してくれないからなんて言い訳までして、暖かな腕の中で蛍は眠りに落ちていった。

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