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七話 骨と猫と……

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魔物。
それは魔力を宿した物。
本来生物であるはずの彼等を、組合ギルドは生物と見ていない。
それは何故か。
魔獣は魔物と同じく魔力を宿したである。
魔物と等しい立ち場であるはずの彼等は組合から害獣、つまり獣として見なされている。
それは何故か。
答えは簡単だ。
彼等が自ら繁殖するからだ。
時には同種族と、時には他種族と。
種族が違う魔獣を自らの手で屈服させて種を仕込む事もあれば、人間の女を攫って苗床にする事もある。
だが魔物は違う。
魔物は生殖器官を持たず、交配をする事も無い。
何処からともなく自然に発生し、人間の生活に害を為す。
どのようにして増えるのか、その生態全てが謎に包まれているために、組合は彼等を物扱いする。
一体彼等の正体とは…………。



手に握った斬馬刀を振り下ろすが、刃は何も無い空中で停止した。
一瞬は驚いたものの、直ぐに剣を引いて体制を立て直す。
視界に映る人間をポッカリと空いた目で睨む。
目の前の人間は少年と言って良いほどに、あどけない顔立ちだ。
外套を深く着込んでいて、その内に隠した装備までは分からない。
しかし先程の現象から推測するに、魔術師の類だろう。
自分を襲う人間には毎回必ずそう言った人間が混じっている。
斬馬刀を腰で水平に構え、地を蹴る。
突進の勢いを乗せたまま斬馬刀を横に薙ぐが、またしても見えない障壁に阻まれ火花を散らす。
この事にも心底驚愕したが、それを上回る驚愕を与えたのはこの人間の所作。
自分と戦い始めてから一度たりとも動いていない。
彼は術師でも無く戦士でも無い。
そう確信した。
毎度の如く自分を襲う魔術師であれば、杖を翳し、呪文を唱える。
だが目の前の人間は杖も構えず口も開かない。
戦士など論外だ。
あの勇猛果敢で愚かな人種はこの様な姑息な手段を持ち得ていない。
何度も何度も返す刀で人間を斬りつけるが、見えない障壁は悉くその攻撃全てを跳ね返した。
これでは拉致があかない。
視線を人間の後ろにいる二人の女に向ける。
どちらもまだ未熟と言って良い。
二人の女のうちの片方、獣の耳を生やした幼い女に襲い掛かる。
男は追ってくる気配もない。
もし追って来たとしても、間に合わないだろう。
剣を振り上げ、そして振り下ろす。
その時、悪寒が走った。
原因は女の瞳。
自分の攻撃するまでの動作一つ一つが見透かされている様だった。
振り下ろされた剣は女の脳天に吸い込まれる様にして振られ、そして砕け散った。
女の左拳によって。
驚愕に骨を軋ませながら後退る。
震える足に鞭を打ち、後退する。
女は逆にゆっくりと歩みを進めた。
薄い唇を吊り上げ、ニィっと笑う。
右腕を折り畳み、前傾姿勢を取った。
次の瞬間、女の顔が間近に映る。
畳まれた華奢な腕を伸ばし……。
そこでカルキュリア・スカルディレイターの命の灯火は消えた。



「そんな~、私の出番が~」
ソリアが構えていたグレイブを背に担ぎ抗議の声を上げる。
対するシーニャは胸骨を貫き、黒い靄を掻き回していた貫手を引っこ抜いた。
彼女の小さな手の中にはドクンドクンと脈打つ心臓の様なものが。
やがてそれは次第に弱くなっていき、しまいにはピクリとも動かなくなった。
「あちらさんがシーニャを選んだからにゃ。抗議にゃらあちらさんにするのにゃ」
「もういないじゃない~!」
「いるにゃよ」
シーニャは然もありなんと答えた。
そして天を仰ぎ、
「天国にいるにゃ」
また然もありなんと答えた。
「私に死ねと!?」
ソリアは叫び、晴翔にしがみつく。
「は~る~と~さ~ん~」
綺麗な細面がくしゃくしゃになり、赤い瞳も艶を増している。
つまり彼女は泣いていた。
「……」
晴翔はどうして良いか分からず、ただしがみ付いているソリアの頭を撫でることしかできなかった。
「あ~!ずるいにゃん。獲物を仕留めたのはこのシーニャちゃんにゃんよ!?シーニャも撫で撫でしてくれにゃいと怒るのにゃ~」
そう言ってシーニャは晴翔の腕ではなく顔面にダイブして来た。
「へぶ!?」
晴翔は結界を展開してそれを阻む。
神の突進など想像もしたくない。
因みに晴翔は修行していたとき、三回シーニャの指パッチンを喰らい、天界から冥界に吹き飛んだ。
シーニャは透明な結界に顔面を貼り付け、不細工面を晒す。
「はにゃが、はにゃが痛いのにゃ~」
鼻を抑えながら駆け回るシーニャ。
カルキュリア・スカルディレイターの残骸に躓き、盛大に転ぶ。
「災難なのにゃ~」
沼地にシーニャの悲痛な叫びが響いた。



「はい、これで依頼のご報告は十分です。こちらが報酬二つに山分けという事でしたので」
そう言ってズシリと重い麻袋を渡される。
「それとギルド長がお呼びです。差し支えない様でしたら階段登って右手の部屋までお越し下さい」
晴翔は特に用も無かったので、階段を登り、ミラが待つ部屋に向かう。
「ちょっと待つにゃ。何でお金は二等分なのにゃ?普通は三等分にゃ」
「俺とお前はセットだ」
「んにゃ~!?」
投げ掛けられた抗議の声をスッパリ切り捨てる。
階段を昇り、件の扉の前まで行くと、扉が独りでにギィと音を立てて開いた。
「おっかえり~、みんな」
晴翔たちを迎えたのは大人の姿のミラ=ノクスウェイだった。
「さぁさぁ、魔物をどうやって倒したか聞かせてくれたまえよ~」
「……シーニャがぶん殴って殺した」
ストレートすぎる晴翔の回答にミラの思考は停止した。
正常に稼働していた回路が掻き回されたようだった。
「ごめん、もう一か……」
「だから、シーニャが拳で殴って殺した」
晴翔の回答は揺るがない。
だってその通りなのだから。
「う、嘘でしょ……?」
ミラは既に血の気が引き、青ざめてしまっている。
「いやホントだぞ?」
やはり晴翔はブレない。
「そんなバカな~!」
ミラの悲痛な悲鳴が部屋の中に響いた。
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