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いち。
しおりを挟む自分は前世、呪われた英雄と呼ばれていた。
正気を疑われそうなので決して口外しないが、純然たる事実だ。
前世の自分は、邪悪な魔術師を倒した際に不死の呪いをその身に受けた聖騎士だった。
老いても飢えても血を流しても死ぬことの許されない呪い。親しい人は離れてゆき、悪意が渦巻く中に取り残された。孤独の中で絶望しかけたそのときに、手を差し伸べてくれたのが魔女殿だった。
魔女殿の力で不死の呪いは緩和され、呪いの効力が消失するまで延々と転生し続ける呪いへと変じた。理由あって魔女殿も一緒に転生し続けることになり、様々な時代で生きるうちに、彼女と恋に落ちたのだ。
呪われていながらも幸福な日々――――けれど、永遠など存在しない。
やがてやってきた本当の最期のとき。
完全に呪いが解け、人として当然あるべき死がようやく訪れたそのとき――――俺は、神と取り引きをした。
その結果、俺と彼女はまったく異なる世界へと旅立ったのだ。
神との約束事はいくつかある。
そのうちの一つが、彼女が結婚できる年齢になるまで会うことはないというものだ。たとえ道ですれ違っても、それが彼女だと気づくことはない。
どうしても彼女よりも先に生まれ落ちたいと訴えたところ付けられた条件。何故神がそのような制約をかけたのかはわからないが、彼女に会うまでにやるべきことがあるのだから、まぁ良い。
生まれ落ちた世界は、前世とはまったく違っていた。
魔術もなければ、剣だって手に入らない。馬車の代わりに自動車が走り、空気は悪いが健康を害するほどでもない。利便性の高い様々な物で溢れてはいたが、人としての在りようが前の世界とまったく違うわけではない。多少戸惑うこともあったが、成長と共に馴染むことができた。
幸いなことに、生まれた家は裕福だったため、望むままに知識や教養を身に着けることが可能だった。
魔女殿は、ある意味で冷めている。
前の世界において俺に向けてくれた想いは本物だったと確信できるが、「呪いで繋がった英雄と魔女というくくりから解放されたんだから、お互い好きに生きてもいいんじゃない?」とか、事も無げに言いそうだ。想像しただけで泣ける。
万が一にでも、再会した時点で彼女に恋人がいたら、全力をもって奪わなければならない。ただし、穏便に。武力を用いたりしたら嫌われてしまう。
魔女殿は、少し口が悪いけれどお人好しだ。自分が原因で誰かが傷つくなど、あの優しい人が見過ごすわけがない。嫌われてしまう。そうなったら、やっぱり泣ける。
俺を会社の跡継ぎにとかなんとか祖父母や親戚連中が煩かったが、そんなのは兄がやれば良い。
超多忙で碌に家にいることのない父親を見て、誰がそんな職に就くものか。
魔女殿に苦労させないだけの収入と、魔女殿を愛でる時間があればそれでいい。というかそれが一番大事。
家族には跡を継ぐ気がないことを理解してもらったが、親戚連中はしつこい。
特に親戚筋の女性が擦り寄ってくるのが心の底から困る。勝手に婚約者候補とか、本当にやめてほしい。
魔女殿と出会ったときに誤解されたらどうしてくれるんだ。
それで俺に縋りついてくれるような人なら良かったが、魔女殿なら「あ、そうなんだー。じゃ、今回はご縁がなかったといことで!」とか言ってそのまま身を引く可能性の方が高いんだぞ!!お願いだから、ホントに本気でヤメて下さい。
中学、高校、大学と、とにかく周囲の女性には辟易した。
前世でも、女性という存在にはあまり良い記憶がない。前の世界よりも逞しく恐ろしいほどの執念を見せる姿に身震いした。世界をまたいでも、女性というのは怖いと再認識させられる。
「お前が誰とも付き合わないから同性愛者じゃないかと噂がある」
「へぇー……。言わせておけば?」
苦り切った表情の兄は、頬がこけていた。久々に会ったが仕事が大変らしい。俺はと言えば、家の会社とはまったく関係ない仕事に就いた。万が一家から圧力がかかっても問題ないように。
「それよりさぁ、ちょっとマンション買いたいんだけど……どれがいいと思う?」
「はぁあ!?」
驚愕する兄に、新居にする予定のマンションをいくつか示す。
もしかすると、神が彼女との再会に制限をかけたのは、他に目を向ける余地とやらを残すためだったのかもしれないが、この心にあるのは魔女殿だけ。上目遣いに媚びてくる後輩や何かと誘いをかけてくる先輩などにはちっとも食指は動かない。
この世界では様々な情報を手に入れることが容易で、魔女殿に喜んでもらえるようにと試行錯誤を繰り返す。
俺の趣味は、こうして魔女殿と住むことを夢想して準備をすることで、考えるだけで心が浮き立つ。
そうだ、魔女殿が好きなお酒も揃えていかなければ。
すべては、もう一度あなたに会うために。
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