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16.本物などいらない〜ユアン〜
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やはり来たか……。
俺は意外と冷静にその状況を眺めていた。
エルマとランチをしようとした時、衛兵が慌てて来て本物のジュアナを名乗る奴が現れたと報告があった。
まぁ城に来るだろうなとは思っていたが、思ったよりも早かったな。
実は一昨日、別邸に着いてエルマと甘いひと時を過ごそうとした時に、コーランから気になることがあると呼び出された。
せっかくのいい雰囲気がぶち壊しだったのはいまだに根に持っている。
その時の内容が、「別邸の前で一人の女性が中を覗いていた。それがジュアナにそっくりだった」ということだった。
すぐにピンと来たよ、あぁ本物のジュアナが来たのだと。
密偵に調べさせたところ、本物のジュアナが、俺たちの馬車が街を通り過ぎるときに中に乗っていたエルマを見かけたらしいいうこと。
だがしかし、男と逃げたはずのジュアナが何故この街に戻ってきているのか……?
そこは本人が話してくれるだろうが……。
俺はチラッとエルマを見る。
真っ青な顔で小さく震えていた。
あぁ、出来ることならすぐに抱き締めたいがそういうわけにはいかない。
これからどうするか……。相手の出方によっては少しばかり策を練らねばならん。
「そうか…。わかった、ご苦労」
俺は抑揚のない声でそう衛兵に伝えると、下がるように言った。
とりあえず、この事態を議会に持ち上げるわけにはいかない。内密に処理できればいいが、それを許す相手だろうか? すでに衛兵がざわついているとしたら厄介だ。
エルマは小さく震えたままだ。
その体をじっと見つめてから、エルマの話を聞きそびれたことに気が付いた。
「それで? お前の話とは何だ?」
まるで今のことはなかったかのように続きを促すと、エルマは目を丸くして顔を上げた。俺の反応が意外といった顔だ。
「……どうして落ち着いていられるのですか」
小さい声は震えている。
まぁ、遅かれ早かれこういうことは起きるだろうと思っていたから驚いていないだけなんだが。
エルマには驚きしかないのだろう。
「どうしてとは?」
「今、本物のジュアナだと名乗る者が来たと衛兵から話がありましたよね? どうして、私にどういうことかと問い詰めないんですか? 驚かれないんですか? 身分証を携帯していたのなら、本物のジュアナお嬢様だということです!」
興奮気味にそう捲し立てるエルマに、ピンときた。
エルマはきっと、自分がジュアナではないと打ち明けるつもりだったのだろうと察しがついたのだ。
もう、隠していても無駄だと悟ったのか。
「だろうな」
「っ……、私の話は……、本物のジュアナではないとお伝えすることでした。私は身代わりです。騙して申し訳ありません……。どんな処罰も受ける覚悟をしています」
「そうか……」
そこまで覚悟をしていたのか。
エルマはずっといつかはこうなる日を予測していたのかもしれない。いや、いつかは話さないといけないと思っていたのだろう。
話すきっかけを与えたのは、あのキスだろうか? 俺の側にこれ以上いられないと思ったのか?
だとしても、俺もお前を手放すことはできない。
驚きもしないで淡々としている俺にエルマは眉を顰める。
「まさか、私が本物のジュアナお嬢様でないとお気づきだったんですか……?」
青ざめながらそう聞くが、ここはシラを切るしかない。だから俺は曖昧に「さぁ、どうかな」と呟いた。
それに悲しそうに顔を歪める。
そんな顔をさせたいわけではない。でも、まずは先に本物のジュアナの方を何とかするしかないのだ。
そしてフゥと一息つくとコーランに指示を出した。
「コーラン、とりあえずその訪れたジュアナに面通りするぞ。本物かどうかの調べは早急に。こちらのジュアナは部屋で待機していてもらおう。念のため、逃げ出さないように警備を厚くしてくれ」
「承知いたしました」
表が騒がしくなってきた。本物のジュアナが来たことが騒ぎになっているのかもしれない。
俺があえてけじめとして凛とした声でコーランにそう言うと、エルマに外に出ない様部屋で待機させることにした。
もし俺が側にいない間になにかあっては困るからな。
それにこのやりとりを誰がどこで聞き耳を立てているかわからない。
エルマはどうやってでも手に入れる。
だからこそ、後から名乗り出た本物のジュアナを始末しなくてはいけないだろう。
心の中で冷たいことを考えてていたため、声色が冷徹と言われる時の声に近くなってしまった。
ジュアナはますます青ざめるが、ギュッと目を瞑ると覚悟を決めた等に顔を上げた。そして部屋へと促すコーランに頷きながら俺を振り返ると、泣きそうな今にも崩れてしまいそうな笑顔を見せて言ったのだ。
「ずっと騙して申し訳ありませんでした。ユアン王子……どうか……どうかお幸せに……」
それだけ言うと、ほぼ逃げるようにテラスを出て部屋に戻っていく。コーランが何か言いたげな顔をしていたが、俺は「行け」と目で促した。
「クソッ」
テラスに一人残された俺は思わず机をダンッと強く叩く。
「ジュアナめ……。どうして今になって……」
男と逃げたやつがノコノコと今になって王宮にやってくるとは……。そもそも身代わりを立てただけで不敬に処したいところなのに、どの面下げてやってくるんだ。
きっと今の俺はコーラン以外のものが見たら青ざめるほど冷たい顔をしているのだろう。まさに、戦場で見せた冷徹の王子の名にふさわしいほどに。それくらい今の俺ははらわたが煮えくり返っていた。
それに……さっきの言葉。
まるでもう俺とは二度と会えないと覚悟をしているかのようだ。まるで別れの言葉かのような。
「そんなことにはさせない」
俺はギュッとこぶしを握って低く呟いた。
――――
謁見の間へ行くと、廊下からもわかるほどキンキンとした声が響き渡っている。その不快な声は、謁見の間の隣にある控えの間から聞こえてくる。
「良いから早く王子を連れてきなさい! わたくしが本物のジュアナとわかっているなら、何を手間取っているの!? 私が本物なんだから、早くあの偽物を追い出して頂戴! 王子妃にふさわしいのは正当な貴族の血を引く私よ!? あんな使用人の娘がなっていいものではないわ!」
気品ある貴族の娘ならこんな大声は出さないはずだが?
それくらいに品がない怒鳴り声だ。
本来のジュアナの気性はこれなのだろう。エルマとは大違いである。
イライラしながら謁見の間へ行くと、衛兵は慌てて隣の控えの間へ。すると怒鳴り声はピタッとやんだ。
「殿下、失礼致します。件のジュアナ様を名乗る女性が面会を求めております」
「入れ」
俺の冷たい声に衛兵はビクッと肩を揺らすと、すぐにジュアナを呼びに行った。謁見の間に入ってきた本物のジュアナは煌びやかな赤のドレスを身にまとい、厚化粧をして着飾りながら笑顔で入ってくる。
これが本物のジュアナか。
何度か会ったことはあった。
しかし、正直記憶に残っていない。俺の頭の中にいる女はエルマのみだ。
だからこそ、目の前のジュアナは初めて見るような感覚である。
離れた位置からでもわかるほどの香水の香りに思わず顔をしかめた。しかしそんな俺の様子に気が付きもせずに、ジュアナは促されるまま、面会の定位置とされる場所まですごすごと歩いてくる。
身代わりを立てたこと等悪びれた様子もなく、堂々としたその歩き方に不快感を覚える。
さて、どんな言い訳をするのやら……。
聞くのもうんざりだが戻ってきたコーランからある物を受け取ると、俺は冷めた目でジュアナを見返した。
一瞬、ジュアナが青ざめて怯んだのがわかる。しかしすぐに顔をあげて俺に笑顔を向けた。恭しく礼を取ると、勝手に話し出したのである。
「ご無沙汰しております、殿下。ジュアナ・ラニマールでございます」
まるで昔から親しかったかのような言い方に俺は片眉をあげた。
俺は小さくため息をつきながら「発言を許したわけではないが?」と怒りを抑えた低い声で問いかける。基本、俺が発言してからがマナーである。しかしジュアナは焦っていたのだろう。許可もなく自分から話し出してしまったのである。
「も、申し訳ありません」
慌てて謝罪するが、俺もこのやり取りを長引かせるつもりはない。発言を許可すると、ジュアナは嬉しそうに口元をほころばせて語りだした。
「ユアン王子殿下のお気持ちはお察しします。私の偽物を私と思い込んでいらっしゃったのですもの。ユアン王子殿下を騙した女の名は、エルマ・ハルソン。私の家の使用人でございます。昔から私たちは容姿がとても似ており、間違われることがありました。エルマはきっと、ユアン王子に嫁ぐことが決まった私が羨ましかったのでしょう。私に黙って私に成りすましてユアン王子殿下の元へ嫁いだのです」
「ほう……」
ジュアナはエルマが勝手にしたことだということを早口で強調してくる。
俺が冷徹の王子と呼ばれる冷たい目を向けているのに、ジュアナはエルマを悪者に仕立て上げることに夢中でその視線に気が付かない。むしろ、俺がエルマに怒りを覚えているとでも思っているのかもしれなかった。
「使用人が勝手に成りすました……と?」
「えぇ! その通りでございます」
「俺の使者が屋敷へ迎えに言った時、お前の両親はその使用人をジュアナだと言って送り出したそうだが?」
「両親も騙されていたのです。私のドレスを着て化粧を施したエルマは私にそっくりなのですから!」
つまり、両親も全員騙されていたから罪はないと言いたいのか。あくまで悪いのは全てエルマただ一人ということにしたいらしい。
なるほどな。
「では、使者が迎えに行った時、お前はどうしていた? 本来ならお前が出迎えるべきだろう? なぜいなかった?」
淡々と問いかけると、ジュアナは劇役者のように泣きそうな顔をして俺に訴えかけてきた。
「エルマが私を閉じ込めたのでございます! 私を騙し、物置に閉じ込めたのです! なので使者様の元へ行くことができなかったのでございます!」
目に涙を浮かべて、悲劇のヒロインぶるジュアナは滑稽だった。
「なるほど。お前に嫉妬した使用人が当日お前を監禁し、お前に成りすまして俺の元に嫁いできたということか」
「その通りでございます!!」
なんて浅はかでつまらない台本なんだろうか。こいつは役者には向いていないな。
頭の隅でそんなことを考えながら、俺はフッと笑みをこぼした。
ジュアナは目を丸くし、見る見るうちに顔を赤くして俺に見惚れる。俺はそんなジュアナにそのまま笑顔を向けた。
「お前の言い分はよくわかった」
「ユアン王子殿下……」
目がとろんとしたジュアナに、俺は打って変わって笑顔を消し、冷たくきつい目線を送る。その視線を受けて、ジュアナは小さく「え」と声をもらした。
「では一つ聞く。こうして名乗り出てくるまで、半月以上の月日がたっているが、どうして今頃になって出てきたのだ? なぜすぐに自分が本物だと名乗り出なかった?」
「あ……、それは……」
誰もが底冷えするような、低く凍る様な声色にジュアナは目を泳がせて顔色を失っていく。
俺が何に怒っているなか、今更気がついたようだ。
「まさか、半月も物置にいたわけではあるまい?」
「た、体調を崩しておりました」
つまらない言い訳だ。
俺はあからさまに目の前のジュアナに嫌悪感をあらわにした。
「だったら、文の一つや二つ送れたであろう? ラニマール家から使者を送る手配くらい出来たはずだ」
「そ、それは……」
ジュアナは青白い顔で俯いた。
さっきまでの威勢の良さはどこにもない。
その場しのぎの言い訳をするからだ。この俺に対して。
「ジュアナ・ラニマール」
俺の地を這うようや低い声に、ジュアナはビクッと肩を震わせた。
「俺を甘くみるな」
怒りを隠さず、俺は先ほどコーランから預かったある物を取り出した。
俺は意外と冷静にその状況を眺めていた。
エルマとランチをしようとした時、衛兵が慌てて来て本物のジュアナを名乗る奴が現れたと報告があった。
まぁ城に来るだろうなとは思っていたが、思ったよりも早かったな。
実は一昨日、別邸に着いてエルマと甘いひと時を過ごそうとした時に、コーランから気になることがあると呼び出された。
せっかくのいい雰囲気がぶち壊しだったのはいまだに根に持っている。
その時の内容が、「別邸の前で一人の女性が中を覗いていた。それがジュアナにそっくりだった」ということだった。
すぐにピンと来たよ、あぁ本物のジュアナが来たのだと。
密偵に調べさせたところ、本物のジュアナが、俺たちの馬車が街を通り過ぎるときに中に乗っていたエルマを見かけたらしいいうこと。
だがしかし、男と逃げたはずのジュアナが何故この街に戻ってきているのか……?
そこは本人が話してくれるだろうが……。
俺はチラッとエルマを見る。
真っ青な顔で小さく震えていた。
あぁ、出来ることならすぐに抱き締めたいがそういうわけにはいかない。
これからどうするか……。相手の出方によっては少しばかり策を練らねばならん。
「そうか…。わかった、ご苦労」
俺は抑揚のない声でそう衛兵に伝えると、下がるように言った。
とりあえず、この事態を議会に持ち上げるわけにはいかない。内密に処理できればいいが、それを許す相手だろうか? すでに衛兵がざわついているとしたら厄介だ。
エルマは小さく震えたままだ。
その体をじっと見つめてから、エルマの話を聞きそびれたことに気が付いた。
「それで? お前の話とは何だ?」
まるで今のことはなかったかのように続きを促すと、エルマは目を丸くして顔を上げた。俺の反応が意外といった顔だ。
「……どうして落ち着いていられるのですか」
小さい声は震えている。
まぁ、遅かれ早かれこういうことは起きるだろうと思っていたから驚いていないだけなんだが。
エルマには驚きしかないのだろう。
「どうしてとは?」
「今、本物のジュアナだと名乗る者が来たと衛兵から話がありましたよね? どうして、私にどういうことかと問い詰めないんですか? 驚かれないんですか? 身分証を携帯していたのなら、本物のジュアナお嬢様だということです!」
興奮気味にそう捲し立てるエルマに、ピンときた。
エルマはきっと、自分がジュアナではないと打ち明けるつもりだったのだろうと察しがついたのだ。
もう、隠していても無駄だと悟ったのか。
「だろうな」
「っ……、私の話は……、本物のジュアナではないとお伝えすることでした。私は身代わりです。騙して申し訳ありません……。どんな処罰も受ける覚悟をしています」
「そうか……」
そこまで覚悟をしていたのか。
エルマはずっといつかはこうなる日を予測していたのかもしれない。いや、いつかは話さないといけないと思っていたのだろう。
話すきっかけを与えたのは、あのキスだろうか? 俺の側にこれ以上いられないと思ったのか?
だとしても、俺もお前を手放すことはできない。
驚きもしないで淡々としている俺にエルマは眉を顰める。
「まさか、私が本物のジュアナお嬢様でないとお気づきだったんですか……?」
青ざめながらそう聞くが、ここはシラを切るしかない。だから俺は曖昧に「さぁ、どうかな」と呟いた。
それに悲しそうに顔を歪める。
そんな顔をさせたいわけではない。でも、まずは先に本物のジュアナの方を何とかするしかないのだ。
そしてフゥと一息つくとコーランに指示を出した。
「コーラン、とりあえずその訪れたジュアナに面通りするぞ。本物かどうかの調べは早急に。こちらのジュアナは部屋で待機していてもらおう。念のため、逃げ出さないように警備を厚くしてくれ」
「承知いたしました」
表が騒がしくなってきた。本物のジュアナが来たことが騒ぎになっているのかもしれない。
俺があえてけじめとして凛とした声でコーランにそう言うと、エルマに外に出ない様部屋で待機させることにした。
もし俺が側にいない間になにかあっては困るからな。
それにこのやりとりを誰がどこで聞き耳を立てているかわからない。
エルマはどうやってでも手に入れる。
だからこそ、後から名乗り出た本物のジュアナを始末しなくてはいけないだろう。
心の中で冷たいことを考えてていたため、声色が冷徹と言われる時の声に近くなってしまった。
ジュアナはますます青ざめるが、ギュッと目を瞑ると覚悟を決めた等に顔を上げた。そして部屋へと促すコーランに頷きながら俺を振り返ると、泣きそうな今にも崩れてしまいそうな笑顔を見せて言ったのだ。
「ずっと騙して申し訳ありませんでした。ユアン王子……どうか……どうかお幸せに……」
それだけ言うと、ほぼ逃げるようにテラスを出て部屋に戻っていく。コーランが何か言いたげな顔をしていたが、俺は「行け」と目で促した。
「クソッ」
テラスに一人残された俺は思わず机をダンッと強く叩く。
「ジュアナめ……。どうして今になって……」
男と逃げたやつがノコノコと今になって王宮にやってくるとは……。そもそも身代わりを立てただけで不敬に処したいところなのに、どの面下げてやってくるんだ。
きっと今の俺はコーラン以外のものが見たら青ざめるほど冷たい顔をしているのだろう。まさに、戦場で見せた冷徹の王子の名にふさわしいほどに。それくらい今の俺ははらわたが煮えくり返っていた。
それに……さっきの言葉。
まるでもう俺とは二度と会えないと覚悟をしているかのようだ。まるで別れの言葉かのような。
「そんなことにはさせない」
俺はギュッとこぶしを握って低く呟いた。
――――
謁見の間へ行くと、廊下からもわかるほどキンキンとした声が響き渡っている。その不快な声は、謁見の間の隣にある控えの間から聞こえてくる。
「良いから早く王子を連れてきなさい! わたくしが本物のジュアナとわかっているなら、何を手間取っているの!? 私が本物なんだから、早くあの偽物を追い出して頂戴! 王子妃にふさわしいのは正当な貴族の血を引く私よ!? あんな使用人の娘がなっていいものではないわ!」
気品ある貴族の娘ならこんな大声は出さないはずだが?
それくらいに品がない怒鳴り声だ。
本来のジュアナの気性はこれなのだろう。エルマとは大違いである。
イライラしながら謁見の間へ行くと、衛兵は慌てて隣の控えの間へ。すると怒鳴り声はピタッとやんだ。
「殿下、失礼致します。件のジュアナ様を名乗る女性が面会を求めております」
「入れ」
俺の冷たい声に衛兵はビクッと肩を揺らすと、すぐにジュアナを呼びに行った。謁見の間に入ってきた本物のジュアナは煌びやかな赤のドレスを身にまとい、厚化粧をして着飾りながら笑顔で入ってくる。
これが本物のジュアナか。
何度か会ったことはあった。
しかし、正直記憶に残っていない。俺の頭の中にいる女はエルマのみだ。
だからこそ、目の前のジュアナは初めて見るような感覚である。
離れた位置からでもわかるほどの香水の香りに思わず顔をしかめた。しかしそんな俺の様子に気が付きもせずに、ジュアナは促されるまま、面会の定位置とされる場所まですごすごと歩いてくる。
身代わりを立てたこと等悪びれた様子もなく、堂々としたその歩き方に不快感を覚える。
さて、どんな言い訳をするのやら……。
聞くのもうんざりだが戻ってきたコーランからある物を受け取ると、俺は冷めた目でジュアナを見返した。
一瞬、ジュアナが青ざめて怯んだのがわかる。しかしすぐに顔をあげて俺に笑顔を向けた。恭しく礼を取ると、勝手に話し出したのである。
「ご無沙汰しております、殿下。ジュアナ・ラニマールでございます」
まるで昔から親しかったかのような言い方に俺は片眉をあげた。
俺は小さくため息をつきながら「発言を許したわけではないが?」と怒りを抑えた低い声で問いかける。基本、俺が発言してからがマナーである。しかしジュアナは焦っていたのだろう。許可もなく自分から話し出してしまったのである。
「も、申し訳ありません」
慌てて謝罪するが、俺もこのやり取りを長引かせるつもりはない。発言を許可すると、ジュアナは嬉しそうに口元をほころばせて語りだした。
「ユアン王子殿下のお気持ちはお察しします。私の偽物を私と思い込んでいらっしゃったのですもの。ユアン王子殿下を騙した女の名は、エルマ・ハルソン。私の家の使用人でございます。昔から私たちは容姿がとても似ており、間違われることがありました。エルマはきっと、ユアン王子に嫁ぐことが決まった私が羨ましかったのでしょう。私に黙って私に成りすましてユアン王子殿下の元へ嫁いだのです」
「ほう……」
ジュアナはエルマが勝手にしたことだということを早口で強調してくる。
俺が冷徹の王子と呼ばれる冷たい目を向けているのに、ジュアナはエルマを悪者に仕立て上げることに夢中でその視線に気が付かない。むしろ、俺がエルマに怒りを覚えているとでも思っているのかもしれなかった。
「使用人が勝手に成りすました……と?」
「えぇ! その通りでございます」
「俺の使者が屋敷へ迎えに言った時、お前の両親はその使用人をジュアナだと言って送り出したそうだが?」
「両親も騙されていたのです。私のドレスを着て化粧を施したエルマは私にそっくりなのですから!」
つまり、両親も全員騙されていたから罪はないと言いたいのか。あくまで悪いのは全てエルマただ一人ということにしたいらしい。
なるほどな。
「では、使者が迎えに行った時、お前はどうしていた? 本来ならお前が出迎えるべきだろう? なぜいなかった?」
淡々と問いかけると、ジュアナは劇役者のように泣きそうな顔をして俺に訴えかけてきた。
「エルマが私を閉じ込めたのでございます! 私を騙し、物置に閉じ込めたのです! なので使者様の元へ行くことができなかったのでございます!」
目に涙を浮かべて、悲劇のヒロインぶるジュアナは滑稽だった。
「なるほど。お前に嫉妬した使用人が当日お前を監禁し、お前に成りすまして俺の元に嫁いできたということか」
「その通りでございます!!」
なんて浅はかでつまらない台本なんだろうか。こいつは役者には向いていないな。
頭の隅でそんなことを考えながら、俺はフッと笑みをこぼした。
ジュアナは目を丸くし、見る見るうちに顔を赤くして俺に見惚れる。俺はそんなジュアナにそのまま笑顔を向けた。
「お前の言い分はよくわかった」
「ユアン王子殿下……」
目がとろんとしたジュアナに、俺は打って変わって笑顔を消し、冷たくきつい目線を送る。その視線を受けて、ジュアナは小さく「え」と声をもらした。
「では一つ聞く。こうして名乗り出てくるまで、半月以上の月日がたっているが、どうして今頃になって出てきたのだ? なぜすぐに自分が本物だと名乗り出なかった?」
「あ……、それは……」
誰もが底冷えするような、低く凍る様な声色にジュアナは目を泳がせて顔色を失っていく。
俺が何に怒っているなか、今更気がついたようだ。
「まさか、半月も物置にいたわけではあるまい?」
「た、体調を崩しておりました」
つまらない言い訳だ。
俺はあからさまに目の前のジュアナに嫌悪感をあらわにした。
「だったら、文の一つや二つ送れたであろう? ラニマール家から使者を送る手配くらい出来たはずだ」
「そ、それは……」
ジュアナは青白い顔で俯いた。
さっきまでの威勢の良さはどこにもない。
その場しのぎの言い訳をするからだ。この俺に対して。
「ジュアナ・ラニマール」
俺の地を這うようや低い声に、ジュアナはビクッと肩を震わせた。
「俺を甘くみるな」
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