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11.欲張りな夢
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この日突然、ユアン王子に別邸へと誘われた。
この城から馬車で一時間ほどの場所。西のはずれの森の一角が国の所有地であり、そこに別邸は立てられている。
暑い季節は避暑地として使うこともあるというが、まだそこまで暑い季節ではない。
伝えに来たコーラン様曰く、日差しが強くなってきたこの季節にはちょうど良いだろうとのことだった。
「予定は一泊です。ここは近いし、何かあればすぐに城には戻れる距離なので急なお泊りも心配ありません」
「一泊!?」
ニコニコと告げてくるが、コーラン様の表情とは反対に私は目を丸くした。
(一泊って、そこの別邸へ泊まるってこと!? ユアン王子と私が!? まさか……)
先日の会話を思い出した。
国王陛下に触発されて、子作りしようだなんてことは……。
そう考えて顔色を失う。私の表情に気が付いたコーラン様が慌てて否定した。
「あの、変な意味はございません! 交流を深めようとのご提案で……」
「交流を……深める……!?」
「違くて! その、ユアン様はジュアナ様と親しくなりたいとお考えです。それはやらしい意味ではなく人として……。なので、寝室ももちろん別ですし、決して深い意味はございませんからご安心ください!」
必死にきっぱりと言うコーラン様をじっと見つめる。
嘘はなさそうだが、実際はどうだかわからない。
(ただ、まぁ夫婦となるのだしそう言う関係になってもおかしくはないけれど……。そうなったとき、私ではユアン王子の子供は産めない。ということは、その時が王子に真実を告げるとき……)
そっと母の形見の指輪に触れる。
「大丈夫です。ユアン王子はそんな軽薄な人ではございませんよ」
まるで私の不安を見透かすかのように、コーラン様は安心させるように穏やかに話す。
(そうね、大丈夫。コーラン様がそう言うなら心配はないはずよ、エルマ。まだ生きる猶予はある)
コーラン様には「承知いたしました」と返事をした。
しかし、そもそもそんなに長い時間、ユアン王子と過ごすのは出来れば避けたかった。
(しかもどうやって過ごすの? ずっと二人でお喋りだなんて無理な話だわ)
ユアン王子と過ごすことへの気まずさもあるが、外に出るということは護衛の数も必然的に増える。私がジュアナではないとバレてしまう可能性も上がるのだ。
基本、勉強だと言って部屋にこもることが多い私は、意図的に他者との関りを極力させていた。
だから、今回のお誘いはあまり嬉しいものではなかった。
「しかし、ユアン王子もお忙しいのでは?」
コーラン様に遠回しにやんわりと行きたくない旨を伝えると、ニッコリ笑って「やらなければならない仕事は今日のうちに済ませるそうです」と返事を返された。
「そうですか」
私の含む意図に気が付かないほど呑気な官僚ではない。ということは、わかった上で強制参加を意味しているのだろう。
そう言われると、私なんかには何も言えない。
「承知いたしました。では明日」
渋々そう返事をするほかなかった。
返事はしたけどさぁ……。
「う~、行きたくないなぁ~……」
コーラン様が退室した後、ベッドの上でゴロゴロとぐずってみる。
「ばれたらどうしよう……」
ふかふかのベッドに顔を埋めながら呟く
コーラン様はあぁ言ったけど、もし明日、ユアン王子に求められたら…?
そう考えると、顔がカッと熱くなって赤くなるのを感じた。お腹の奥がじんわりとうずく感じがする。
性格はどうであれ、冷徹の王子であってもあの姿形に迫られたらときめかない女性などいないのではないだろうか。
冷たい視線におびえながらも、あの大きな手で触れられ、低く甘い声で囁かれたら…。
「そんなの……」
想像だけでドキドキと胸が高鳴る。
でも、きっとそうはならない。私はその状態になったらユアン王子のお手付きになる前に、真実を告げなければならないのだから。
愛のない状態で抱かれるよりも、綺麗なままの体で死ねる方が幸せなのか……。
考えてもわからない。ただ、一つ言えるのは……。
「愛がなくてもユアン王子となら私は……」
一時の夢が見られたかもしれない。
――――
そんな微妙な不安と緊張感のまま、私は翌朝を迎えた。
リリーさんに手伝ってもらって支度は完璧だ。
「いいですか? 入浴後はこのクリームを塗って体をすべすべになさってくださいね。かさついた初夜など嫌でございましょう?」
「しょ、初夜って……! 違うから!」
何度違うと伝えても、この優秀な侍女は先を見越して入念な準備をかかさない。
リリーさんは一泊分の荷物を持ったりリーさんは私のお付きとして同行するが、いくら私を強制的に婚約させられたと哀れに感じていても、この城に仕える身としてはそこは手を抜けないのだろう。
わかる! その気持ちは私としてもよくわかる。だがしかし……!
さすがにスケスケのネグリジェを荷物に入れていた時は必死に止めた。コーラン様からそんなつもりの旅行ではないと言われているのに、私だけやる気満々だなんて恥ずかしすぎる。
それに、そう言う事態になったら私は命がないのだから極力そう言う状態にならないよう、ユアン王子とは距離を取らねばならないのだ。
「日差しがあるので、今日のトークハットは長めのレースにいたしましょう」
最近では私が外へ出るときは必然と顔が隠れるレース付きのトークハットを用意してくれる。
理由を聞かれたことはないし不審に思われたこともない。
荷物を持ったリリーさんと共に外へ出ると、すでに馬車が用意され、護衛やお付きの人たちも並んで待っていてくれた。
ユアン王子が公務へ出かける時を見かけたことがあるが、もっと仰々しく護衛もお付きの人も多かった。それに比べると、その人数は比較的少数で私的な物だとわかる。警護は劣らないが、少数精鋭という感じがするのだ。
リリーさんらお付きは別の馬車になるので、私はリリーさんと別れて促された一番大きな馬車へと乗り込んだ。
すると……。
「大丈夫か」
先に中にいたユアン王子が乗り込む私に手を差し伸べる。
「あ……はい」
一瞬躊躇したが、その手を取らないのは不敬だろう。そっとユアン王子の手に手を重ねた。すると、思った以上に力強い手で引き揚げられ、小さく悲鳴が漏れる。
「すまない、痛かったか?」
「いいえ。少しびっくりしただけなので」
「そうか」
申し訳なさそうな表情をしたユアン王子はすぐにホッとした顔つきになった。
(……なんだか今日のユアン王子はいつもと違うわ)
服装が動きやすいラフな服装ということもあるが、表情や目つきが今までとは違う。外を見る目は鋭いが、私に視線を向けると途端に柔らかくなるの。
視線が……。
(この人は一体誰?)
替え玉ではないだろうかと思わず疑いたくなるほど様子が違う。コーラン様がここに居たら視線で訴えたが、残念ながらこの馬車にはユアン王子と私の二人きりだ。
そう、気まずい空間である。
さらにユアン王子の態度の違いにさらに気まずさ、戸惑いが追加される。
どうしたものかと困り果て、視線を窓の外へと移した。景色は都会的な物から次第にのどかな物へと変貌していく。ほっこりした光景に心を落ち着かせていると低い甘い声がした。
「今日はいい天気だな。日差しはきつくないか?」
ユアン王子の問いかけにハッと顔を向けると、やはり穏やかな目でこちらを見る王子と目が合った。
「え、えぇ。レースで日よけしているので大丈夫です」
「エ……ジュアナはトークハットをよく被っているが好きなのか?」
「そうですね。それに、最近は日差しが強いのでちょうど良いのです」
「そうか」
この答えはいつ聞かれても良いように自分の中で決めていた返答だ。やはり王子は特に疑問に思わずあっさり頷いた。
しかし、ランチの時以上に落ち着いた会話ができている気がする。王子の声が柔らかいのだ。
(仕事が休みで、久しぶりにゆっくりできるからかしら?)
冷徹の王子でも休日は浮かれるのだろうか。それが私への態度に現れているのだろうか。そんなことを考えていた。
しかし……。
(凄く視線を感じる……)
いくらか態度が柔らかいからと言って、そんなに会話が続くわけでもなく。沈黙時は外を眺めていた。しかし、目の前に座るユアン王子は外を眺めるどころか、ずっと私を見つめている……気がする。
レース越しでも感じる視線に耐えきれなくなってきた私はユアン王子に顔を向けた。
「あの、何か?」
「何かとは?」
「ずっと私の方をご覧になっているご様子でしたので……。なにか顔についてますか?」
(まさかジュアナでないと気が付いたか?)
少しドキドキしながらもそう問いかけると、ユアン王子がフッと笑みをこぼした。……笑みをこぼした?
「いや? 婚約者を眺めるのは別に悪いことではないだろう?」
まぁ、確かに悪いことではない、が。
(……誰これ? え? やだ、この人誰? 絶対にユアン王子ではない! 替え玉? 刺客? 本物の冷徹の王子は一体どこへ? だって普段のユアン王子ならこんないい方はしない! こんな甘い声で穏やかに微笑みながら言ったりはしない! というか言われたことがない! つまり別人!?)
「どうした?」
「いえ……、一度コーラン様とお話がしたくて」
コーラン様ならどういうことか知っているだろう。まさかとは思うが……、王子の朝食に何かしらの毒を盛られた可能性もある。その影響ということもあり得るのだ。早急に王子のご様子について報告せねば。
挙動不審になる私に、ユアン王子は冷めた目を向けた。
あ……、いつものユアン王子だ。
「俺よりコーランと話がしたいのか」
違う、やっぱりこの人は別人だ!
どうしたものかと焦っていると、馬車の扉をトントンと軽く叩かれた。目を向けると、いつの間にか止まっていた馬車の外でコーラン様が笑いをこらえて立っている。
「コーラン様、あのユアン王子のご様子が……!」
「ジュアナ様、ご安心ください。この方は紛れもなく本物でございます。変な物も食べてはおりません」
平然と不躾な物言いをされ、目の前のユアン王子は不貞腐れたような顔つきを見せた。
ほら、やっぱり違う! いつものユアン王子はこんな子供のような表情はしない。
私が無言でコーラン様に訴えると、それでも笑いながら大丈夫だと言われてしまった。一番の側近であるコーラン様がそう言うなら……。
いぶかしげに思いながらも渋々なったくする。
「それよりも別邸へ到着いたしました。ユアン王子、お顔を引き締めてお降りくださいませ」
含むいい方のコーラン様を軽く睨みつけるが、ユアン王子はスッと背筋を伸ばすと顔つきを変えた。そこにはいつも見かけるあの冷徹の王子の異名をもつ冷めた目と顔のユアン王子がそこにいたのだ。
(本物だったわ……)
その切り替えに唖然としつつも、では先ほどのユアン王子は一体何なのか。
(私の前だから……?)
あれが表面的なユアン王子でないとしたら……。私に素顔をほんの少し見せてくれたということだろうか。
(どうして……)
いや、以前からユアン王子は時々そんな様子を見せてくれていた。私自身それは感じており、喜んでいたではないか。
(あぁ、どうしよう)
胸がキュンと苦しくなる。
ダメなのに。報われないのに。なのに、こういう時どうしても嬉しさが優ってしまうのだ。
もっともっと素顔が知りたい。ユアン王子の心が知りたい。その欲求はどんどん大きくなるばかり。
欲張りになっていく自分を浅ましく思いながら。
この城から馬車で一時間ほどの場所。西のはずれの森の一角が国の所有地であり、そこに別邸は立てられている。
暑い季節は避暑地として使うこともあるというが、まだそこまで暑い季節ではない。
伝えに来たコーラン様曰く、日差しが強くなってきたこの季節にはちょうど良いだろうとのことだった。
「予定は一泊です。ここは近いし、何かあればすぐに城には戻れる距離なので急なお泊りも心配ありません」
「一泊!?」
ニコニコと告げてくるが、コーラン様の表情とは反対に私は目を丸くした。
(一泊って、そこの別邸へ泊まるってこと!? ユアン王子と私が!? まさか……)
先日の会話を思い出した。
国王陛下に触発されて、子作りしようだなんてことは……。
そう考えて顔色を失う。私の表情に気が付いたコーラン様が慌てて否定した。
「あの、変な意味はございません! 交流を深めようとのご提案で……」
「交流を……深める……!?」
「違くて! その、ユアン様はジュアナ様と親しくなりたいとお考えです。それはやらしい意味ではなく人として……。なので、寝室ももちろん別ですし、決して深い意味はございませんからご安心ください!」
必死にきっぱりと言うコーラン様をじっと見つめる。
嘘はなさそうだが、実際はどうだかわからない。
(ただ、まぁ夫婦となるのだしそう言う関係になってもおかしくはないけれど……。そうなったとき、私ではユアン王子の子供は産めない。ということは、その時が王子に真実を告げるとき……)
そっと母の形見の指輪に触れる。
「大丈夫です。ユアン王子はそんな軽薄な人ではございませんよ」
まるで私の不安を見透かすかのように、コーラン様は安心させるように穏やかに話す。
(そうね、大丈夫。コーラン様がそう言うなら心配はないはずよ、エルマ。まだ生きる猶予はある)
コーラン様には「承知いたしました」と返事をした。
しかし、そもそもそんなに長い時間、ユアン王子と過ごすのは出来れば避けたかった。
(しかもどうやって過ごすの? ずっと二人でお喋りだなんて無理な話だわ)
ユアン王子と過ごすことへの気まずさもあるが、外に出るということは護衛の数も必然的に増える。私がジュアナではないとバレてしまう可能性も上がるのだ。
基本、勉強だと言って部屋にこもることが多い私は、意図的に他者との関りを極力させていた。
だから、今回のお誘いはあまり嬉しいものではなかった。
「しかし、ユアン王子もお忙しいのでは?」
コーラン様に遠回しにやんわりと行きたくない旨を伝えると、ニッコリ笑って「やらなければならない仕事は今日のうちに済ませるそうです」と返事を返された。
「そうですか」
私の含む意図に気が付かないほど呑気な官僚ではない。ということは、わかった上で強制参加を意味しているのだろう。
そう言われると、私なんかには何も言えない。
「承知いたしました。では明日」
渋々そう返事をするほかなかった。
返事はしたけどさぁ……。
「う~、行きたくないなぁ~……」
コーラン様が退室した後、ベッドの上でゴロゴロとぐずってみる。
「ばれたらどうしよう……」
ふかふかのベッドに顔を埋めながら呟く
コーラン様はあぁ言ったけど、もし明日、ユアン王子に求められたら…?
そう考えると、顔がカッと熱くなって赤くなるのを感じた。お腹の奥がじんわりとうずく感じがする。
性格はどうであれ、冷徹の王子であってもあの姿形に迫られたらときめかない女性などいないのではないだろうか。
冷たい視線におびえながらも、あの大きな手で触れられ、低く甘い声で囁かれたら…。
「そんなの……」
想像だけでドキドキと胸が高鳴る。
でも、きっとそうはならない。私はその状態になったらユアン王子のお手付きになる前に、真実を告げなければならないのだから。
愛のない状態で抱かれるよりも、綺麗なままの体で死ねる方が幸せなのか……。
考えてもわからない。ただ、一つ言えるのは……。
「愛がなくてもユアン王子となら私は……」
一時の夢が見られたかもしれない。
――――
そんな微妙な不安と緊張感のまま、私は翌朝を迎えた。
リリーさんに手伝ってもらって支度は完璧だ。
「いいですか? 入浴後はこのクリームを塗って体をすべすべになさってくださいね。かさついた初夜など嫌でございましょう?」
「しょ、初夜って……! 違うから!」
何度違うと伝えても、この優秀な侍女は先を見越して入念な準備をかかさない。
リリーさんは一泊分の荷物を持ったりリーさんは私のお付きとして同行するが、いくら私を強制的に婚約させられたと哀れに感じていても、この城に仕える身としてはそこは手を抜けないのだろう。
わかる! その気持ちは私としてもよくわかる。だがしかし……!
さすがにスケスケのネグリジェを荷物に入れていた時は必死に止めた。コーラン様からそんなつもりの旅行ではないと言われているのに、私だけやる気満々だなんて恥ずかしすぎる。
それに、そう言う事態になったら私は命がないのだから極力そう言う状態にならないよう、ユアン王子とは距離を取らねばならないのだ。
「日差しがあるので、今日のトークハットは長めのレースにいたしましょう」
最近では私が外へ出るときは必然と顔が隠れるレース付きのトークハットを用意してくれる。
理由を聞かれたことはないし不審に思われたこともない。
荷物を持ったリリーさんと共に外へ出ると、すでに馬車が用意され、護衛やお付きの人たちも並んで待っていてくれた。
ユアン王子が公務へ出かける時を見かけたことがあるが、もっと仰々しく護衛もお付きの人も多かった。それに比べると、その人数は比較的少数で私的な物だとわかる。警護は劣らないが、少数精鋭という感じがするのだ。
リリーさんらお付きは別の馬車になるので、私はリリーさんと別れて促された一番大きな馬車へと乗り込んだ。
すると……。
「大丈夫か」
先に中にいたユアン王子が乗り込む私に手を差し伸べる。
「あ……はい」
一瞬躊躇したが、その手を取らないのは不敬だろう。そっとユアン王子の手に手を重ねた。すると、思った以上に力強い手で引き揚げられ、小さく悲鳴が漏れる。
「すまない、痛かったか?」
「いいえ。少しびっくりしただけなので」
「そうか」
申し訳なさそうな表情をしたユアン王子はすぐにホッとした顔つきになった。
(……なんだか今日のユアン王子はいつもと違うわ)
服装が動きやすいラフな服装ということもあるが、表情や目つきが今までとは違う。外を見る目は鋭いが、私に視線を向けると途端に柔らかくなるの。
視線が……。
(この人は一体誰?)
替え玉ではないだろうかと思わず疑いたくなるほど様子が違う。コーラン様がここに居たら視線で訴えたが、残念ながらこの馬車にはユアン王子と私の二人きりだ。
そう、気まずい空間である。
さらにユアン王子の態度の違いにさらに気まずさ、戸惑いが追加される。
どうしたものかと困り果て、視線を窓の外へと移した。景色は都会的な物から次第にのどかな物へと変貌していく。ほっこりした光景に心を落ち着かせていると低い甘い声がした。
「今日はいい天気だな。日差しはきつくないか?」
ユアン王子の問いかけにハッと顔を向けると、やはり穏やかな目でこちらを見る王子と目が合った。
「え、えぇ。レースで日よけしているので大丈夫です」
「エ……ジュアナはトークハットをよく被っているが好きなのか?」
「そうですね。それに、最近は日差しが強いのでちょうど良いのです」
「そうか」
この答えはいつ聞かれても良いように自分の中で決めていた返答だ。やはり王子は特に疑問に思わずあっさり頷いた。
しかし、ランチの時以上に落ち着いた会話ができている気がする。王子の声が柔らかいのだ。
(仕事が休みで、久しぶりにゆっくりできるからかしら?)
冷徹の王子でも休日は浮かれるのだろうか。それが私への態度に現れているのだろうか。そんなことを考えていた。
しかし……。
(凄く視線を感じる……)
いくらか態度が柔らかいからと言って、そんなに会話が続くわけでもなく。沈黙時は外を眺めていた。しかし、目の前に座るユアン王子は外を眺めるどころか、ずっと私を見つめている……気がする。
レース越しでも感じる視線に耐えきれなくなってきた私はユアン王子に顔を向けた。
「あの、何か?」
「何かとは?」
「ずっと私の方をご覧になっているご様子でしたので……。なにか顔についてますか?」
(まさかジュアナでないと気が付いたか?)
少しドキドキしながらもそう問いかけると、ユアン王子がフッと笑みをこぼした。……笑みをこぼした?
「いや? 婚約者を眺めるのは別に悪いことではないだろう?」
まぁ、確かに悪いことではない、が。
(……誰これ? え? やだ、この人誰? 絶対にユアン王子ではない! 替え玉? 刺客? 本物の冷徹の王子は一体どこへ? だって普段のユアン王子ならこんないい方はしない! こんな甘い声で穏やかに微笑みながら言ったりはしない! というか言われたことがない! つまり別人!?)
「どうした?」
「いえ……、一度コーラン様とお話がしたくて」
コーラン様ならどういうことか知っているだろう。まさかとは思うが……、王子の朝食に何かしらの毒を盛られた可能性もある。その影響ということもあり得るのだ。早急に王子のご様子について報告せねば。
挙動不審になる私に、ユアン王子は冷めた目を向けた。
あ……、いつものユアン王子だ。
「俺よりコーランと話がしたいのか」
違う、やっぱりこの人は別人だ!
どうしたものかと焦っていると、馬車の扉をトントンと軽く叩かれた。目を向けると、いつの間にか止まっていた馬車の外でコーラン様が笑いをこらえて立っている。
「コーラン様、あのユアン王子のご様子が……!」
「ジュアナ様、ご安心ください。この方は紛れもなく本物でございます。変な物も食べてはおりません」
平然と不躾な物言いをされ、目の前のユアン王子は不貞腐れたような顔つきを見せた。
ほら、やっぱり違う! いつものユアン王子はこんな子供のような表情はしない。
私が無言でコーラン様に訴えると、それでも笑いながら大丈夫だと言われてしまった。一番の側近であるコーラン様がそう言うなら……。
いぶかしげに思いながらも渋々なったくする。
「それよりも別邸へ到着いたしました。ユアン王子、お顔を引き締めてお降りくださいませ」
含むいい方のコーラン様を軽く睨みつけるが、ユアン王子はスッと背筋を伸ばすと顔つきを変えた。そこにはいつも見かけるあの冷徹の王子の異名をもつ冷めた目と顔のユアン王子がそこにいたのだ。
(本物だったわ……)
その切り替えに唖然としつつも、では先ほどのユアン王子は一体何なのか。
(私の前だから……?)
あれが表面的なユアン王子でないとしたら……。私に素顔をほんの少し見せてくれたということだろうか。
(どうして……)
いや、以前からユアン王子は時々そんな様子を見せてくれていた。私自身それは感じており、喜んでいたではないか。
(あぁ、どうしよう)
胸がキュンと苦しくなる。
ダメなのに。報われないのに。なのに、こういう時どうしても嬉しさが優ってしまうのだ。
もっともっと素顔が知りたい。ユアン王子の心が知りたい。その欲求はどんどん大きくなるばかり。
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