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1.お嬢様のいたずら?

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「ねぇ、ちょっと! 相談があるんだけれど」

ジュアナお嬢様が、紅茶を入れている私に手招きした。
この時点で、なんだか嫌な予感はしたんだ……。


明日、この国の王子に嫁ぐことが決まっているジュアナお嬢様は荷物の支度をしていた侍女を下がらせて私と二人きりだった。
辺りを見回してももちろん誰もいない。私を呼んでいることは確実だった。

(どうしたのだろう……。お菓子が美味しくないと怒られるだろうか。紅茶がまずいと中身をぶちまけられるのだろうか)

ゴクリとつばを飲み込んでソロっとそばへ寄った。

私、エルマ・ハルソンはこのラニマール侯爵家の侍女として、このジュアナお嬢様のお世話をしてきた。
ジュアナお嬢様はラニマール侯爵家の末娘としてそれはそれは可愛がられて育った。
だから少し……、そこそこ……。いえ、かなり我儘に育ったお嬢様は気に入らないことがあるとすぐに癇癪を起していたのだ。
そしてそれは年が近く話しやすいだろうという理由でお嬢様付き侍女にされた私にぶつけられる。

「早く来なさいよ、愚図ね」

お嬢様は大きなため息をついた。
そしてニヤッと口角を上げて、近くに来た私を見る。

「エルマ、明日の朝に王宮から迎えが来るでしょう?」
「はい……」
「ただ嫁ぐのでは面白くないと思わない? だから私と一緒に、王宮からの使者をからかってやりましょう」

ジュアナお嬢様のとんでもない提案に私は青くなる。

「い、いけません、お嬢様。王宮からの迎えの使者をからかうなんて、不敬にもほどがあります」
「何を言っているの? 私は王子の婚約者なのでしょう? その妃の遊びに付き合えないなんてどちらが不敬なのよ。少しからかうだけよ。あなたが私のドレスを着て迎えを待つの。あなたを私だと思っている使者に、後から私が出ていって驚かせるのよ」

つまり入れ替わって王宮からの使者を驚かせようというのだ。

(そんなこと、冗談でもしていいことではないわ!)

私とジュアナお嬢様は背格好がよく似ていた。同じ明るい金の髪に、背丈や体形もほぼ一緒。年齢も私が一つ年下なだけ。
小さい頃に使用人だった母に連れられてこの侯爵家で働いていたが、よく、ジュアナお嬢様に言われて服を交換し、入れ替わって使用人をだます遊びに付き合わされていた。
パッと見で使用人が間違えるほど、私たちは似ていたのだ。

(最近は交換こなんてしていなかったけど……)

懐かしい。これで良く母に叱られたものだ。もうその母は亡くなっていないけど……。

でも、そんなことしたら怒られるのは必須だ。

「駄目です、お嬢様。旦那様に叱られてしまいます!」
「いいじゃない、最後の可愛いおふざけよ」
「しかし……」
「エルマ、私の言うことが聞けないの?」

ジュアナお嬢様は私をキッと睨みつける。私は思わず口をつぐんだ。

「あなたはただの使用人よ? 私に歯向かうつもり?」
「いえ、そんなことは決して……」
「路頭に迷っていたあなたたち母娘を拾ってあげたのはこのラニマール家よ。衣食住に仕事まで与えた。私はその家の娘。言うことが聞けないだなんて言わないわよね?」
「もちろんでございます、ジュアナお嬢様……」

私は観念して深くうな垂れた。

「トークハットを被ればレースで顔が隠れるわ。そんなに心配はいらないわよ。すぐに私が出て行くんだから」

ジュアナお嬢様は楽しそうにケラケラと笑っている。
しかし私は顔を引きつらせるだけだった。


そうして、私は一睡もできないまま朝を迎えた。
使用人へ割り当てられたこの小さくて狭い部屋には、今日のために仕立てられたお嬢様のドレスとアクセサリー、トークハットなどが押し込まれている。
お嬢様になり済ますために私が部屋へ持ち帰ったのだ。時間になったらそれを着て玄関で待つよう言われていた。

「旦那様に大目玉を食らうわ……」

後から出てきたジュアナお嬢様を見送った後、私は旦那様に強く叱責されるだろう。

(いいえ、大目玉では済まされないわね……)

もしかしたら使用人の仕事も首になって、屋敷を追い出されてしまうかもしれない。
母に連れられてこの屋敷の使用人として働いた10年。17歳の娘が外に放りだされて何が出来るのだろう。

しかしジュアナお嬢様には逆らえなかった。ずっとジュアナお嬢様の遊び相手として、侍女として仕えてきた私には旦那様よりもジュアナお嬢様の方が身近だ。
そのお嬢様に言いつけられたことは、必ず守らなければならないと思っている。使用人の性なのか。

「追い出されてもいいように、荷物をまとめておかなきゃね……」

ため息をつきながら身の回りの物をバックへと詰めた。

(きっとこれはジュアナお嬢様からの最後の嫌がらせなのね)

なにかとキツク当たられることが多かった私は、お嬢様にあまり好かれていなかったのだと感じている。
見下し、バカにされることはよくあったし、お嬢様の悪戯を被って叱責されているのを笑われながら見られていたこともあった。
今回のことも可愛いいたずらで済むはずがない。

お嬢様は最後に私に絶望を感じさせるためにこんなことを思いついたのだ。

「お母さん、ごめんなさい……」

私は母の形見である小さな箱を開けた。

小ぶりなダイヤが付いた指輪。亡き父からの贈り物だという。それを大切に指につけると、ジュアナお嬢様から渡されたドレスに身を包む。

淡いクリーム色の豪華なドレスだ。

(こんな素敵なドレスを、このような形で切ることになるなんて……)

自嘲の笑みがこぼれる。さらに、髪を結わいて頭にトークハットと呼ばれる小さな帽子をかぶる。ドレスと同じクリーム色にピンクの大きな花が飾られていた。帽子の前部分には短いレースが垂れており、被ると顔半分が隠れる。
俯いていれば、パッと見はジュアナお嬢様に見えなくもない。

最後に部屋を見渡した。
もうここで明日を迎えることはないだろう。私はもう一度、心の中で母に謝った。

「よし!」

気合を入れて、覚悟を決めて外へ出た。

広い庭を抜けて侯爵邸の玄関まで行く。そこで王宮からの使者を待つことになっているのだ。

(緊張してきた……)

私はそっと胸を押さえる。すぐにバレてはいけないとお嬢様に何度も言われていた。

すると周囲があわただしいことに気が付いた。
使用人、旦那様、奥様、ジュアナお嬢様の二人の兄までもが血相を変えて走り回っているではないか。

(何があったんだろう……?)

キョトンと立ち尽くしていると、旦那様と目が合った。

「ジュアナ!! あぁ、良かった! いたんだな!」

そう言いながら駆け寄ってくる旦那様は、近くまで来てハッとしたように足を止めた。

(あぁ、もうだめだ。この距離で見られたらお嬢様でないことがばれてしまう。申し訳ありません、ジュアナお嬢様)

私はお嬢様からの叱責を覚悟して顔を上げた。
旦那様は目を丸くしたままだ。

「ジュアナじゃないな……。お前はエルマか……?」
「旦那様、申し訳ありません! この格好には訳がありまして……」
「そういえば、お前たちは昔からそうして入れ替わって遊んでいたな……。エルマ、それはジュアナに頼まれたのか? いつ? なんと? あの子は何か言っていたか!?」

旦那様の気迫に思わず後ずさりする。こちらの様子に気が付いた奥様や二人の兄までもが駆け寄ってきた。
どういうことかわからないまま、私はしどろもどろで白状した。

「あの、昨日ジュアナお嬢様に、王宮の使者様を驚かせたいから入れ替わるようにと言われて……。使者様が驚いている時にお嬢様が登場するからと言われました。旦那様、ジュアナお嬢様はどこですか……?」

周囲の雰囲気がただ事ではない。
私は訳を話しながら周囲を見渡した。ばれてしまったことに憤慨しながら出てくるだろう。そう思ったが、どこを見渡してもジュアナお嬢様の姿は見えなかった。

「お嬢様、どこに隠れて……」

入れ替わりが周囲にばれたのだからもう出てきてほしい。しかし出てくる気配は全くない。

旦那様は小さく舌打ちをした。

「ジュアナはいない」
「え?」
「今朝、部屋に居なくてな。探していたら、机の上に手紙が置いてあった」

旦那様はスーツの胸ポケットから手紙を出して私に見せた。そこにはお嬢様の字が書かれている。

『冷徹の王子と呼ばれている人のところへは絶対に嫁ぎたくない。家に出入りしていた異国の商人と遠い地へ駆け落ちをするから探さないでほしい。さようなら』

といった文面が書かれていた。

「こ、これはどういう……」

(もうお嬢様はここにはいないということ?)

手紙を持つ手が震える。

「冷徹の王子だろうがなんだろうが、とにかく王族に嫁げるのだから少しは我慢すればいいものをっ!」

旦那様は忌々しそうに吐き捨てた。


この国の王子は巷では冷徹の王子と呼ばれている。

いつからそう呼ばれているのか定かではないが、先の戦争でも侵略してくる他国へ無情な戦略で戦ったと噂されていた。
さらに、現在の王は体を壊し気味で、実質、実権は王子が握っていると言われている。王宮内でもその冷徹ぶりは凄いのだとか……。
その冷徹さ、感情のなさで、大臣や使用人らが恐れおののいているという話だ。


その通称、冷酷の王子は国民からも恐れられていた。
王子の機嫌を損ねたら、国が崩壊するのではないか。そう思わせるほど、冷たく無情な性格なのだという。

お嬢様はその王子に嫁ぐと決まった日、一日中泣いて暮らしていた。旦那様のごり押しで決まったような結婚だから尚更である。

(しかしもうてっきり、腹はくくったものだと思っていたのに……)

誰もが、まさか逃げるなんてそんな大胆なことをするなんて思いもしなかっただろう。

「異国の商人なんて得体のしれないやつと駆け落ちするなんて……。しかもこんな使用人を身代わりにしてまで!」

奥様がさめざめと泣きだした。
奥様はお嬢様同様、私に良い感情を持ってはいない。いつも私だけ「そこの使用人」と、決して名前で呼ぼうとはしなかったのだ。
ただの使用人が、自分の可愛い娘と背格好が似ているのが気に食わないのだろう。

「あいつには異国が魅力的に映ったのかもしれないな」
「何もわかっていないだけだよ。いつか泣いて帰ってくる」

二人の兄は口々にそう話す。口ぶりからして、どうでも良さそうな感じだ。妹のことなど、さほど興味がないのだろう。

「しかし、王宮からの使者は間もなく到着する。いつかは帰ってくるかもしれないが、そのいつかを待ってもらえるほど王子は生易しい方ではない。だが、ジュアナがいないと言うわけにはいかないだろう……」

旦那様は唇が切れるのではと思うほどに噛んで考えていた。
そして、嫌そうに大きくため息をついた。

「こうなったら仕方ないな……」

旦那様は私を見下ろした。
まさか……。



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