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第九話 正妃の願い
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「次の発情期で番にならないか」
エドワードにそう言われて、自分はどんな顔をしていただろうか。
驚きと喜び。それから混乱。王の真意を測ろうと顔色を見て、けれどもやはり意味が分からなくて泣きそうになった。
これまでも番に、という話は何度かあった。それこそアルバートを産んだ後も言われたことがある。しかし、そのときのエドワードは彼自身がそれを望んでいたわけではなかった。
この国の慣例として王と正妃は番にならないことが多く、決して仲睦まじいわけではなかった自分たちも当たり前のようにそうだった。
けれども妃はアレクシスだけで、おまけに正妃として身分も申し分なかった。
周りに番になった方がいいのでは、と言われて、確かにそちらの方が何かと都合がいいと思ったから。――確か、そのときのエドワードは、真面目な顔をしてそんなことを言っていた気がする。
だから、アレクシスはもちろん断った。これから先もずっとエドワードとふたりで添い遂げる未来が思い描けなかったからだ。
オメガはアルファと違い、生涯で一度しか番を作れない。その上、発情期の関係上一度番ができるとその相手と離れられなくなってしまうのだ。
いつか、自分は彼の元を去らなければいけない。役割が終われば離縁されるはずだ。長い間、そう思っていたから、絶対に番になってはいけないと思っていた。番になったとして、アレクシスが辛いだけだ。
それに番は本当に愛し合うふたりがなるものだ。
――お互い結婚は自由にできなかったけれども、番は真に愛する人となって欲しい。
だからこそ、好きでもない――むしろ嫌いだろう自分と番になる必要はないと思ったし、国王とはいえエドワードにだってそれくらいの自由があってもいいはずだった。
アレクシスにとって、それだけは譲れないたったひとつの願いだ。
そんな思惑もあり、アレクシスはエドワードの申し出を断り続けてきた。しかし、エドワードはその頃とはずいぶんと様子が違ってきていた。
今の彼は義務としてではなくアレクシス自身を見てくれているし、その働きだって認めてくれている。それに、最近のエドワードの目はとても真剣なものだ。アレクシスをまっすぐに見つめる、緑色の瞳には確かに愛情のようなものを感じることが出来た。だから、彼の真剣な求愛を聞いて、思わず了承しまったのだ。
もちろん、勢いに任せてしまった感は否めない。けれど、後悔はしていなかった。
今のエドワードとならば、ふたりで一緒にいる遠い未来も悪くないと思ったから。
そのやり取りの数日後、どこからその話を聞きつけたのか、アルバートがアレクシスを訪ねてきた。
「よろしいのですか?」
部屋に入るなりアルバートは不機嫌そうに口を開いた。そのあまりにも不躾な態度に、アレクシスは苦笑するしかない。
この子は本当にエドワードのことが嫌いだ。長年、冷遇されてきたアレクシスのことを誰よりも近くて見てきたからだ。国王として尊敬はしていても、父親としては許せない部分の方が多いのだろう。
「最近の陛下はお変わりになったように見えますよ」
「母上だって、信じきれてないくせに」
父親によく似た顔をアルバートが盛大に顰めた。眉間に深いしわが寄った気難しそうな表情は、どちらかといえばおそらくアレクシスに似ている。
「そうですね。でも信じてみたいと思いました」
アルバートを宥めるように言って、アレクシスはそっと微笑んだ。
自分ももう不惑を過ぎている。次の発情期はこないかもしれない。きたとしても腹の子を産んで、数ヶ月後だ。腹はずいぶん大きくなってきたとはいえ、まだ産み月ではない。
つまり、やってくるかも分からない発情期がくるまでの一年余りを、エドワードは待つという。
それはエドワードの真意を測るのにちょうどいい時間のように思えた。もしそれまでにエドワードの気が変われば、番になるのをやめればいいのだ。
「それまでに父上の気が変わるかも」
「そのときはそのときです」
むすっとした様子のアルバートは、まるで幼い子どものように詮ない駄々をこねる。
「母上には幸せになって欲しいのです」
彼の実の父親に対するあまりの信頼のなさに、アレクシスはくすくすと笑った。
アルバートの心配はそのままアレクシスへの愛情だ。幼い頃からアルバートはよくアレクシスを気遣ってくれた。それが偏に父親への反発や反抗だとしても、有り難いとは思う。けれども、アレクシスはいつになく晴れやかな気分だった。
「でも、本当に嫌ではないのです」
「……父上と番になるのがですか?」
「はい。今更だな、と思う気持ちももちろんありますが、陛下があれほど待つとおっしゃってくださったので」
「信じてみるおつもりなのですか」
「そうです。もうたぶん、これが最後だと思うので」
エドワードと番になる。――彼を再び愛してみる、最後の機会。
あれほど不機嫌を隠そうともしなかったアルバートが、アレクシスの言葉を聞いてふっと諦めたように笑う。
「母上は優しすぎますよ」
「そうでもありませんよ」
王子とそんな会話をしたのが、秋の初めの頃だった。
エドワードにそう言われて、自分はどんな顔をしていただろうか。
驚きと喜び。それから混乱。王の真意を測ろうと顔色を見て、けれどもやはり意味が分からなくて泣きそうになった。
これまでも番に、という話は何度かあった。それこそアルバートを産んだ後も言われたことがある。しかし、そのときのエドワードは彼自身がそれを望んでいたわけではなかった。
この国の慣例として王と正妃は番にならないことが多く、決して仲睦まじいわけではなかった自分たちも当たり前のようにそうだった。
けれども妃はアレクシスだけで、おまけに正妃として身分も申し分なかった。
周りに番になった方がいいのでは、と言われて、確かにそちらの方が何かと都合がいいと思ったから。――確か、そのときのエドワードは、真面目な顔をしてそんなことを言っていた気がする。
だから、アレクシスはもちろん断った。これから先もずっとエドワードとふたりで添い遂げる未来が思い描けなかったからだ。
オメガはアルファと違い、生涯で一度しか番を作れない。その上、発情期の関係上一度番ができるとその相手と離れられなくなってしまうのだ。
いつか、自分は彼の元を去らなければいけない。役割が終われば離縁されるはずだ。長い間、そう思っていたから、絶対に番になってはいけないと思っていた。番になったとして、アレクシスが辛いだけだ。
それに番は本当に愛し合うふたりがなるものだ。
――お互い結婚は自由にできなかったけれども、番は真に愛する人となって欲しい。
だからこそ、好きでもない――むしろ嫌いだろう自分と番になる必要はないと思ったし、国王とはいえエドワードにだってそれくらいの自由があってもいいはずだった。
アレクシスにとって、それだけは譲れないたったひとつの願いだ。
そんな思惑もあり、アレクシスはエドワードの申し出を断り続けてきた。しかし、エドワードはその頃とはずいぶんと様子が違ってきていた。
今の彼は義務としてではなくアレクシス自身を見てくれているし、その働きだって認めてくれている。それに、最近のエドワードの目はとても真剣なものだ。アレクシスをまっすぐに見つめる、緑色の瞳には確かに愛情のようなものを感じることが出来た。だから、彼の真剣な求愛を聞いて、思わず了承しまったのだ。
もちろん、勢いに任せてしまった感は否めない。けれど、後悔はしていなかった。
今のエドワードとならば、ふたりで一緒にいる遠い未来も悪くないと思ったから。
そのやり取りの数日後、どこからその話を聞きつけたのか、アルバートがアレクシスを訪ねてきた。
「よろしいのですか?」
部屋に入るなりアルバートは不機嫌そうに口を開いた。そのあまりにも不躾な態度に、アレクシスは苦笑するしかない。
この子は本当にエドワードのことが嫌いだ。長年、冷遇されてきたアレクシスのことを誰よりも近くて見てきたからだ。国王として尊敬はしていても、父親としては許せない部分の方が多いのだろう。
「最近の陛下はお変わりになったように見えますよ」
「母上だって、信じきれてないくせに」
父親によく似た顔をアルバートが盛大に顰めた。眉間に深いしわが寄った気難しそうな表情は、どちらかといえばおそらくアレクシスに似ている。
「そうですね。でも信じてみたいと思いました」
アルバートを宥めるように言って、アレクシスはそっと微笑んだ。
自分ももう不惑を過ぎている。次の発情期はこないかもしれない。きたとしても腹の子を産んで、数ヶ月後だ。腹はずいぶん大きくなってきたとはいえ、まだ産み月ではない。
つまり、やってくるかも分からない発情期がくるまでの一年余りを、エドワードは待つという。
それはエドワードの真意を測るのにちょうどいい時間のように思えた。もしそれまでにエドワードの気が変われば、番になるのをやめればいいのだ。
「それまでに父上の気が変わるかも」
「そのときはそのときです」
むすっとした様子のアルバートは、まるで幼い子どものように詮ない駄々をこねる。
「母上には幸せになって欲しいのです」
彼の実の父親に対するあまりの信頼のなさに、アレクシスはくすくすと笑った。
アルバートの心配はそのままアレクシスへの愛情だ。幼い頃からアルバートはよくアレクシスを気遣ってくれた。それが偏に父親への反発や反抗だとしても、有り難いとは思う。けれども、アレクシスはいつになく晴れやかな気分だった。
「でも、本当に嫌ではないのです」
「……父上と番になるのがですか?」
「はい。今更だな、と思う気持ちももちろんありますが、陛下があれほど待つとおっしゃってくださったので」
「信じてみるおつもりなのですか」
「そうです。もうたぶん、これが最後だと思うので」
エドワードと番になる。――彼を再び愛してみる、最後の機会。
あれほど不機嫌を隠そうともしなかったアルバートが、アレクシスの言葉を聞いてふっと諦めたように笑う。
「母上は優しすぎますよ」
「そうでもありませんよ」
王子とそんな会話をしたのが、秋の初めの頃だった。
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