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第三話 国王の悩み

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 昼下がり、執務室で仕事をしているエドワードの元を訪ねるものがあった。
 不躾に扉を叩く音を聞いて、エドワードは思わず眉根を寄せる。来訪の先触れはなかったが、国王の執務室の扉をこんな風に叩く者など今の王宮にはひとりしかいない。

「入れ」
「失礼します」

 乱暴に明けた扉から入ってきたのは第一王子――アルバート。エドワードとアレクシスとの間に生まれたアルファの王子だ。
  許可を出す前に開けただろう、と思ったが、そんな細かい注意を聞く相手ではない。むしろ、エドワードの前では長い反抗期の真っ最中で何かと突っかかってくるのだ。

「父上、母上に贈り物をしたでしょう」 

 アルバートはエドワードによく似た顔でそう言った。
 エドワードと揃いの鳶色の髪に、アレクシスから受け継いだ薄青色の瞳。凛々しい顔立ちと瑞々しい美しさはアルファらしい自信に満ち溢れていて、少々傲慢で不遜なところも若さゆえだと思えば可愛いものだ。

 しかし、相変わらず父親であるエドワードへの態度には可愛げのひとつもなかった。昔からこの王子には嫌われている。いや、他の四人の王子たちの自分への態度も、似たようなものだけれども。
 どんな態度を取られても、アルバートはエドワードのたったひとりの妃アレクシスが生んだアルファの王子だ。まごうことなき王家の嫡出で、能力的にも優秀で文句のつけようもない。

 エドワードのすることには何でもかんでもケチをつけてくるあの王国議会ですら、アルバートの立太子には文句のひとつすら言うことが出来なかった。
 それに今現在、エドワードにはアルバートの来訪を拒めない理由があった。
 それが、これだ。

「何故、宝飾品など贈ったのです。扱いに困っておいででしたよ」
「喜んではいなかったか」
「まったく。ちっとも。これっぽっちも喜んではいらっしゃらなかったですね」
「――そうか」

 はぁ、と嘆息するとアルバートも呆れたように息を吐いた。アレクシスから受け継いだ氷のような薄青がじっとエドワードを睨む。

「しきりに国庫の心配をされていたので、今後は高価な贈り物は控えた方がよろしいかと」
「わかった」

 エドワードは先日、二十年以上連れ添った正妃アレクシスに「恋がしてみたい」と告げた。
 相手はアレクシスがいいとも伝えたが、あまり反応は芳しくなかった。むしろ「陛下がそれを望まれるなら」と返されてしまったのだ。

 それはつまり、アレクシス自身は「エドワードとの恋」を望んでいないということだろう。
 恋はひとりでも出来るが、成就させるためには相手の気持ちを返してもらう必要がある。エドワードはアレクシスからのそれが欲しかった。
 だからこそ、少しでも打ち解けようとせっせと贈り物をしているわけである。けれども。

「アレクシスの好みはなかなか難しい……」
「それは父上が母上のことをまったく理解されていないからですよ」
「うっ」

 冷たい言葉に胸を刺されて言葉に詰まる。
 返す言葉もないとはこのことだ。なかなかの破壊力。アルバートの言葉はいつも的確にエドワードの急所を突いてくる。

 エドワードが不遜極まりないアルバートを追い返さない理由はこれだ。
 アルバートはエドワードにとって、アレクシスのことを知るための貴重な情報源だった。なにせ、アレクシスはエドワードの前では常に柔らかく微笑んでいて、感情を表に出さない。微笑み以外の顔を発情期以外で見たのは、先日の「恋がしたい」宣言のときくらいだ。

 何を贈っても彼は微笑んだままでありがとうございます、としか言わないから、アルバートを介してその反応を探るしかない。
 しかし、アルバートは父親に協力的とは言い難く、むしろ、何でそんなことも知らないのだという顔をして、いつだってエドワードを責め立ててくる。敵意がむき出しである。

「宝石も服も喜ばないとは……」
「母上はとても慎ましい方ですからね」

 ふふん、と何故か自慢げに言われてエドワードは唸った。
 ここ数日、アレクシスには様々なものを贈った。贈り物の基本である装飾品はもちろんのこと、衣類や靴、それから花など。商人たちを相談しつつ、一般的に贈り物として喜ばれるものを選んだつもりだった。しかし、それら全てをアレクシスは喜んでいないという。
 エドワードとしては、万策尽きるという気持ちだった。

「お前なら何を贈る」

 頭を抱えながら問えば、アルバートは一瞬渋い顔をする。しかし、このままではアレクシスはまったく好みではない贈り物をもらい続けるはめになるとでも思ったのだろう。エドワードに聞こえるように一度盛大に嘆息してから私なら、と口を開いた。

「本を贈ります」
「本?」
「……父上は今まで本当に母上のことを知ろうともなさらなかったのですね。母上は本がお好きで、暇があればいつも読まれていますよ。王宮の図書館にあるような歴史書や学術書も読まれるようですが、好まれるのは市井の民が読むような大衆向けの娯楽小説です。それも恋愛ものがお好きです」

 ――娯楽小説。

 アルバートの言葉にエドワードはひどく驚いた。あの真面目なアレクシスがそんなものを好むとはまったく思わなかったからだ。しかも特に好きなのが恋愛を扱ったものだとは。

「母上の私室には私物の本だけを集めた本棚があって、母上は毎回ご自分で選ばれたお気に入りの本をそこに並べておいでです。私たちが幼い頃によく読んで下さった絵本も並んでおりますよ」

 きっとその本棚はアレクシスの宝物だけを飾った棚なのだろう。そこにエドワードが関わったものはおそらくひとつもない。 むしろ、存在すら知らないことに愕然とした。

 思い返せば、エドワードがアレクシスの私室に足を運んだことは一度もなかった。会うときは国王の執務室や王宮内の温室にアレクシスを呼んでいたし、発情期のときは専用の部屋がある。

 行く必要がなかったと言えばそれまでだが、アレクシスに招かれたことも呼びたいと思われたこともないであろうことにエドワードは衝撃を受けた。
 それはまさにエドワードとアレクシスとの間にある深い深い溝を示しているようだったからだ。

「その様子では、母上が王都の本屋まで自ら買いに行かれていることも知らないのでしょうね」
「そうなのか……」
「もちろん、ちゃんと許可はとっておいでですよ。お忍びですけれど、しっかり護衛もついております」

 平然とそう言われてしまいエドワードは危ないのではないか、という苦言を飲み込んだ。
 いつから出かけているか知らないが、許可が出ているということは何年も前に自分が出したのだろう。まったく覚えていないが。

 エドワードはかつての無関心な自分を怒鳴りつけたくなった。
 アレクシスのことを何も知らない自分にひどく腹が立ったし、こんな関わり方しかしてこなかった夫に、いきなり「恋がしたい」と言われたアレクシスだって困惑するに決まっている。

 先日の驚愕と困惑に満ちたアレクシスの顔を思い出す。いつも人形の取り澄ましている顔が崩れて、彼の心がほんの少しだけ垣間見えた気がした。



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