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【三章】技術大国プラセリア

47.獅子VS獅子

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 ――――赤?

 俺は今目を瞑っている。写るものがあるわけがない、まぶたの裏側に遮られ視界は真っ暗闇のはずだ。
 最初は血の色かとも思ったが、頬以外から出血しているわけでもないし、頬の傷から目に入ったりはしていないはずだ。

 だとすればこれはなんだ?
 ……いや、覚えがあるな。寝ぼけた頭を覚醒させるようにカーテンから漏れた朝日を受けたとき、あるいは炎天下にふと空を見上げ目を細めたとき。
 
 そう、強い光だ。まぶたを貫通するほどの強い光を受けたときに似ている。

「…………あっつ!!」

 ごうごうと、電気ストーブの間近にいるような熱気が肌をビリビリと刺激する。
 なにかと思い目を開くと、そこには驚くべき光景が広がっていた。

 サイクロプスへと伸ばされていた巨人の腕、その肘あたりへと一筋の線が走り、溶かすようにして両断していたのだった。
 ズン、と切り落とされた腕が地に落ち、大地を揺らす。イマジナリークラフターの制御を離れたのだろう。やがて腕の形を保てなくなり、液体のように拡がって辺り一面を黒い液体で満たした。

 巨人相手にこれほどのダメージを与えられるこの技……この熱を俺は知っている。

 思い当たる節がある俺は、慌てて機体の外に飛び出る。中にいたときよりも熱が伝わってくるが、そんなことはどうでもよかった。
 光の線をたどり、その先にはやはり俺の予想していたとおり、一匹の獅子が咆哮していた。

「――やっぱりガレオニクスだ。なんでここに……?」

 この熱線はガレオニクスの必殺技、『アークフレアブラスター』だった。
 実際に体感したことがあるからこそ、一目で気付くことができた。……が、問題はそこじゃない。あの機体、胸に獅子の意匠を持つ赤銅色の魔動人形『ガレオニクス』はフラムの愛機だ。

 アークライト王国で生活している彼女が今この場に彼女が居るはずがない。

「この先はアークライト王国の領地、これ以上進むことはこのわたくしが許しませんわ!」
 
 凛としていてよく通るこの声。間違いない、フラム本人だ。
 先の台詞から推測するに、アークライト王国へと侵攻しようとしている巨人を察知して出撃したのか……?
 それにしては対応が早すぎる。ここはまだプラセリアの領地だし、国境だってまだまだ先だ。

「貴様……その魔動人形、知っているぞ。アークライトの王女様が直々に出陣とは、ご立派じゃあないか……!」

 ガオウが口を開く。その言葉の端々から苛立ちを感じ取れた。
 少々驚いているようだが、サイクロプスを吸収しようとしていたところを、不意打ちの攻撃で腕を落とされたことに怒りを覚えたのだろう。

「フン……いいのか? ここはまだプラセリアの領土だ。王族が無断で、それも魔動人形に乗りながら侵入してくるなど、国際問題になりかねないぞ?」

「おあいにくさま。今のわたくしは王族ではなくってよ。それに……あなたも同じことをしようとしていたみたいだけど?」

「フッ、問答をする気はないか。まあよい、遅かれ早かれ愚かなアークライト王族は滅ぼすと決めていた。その皮切りとしてお前には死んでもらおう」

「あら……随分と物騒ですこと。その発言は宣戦布告と見なしてもよろしくて?」

 ガオウがフラムの問いに答えることはなかった。巨人はゆっくりとガレオニクスへと向け方向転換し、俺のことは忘れたかのように意識を移す。

 ガレオニクスへと相対した瞬間、巨人の落とされた腕は瞬く間に復元される。
 腕一本分の質量を失っているはずなので、少なからぬ損耗があるのは間違いないだろうが、それでも全体の数パーセント程度だろう。

 それに対してガレオニクスは必殺技を放ったばかりだ。あれは魔力を相当使用するうえに、放熱が必要なので使ってから一定時間、反動で身動きがとれないという弱点がある。

 ――まずい。そう思った時には巨人は復元した腕をガレオニクスに向け、五指の先端に魔力を収束させていた。

「――フラムっ!!」

 慌ててフラムの名を叫ぶが、遠くにいる彼女には拡声器でもないかぎり声は届かないだろう。よしんば聞こえていたところでなにも変わらないのだが、叫ばずにはいられなかった。
 あの圧倒的な暴力の矛先が彼女へ向けられたのだ、心配にならないはずがない。

「散れっ!」

「ッッ! フラーームっ!!」

 案の定ガレオニクスは身動きがとれないようだった。そんなガレオニクスへ向けて、魔力の弾丸が放たれる。

 だが着弾の間際、ガレオニクスを庇うように魔動人形が一機飛び出してきた。

「あれは……!?」

 まるで騎士のような甲冑を想起させるその姿。大きな盾を巧みに操り、魔力弾を捌くその様に見覚えがある。あの機体は前に戦った機体だ。確かフラムの近衛兵の人が操縦していたはず。
 たしか名前は――。

「姫――お嬢様、ご無事ですかっ!」

「ええ、ライゼルト。相変わらずいいタイミングね、助かりましたわ」

 そう、ライゼルトさんだ。前に戦った時も感じたが、ガレオニクスとの連携は洗練されている。
 たゆまぬ訓練と、いくつもの実戦を経てきたことを感じさせられる動きだ。

「ほう、さすがに一人ではなかったか。だが……たった二体の魔動人形でどうするつもりだね?」

「……ふふ、あまり油断していると、足元をすくわれますわよ?」

「戯れ言を――ぬぅ!?」

 フラムとガオウの会話の途中、急に巨人の体勢が崩れた。
 気付けば巨人の片足は何かによっており、細くなったことによって自重を支えきれずにバランスを崩したのだ。

「お――のれぇ!」

 ガオウは瞬時に脚部を再生させることで、すんでのところで転倒を免れた。しかしその声色には明確な怒りの感情が込められている。

 そんなガオウを嘲笑うかのように、ジジジと電気が流れているような音とともに、一体の魔動人形が姿を表した。

 青く痩身の機体で、両手には片刃の剣を携えており、更には両肘、両肩にもブレード状の鋭利なパーツが付いているのが特徴的だ。
 なにもないところから姿を現したことを考えると、一時的に姿を隠す能力があるようだ。人知れず巨人の足を攻撃していたのはこの機体だろう。

「見事ですわ、レフネイト」

「ありがたきお言葉、身に染み入ります」

 レフネイト……ライゼルトさんと双子の兄弟だって前に聞いたな。熱血漢なライゼルトさんと真逆で、クールな印象を受けたのを覚えている。

「貴様らぁ! 舐めるでないわぁ!」

 巨人がガレオニクスへ向かって走り出した。動きこそ緩慢だが、その巨体ゆえに僅か数歩でガレオニクスへと接近する。

「ライゼルト、レフネイト! 手はずどおりいきますわよ!」

「「はっ!」」

 フラムの合図で陣形を整えた三機は、付かず離れずといった感じで、巨人との距離を保ちながら攻撃を捌いている。
 だがその戦いぶりに違和感を覚えた。牽制程度に攻撃は仕掛けているものの、基本的には守りに徹しているのだ。
 相手を倒すつもりでない。まるで、……。
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