元四天王は貧乏令嬢の使用人 ～冤罪で国から追放された魔王軍四天王。貧乏貴族の令嬢に拾われ、使用人として働きます～

【無視できない招待状】

話せばわかる

「さて……エレミア、無事か？」

　アースは戦いながらもエレミアへと被害が及ばないよう意識はしていたが、爆発など少々派手にやり過ぎたところがあったので、エレミアの安否を確認するために声をかけた。

「アース？　アースよね？」

「ん？　そうだが……何を言ってるんだ？」

　エレミアはアースに感じた違和感の正体を探るも、返ってきた返事はいつものアースそのものだった。あの時何が起きたのかはエレミアにはわからなかったが、今のアースはいつも通りだ。
　考えても答えは出なさそうだったので、エレミアはこのことについて深入りしないことにした。

「あ、いえ。何でもないわ。私は大丈夫よ……それよりアースは大丈夫なの？　腕から出血してるみたいだし、それにちょっと苦しそう……」

「そうか、エレミアが無事でよかった。俺の方は……出血は多いが腕の傷はそう深くないし、俺のことは心配しなくていいぞ。命に別状はない」

　アースの言うとおり命にこそ別状はなかったが、だからといって放置していいような状態ではない。

　早急に処置をすべきなのであるが、まだ全て終わったわけてはない。エレミアの元に戻ったアースは、一部始終を見ていたであろうダストンへとくるりと振り返り、語りかける。

「さて……お抱えの傭兵は全て倒したぞ、ダストン。エレミアに危害を加えようとしたことは看過できない。覚悟してもらおうか」

「ふ……ふん！　何を勝った気でいる！　僕にはまだ何十人もの兵がいるんだぞ？　満身創痍のお前に何ができる！　さあお前達！　早くこいつらを引っ捕らえろ！」

　ロウガの暴走によって半数は戦闘不能に陥っているが、まだ衛兵は数十人程残っていた。片や満身創痍の男一人と、か弱い女性一人。それを取り囲む完全武装した兵士数十人。

　端から見れば戦力差は明らかだった。しかしダストンの命令を受けても、本来有利な状況であるはずの衛兵たちはその場で固まり、誰一人も雇い主の命令に応じようとはしなかった。

「な、何言ってんだ。あの化け物を相手にして勝った奴に、俺達が敵うわけないだろ……」
「金払いが良いから言う事聞いてたけど……こんな危険な仕事だったなんて……」

　衛兵達は戦闘が始まるまで、アースのことは多少特殊な力があるただの使用人程度だと思っていたが、ここまで規格外の実力を持っていることは知らなかった。
　その実力がはっきりした今、そんな相手に真っ向から立ち向かうような気概を持った者は居らず、雇い主の命令があっても呆然と立ち尽くすのみであった。

「何をやってるお前ら！　早くなんとかしないか！　相手は手負いだぞ！」

「――いいだろう。やると言うのであればかかって来い」

　そう言って構えを取るアースの姿に、先の激しい戦闘での姿が重なり、もしその矛先が自分達に向けられたらと嫌でも想像してしまう。
　
「――く、クソッ！　俺はもう降りる！　こんな危ない仕事やってられるか！」

　衛兵の一人がアースのプレッシャーに負け、踵を返しどこかへと走り去って行く。

「俺もだ！　一人で黒狼傭兵団を全滅させるようなバケモノなんて相手できるかよ！」

　それを切っ掛けに、次々と戦線を離脱する衛兵達。
　気付けば気を失っている者を除き、全ての衛兵がこの場を去っていた。

「あ……あいつら！　役立たず共め！　全員反逆罪で牢屋にぶちこんでやる！」

「惨めなものだな、ダストン。お前のために戦う者はもういないらしい」

　キサラのように、命を賭してまで主君を守ろうといった気概を持つ者は一人もいなかった。
　ダストンとその部下の関係は所詮その程度だったのだろう。

「黙れっ！　僕はまだ負けていない……僕にはまだこの魔動鎧装まどうがいそうと魔動戦車がある！　黒狼傭兵団が敗れたのは想定外だが、その他の有象無象の衛兵など、この装備があれば居なくても同じことだ！」

「そうか、なら行くぞ」

　アースが一歩、また一歩とダストンへと近付いていく。

「て、手負いのくせに調子にのりやがって！　後悔させてやるよ！」

　先のアースとロウガの戦いの一部始終を見ていたので、ダストンもアースの実力は重々承知していたものの、自信満々に逃げずに真正面から迎え撃とうとする。

　それもそのはずで、ダストンが装備している魔動鎧装は多額の資産を投じた特注品で、全身がアダマンタイト製、さらには常時防御魔法が起動していて魔法も防ぐ。
　そして動作補助の役割も担っており、女性でも岩を持ち上げられるほどの怪力を得ることができる。

　魔動戦車も同様の装甲を持つ、そしてその主砲の威力は上位魔法に匹敵する。
　絶対的な自信とともにダストンは戦車の砲台に座り、歩きながら近付いてくるアースが間合いに入ると、照準を合わせ主砲の引き金を引く。
　
「死ねぇぇっ！！」

「『天地創造クリエイション』」

　しかし主砲が放たれるその間際、アースの天与によって地面を隆起させたことにより戦車の車体が大きく傾く。
　放たれた砲撃は照準を大きく外れ、空の彼方へと消え去っていった。

「おわっと！　くそっ、くそっ！　なんだよそれ！」

　地面の隆起は続き戦車が傾むくのが止まらなかったので、ダストンは慌てて戦車から飛び降りる。やがて戦車は上下を逆さにして地面へと落ちた。

「ひっくり返ったらもう使えないじゃないか……！　なんてことしやがる！　ぬぐぅぉぉぉっ！」

　ダストンは戦車を元に戻すため持ち上げようと試みた。驚いたことにま魔動鎧装の力によって、馬車ぐらいの大きさはあるあの大きな鉄の塊が僅かだが持ち上がっていたのだ。

　だがひっくり返すには力が足りなかったようだ。歩きながら距離を詰めてくるアースに焦り、ダストンは腰に携えた剣を抜いた。
　無論この剣もアダマンタイト製の最高級品である。

「クソがっ！　こうなったら僕が自ら相手してやる！　うぉりゃぁーーっ！」

　ダストンはぶんぶんと剣を振り回しながらアースへと接近する。だが剣の間合いに入り何度打ち込もうとも、そのどれもがアースを捉えることはなかった。

「なんでだっ、なんで当たらないんだ！」

「……もうやめろ。腕力は大したものだが、お前の剣には『技』も『心』も無い。そんな剣では、俺には届かない」

「――黙れぇぇぇぇっ！！」
　
　アースの言葉に激昂したダストンは、渾身の力でアースの顔面を目掛けて突きを放つが、いとも容易くその刀身をアースが両手の掌で挟み込んだ。

「な……何！？」

「『天地創造クリエイション』」

　アースはアダマンタイトの剣の一部分だけ脆弱性を高め、そのまま根本からへし折る。

「な……！？　アダマンタイト製だぞ！？　くっ、まだだ！　武器を失ってもまだ魔動鎧装が――」

「『天地創造』」

　アースは間髪を入れずに魔導鎧装の兜部分を片手で掴み、天与を発動させる。
　すると、強固であるはずの鎧がバラバラと崩れ始め、ダストンの姿が顕あらわとなった。

「――は？　え？　お、おい……全身アダマンタイト製の特注品だぞ！？　一体何をしたんだ――――ヒィッ！」

　鎧が全て剥がれ落ちた後、最後にアースは掴んだ兜をダストンの頭部から取り外し、握り潰し粉々にする。
　ダストンは眼前で行われた圧倒的な光景に畏縮し、短い悲鳴を上げる。

「――ま、待て待て！　落ち着け、話せばわかる！　――そ、そうだ！　お前もあの女に金で雇われているんだろう？　片田舎の大したことない領地って聞いてるし、当然金払いも悪いだろ？」

「……」

　ダストンは自分が窮地に立たされると、何か秘策を思い付いたのかのように途端に早口で捲し立てる。
　アースそんなダストンに何をするわけでもなく、それを沈黙しながら聞いていた。

「田舎臭い悪質な領民共が周りにいたら生活の質だって落ちるだろ？　僕に付くなら給料は今の５倍……いや、１０倍の金額を出そう！　更には我が絢爛けんらんたるコンクエスター領で自由に豪遊できる特典も付けよう！　どうだ？　ちょっと見た目が良いだけのあんな小娘に付くより、賢明な判断だと思わないか？」

　この期に及んで、ダストンはアースを自分側に引き込もうと勧誘し始める。
　実際問題、大方の者はこの魅惑的な誘い文句に乗ってくることをダストンは知っていた。
　黒狼傭兵団もそうやって取り込んだ経緯があり、目の前の男も金さえ積めばなんとかなると、そう思っていたのだ。

「――黙れ」

「――え？」

「黙れと言ったんだ。エレミアに手出しするだけでは飽き足らず、俺にとって大切な場所……大事な人達を侮辱するとは、つくづく俺を怒らせたいようだな？」

　ダストンの言葉は全て逆効果だった。よかれと思って言ったことが全てアースの逆鱗に触れる結果となる。
　思っていたのと真逆の反応、そしてアースのあまりにもの剣幕にダストンの額からは汗が滝のように流れ落ちる。

「ち、違っ！　お前程の力があれば何でも思いのままだぞ！？　富も！　名誉も！　好きなだけ手に入るんだ！　僕がその手助けをしてや――あっ……いや、その……えーと――――」

　ダストンはアースの無言の圧力に気圧され、徐々に語気が弱々しくなり、最終的には口を閉ざしてしまう。

「――俺は金や名誉のために今ここにいるんじゃない。エレミアと……あの街の人々と共に過ごす時間が、俺にとって何よりも掛け替えのない、大切なものだからだ。お前にはそれが理解できないようだがな」

「――た、助け――」

「安心しろ、殺しはしない。エレミアもそれを望まないだろうからな。ただし、二度と同じ真似が出来なくなる程度には痛い目を見てもらうことになるがな」

「ヒイッ！！　ゆ、許してくれ！　頼む！　金ならいくらでも出す！」

　ダストンは冷や汗をだらだらとかきながら、必死の形相でアースに懇願する。
　しかしそれはなんの効果もなく、まだ金を出せばなんとかなると思っていたこともあり、ただただアースの神経を逆撫でしただけに過ぎなかった。

　が、そんなダストンに救いの手が差しのべられる。

「待ってくれ！」

　聞き覚えのある男性の声に、アースとダストンは同時に声の方へ視線を送った。