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【無視できない招待状】

黒狼傭兵団

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 轟音が鳴り響き、雷が過ぎ去った通路は所々黒く焼け焦げていた。

 しかし、魔法を放った主である露出度の高い派手な服装をした魔法使いの女性は、苦虫を噛み潰したような表情になる。

「お、おい! 女は無傷で捕まえろと言っただろう! これでは――」

「うるさいわね……! ちゃんと死なない程度に手加減はしたわよ! それに、まんまと逃げられたみたいよ。まったく……忌々しい!」

 女魔法使いの近くにいた衛兵が苦言を呈するが、苛立つ彼女の感情を逆撫でしただけであった。
 それもそのはずで、魔法を放った跡に人影はなく、大きな横穴だけが見て取れた。
 通路一杯に拡がる魔法を避けるため、アースは壁に穴を開け、外に脱出していたのであった。

「くっ、外だ! 外へ逃げたぞ! 全員館の外を探すんだ!」

「あらあら、あなたたちも大変ねぇ」

「……お前らも引き続き協力するんだぞ」

「……はいはい、わかってるわよ。小娘一人捕えられないようじゃ私たち『黒狼こくろう傭兵団』の名が廃るわ。報酬分はきっちりと仕事させてもらうわよ」

 彼女ら『黒狼傭兵団』はこのコンクエスター領を拠点とした傭兵団である。
 団員数こそ少ないが、個々が高い実力を持っているのと、金さえ積めばどんな仕事でも引き受けることから、その界隈ではかなり名の知れた存在だ。

「しかし、ヴァネッサ。あの男はただ者ではありませんよ。念のため仲間を呼んだ方がいいんじゃないですかね?」

「はぁ!? 私が負けるとでも!? ――あ、いいこと思い付いちゃった」

 何処からともなく現れた痩身の男の言葉に、ヴァネッサと呼ばれた魔法使いの女はムッとした表情になるが、何かを思いついた様子で、途端ににやけた顔つきに変わる。

「ただ殺すだけじゃつまらないわ。私達の全力であの男をじわじわとなぶり殺しにしてやるのよ。それを見たあの純粋無垢そうなお嬢ちゃんは、一体どんな反応をするでしょうね……ねぇ、そう思うでしょ、シバ?」

「ふっ、相変わらずの趣味の悪いことですねぇ」

「何言ってんのよ、そう言うあんただってまんざらでもなさそうじゃない」

 ヴァネッサを悪趣味だと言いながらも、シバの表情も彼女のそれと同様に邪悪な笑みを浮かべていた。
 否定はしないことから、彼も同様の趣向を持っていることがわかる。
 実力はあるが性格に難がある、『黒狼傭兵団』はそういった人材が集まる集団であった。

「――それじゃ、合図するわ」

 シバと共にアースの使った横穴から外に出たヴァネッサは、杖を天に掲げ光球を上空に打ち上げる。
 

 一方アースは何とか魔法の直撃を回避することには成功したが、咄嗟の判断だったため、エレミアの下敷きになる形で館の庭に倒れ込んでいた。
 
「いたた……アース、大丈夫? って、やだ!? ご、ごめんなさい!」

 上体を起こしたエレミアは、体勢がアースの上に座るような形になってしまっていたため、慌てて立ち上がる。
 
「ああ……俺は大丈夫だ。エレミアは怪我はしていないか?」

「ええ、倒れた時の衝撃があったぐらいで、特に問題ないわ」

「そうか、良かった。しかし敷地内とはいえ派手にやったものだ、あれだけの音がしたのだから客が騒ぎ立てもおかしくないのだが……」
 
 そうアースが話していると、魔法と思わしき光が頭上に煌めいた。

「む? 何かの合図か……?」

 それと同時に屋内にいた衛兵達がぞろぞろと館の外へと集まってくる。
 次第に数を増していき、気が付けばアースとエレミアの周囲を取り囲んでいた。
 少なく見積もってもその数は100人以上は居るだろう。

(ふむ……全員集まってきたのだろうか? 囮としての役目は十分に果たせたようだな。うまくやれよ……キサラ)

 人集りが割れ、ヴァネッサとシバが姿を現す。
 その表情は自信と獰猛さに満ちていて、獲物を追い詰めた獣のそれであった。

「ふふふ、追い詰めたわよ。ウサギちゃん。狼の牙で噛み殺してあげるわ」

「…………」

「はっ! どうやら怯えて言葉もでないようですよぉ、ヴァネッサ?」

「まあこの状況なら誰でもそうなるでしょうね……でも、謝ろうが何をしようが、もう死ぬのは確定なんだけどね。あ、お嬢ちゃんの方は依頼主のとこに連れていかないといけないから、命の心配はしなくていいわよ? キャハハハッ!」

 心配そうな瞳でアースを見上げるエレミアの頭を軽く撫で、アースは優しく微笑んだ後、ヴァネッサの方へと振り返る。

「……言いたいことはそれだけか?」

「――――このクソ野郎がっ!! よっぽど死にたいようだね!!」

「……やれやれ、すぐにキレるのはお前の悪い癖だ。ヴァネッサ」

 激昂するヴァネッサの横に、突如隻眼の男が現れた。
 
「団長……でも、あいつが……!」

「ヴァネッサ……ケンカ……よくない」

 更にもう一人、山の如く大きな体躯を持った男が続けて現れ、ヴァネッサを片手でつまむように持ち上げた。

「ちょっ! わかった、わかったわよ! だから降ろして!」

 満足そうに頷くと、大男はヴァネッサを地上へと降ろした。
 この二人も『黒狼傭兵団』の一員であり、隻眼の男に至ってはくせ者揃いの団員をまとめ上げる実力を持った団長だ。
 念のため、それぞれ館の中を見回っていたのだが、集合の合図があったため駆けつけたのだ。

「さて……俺達を呼んだってことは、それなりの相手だってことだよな?」

「ええ団長。こいつは女を庇いながら拙者の『神速斬り』を初見で躱したうえに、ヴァネッサの魔法をも凌いで見せました。かなりの使い手であるのは間違いないですよぉ」

「そうか、シバがそう言うんであればそうなんだろうな。俺達『黒狼傭兵団』の邪魔になるようなら、排除しねぇとな……」

 そう言った団長の顔は今までの落ち着いた表情から一転、獣そのものといった獰猛な瞳でアースを睨み付けた。
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