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【貧乏貴族令嬢との出会い】
出会い
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「ここは……?」
アースが意識を取り戻すと、見覚えの無い部屋のベッドで横になっていることに気付いた。
一か八かで滝壺へと飛び込んでからの記憶が無く、頭がいまだにぼんやりとしていた。
「……俺は、生きて……いたのか? ――ぐっ!」
状況を確認しようと体を起こそうとしたアースの体に激痛が走り、再び倒れこんでしまう。
「くっ、まともに動くことはできないか……。あれからいったいどれぐらいの時間が経ったんだ?」
自分のおかれた状況を確認しようにも、激しい痛みで体が動かせないアースは、現状でわかる情報を整理することにした。
部屋の中は、わずかなランプの明かりだけが揺らめいていた。窓の外に視線をやると、既に日は落ちているようで、空には夜の帳が下ろされている。
魔王城での会議があったのが昼過ぎ。そのことから最低でも半日以上は経過していることが推測できた。
「広い部屋だが……ここはどこだろうか? 体に包帯が巻かれているということは、ここの住人が治療してくれたのか……?」
アースが自身の置かれた状況を考察をしていると、不意にがちゃりと扉が開かれ、住人と思わしき人物が姿を現す。
その人物は、およそ十代半ばの少女だった。アースが知るものより質素ではあるが、ひらひらとしたスカート、フリルの多いいかにもお嬢様といった服装をしている。そんな少女がアースが横たわる部屋へと入ってくる。
その後ろには給仕服を着た妙齢の使用人の女性が控えていた。彼女たちには、角も生えておらず翼もないし、鱗があったり毛むくじゃらでもない。肌の色も白いことから、人間族であるとわかる。
「――あ、目が覚めたのね。よかった」
肩口まで伸びたローズブロンドの髪をなびかせ、颯爽と部屋へ入ってきた女性が、澄んだ空を想起させるようなスカイブルーの瞳で、横になっているアースを覗き込む。
ふわりと揺れた髪から香る花のような匂いが、アースの鼻をくすぐった。
「できる限りの応急処置はしたのだけれど……身体の調子はどう?」
「あ、ああ……君が治療を?」
「ええ、そうよ。先日、大怪我したあなたが川のそばに倒れているのを見つけたときは驚いたわ。急いで助けを呼んで、私の家に運んでもらったのよ」
黙っていればどこか国のお姫様のような、そんな雰囲気さえ感じさせるその女性は、見た目に反してずいぶんと気さくな話し方をしたので、アースは少し呆気にとられる。
瀑布から繋がる川に流され、運良く人が住む地域の川辺に流れ着いたアースを、この女性が救助してくれたのだ。
もし誰にも見つからず放置されていれば、アースは間違いなく命を落としていたであろう。
アースが人間族と変わりない容姿のおかげで、魔族だとは思われなかったのが幸いしたようだ。もし魔族だと一目でわかるような見た目をしていたら、こうやって看病されなかった可能性もある。
「すまない、助かった。君は命の恩人だ」
「いいえ、困ってるときはお互い様よ。でも、ごめんなさい。ここには治療師がいないの。的確な治療ができているかはわからないわ。できる限りの応急処置だけはしたのだけど……」
アースの身体には包帯が巻かれ、周りには使用したであろうポーションの空き瓶が、かなりの数転がっていた。重症のアースを治療するため、相当数のポーションを使ったであろうことが窺える。
怪我や体力の消耗に効果的なポーションを大量に投与することで、医療の知識がないことをカバーしたのだろう。
その甲斐あってか、アースの受けた外傷は完全に回復していた。しかし、あの時マダラから受けた毒はまだ体に残っており、完全な解毒には至らずにいた。
「いや……十分ありがたい。この処置がなければ命を落としていただろう。――っく!」
「だ、大丈夫なの? 無理しないで横になっていたら?」
体の向きを少し変えただけにも関わらず、アースは激しい痛みに顔を歪ませる。
「いや……毒を受けているんだ。解毒しない限り完全に回復はしない……。さっき先日俺を見つけたと言っていたが、俺はどれくらい気を失っていたんだ?」
「そうね……あなたを見つけてから丸二日は眠っていたわね」
(丸二日……!? 思ったより時間が経過しているな)
幸いにもマダラの使用した毒は致死性のものではなく、麻痺毒であった。しかし、この毒は動きを阻害するとともに、体力をも奪う。普通の人間族ならば、一日放置すれば死に至るレベルの毒であった。
魔族特有の強靭な生命力を持つアースだからこそ、数日間耐えられていたのだ。だが当然このまま放置すればいずれ息絶えてしまうだろう。
これ以上症状が悪化する前に、アース自らの手で解毒する他なかった。
「ぐっ、がぁぁぁ……! ……はぁ、はぁ」
「ちょ、ちょっと! 安静にしてないとだめよ!?」
アースが歯を食い縛り、痛みを堪えながら上体を起こす。ただそれだけのことなのに、アースは肩を上下させ息を切らしてしまう。
「っはぁ、はぁ…………すまないが、俺の鞄は無事だったか聞きたいのだが」
「だ、大丈夫なの……? あなたが腰に巻いてた鞄のことかしら? それなら私の方で預かってるわ。マリア、お願いできるかしら」
「かしこまりました、お嬢様」
そう言うと、後ろに控えていたマリアと呼ばれた使用人は軽くお辞儀をして、部屋を出ていった。
鞄が無事なことにアースは安堵した。その鞄は過去に魔王より賜った特注品で、素材にはドラゴンの皮を使用しており、耐久性が高く、更には空間魔法により容量が拡張されている。所謂マジックバッグであり、見た目以上に物が入れられるのだ。
このバッグにはアースが普段錬金術で使っている道具や素材など、アースの私物すべてが入っている。
いわばアースの錬金術師としての必需品であり、過去の研究の全てが詰まった彼にとって、命の次に大事なものであった。
「よし……鞄があればなんとかなりそうだな」
「お待たせいたしました」
女性が片手で持てるぐらいの小さな鞄を抱え、使用人がアースの元へ戻ってくる。
「こちらでお間違いないでしょうか?」
「ああ、これで間違いない。手間をかける」
アースが使用人から鞄を受けとると、お嬢様と呼ばれた少女は興味深そうにアースの挙動を観察し始める。
「それ、もしかしてマジックバッグ? いったいなにが出てくるのかしら?」
少女は子供のように目を爛々とさせて、興味深そうにアースの挙動を見つめていた。
そんな少女の視線に、アースは少しやりにくさを覚えるも、いまは四の五の言っている場合ではない。
アースは鞄に魔力を通す。この鞄はアース専用のもので、アースの魔力を通すことで初めて物を出し入れできるようになるのである。
そしてアースは鞄から液体の入った一本の瓶を取り出す。
「……なんてことはない、ただの解毒薬だ」
「解毒薬……!」
アースはそう言いながら瓶の蓋を開け解毒薬を飲み干した。
するとアースの体が一瞬発光し、みるみるうちに血色が良くなる。素人目にもわかるほどに、その薬の効果は絶大であった。
この薬はアースが独自に調合したものであり、体内にあるあらゆる種類の有害な毒素を瞬時に分解し、発散させる効果がある。いわば毒に対する万能薬である。
「すごい……! 体の自由がきかなくなるような毒をこんな一瞬で……!? そんな凄い薬を持っているだなんて、あなたもしかして有名な治癒師だったり……いいえ、それとも冒険者かしら!?」
一般に流通している解毒薬では、一瞬で毒が抜けきるというのはありえないことだった。
今のように一瞬のうちに効果を発揮するような薬も無くはない。だが、それは一般市民には手が出せないほど非常に高価な薬である。
もし所持しているとしたら、少女が言うように、治療の専門家か、一瞬で解毒しないと命に関わるような戦いをする可能性のある冒険者ぐらいのものたろう。
「いや、そんな大層なものじゃないさ。俺は……しがない錬金術師といったところだ。今服用した薬は錬金術で作ったものだ」
アースの魔王軍での仕事は、武装の管理や建築物の設計など多岐にわたるもので、その中の一つとして新薬の開発も担っていた。
先程の解毒薬も研究の成果としてアースが制作し、マジックバッグに備蓄していたものである。
「へぇ、そうなのね。……ねぇ、あなたもしかして病気とかに詳しかったりする?」
「専門家というわけではないが……そうだな。ある程度の知識は持っていると思う」
「じゃあ、あなたにちょっと相談があるんだけどいいかしら?」
「ああ、構わない。……だが、明日で構わないか? すまないが長い時間毒が体内にあった影響で、体力の回復にはもう少しかかりそうだ」
体の自由は取り戻してきているが、まだあちこち痛みがある状態だった。毒が抜けたとはいえ、落ちた体力は戻らない。完治のために少なくとも今夜一晩ぐらいは休息が必要だとアースは判断した。
瞬時に体力を取り戻す薬も無くはなかったが、一日休めば回復する状況で、わざわざ貴重な薬を使うこともないと、万が一のときのために手元に置いておくことにしたのだ。
「そうね、無理をさせるのも悪いし……また明日、改めて相談させてもらうわ」
「ああ……ベッドを占領してしまってすまない。この恩は必ず返そう……あー、えーと……」
ここまで世話になっておきながら、未だに相手の名前すら知らなかった事に気付き、アースは言葉を詰まらせてしまう。
「――ふふっ、自己紹介がまだだったわね。私はエレミア。エレミア・リーフェルニア。ここ、リーフェルニア領の領主の娘よ。よろしくね。あと彼女はうちの使用人筆頭のマリアよ」
エレミアは一瞬きょとんとしていたが、アースの言わんとすることを察し、少し気恥ずかしそうに微笑みながら自己紹介をした。
後ろに控えていたマリアも、エレミアの紹介に続き頭を下げる。使用人の長というだけあって、アースにはとても真似ができない美しい所作であった。
「エレミアにマリアか。俺の名前はアースと言う。完治するまで世話になると思うが、よろしく頼む」
「ええ、よろしく。落ち着くまではこの部屋を自由に使ってくれて構わないわ。それじゃ……お休みなさい、アース」
「ああ……わかった。ありがとう。お休み、エレミア」
◇
エレミアとマリアが部屋を出た後、アースはひとり目を閉じながら魔王城での出来事を振り返る。
(おそらくフレアルドは次期魔王の座を狙っていて、反対派である俺をを排除し、なんとしても戦争に持ち込み武功を挙げるのが目的……そう考えるのが妥当か)
魔王を暗殺した帝国相手に多大な戦果を挙げれば、次期魔王に名乗りを上げても反発する者は少ないであろう。
戦闘力では四天王の中で最強と言っていいフレアルドならば、それは十分実現可能である。
彼の指揮する陸軍が、魔王軍の中でも最大の規模を持つのも理由の一つだろう。
(しかし、そうなると魔王様暗殺はフレアルドの差し金なのか……? いや、それにしては用意周到だったように思える)
フレアルドという男は、お世辞にもそういった謀略には向かないタイプであった。
魔王の死からアースの追放に至るまでがいくらなんでも早すぎる。どの時点から策を巡らせていたのかはわからないが、かねてより準備を進めていたのだろう。
(帝国と通じている知恵のある者がフレアルドに付いているのだろうか……? いや、もしかすると――)
などと思案していると、疲労感からか体が休息を求めて、アースの意識は次第にまどろみへと落ちていくのであった。
アースが意識を取り戻すと、見覚えの無い部屋のベッドで横になっていることに気付いた。
一か八かで滝壺へと飛び込んでからの記憶が無く、頭がいまだにぼんやりとしていた。
「……俺は、生きて……いたのか? ――ぐっ!」
状況を確認しようと体を起こそうとしたアースの体に激痛が走り、再び倒れこんでしまう。
「くっ、まともに動くことはできないか……。あれからいったいどれぐらいの時間が経ったんだ?」
自分のおかれた状況を確認しようにも、激しい痛みで体が動かせないアースは、現状でわかる情報を整理することにした。
部屋の中は、わずかなランプの明かりだけが揺らめいていた。窓の外に視線をやると、既に日は落ちているようで、空には夜の帳が下ろされている。
魔王城での会議があったのが昼過ぎ。そのことから最低でも半日以上は経過していることが推測できた。
「広い部屋だが……ここはどこだろうか? 体に包帯が巻かれているということは、ここの住人が治療してくれたのか……?」
アースが自身の置かれた状況を考察をしていると、不意にがちゃりと扉が開かれ、住人と思わしき人物が姿を現す。
その人物は、およそ十代半ばの少女だった。アースが知るものより質素ではあるが、ひらひらとしたスカート、フリルの多いいかにもお嬢様といった服装をしている。そんな少女がアースが横たわる部屋へと入ってくる。
その後ろには給仕服を着た妙齢の使用人の女性が控えていた。彼女たちには、角も生えておらず翼もないし、鱗があったり毛むくじゃらでもない。肌の色も白いことから、人間族であるとわかる。
「――あ、目が覚めたのね。よかった」
肩口まで伸びたローズブロンドの髪をなびかせ、颯爽と部屋へ入ってきた女性が、澄んだ空を想起させるようなスカイブルーの瞳で、横になっているアースを覗き込む。
ふわりと揺れた髪から香る花のような匂いが、アースの鼻をくすぐった。
「できる限りの応急処置はしたのだけれど……身体の調子はどう?」
「あ、ああ……君が治療を?」
「ええ、そうよ。先日、大怪我したあなたが川のそばに倒れているのを見つけたときは驚いたわ。急いで助けを呼んで、私の家に運んでもらったのよ」
黙っていればどこか国のお姫様のような、そんな雰囲気さえ感じさせるその女性は、見た目に反してずいぶんと気さくな話し方をしたので、アースは少し呆気にとられる。
瀑布から繋がる川に流され、運良く人が住む地域の川辺に流れ着いたアースを、この女性が救助してくれたのだ。
もし誰にも見つからず放置されていれば、アースは間違いなく命を落としていたであろう。
アースが人間族と変わりない容姿のおかげで、魔族だとは思われなかったのが幸いしたようだ。もし魔族だと一目でわかるような見た目をしていたら、こうやって看病されなかった可能性もある。
「すまない、助かった。君は命の恩人だ」
「いいえ、困ってるときはお互い様よ。でも、ごめんなさい。ここには治療師がいないの。的確な治療ができているかはわからないわ。できる限りの応急処置だけはしたのだけど……」
アースの身体には包帯が巻かれ、周りには使用したであろうポーションの空き瓶が、かなりの数転がっていた。重症のアースを治療するため、相当数のポーションを使ったであろうことが窺える。
怪我や体力の消耗に効果的なポーションを大量に投与することで、医療の知識がないことをカバーしたのだろう。
その甲斐あってか、アースの受けた外傷は完全に回復していた。しかし、あの時マダラから受けた毒はまだ体に残っており、完全な解毒には至らずにいた。
「いや……十分ありがたい。この処置がなければ命を落としていただろう。――っく!」
「だ、大丈夫なの? 無理しないで横になっていたら?」
体の向きを少し変えただけにも関わらず、アースは激しい痛みに顔を歪ませる。
「いや……毒を受けているんだ。解毒しない限り完全に回復はしない……。さっき先日俺を見つけたと言っていたが、俺はどれくらい気を失っていたんだ?」
「そうね……あなたを見つけてから丸二日は眠っていたわね」
(丸二日……!? 思ったより時間が経過しているな)
幸いにもマダラの使用した毒は致死性のものではなく、麻痺毒であった。しかし、この毒は動きを阻害するとともに、体力をも奪う。普通の人間族ならば、一日放置すれば死に至るレベルの毒であった。
魔族特有の強靭な生命力を持つアースだからこそ、数日間耐えられていたのだ。だが当然このまま放置すればいずれ息絶えてしまうだろう。
これ以上症状が悪化する前に、アース自らの手で解毒する他なかった。
「ぐっ、がぁぁぁ……! ……はぁ、はぁ」
「ちょ、ちょっと! 安静にしてないとだめよ!?」
アースが歯を食い縛り、痛みを堪えながら上体を起こす。ただそれだけのことなのに、アースは肩を上下させ息を切らしてしまう。
「っはぁ、はぁ…………すまないが、俺の鞄は無事だったか聞きたいのだが」
「だ、大丈夫なの……? あなたが腰に巻いてた鞄のことかしら? それなら私の方で預かってるわ。マリア、お願いできるかしら」
「かしこまりました、お嬢様」
そう言うと、後ろに控えていたマリアと呼ばれた使用人は軽くお辞儀をして、部屋を出ていった。
鞄が無事なことにアースは安堵した。その鞄は過去に魔王より賜った特注品で、素材にはドラゴンの皮を使用しており、耐久性が高く、更には空間魔法により容量が拡張されている。所謂マジックバッグであり、見た目以上に物が入れられるのだ。
このバッグにはアースが普段錬金術で使っている道具や素材など、アースの私物すべてが入っている。
いわばアースの錬金術師としての必需品であり、過去の研究の全てが詰まった彼にとって、命の次に大事なものであった。
「よし……鞄があればなんとかなりそうだな」
「お待たせいたしました」
女性が片手で持てるぐらいの小さな鞄を抱え、使用人がアースの元へ戻ってくる。
「こちらでお間違いないでしょうか?」
「ああ、これで間違いない。手間をかける」
アースが使用人から鞄を受けとると、お嬢様と呼ばれた少女は興味深そうにアースの挙動を観察し始める。
「それ、もしかしてマジックバッグ? いったいなにが出てくるのかしら?」
少女は子供のように目を爛々とさせて、興味深そうにアースの挙動を見つめていた。
そんな少女の視線に、アースは少しやりにくさを覚えるも、いまは四の五の言っている場合ではない。
アースは鞄に魔力を通す。この鞄はアース専用のもので、アースの魔力を通すことで初めて物を出し入れできるようになるのである。
そしてアースは鞄から液体の入った一本の瓶を取り出す。
「……なんてことはない、ただの解毒薬だ」
「解毒薬……!」
アースはそう言いながら瓶の蓋を開け解毒薬を飲み干した。
するとアースの体が一瞬発光し、みるみるうちに血色が良くなる。素人目にもわかるほどに、その薬の効果は絶大であった。
この薬はアースが独自に調合したものであり、体内にあるあらゆる種類の有害な毒素を瞬時に分解し、発散させる効果がある。いわば毒に対する万能薬である。
「すごい……! 体の自由がきかなくなるような毒をこんな一瞬で……!? そんな凄い薬を持っているだなんて、あなたもしかして有名な治癒師だったり……いいえ、それとも冒険者かしら!?」
一般に流通している解毒薬では、一瞬で毒が抜けきるというのはありえないことだった。
今のように一瞬のうちに効果を発揮するような薬も無くはない。だが、それは一般市民には手が出せないほど非常に高価な薬である。
もし所持しているとしたら、少女が言うように、治療の専門家か、一瞬で解毒しないと命に関わるような戦いをする可能性のある冒険者ぐらいのものたろう。
「いや、そんな大層なものじゃないさ。俺は……しがない錬金術師といったところだ。今服用した薬は錬金術で作ったものだ」
アースの魔王軍での仕事は、武装の管理や建築物の設計など多岐にわたるもので、その中の一つとして新薬の開発も担っていた。
先程の解毒薬も研究の成果としてアースが制作し、マジックバッグに備蓄していたものである。
「へぇ、そうなのね。……ねぇ、あなたもしかして病気とかに詳しかったりする?」
「専門家というわけではないが……そうだな。ある程度の知識は持っていると思う」
「じゃあ、あなたにちょっと相談があるんだけどいいかしら?」
「ああ、構わない。……だが、明日で構わないか? すまないが長い時間毒が体内にあった影響で、体力の回復にはもう少しかかりそうだ」
体の自由は取り戻してきているが、まだあちこち痛みがある状態だった。毒が抜けたとはいえ、落ちた体力は戻らない。完治のために少なくとも今夜一晩ぐらいは休息が必要だとアースは判断した。
瞬時に体力を取り戻す薬も無くはなかったが、一日休めば回復する状況で、わざわざ貴重な薬を使うこともないと、万が一のときのために手元に置いておくことにしたのだ。
「そうね、無理をさせるのも悪いし……また明日、改めて相談させてもらうわ」
「ああ……ベッドを占領してしまってすまない。この恩は必ず返そう……あー、えーと……」
ここまで世話になっておきながら、未だに相手の名前すら知らなかった事に気付き、アースは言葉を詰まらせてしまう。
「――ふふっ、自己紹介がまだだったわね。私はエレミア。エレミア・リーフェルニア。ここ、リーフェルニア領の領主の娘よ。よろしくね。あと彼女はうちの使用人筆頭のマリアよ」
エレミアは一瞬きょとんとしていたが、アースの言わんとすることを察し、少し気恥ずかしそうに微笑みながら自己紹介をした。
後ろに控えていたマリアも、エレミアの紹介に続き頭を下げる。使用人の長というだけあって、アースにはとても真似ができない美しい所作であった。
「エレミアにマリアか。俺の名前はアースと言う。完治するまで世話になると思うが、よろしく頼む」
「ええ、よろしく。落ち着くまではこの部屋を自由に使ってくれて構わないわ。それじゃ……お休みなさい、アース」
「ああ……わかった。ありがとう。お休み、エレミア」
◇
エレミアとマリアが部屋を出た後、アースはひとり目を閉じながら魔王城での出来事を振り返る。
(おそらくフレアルドは次期魔王の座を狙っていて、反対派である俺をを排除し、なんとしても戦争に持ち込み武功を挙げるのが目的……そう考えるのが妥当か)
魔王を暗殺した帝国相手に多大な戦果を挙げれば、次期魔王に名乗りを上げても反発する者は少ないであろう。
戦闘力では四天王の中で最強と言っていいフレアルドならば、それは十分実現可能である。
彼の指揮する陸軍が、魔王軍の中でも最大の規模を持つのも理由の一つだろう。
(しかし、そうなると魔王様暗殺はフレアルドの差し金なのか……? いや、それにしては用意周到だったように思える)
フレアルドという男は、お世辞にもそういった謀略には向かないタイプであった。
魔王の死からアースの追放に至るまでがいくらなんでも早すぎる。どの時点から策を巡らせていたのかはわからないが、かねてより準備を進めていたのだろう。
(帝国と通じている知恵のある者がフレアルドに付いているのだろうか……? いや、もしかすると――)
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